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異界探索行  作者: 詩月凍馬
13/14

登録を終えて

濃密な木々と土の香り、さわさわと鳴る葉擦れの音。

そんな森の中に、今俺達は居た。


「う~ん、街中も嫌いじゃないけど…やっぱり私はこう言う空気の方が好きかも」


そう呑気な台詞を口にしたファーラに、同行者である狐人族―ユーディは額を押さえつつ息を吐いた。


「ファーラ、あなたねぇ…」


まぁ、彼女が呆れるのも解らないではない。

今俺達が居るのは街を囲む城壁の外―即ち、安全の保証されない危険地帯だ。

そんな場所で武器すら持たないままに背伸びしながら深呼吸、等と言う呑気極まる様を見せられれば、ある意味当然ではあろう。


装いにしても、簡易防具を兼ねるだろう厚手の皮のコートを着込んでいるユーディとは対照的に、動き易いパンツルックでこそあるものの、ブラウスにしろ、その上に羽織るローブにしろ上質そうな布製にしか見えない事もあろう。


ああ見えて簡易マップによる策敵は行っているし、鎧代わりのFCAも展開されている。

防御力で言えば、ユーディのコート等より余程上なのだが…


――まぁ、幾ら口頭で伝えた所で、な…。姉として安心出来ぬのも無理からぬ事ではある。


そう言う俺もまた、何時もの戦装束に両腰にエルツァイク、腰裏にファルセイクを収めたホルダー、とファーラに比べればマシではあろうが、端から見る分には緊張感には欠けるだろう事は否めまい。


あの面談より3日。

発行された身分証を使って開拓者登録を澄ませた俺達は、散策がてら簡単な依頼を受けて森へと出向いた訳だ。


街の散策は発行までの二日で粗方澄ませた感じがあった事もあるが、村育ちのファーラには街特有の雑多な人混みと喧騒は、思いの外負担であったらしい。

とはいえ、慣れていないだけで嫌いと言う訳ではない、と言うのが幸いではあるが。


そう言った理由もあり、森へと出向いた訳だが、今回は同行者―ユーディが付いてきている。


『あのバカの事もあるし、妹の恋人を見定めたいのよ』


とは、面談の翌日に押し掛けてきた彼女の科白だが、どうにも此方を見る眼にはそれ以外の目的も見え隠れしている様に見える。


最も、だからと言って悪意や敵意の類いは感じられない為、当面は追求を避けている。


彼女の立場―現リオール伯の補佐官であり、現代の巫女の姉と言う二つの立場からすれば、額面以外の目的等幾らでも出てくるだろう。

加えて言うのであれば、此方としても彼女越しにとはいえ、リオール伯―延いては現在のリオール家について知る機会であるのも事実だ。


民の事を考える良き領主と言う表の顔の裏に、酷薄で残虐な一面を隠し持つ、等と言うのは、ある意味、物語的な見方をするならば、『お約束』『テンプレ』と言う事もある。


流石に物語の彼是と現実を混同する気はないが、この前の面談のみをもって全幅の信頼を…等迂闊に過ぎよう。


まぁ、現状では互いに一定の評価を下しつつ様子見に徹する事になるだろう。


そんな事を考えながら、久しぶりだろう姉と妹のやり取りを見守っていると、簡易マップに反応。


識別カラーは赤―即ち敵性だ。


「ファーラ」


俺の短い言葉に応じる様に、ファーラは自らの左腰に取り付けられたホルダーから、十字を描く金属製の円柱をとりだして呟く。


「レスト、起動」


極僅かなその呟きに応じ、ファーラの左手に握られた十字―上下へと淡い光りを伸ばしていく。

その光りはいっそ流麗と言って良い曲線を描き、一本の弓として結実した。


ファーラの持つQCW『レスト』だ。


一瞬の内にただの金属の円柱が弓へと変じた事に瞠目するユーディを他所に、ファーラは俺にチラリと視線を向けてくる。

『自分がやる』と言う意味だろうそれに、短く頷いて返すと、ファーラは視線を戻し弦を引き絞った。


弦を引く右手と握り上部の短い円柱を淡い光りの線が繋ぎ、矢として実体化。

一呼吸おいて放たれた矢は、風切り音すらなく飛翔していく。


○弓闘技・狙撃系『音無』


名前の通り、本来発生して然るべき風切り音を生じない矢を放つと言う技だ。

位階としては最下位の一つだが、聴覚に頼る敵に気づかれ難い事から、弓闘技使用者の中では主力の一つとして使っていた者も少なくない。

技の練度が上がれば射程は上がって行く上、肝心の威力の方も自身のレベルと使用するQCWのランクや強化で上げられる為、扱い易かったと言うのもあるだろう。


最も、今回のファーラの場合、間合い的にそれ以外の技では届かなかった、と言う理由であろうが。


「ふぅ…良かった。ちゃんと当たってくれたみたい」


マップを確認し、敵性体の生体反応が消えるのを見て、ファーラは息を吐いて胸を撫で下ろした。


今のファーラの練度では、視界内ならば兎も角、マップとレーダーサイトを利用しての遠距離狙撃は少々荷が重いのは確かだ。


村からの移動中にも幾度か練習しているが、現在の所、成功率は五分五分と言った所だろう。


「まぁ、こればかりは慣れだからな。だが、最初に比べれば随分と上達しているさ


「うん、それなら嬉しい」


そんな風に和やかに笑う俺達だったが


「ちょ、ちょっとちょっと! 和んでないで説明して欲しいんだけど!? いきなり出てきた弓とか、明らかに射程外の筈の獲物を仕止められた理由とか!」


慌てた様に詰め寄ってきたユーディの様子に、浮かべた笑みは苦笑に変わる。


一応、街の外に出るに当たり、FCAやQCWについても話してはあったのだが、こうして実際に目にした事で、漸く実感として驚愕が沸いた、と言う所か。


致し方ないとはいえ、これは今日の所は街へ戻るべきかも知れん。


その為にも、足元に群生するミクズ草を摘み取ってしまわねば。

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