63:動き出す
それからの私は一層忙しく働き始めた。
まずダンジョンの工房に戻って、糸巻き機や機織り機に不具合が出ていないか確かめる。調整が必要な部分は施した。
「私、首都で仕事をすることになったの。だからここを離れるけれど、時々様子を見に来るから」
そう伝えると、職人たちは少々不安そうにしていた。
新しい服の縫い方や糸の編み方がまだ完璧ではないせいだと思う。今のうちにできるだけ教えて不安を解消しておこう。
職人とは対照的に、冒険者たちはあっけらかんとしたものだった。
「また新しい仕事をするのか? ご苦労なことで」
「リディアは働き者だなぁ」
「俺らはしっかり繭を納品するからよ。そこは心配すんな」
フルウィウスが担当者を派遣して、繭はきちんと買い取っている。彼らに不満は特にないようだ。収入アップしていいものが食べられるようになったと喜んでいた。
なおフルウィウスは冒険者たちに繭と絹の関係を固く口止めしている。ライバルの商人や職人に漏洩させるわけにはいかないと。
下手に話が漏れてしまえば、このダンジョンの町は混乱に巻き込まれるだろう。
冒険者たちは現状に満足していて、しかも私に恩を感じている。
「俺たちはリディアのクリエンテスだ。パトローネスを裏切るような真似はせんよ」
そう言って誰にも情報を漏らさないと約束してくれた。ありがたいことだ。
最後にお母さんに離れて暮らす話をした。
「せっかくここで一緒に暮らせるはずだったのに、ごめん」
フルウィウスが作ってくれた住居は広くて、首都のアパートなどよりずっと住みやすい。
埃と悪臭だらけの首都より環境もよく、ここでお母さんと暮らすのが楽しみだったのに。
お母さんは笑って首を横に振った。
「リディアが謝る必要はないわ。お別れではないのだし、気にしちゃ駄目よ。それより仕事を頑張りなさい」
「うん!」
お母さんの機織りの腕はますます磨きがかかって、最初の頃よりも質の良い絹布が作られている。
ふんわりと透ける薄い布から、下着用の目が詰まったしっかりめの布まで、何でもござれだ。
絹布は荷馬車に載せられて、定期的に首都へ運び込まれている。
もう少ししたら羊毛製の兵士の上着と、絹製の下着の完成品も一緒に運ばれることになるだろう。
兵士の服と下着は機能性第一で、おしゃれとか個性的とかとは程遠い。
それでも確かに新しい服。私の考えた服が認められたのだ。
そして次は女性の下着。
新しい服を認めてもらうだけでなく、フェリクス家の影響力を高めてネルヴァの力になるという大事な使命がある。
新しい服を作って人に認めてもらえて、さらに他の仕事も果たせる。とてもやりがいがある!
私は一通りのやり取りを済ませると、首都へと戻ることにした。
余談だけど、首都にはティトスの他にデキムスとカリオラもついてきてくれた。
デキムスは腕の立つ冒険者だし、カリオラは同性で気安い。二人とも頼りになる護衛だから。
「ダンジョンに入らないのはちょいと寂しいがな。リディア嬢ちゃんについていけば、退屈はしねえから」
「リディアは無鉄砲だから。制止役も必要だと思って」
とのこと。
私はそんなに無鉄砲だろうか。ティトスを見るとくすくすと笑っている。
ちょっと納得がいかなかったけど、気遣いはありがたい。
こうしてなじみになった二人を連れて、首都に戻ったのだった。
首都に戻ったら、さっそくフェリクス家に挨拶に行った。
「リディア、戻ったのね。さっそくわたくしたちの方で、貴族や騎士階級のご婦人に話をしておきましたわ」
フェリクス夫人とドルシッラが出迎えてくれる。
「あたくしのお友達は体型に悩んでいる方が多くいらっしゃるの。表には出さないけど、皆様興味津々でした」
フェリクス夫人が笑う。上品だけどちょっと悪い顔だ。
「では、その方々の採寸をして下着を作ります」
「そうして頂戴。あのブラジャーは、あなたしか作れないのかしら?」
「いえ、作るだけならば他の職人でもできます」
「それでも採寸はあなたが行きなさい。ご婦人方と顔をつなぐいい機会ですからね」
「……はい!」
新しい服の普及だけじゃない、ネルヴァの政策を後押しする大事な仕事だ。私自身がやるのは当然だろう。
それに。フェリクス夫人とドルシッラの口ぶりは、私個人を応援してくれているようにも感じる。
フェリクス夫人は斬新なデザインにまだ抵抗があるようだけど、ドルシッラは好意的。それならなおさら、頑張らないと。
「ねえリディア、わたくし下着の他にもお友達に新しい服をお披露目したいの。あの踊り子――いえ、ニンフの子たちみたいな服、作ってくれないかしら?」
「ドルシッラ」
フェリクス夫人は渋い顔をした。
前のような強固な反対ではないけれど、やはり抵抗感があるみたい。
「お母さま、いいでしょう? この家にお友達を招いて、お部屋でだけ楽しむから。ね?」
「はぁ……。仕方ないですね、この子は……」
フェリクス夫人は乗り気ではないが、ひとまず娘の言い分を受け入れた。
ドルシッラは手を打って喜んでいる。
「やりましたわ! わたくし、あのひらひらのスカートは絶対に欲しいの。黒髪の子が着ていた変わった上着もいいですわね。それから、それから……」
「ドルシッラ様のご希望のデザインで、服を作りますよ」
私が笑顔で言うと、彼女は考え込んだ。
しばらく顎に手を当てて考えていたけれど、やがて目を上げて言った。
「けど、わたくしの考えでは新しいデザインは浮かびません。そうだリディア、あのニンフの子たちに新しい衣装を作ってあげて? その中で気に入ったものをわたくし用に作ってもらいたいの」
「平民の踊り子とあなたが同じ服を? さすがにそれはいけません」
フェリクス夫人が叱るが、ドルシッラは負けなかった。
「全く同じにはしません。布は上等にしますし、デザインもわたくしにぴったりになるよう変えてもらいます。わたくし、可愛い服が着たいんです!」
可愛い服が着たい。その気持ちはよく分かる。
――そしてその言葉がどれほど聞きたかったことか!
エラトたちの服を見て、可愛いと思ってくれた。自分で着たいと言ってくれた。作り手としてこんなに嬉しいことはない。
「嬉しいです、ドルシッラ様! 私の服を認めてもらえて」
私の言葉に彼女は笑顔を返してくれた。
「ええ、期待していますわ。出来上がったらすぐに見せなさいね」
「はい、もちろん」
こうしちゃいられない。
ブラジャーの採寸の日時は後で知らせてもらうことにして、私はフェリクスのお屋敷を飛び出した。




