待ち時
ドンドンと叩かれるドア。そして聞こえて来るこんな声。
「本当にここに?」
「だが、声が聞こえたというタレコミがあったんだ。調べる価値はあるだろう。ミセス・アンダーソン様の自宅だからこそ、逃げ込む訳が無いという先入観を向こうは突いて来たのかもしれん」
ガチャガチャと鍵が微細な振動に揺れ出す。鍵開けの魔法でもあるのか? とにかくどうやらさっき騒がしくしてたのが災いしたらしい。でも一長一短だな。あの騒ぎのおかげで、ミセス・アンダーソンはこうして記憶を取り戻す事が出来たんだ。
それにどうやら扉の前に居るのはそんなに多く無いっぽい。この面子なら突破するのは容易だろう。でも問題は、それが正しい選択かどうかだな。
「どうする? 逃げるか? それとも倒すか?」
「そうね、イライラしてるし、憂さ晴らしに倒したい所だけど……」
「おい」
ミセス・アンダーソンは何物騒な事をその口で言ってるんだよ。一応聖職者だろこいつ。幾ら記憶をいじられて不快だからってその立場的に言っていい事と悪い事があるだろう。まあミセス・アンダーソンらしいっちゃらしいけどな。
このおばさんの人間性が垣間見えた。ノエインなら間違っても今みたいな事は言わないと思うもん。でもこのおばさんは言うね。言っちゃうね。てか、言っちゃったし。
「嘘よ。冗談。私これでも今やサン・ジェルクのNO2だしね。色々と立場とか上がっちゃって、前みたいにお気楽なポジションじゃなくなったのよ。腫れ物扱いだったのが、羨望の眼差しを向けられる存在になってるから……だからストレスが溜まる一方ね」
「やっぱオイだよお前は」
最後の一言で台無しだよ。なんでそんな疲れを強調してるんだよ。羨望の眼差しで終わっとけば良かったのに……おばさんだからだな。
「おい、どうするんだ? もう開くぞ」
「げっ」
テトラの言葉でドアの方を見ると鍵のツマミがキリキリと回ってた。ヤバいな。結局どうするんだよ。NO2としてはどうしたいんだ?
「私としてはそんなに騒ぎにはしたく無いわね」
「僕だって最初はそう思ってたけどさ、けど既に遅いだろ。賽は投げられたんだよ」
「仕方ないみたいに言ってるけど、投げたのはアンタ達でしょ? てか……どうも落ち着かないわね」
落ち着く状況じゃないからな……と言おうと思ったけど、どうやら外の事じゃないらしい。ミセス・アンダーソンは中の方を見てそう言ってる。てかテトラ見てる。やっぱり戸惑いがあるんだろうな。まあ当たり前だけど。だって少し前はテトラを中心に色々と状況が動いてた訳だからな。
それが気付いたら、優雅に自宅でお茶すすってるって、頭が痛くなる状況だよな。ああ、色々と頭痛の原因があった訳だ。すると見られてたテトラがこう言った。
「いいからさっさと方針を決めろ」
「あれ? なんだ? なんだか鍵が重く……」
「早く開けろ」
「そ……それが」
なんだか外の様子がおかしいな。そう思ってみて見ると、黒い靄が鍵のツマミを覆ってた。テトラの奴が妨害工作をしてくれてる様だな。
「礼は言わないわよ邪神」
「ふん」
ミセス・アンダーソンは少し戸惑いながらそう言ったよ。まあでも早くどうするかを決めた方が良いのは確かだ。あんまりあからさまに鍵が動かないと、何かされてると思われてもおかしく無いからな。そうなったらここに居るって事に気付かれる。
「しょうがないわね……アンタ達自分で自分を縛りなさい」
「どういうプレイだそれ? そんな趣味ないんだけど?」
いきなり何をいってるんだこのおばさんは。そういう趣味はひた隠しにするものだぞ。
「違うわよ。なに変な方向に突っ走ってるの。捕まったフリをしなさいって事よ」
「またそれかよ」
なんかその手多くない? 取りあえず後からどうにか出来るだろうって事で、良く使ってるよな。まあその場その場の選択で最良だと思ったからこそやって来た事だけどさ、そろそろこのフリも飽きて来たって言うか……
