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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
番外編

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番外編:南の植民都市5


 しばらく郊外を散策して、私たちは市内に戻ってきた。

 あちこち見て回ったせいで、辺りはすっかり夕暮れ時になっている。

 しばらく休憩した後、ネルヴァに晩餐の席へと呼ばれた。

 料理はさすがに海辺の町で、シーフードが多かった。どれもおいしい。

 食べながら今日見てきたことを話す。


「郊外を見てきました」


「ほう。リディアの目から見て、どうだったかな?」


「ユピテル本国よりも川が多くて、農業に可能性を感じました。……私、綿花や亜麻を育ててみたいです!」


 ぐっと拳を握ると、その場にいた人々が一斉に笑ったり苦笑したりした。


「何ですか」


 ムッとして言えば、ネルヴァが答える。


「リディアらしいと思ってね。しかし亜麻はともかく綿花か。あれはずっと東方、アルシャク朝のさらに東の国の名産品だが」


「気候が合わないでしょうか?」


 前世の綿花であれば、日本でも栽培されていた。

 おおむね温暖な気候ならいけると思う。

 栽培ノウハウは手探りになってしまうが、現地の詳しい人に来てもらったりはできないだろうか。あるいは、私の繊維鑑定スキルも役に立つかもしれない。

 ネルヴァは顎に手を当てて軽く首を傾げた。


「どうかな……。現地の言い伝えで、その土地の神職者バラモンが祭儀を行わなければ枯れてしまうと聞いたことがあるが」


「絶対迷信ですよ、それ!」


 私は力説した。

 きっと綿花を他国に渡したくなくて、嘘をついたんだ。

 そんな迷信で綿花を諦めてたまるかっての!


「綿花は低木の植物です。温暖な土地で育つはずです。たくさん栽培して、この土地の新しい名物にしましょう。そして綿糸と綿布を山ほど作って、新しい服の材料にするんです!」


「分かった、分かった」


 ネルヴァは心底可笑しそうに笑っている。


「リディアの情熱は相変わらずだね。新しい物事を始める時には、その情熱こそが何よりも頼もしい。植民都市がスタートする際には、ぜひおいで。入植者には土地の分配がある。綿花を取り寄せて、好きなだけ増やすといい」


「本当ですか!」


 目を輝かせる私の服の裾を、ティトスが引っ張った。


「待って、リディア。こっちに来ちゃったら首都の服飾工房はどうするのさ。あっちだって始まったばかりなのに、放っておけないよ」


「行き来して経営すればいいじゃない」


 私はあっさりと言った。


「だって首都とソルティアは、船でたったの三日の距離だよ? ダンジョンの町だって片道四日なんだから、旅するってほどじゃないって。楽勝、楽勝」


「えええ、いちいち船に乗るの、嫌だよぉ……」


 船酔いがひどいティトスは泣きそうだ。

 クロステルがその背中をぽんぽんと叩いた。


「諦めろ。ああなったリディアはお前じゃ止められない」


 みんな笑った。

 ティトスも諦めたようにため息を付きながら笑っている。


「それじゃあさっそく、東国から綿花を取り寄せないと。亜麻は太陽の国からで、ついでに他の繊維で使える植物も探して」


 未来を想像すると、心が躍る。

 気が早いと言われそうだけど、楽しみでならないのだ。

 その後は魔物の絹の話をしたり、ネルヴァの都市構想を聞いたりして、楽しい晩餐のひと時を過ごした。







 そうしてしばらくソルティアで過ごしているうちに、儀式の日がやって来た。

 一足先に作られた神殿にみなが集まってくる。建設のための人足やお役人、生活必需品の職人たちなどが主な顔ぶれだった。


 祭壇に載せられた牛の腹が切り裂かれて、神官が内臓を確かめた。

 あれは『臓器占い』といって、内臓の色や形、位置などで吉凶を占う方法。

 具体的に何がどうなっているのかはよく知らないが、ユピテルでは割とメジャーな占いである。


 臓器占いを行う神官は『臓卜師ぞうぼくし』と呼ばれている。生贄の革で作られたチュニカを身にまとい、ベレー帽のような帽子をかぶっている。

 生粋のユピテル文化とは少し違う感じがするので、おそらくどこかの時点でユピテルに組み込まれた民族の文化なのだろう。


 他民族の文化に比較的寛容なユピテルが、どうしてソルティアだけはここまで徹底的に破壊したのか……。

 ソルティアの文化や長所が保存されていれば、ユピテルの力になったかもしれないのに。

 長年の戦争がそれだけ憎しみを増幅させてしまったのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、儀式は進んでいく。


「吉兆が出ています。この土地の都市建設は、神々に認められました」


 犠牲獣の体の中を覗き込んでいた神官が言った。どうやら臓器占いは問題ないようだ。

 牛は神殿前の薪組みに運ばれ、火が付けられる。

 ソルティア建国の昔と同じく、犠牲の獣は炎で焼かれて神々に捧げられるのだ。

 薪の炎だから、前世のガスバーナーのような火力はない。

 大きな牛はゆっくりと焼かれて、長い時間をかけて灰に変わっていった。


「都市建設の儀式はつつがなく終わった。神々はこの都市建設を祝福されている。これで呪われた地ソルティアも、ユピテルの神々のご加護を受けることとなるだろう」


 儀式の最後に、ネルヴァが締めくくった。

 迷信深い古代の国では、手順に則って儀式を行い吉兆を得るのがとても大事。戦争の出撃時さえ占いで決める時がある。

 儀式が無事に終わって、ネルヴァはほっとした表情をしていた。現実主義の彼でさえ迷信を信じているのか。

 後になって聞いてみたら、こんな答えだった。


「もちろん信じているとも。迷信に左右される人の心をね」


 何とも苦労の多い人である。







 こうして私たちの初の船旅、初の南の大陸上陸は終わりを告げた。

 帰るだけになった段階で、ティトスがまた青い顔になったのは言うまでもない。前世のような酔い止め薬があればよかったのにね。


 都市の建設はあと一年は続く。入植するのはその先だ。

 私もティトスもまだ未成年だけど、親の許可をもらって飛び込もうと思っている。そして、綿花と亜麻を栽培する!

 ついでにパピルス栽培に挑戦するのもいいな。だって紙はいくらあっても困らないもの。

 型紙、デザイン画、サイズ計算のメモ。新しい服の縫い方の手順書。紙の使い道はいっぱいある。


 ああ、楽しみだ。早く綿花をこの手で確かめたい。

 服飾工房の売上も伸ばして、植民都市に二号店を出して。新しい服をたくさんの人に着てもらおう。

 ティトスとクロステルと一緒に、どこまでも先に向かって歩いて行こう。


 きっと成功できると、私は信じている。


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