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転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい  作者: 灰猫さんきち
第4章 戦の足音

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69:次なる仕事


 見ればティトスとデキムス、カリオラが工房の入口から顔をのぞかせている。

 ティトスは他の職人に軽く挨拶をして、中に入ってきた。


「リディア、はぐれちゃったからどこに行ったのかと思ったよ。あの後、大変なことになってさ。ネルヴァ様とお父上を狙った暗殺者がいたみたいなんだ。軍制改革に強固に反対していた政敵が放ったらしいんだけど」


「その暗殺者を止めたのは、リディアだ」


 クロステルが口を挟んで、ティトスは目をまんまるにした。


「えっ、それ本当!? あっ、でもそういえば暗殺者を取り押さえた護衛が、誰かに呼ばれていたとかで……。えええ! ネルヴァ様に報告しようよ、きっとご褒美がもらえるよ!」


「私じゃなくて、クロステルが止めてくれたんだ」


 訂正するとクロステルは肩をすくめた。どうでもいい、と顔に書いてある。

 ティトスたちは改めてクロステルに気づいて、また驚いている。


「あれ、あなたはダンジョンのあの時の、リディアの命の恩人のひと。首都に来ていたんだね。僕の家を訪ねてくれれば良かったのに」


「俺はリディアに用があったんでな。お前にはない」


 ずいぶん素っ気ない言い方だが、それじゃ困るんだよね。


「クロステル。私は今、ティトスの家で居候させてもらってるの。よければあなたもどうかな」


 ティトスの方を見ると、頷いてくれた。


「もちろんだよ、元々お礼をするつもりだったんだもの。暗殺者の話も本当なら、父さんは喜んでお客として迎え入れるよ。ネルヴァ様の恩人になるんだものね」


「別に俺は……」


 眉をしかめるクロステルに小声でささやいてやった。


「人間のふりするんでしょ? 私を守ってくれるなら、近くに住んでもらわないと」


 私の家じゃなくフルウィウスの家ってのがあれだが、まあよかろ。今は居候だけど、そのうちちゃんと独り立ちするし?


「まあ、そういうことなら」


「うん。よろしくね、クロステルさん」


 ようやく頷いたクロステルに、ティトスが笑いかけたのだった。






 ネルヴァは後ほど私たちを屋敷に呼んで、事情を教えてくれた。

 あの後、ネルヴァは暗殺者を捕まえて背後にいる相手を吐かせたそうだ。

 やはり軍制改革に反対する元老院の一派によるもので、これを公表すると平民たちは怒りの声を上げた。

 異民族の接近という脅威と平民たちの怒りの矛先を恐れて、反対していた者たちは態度を翻した。

 平民集会と元老院の双方で軍制改革の法案が可決される。

 とうとうネルヴァはやり遂げたのだった。


「まずはきみたちに礼を言おう。父上と俺の命を助けてくれて、ありがとう。希望があれば何でも言ってくれ、望みを叶えよう。

 ――しかし警戒はしていたが、まさか元老院議員ともあろう者たちがあそこまで直接的で卑劣な手を使うとは……」


 ネルヴァは首を振って、すぐに話題を切り替えた。


「軍制改革はこの国を変える第一歩に過ぎない。職業軍人だけでは貧しい者たちを全て救えず、また、兵士にのみ職が偏るのは良くないからだ。だが、手始めにセグアニ人を撃破しなければ何も始まらない」


「勝てるでしょうか」


 私が聞けば、ネルヴァは微笑んだ。


「勝つとも。我々にとって幸いなことに、今年はアルブム山脈の積雪が早かった。おかげでセグアニ人たちは進軍を諦めて、冬営を始めたと報告が入っている。決戦は来年の春になるだろう。幸運にも手にしたこの時間を使って、志願兵たちを練兵する。数で劣る我々が勝つためには、練度と士気が勝っているのが大前提になるのだから」


 彼は立ち上がって私の肩に手を置いた。


執政官コンスルの父上は前線指揮官として、軍団を率いて北上する予定だ。俺は会計官クワエストルとして同行する。会計官は軍の補給の一切を司る職。リディアの新しい服を取り入れて、戦ってくるよ」


「……はいっ!」


 戦争という形ではあるが、私の服を多くの人に着てもらう機会がやって来た。

 たとえ春になっても、万年雪をかぶる大山脈は寒いだろう。今の半袖とハーフパンツの服ではなく、もっと温かい形を考えるべきだ。

 同時に山脈を越えて春が過ぎれば、温暖な気候になる。

 冬用と春夏用、どちらの服も必要だった。


 もうあまり時間がない。何万人もの兵士の服を開戦までに準備しなければならないのだから。

 布は足りるだろうか。仕立てるための職人の手は?

 私一人ではどうにもならない。振り返ってフルウィウスを見ると、頷いてくれた。

 物資と人手の手配は彼に任せよう。であれば私は、大急ぎで冬用の服の型を起こす。効率的な縫い方を職人たちに教えて、一緒に作っていこう。


 これから忙しくなる。

 私は拳を握りしめた。







 フェリクスの屋敷から工房に戻ってきた私は、さっそく長袖と長ズボンの型紙、もとい型布を作った。

 急いで大量の服を作らないといけないので、ボタン付けなどは最低限にする。

 結果、袖とズボンの幅は広めに、手首やすねの辺りで絞る形にした。イメージとしては忍者っぽい感じ。

 袖やズボンの幅が広いと動きやすいし、空気が含まれるので温かい。手首や足首の辺りで脚絆のように絞れば、邪魔にならないというわけだ。

 氷点下の気温で金属の鎧が素肌に触れれば、凍傷の恐れがある。山脈越えの行軍で長袖長ズボンは必須だった。


 ユピテル軍の靴は底に鋲を打ち付けた革サンダルの軍靴カリグラを基本とするが、さすがに雪が積もる山道ではブーツを履く。このブーツの下履きとして靴下を作る。

 靴下は考えた末に毛糸を編むことにした。少し太めの毛糸でザクザクと編んでいけば、そこまで時間はかからない。


 こうして基本設計が完了した。

 すぐにフルウィウスに相談して人手の采配をしてもらう。


「かなりの量ですが、間に合いますか?」


「何とかしよう。従来の布や仕立てに関わる職人の他、編み物などは各貴族家や騎士階級の奴隷を借りてもいい」


「……編み物の技術が漏洩しちゃいますけど、いいんですか?」


 フルウィウスはにやりと笑った。


「この私が、国家の非常時にそのようなことを言う人間に見えるのか? お前の編み物は画期的だが、そこまで複雑な技術ではない。模倣は時間の問題だ。ならばここで気前よく振る舞っておく方が、後々有利に働くというもの」


 さすが大商人。転んでもタダでは起きない。

 そのたくましさが今は頼もしい。私も笑い返した。


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