「この騒ぎを一旦納めるにはこれが一番でしょ。どうせ社の方で幽閉されるんだし、効率的よ。その後は私の権限でどうにでも出来る。強制突破なんて疲れるだけよ。私は年なの」
「まあおばさんだしな」
ギロッと睨まれたけど、それは華麗にスルーする。確かにこれが一番簡単なのかもな。もう一回社に突っ込んでノエインを今度は誘拐する訳にもいかないし……犯罪者として幽閉されれば堂々と足下にいれるか。
「決まりだな。では早速俺が縛ってやる」
そう言ったのはテトラだ。なんか嫌な予感がする。黒い靄が僕の体を覆っていって、そして晴れたとき案の定その予感は的中したよ。
「なんだこの縛り方は!」
「はは、よく似合ってるぞ」
「テトラてめぇ--ってうわっ!?」
縛られてるせいで上手く歩けず転んで床に顔面を打ち付ける羽目に。こんな恥ずかしい格好で更に恥ずかしい失態を晒してしまった。
「大丈夫スオウ?」
「ああ、この位はどうって事ない--けど」
今度は僕がギロッと恨みがましい視線をテトラの奴に向ける。せめて普通に縛れよ。いろんな所に縄が食い込んで痛いんだ。テトラの奴、腕を縛るだけじゃ飽きたらず、亀甲縛りみたいな事をしやがってるからそっちも痛い。格好的にって事がね。無様過ぎだろ。
「はは、いい格好じゃないかスオウ」
「テトラ、スオウに酷い事しないでよ」
「ふん」
クリエに言われても無視を決め込んで、靄がテトラを含めた残り二人を覆う。そして何故か僕以外は普通の縛り方で収まってた。不公平だ。けど流石に時間切れ。ドアの鍵がガチャッと開く音が響く。僕達はなるべくおとなしめにするよ。
「ふう~ようやく開きましたね」
「ああ--ってうあ!!」
「「アンダーソン様!!」
2人組の僧兵がコントみたいな反応をみせてこちらを見てる。そこに一仕事終えた感をわざとらしくミセス・アンダーソンが出してこう言った。
「何よアンタ達。人の家に入って来るなり騒々しいわよ」
「「すっすみません!」」
「えっと、その者達はまさかお一人で?」
「ええ、家に入ったのが運の尽きよ。色々と侵入者対策を施してるからね」
「「さ、流石ミセス・アンダーソン様!!」」
嬉々として尊敬の眼差しを向ける僧兵二人。簡単に信じちゃうものだな。信仰って怖い。考える力を奪う……それが信仰なのでは? って気がして来るな。だって盲目な信者ってそう言う毛があるよ。
何だって信仰の教え通りに……まあ教え通りならまだ可愛げがあるけど、上の者の言葉を深く考えもせずに鵜呑みにしたりするよな。神様に近い位置に居る人だから偉い……立派でご高名な方達はきっと神様に選ばれた存在なんだ--ってな思い込み。
まあ中には本当にそんな人物が居たりするかもしれない。百年か千年に一度位はそんなのが居てもおかしくは無いかなって思う。けど大抵はそんなお偉い人達だって同じ存在である者達に選ばれてる筈だろ。
同じ存在である事を忘れるなよ。偉くご立派と言われてる人達の言葉が全て正しい訳じゃない。いろんな思惑はどこにだってあるって事を忘れちゃだめだ。そんな信者ばかりになってしまうと、その内何を信仰してたのか分からなくなるだろう。
丁度リア・レーゼみたいにさ。リア・レーゼは星の御子と言う巨大な存在がシスカ教という概念を覆そうとしてたからな。まあローレの奴にはそれだけの魅力があったのかもしれない。それかやっぱり信者は盲目だったか。
ローレの場合は悪って感じでもないからまだ別に良かっただろうけどさ、元老院がはびこってたサン・ジェルクは笑えないよ。あいつ等が教皇を傀儡と化して宗教を私服を肥やす道具としてたのは明らかだしな。
そしてそれに一般の信者は気付いてさえいない。まあ実害が出なければそんな物なんだろうけど……宗教はやっぱり怖いよ。日本では元からあんまりいいイメージ無いしな。結局宗教なんて人が作った物だもんね。どこかに作った奴が得する様に出来てるよな。当たり前。宗教の怖い所は「神の教え」言ってれば悪人でも善人面が容易に出来る所だよな。
