16. 【元家族side】他人事【零梛】【一桜】
天ヶ咲事務所の社長室。
「どういうことですかこれは!?」
零梛はネットニュースを見て、目を見開いて金切り声をあげる。
「六槻が未成年飲酒、ですって?! 自由にして良いと私が許したことですが、こんなことになってしまうだなんて!! あの子の頭はあまりよくなかったのですがこれほどまでとは……。」
母でありながら六槻のことを何も把握できていない零梛は、自分の発言から物事がどう発展するのかを予想できていなかった。
「雪、これによる損害はいくらほどになりますか?」
事務所の社長である零梛は今回、六槻が引き起こした不祥事による損害の額を秘書の雪に尋ねた。
「はい、未成年飲酒によるイメージダウン、CMの降板による違約金、ライブの予定もありましたのでそれの中止、ほとぼりが冷めるまで活動も休止するので今後の収益も見込めないので諸々含めてざっと1億円以上かと」
「い、1億円!? そんなにあったら何度クルーズ旅行に行けて、高級家具やブランド品がどれだけ買えるというの……!?」
零梛は損害が1億円以上と聞いて白目を剥く。
ギリギリと歯を食いしばって、頭には血管が浮かんでいた。
(この人は自社のタレントの今後より目先の自分のお金のことしか頭にないの!? それに自分の娘でしょ?!)
事務所の社長であり、母であるという自分の立場すら忘れ、ただ自分の損失について考えている零梛に対して雪は失望していた。
「でも……あの子以外にもまだまだ娘たちがいるものね。こうなってはもっともっと頑張ってお金を稼いで貰わなくてはいけませんね」
零梛にとっては娘であっても、自分にお金を呼び込んでくるただの一つの駒に過ぎなかったのだ……。
○ ●
「あの愚妹もとうとうやらかしてしまったか、だが君が気に病むことない。あの子自身の責任だ」
「いえ、タレントの不祥事はマネージャーの責任でもあります。ですが一桜さんにそう言って頂けると気が楽になります。ありがとうございます」
マネージャーである播磨里麻は、俳優である一桜の現場に同行していた。
二人は一桜の次に出演する作品の打ち合わせに来ており、その打ち合わせを終えたときの会話だった。
「ところで、あの子は今どうしている?」
「はい、六槻さんはSNSの誹謗中傷や世間からのバッシングに耐えらずに塞ぎ込んでしまいました。私が連絡しても何も応答がありません。心配になって一度、部屋の前まで行きましたがずっと何かを言っていて、人前に出られる状況じゃなかったです……」
「元気と生意気さだけが取り柄の妹だったのにそれは相当だな……。でも、私も妹の心配ばかりもしていられないな。そうだ、私の出演する次の作品の資料はあるか?」
一桜は六槻の心配をしたのはほんの少しで、すぐに自身のことに切り替えた。
その様子から姉妹の関係性がみてとれるようだった。
「あ……。はい、こちらになります」
そして里麻は、監督から預かっていた資料を差し出す。
「なに、これだけか?」
資料を受け取った一桜は怪訝な顔をして、里麻に尋ねる。
「? はい、監督からもらったものはこれだけになります」
「どういうことだ。いつもだったらもっとぶ厚い資料が渡されるのだが。そこには登場人物全員の心情や、役作りにおいて事前に体験した方が良い事であったり、セリフの言い方や仕草であったり表情の指定などが書いてあるはず。これには登場人物の簡単な設定しかないじゃないか」
「ええっと、だいたいこんなものでは……? あとは台本を読み込みご自身で考えて、あとは現場で監督と擦り合わせていくものなのですが……」
「そんな面倒な作業をするはずがないだろう。役者はただ資料通りに言われたように動く簡単な仕事だ、そうだろう? そうか、まだ資料が出来上がっていないのだな、現場に入るまでに監督に請求しててくれ」
「か、かしこまりました……」
(そんな資料ってあるんだろうか? 私が他の役者さんのサポートをしていた時はそんなものはなかったけど……でも、一桜さんが言うならあるんだろうな。あとで問い合わせしてみよう)
里麻は一桜に言われたことが初めて聞く内容だったので戸惑っていた。
だが真面目でお堅いイメージのある一桜の言うことだからと、里麻は信じてしまった。
その詳細な資料というのは、いつも伍が作っていた資料だということを一桜は知らなかった。
一桜が、資料を来ることを信じて疑わずに特に準備をせずに現場入りしてしまうのは、あと少し先のお話。





