65:手応え
最近の私はエラトたちの衣装作りをする傍ら、フェリクス夫人の指示で貴族のご婦人たちの採寸を行っている。
根回しはフェリクス夫人とドルシッラがばっちりやってくれているので、私は愛想よく作業をするだけだ。
最初は半信半疑だったご婦人方も、自分にぴったりなサイズのブラジャーを身に着けると目を輝かせていた。
「素晴らしいわ! 年齢のせいで胸の型崩れは仕方ないと諦めていたのに、またあの頃の形を取り戻せるなんて」
ドルシッラのように若くてグラマラスな人の反応は、そこまででもない。母親に「あなたも年を取ったら必要になるんだから!」と言われて、首を傾げながら身に着けている程度だ。
けれど若くても痩せ型でボリュームが足りない人はたいそう喜んでいた。
そういう人たちはこっそりと私を呼んで、さらなるボリュームアップができないか相談してくるのである。
「パッドの厚さを調整すれば、自然な感じで盛れますよ」
「ぜひお願い!」
任せてほしい。前世の体型と巨乳キャラのコスプレのおかげで、そこら辺のノウハウは豊富なのだ。
なお極端な巨乳キャラになると、盛るのは諦めて最初から詰め物だけで表現したりもした。分厚いストッキングの布にぬいぐるみ用の綿を詰めるのが一番それっぽくなったっけな。
肉襦袢ならぬ、おっぱい襦袢だ。まあそれはどうでもいいか。
一人ひとりの要望を聞くのは時間がかかるけれど、この古代世界は前世よりゆったりしている。ブラジャーの製作自体は他の職人と手分けしてできる。
そんなに急かされることもなく、私は作業を進めていった。
根回し効果は徐々に発揮されて、フェリクスの政敵がずいぶん軟化してきたと聞かされた。
女性の繋がりは意外に強い。表に出る家系図は男系だけど、女系を辿っていくと思わぬところに繋がっている時がある。
血縁関係と友人関係。実家のパトローネスとクリエンテス。男性の付き合いに左右されない場所で、女性たちは交友関係を広げていた。
その網を上手く使って、フェリクス夫人とドルシッラは活躍していた。
そうしているうちに、エラトたちの新衣装が完成した。
まず、エラトは黒絹で作った漆黒の蝶の衣装。
サリアは従来の衣装が星空イメージだったので、今度は朝焼けの彩りにしてみた。
オレンジのグラデーションの布をふんだんに使って、ワンピースを作った。パステルイエローのショールを合わせて、朝焼けの神秘的な雰囲気を演出する。
ワンピースはウエストで切り替えて全円スカートに。動くたびにひらりと裾がひるがえる。
ミミは木漏れ日イメージだった前の衣装を踏まえて、青空と海の青の衣装にした。
彼女の小柄でキュートな魅力を生かすため、中性的なセーラー服を。
ユピテル共和国でセーラーなんてあるわけないし、それどころか襟のある服自体、私が作った兵士の服以外に存在しない。
でもいいんだ。これからはどんどん攻めるって決めたんだもの。
だから上着はセーラーカラー、下はハーフパンツにした。青の服地に白い襟が爽やかなカラーリングである。
「最初の衣装は三人のおそろいを意識して考えたんだけど。今回はもう振り切ってばらばらにしちゃったの」
エラトたちに衣装を見せると、かなりのイメチェンに驚いていた。
「前のと全然違うね。黒一色だと思ったら、濃い灰色とか銀色もちょっぴり入ってる。すごい、重なりがきれい」
と、エラト。私はにやりと笑った。
「気づいてくれて嬉しい。エラトお姉ちゃんは清楚路線だったけど、案外こういうのも似合うと思って。お客さんをびっくりさせちゃおう」
「いいわね!」
サリアも自分の衣装を手に取った。
「朝焼けのイメージですか……。今までがネイビーの星空だったから、私の黒髪にこの色が似合うか心配です」
「大丈夫。夜の闇を破って朝焼けがやって来るんだもん、闇の黒い色とだって似合うよ」
「ありがとう」
サリアはにっこり笑った。気に入ってくれたみたいで何よりだ。
ミミはさっそくセーラーの上着を胸に当ててみている。
「変わった形だねー!? でも、青に白は青空と雲みたいでとっても可愛い」
ミミのライトブラウンの髪と猫耳に、爽やかな色合いがよくマッチしている。
さっそく試着をしてお互いにチェックし始めた。
「すごいなあ。違う服を着ると違う自分になったみたい」
黒い蝶の衣装のエラトが微笑む。白いニンフの時と異なって、どこか妖艶な感じだった。
前から思っていたけれど、彼女はアイドル気質かつ女優の才能もあるんじゃないだろうか。
サリアとミミも違う雰囲気をまとって、少し照れくさそうに笑っている。
「今日からこの服でお店に出ましょう。で、ティトスくんに頼んで、この服にぴったりな歌と踊りを考えてもらわなきゃ」
エラトが言って、全員が笑顔で頷いた。
新しい衣装を持ってエラトたちとフェリクスのお屋敷を訪れたら、ドルシッラはとても興奮していた。
「まあまあ! どの子も可愛いですわ。前のお衣装と全く雰囲気が違うのに、よく似合っていて」
彼女の友人であるご令嬢方も、目を輝かせてエラトたちを取り囲んでいる。
可愛い女の子が好きなのは男性ばかりじゃない。女性だって大好きなのだ。
一通り新しい衣装を見てもらって、元の衣装にも着替えてみせる。ガラリと変わった雰囲気に、ご令嬢方はため息をついた。
「服が変わればこんなにも変わるなんて……。チュニカやストラの変わり映えしない形は、つまらないです」
「本当に。いくら刺繍をしたりショールを巻いたりしても、限界がありますもの」
「皆様は、どの衣装がお気に召しましたか?」
私の言葉にご令嬢たちはきゃあきゃあと騒ぎ始める。
「わたくしはやはり、あのフリルがたくさんついたスカートがいいわ」
「わたしはグラデーションのワンピースが。形はおとなしめだけれど、ショールと合わせた色合いがとてもいいもの」
「あの襟? というものが付いた上着も捨てがたいです」
みな、とても楽しそうに品定めしている。
「今はまだ、家の中で楽しむだけですけれど。いつか新しい服を着て、堂々と外に出かけられるようになりたいですわね」
ドルシッラがそんなことを言って、みなが頷いた。
年齢層が高くなるほど新しい服への反発は強い。女性は下着でだいぶ懐柔できたが、男性はきっと眉をしかめるだろう。
けれど可愛い服を着たい、自分らしく装いたいという欲求は、やがてもっと大きなうねりとなってこの国を飲み込んでいくと思う。
まだまだ壁は高いけれど、私は手応えを感じている。こうして若いお嬢さんたちが味方をしてくれているもの。
兵士の服という機能面重視のものでもいい。新しいもの、よりよいものを作って浸透させていこう。
きゃらきゃらと笑っている少女たちの姿を見て、私は改めて決意した。
――そして、この時の私はまだ知らなかった。
ユピテル共和国を揺るがす大事が動き始めていることを。
これでこの章は終わりです。
そろそろ終わりが近づいていますが、次から新章(短め)になります。
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