ここはLROなんだし、その言葉に制約でも掛けてれば良いのにな。本当に心が綺麗じゃないと言えないとか……悪人が口にすると舌が焼き切れるとか、その位の制約あっても良いよな。沢山の人を導こうと本気で思う奴なら、その位のリスクは背負ってくれるだろう。てか、その位の覚悟を持てって意味でも良いと思うんだけど。
まあそんな事を考えてる間に、僕達は社の地下牢--と言うかこの場合は水牢かなってな所に幽閉された。サン・ジェルクは湖に浮かぶ都だからな。地下って言えば水の中だ。前に潜入する時に使った、社の一番下の階層の湖と接してる人気の少ない場所。そこまで沢山の僧兵に連れられて、罵詈雑言の中一人一人に魔法の膜をかぶせて蹴り捨てられたよ。
テトラの奴が縛った縄もそのままに光の膜に幽閉されて、僕達は湖の底へと沈んで行ってる。これってかなり酷い仕打ちだよな。ミセス・アンダーソンの奴は「少し待ってなさい」とか言ってたけど……大丈夫なのか? なーんか不安だな。透明度の高い湖だから全員の様子が分かるのはありがたいけど、こんな水中じゃ下手に動けないよ。
「ん?」
なんか水牢の一つに目を疑う様な光景が見える。一緒に落ちてる三つの水牢の一つ……クリエとリルフィンは別に僕と同じだ。牢の中で縄に縛られてり。だけど一番下のテトラ……アイツだけおかしいぞ。
片手に本を持ち、傍らにはミートパイみたいな物とお茶が見える。おい、あそこだけ牢の中に見えないぞ。
「何やってんだテトラ! ずりーぞお前だけ! てか、この縄ほどけよ。もう良いだろ!」
僕は一番下を進んでるテトラに向かって叫ぶ。だけど反応がないな。
「おい! 聞いてるかおい!」
う~む、やっぱり無視だ。
「ん?」
その時僕は気付いたよ。クリエの奴が僕の方に向かって何か言ってる。正確には何かを発してる様には見えるけど、声は聞こえない。つまりはこの水牢、ご丁寧に防音らしい。なるほど、テトラの奴が無視するのも無理無いって訳か。聞こえてないんだからな。それに向こうは読書中……それがまたムカつくな。
こっちはまだ亀甲縛り状態なのに、あいつのあの優雅さがムカつく! てか優雅にくつろぐ前に、自分の縄を解いたのなら同時に僕達のもほどけよ。絶対ワザとだろアイツ。テトラってそう言う奴だ。
「てか……さっきからクリエは何を言ってるんだろう?」
ずっとこっちに向かって口を動かしてる訳だけどさ……聞こえないってそろそろ気付けよ。僕はしょうがないから、聞こえないってことをジェスチャーで伝える事に--って亀甲縛り状態だからジェスチャーも出来ないんだったよ。怨めしや亀甲縛り。
取りあえずこっちも口をなるべく大きく開けて、「聞こえない」って事をアピールするか。
「き・こ・え・ねー・ぞ!」
すると何故かいきなり笑い出すクリエ。一体あいつは今ので何を受け取ったんだ? 同じ事自分もしてただろ。何故か爆笑してるクリエの事はこの際放って置こう。今の状況じゃ訳に立たないしな。てか、本当はテトラの奴、僕達の事気付いてるだろ。さっさとほどけよ。
アイツの事だから絶対に僕達が困ってるのを見てほくそ笑んでるに違いない。この邪神め。小さい。やる事が小さい。武器もアイテムも没収されたし、このままの状態でミセス・アンダーソンがノエインを連れて来るまで待っとくのか? きっついんだけど。
そう思ってると遂には湖の底だよ。ボスンと落ちた所で砂が舞う。てかこれって面会とかどうやるんだろうか? 面会する時にだけ引き上がられるとか? でもそれじゃあ逃亡のリスクに繋がるよな。この中から出さなければ良いんだろうけど、それじゃあこの防音機能のせいで会話出来ない。
面会なら会話は許される筈だよな……それなら何か方法があるのかもな。防音機能は実はオンオフ可能とか。魔法の国なら当然、そこら辺の機能も魔法仕様なんだろう。魔法なんてほぼ使った事無い僕にはやっぱりどうしようもないな。
そもそも魔法を自分でどうにか出来る奴なんて早々居ないよな。普通のプレイヤーはスキルを発動させてるだけだ。まあ習得した魔法ならこんな状況でも繰り出せる……のか? 有効なのなら良いけど、僕のスキルじゃ今の状況じゃ訳に立ちそうに無い。
下手したらこの膜破壊しそうだしな……それは流石にやり過ぎだし、メリット何もない。一応ここで大人しくしてるのが一番なんだけど……だからその環境の改善にはこの縄を解くのが重要。
「くっそ、何かテトラを邪魔する方法は無いか?」
あの優雅に気取ってる姿がムカつく。一人だけ何くつろいでるんだよ。するとどうやらリルフィンの奴も同じ事を思ってたらしく、ゲシゲシと向こうは比較的自由な体で膜を足蹴にしてた。だけどやはり後ろ手で縛られてるから不安定に成り易いのかズッコける。ダサッ。
「あれ?」
ズッコけたリルフィンの奴はダサかったけど、それを帳消しにする発見を僕はしたかも知れない。今派手にリルフィンがコケた時、この膜が動いた。いや、別に固定されてる訳じゃないんだからそれは当然なんだけど……見落としてたよ。
そうなんだ。別に固定されてる訳じゃない……それならテトラを邪魔する事はこの状態でも出来る。こっちはリルフィン程自由に動けないけど、みの虫みたいにウネウネと動いて、テトラの方向で必死に上半身を持ち上げる。
「うぎぎぎ……おりゃああ!」
そして上半身を膜の側面に叩き付けて回転の方向性を加えてやるんだ。するとゴロンと少しだけ移動出来た。自分の重さで回転が止まるのが痛いな。連続して出来れば勢いもつくんだろうけど、流石にそれは無理だ。
結構無理な体勢を取る事になるからな。でも僕は諦めずに何度も何度もそれを繰り返す。クリエの奴が僕の行動を見て腹を抱えて笑ってるけど、それは無視した。でも聞こえない筈の声が何故か理解出来たよ。
アイツ−−
「芋虫〜芋虫〜きゃははははは!!」
−−ってな感じの言葉を発してるに違いない。僕だってこんな縛り方されてなきゃもっとがしがし回れるのに……そう思ってると、横から衝撃が!
「ぐわっ!? なんだ? ってリルフィンかよ!」
あの野郎僕がやってる事を真似たな。しかも向こうは手だけしか縛られてないからガシガシ行ってやがる。まあ別に絶対に僕がやってやる! って訳でもないから、どうでも良いけどな。リルフィンがやってくれるのなら、それに超した事は無い。だってきっついもん。
いけしゃあしゃあとしてやったみたいな顔して進んでくリルフィンだけど、どうぞご勝手に−−って感じだな。別に張り合ってないっての。そしてそのままリルフィンはテトラの膜にぶつか−−ったと思たら半回転してアッサリと回避されたリルフィン。
ぬお!? ってな顔を一瞬見せたら次の瞬間勢いづいた膜の回転に足を取られて中で回りながら転がって行ったよ。アホだなアイツ。でもだけど……悪質なのはやっぱりこの邪神だな。偶然を装ってかわしたけど、どう考えても今の偶然じゃないだろ。
タイミング完璧過ぎだ。やっぱり確信犯かこの野郎。テトラの奴って性格悪いな。こいつ神だから自分には友人とかが居ないと思ってそうで、僕も立場が違いすぎるからしょうがない部分はあると思ってたけど、それは違うかもしれないな。
こいつ普通に僕達と同じ存在でも友達少なそう。だってやる事がネチッコイというか、陰湿? 邪神なんだからもっと堂々と派手にやるならやれよ。そんなんだから肩書き負けとか言われるんだぞ。まあ主に言ってるのは僕だけどな。
てか、流石に今ので無視決め込むのは難しくなったろさっさと縄を消滅させろ。僕はテトラをジトーーーと見つめる。するとようやくため息一つでこっちを見た。その瞬間僕は必死に自分をアピールして猛抗議! するとテトラの奴はお茶と本を靄の中に閉まって立ち上がる。そして指を鳴らした様な動作をすると僕達の縄が靄となって霧散してく。
「これでいいだろ?」
「ああって、あれ? なんで聞こえるんだ?」
防音は完璧だった筈だろ。クリエの馬鹿笑いも漏れてこなかったしな。
「あれ〜聞こえる〜。どうして〜」
すると能天気な声も聞こえて来た。どういう事だよ。
「邪神め、やはりアイツはダメだ。ムカつく……殺すしか無い。そう殺すしか……」
なんだか物騒な声まで聞こえて来たぞ。今さっき避けられた事を根に持ってるなこれは。リルフィンの奴は余程、テトラに一矢報いたいんだな。ホント仲悪い。しかもムカつくって……完全に私情じゃねーか。
「俺の力は万能だからな。今はお前達の傍に残してる俺の力で声を拾ってるんだ。だから会話が出来る。それを感謝こそすれ、殺すとは恩知らずな奴だな。犬は何も考えずに尻尾だけ振っていれば良いんだぞ。その方が可愛げがある」
「ふざけるな! 誰が貴様に尻尾など振るか。そもそも恩だと? 俺達だけ縛ったままで、自分は優雅に自由を満喫してた分際がよくもそんな………………………」
あれ? なんか声が聞こえなくなった。こっちに戻って来てるリルフィンはまだまだ勢い良く喋ってる様に見えるんだけど……まさかテトラの奴−−
「おい、まさかリルフィンの声だけ拾ってないだろ?」
「いちいち犬の言い分など聞いてられるか」
アッサリ認めたな。そしてリルフィンはこっちにも聞こえてるとばかり思って喋り続けて、近くまでやって来た。その時には既にぜぇぜぇしてるのが見て取れる。そしてリルフィンの勢いが収まった所で声を拾ってあげるテトラ。
「ゼハァゼハァ……分かったか邪神。お前の言い分は認められん!」
「そりゃ残念」
あっさりとテトラがそう言った。だけどあのテトラに自分の言い分を認めさせたって事でなんだかリルフィンを感涙の思いを噛み締めてるみたいだった。幸せな奴だな。
「まあどうでも良いけど、あんな陰湿な嫌がらせ止めろよな。僕達は仲間なんだぞ」
「遊び心だ。ずっと一人で暇だったしな」
確かにテトラは暇してたんだろう。ずっと一人でさぞかし寂しかっただろう。だからって変なコミュニケーションの取り方は止めろよ。こんな事何回もされたらイライラが募ってしまう。軽くコミュ障に成ってるんじゃないか?
「クリエは面白かったよ。スオウがとってもおかしかったもん」
「僕は逆にお前の頭が心配になったけどな」
「むむ〜どういう意味かなスオウ?」
どういうもそういうも、そのままだよ。よくもまああんな爆笑出来たな。どれだけ緩いお笑い感覚なんだよ。こいつの笑いのつぼは恐ろしく低いのかも知れん。僕は上を見上げる。水面は日差しに照らされてるのが分かる。まあ結構遠い所だけど……僕達の落とされた直上には社があるからね。すぐそこに太陽の光は無い。
でもこの水中には色々と光源があるからかそれなりに明るい。お偉い方のプライベートルームも幾つもあるしね。でもそれだけじゃない。きっと透明感が高いから。光が沢山反射して、結果的に水の中でも視界を確保出来る位に明るくなってるんだろう。
「どの位でノエインを連れて来れるだろう?」
「さあな、あのおばさん次第だろ。取りあえずやる事は無いし、暇しとくしかないな」
「じゃあ折角だし、親交を深める為にもしりとりでもやるか? 一人で暇潰すよりも良いだろ」
何となくした提案。だけどきっとこれが間違いだったんだ。
「ふん、良いだろう。決して神には勝てないという事をそこの犬に躾けてやる」
「はっ、用済みな神など必要ないと、そろそろハッキリと自覚させてやろうか」
「ね〜ね〜しりとりって何〜?」
ピリピリした奴と、そんなの気にせずに能天気なままの奴……なかなかにカオスな戦場だな。まあただのゲームだし、危ない事が起こる訳でもない。僕はテトラとリルフィンの火花を無視してクリエにしりとりの説明をしてやった。
そして早速ゲーム開始。
「じゃあまずはしりとりの『し』−−」
その瞬間、一瞬目の前が揺らいだ気がした。
「どうした?」
テトラの奴がそう言うけど、それは本当に一瞬で、今ではなんともない。僕は気にせずにしりとりを再開させる。大丈夫だよな……まだ大丈夫。
第五百六話です。
ミセス・アンダーソンは仲間に戻って今度はノエインですね。次回はリアルに戻ります。
てな訳で次回は水曜日に上げます。ではでは。




