面談
「良くいらしてくれた。巫女殿、そして番殿。我がリオール領はお二方を歓迎する」
一夜明けた夕刻、約定に従い面会に出向いた俺達を金髪の韋丈夫と狐人族の女性が出迎える。
「エイルバード・ウィン・リオールだ。気楽にエルとでも呼んでくれると嬉しいね」
執務机から立ち上って俺達に歩み寄ると、笑みを浮かべて手を差し出してリオール伯に、俺もまた、名乗りを返し差し出された手を取る。
「デュラン・サージェスだ。急な来訪への対応、痛み入る」
「なに、こう言った来客への対応も領主の仕事だからね。それに一部の貴族には、連絡もなしに突然訪れて今すぐ話す場を用意しろ、なんて輩もいる。それに比べれば何て事ないさ」
苦笑しつつ答えるリオール伯に、やや後ろに控えた狐人族の女性が額に手をやっているのが見て取れた。
大方、リオール伯が此処まで砕けた態度に出る事が予想外だったのだろう。
が、それも僅かの事。
即座に気を取り直したらしく、リオール伯の隣へと歩み出た。
「月狐族のユーディよ。ここでの立場はエル…エイルバード候の補佐官って所かしらね」
…なるほど。彼女がファーラの姉か。
確かに、髪や瞳の色こそ異なるが、顔立ちは相応に似通って見える。
強いて言えば、ファーラはややおっとりした柔らかな印象が強いのに対し、彼女は幾分鋭い印象を受ける事だろう。
「お久し振りです、エイルバード様。姉さんも」
初見である俺と違い、既に面識があったらしいファーラの挨拶に、リオール伯、ユーディ女史が揃って相好を崩し、思う所があるらしいリオール伯は表情を真面目なものへ戻して答える。
「あぁ、久しぶりだね。そして、愚弟の件では本当に申し訳ない事をした。兄として、リオール家家長として、改めて謝罪させて欲しい。本当に、申し訳なかった」
腰を折り、深々と頭を下げるリオール伯に、ファーラは困った様に曖昧な笑みを浮かべ、「はい、謝罪は受け取りました」とだけ答えるに留める。
と言うのも、本人の中では既に終わった事して片付けられている様ではあるが、『気にするな』とも『気にしてない』とも言えない程度には重い出来事ではあるのだ。
それ故の一言、なのだろうし、その事を察したらしいリオール伯もまた、再度頭を下げる事で終わらせる事にした様だ。
「一体どうやって治ったのかとか聞きたい事はいっぱいあるけど…取り敢えず、元気そうで良かったわ」
安堵の息を漏らしつつ、笑みを浮かべるユーディ女史に、ファーラもまた笑みを返す。
「心配かけてごめんなさい。治療法はちょっと詳しくは言えないんだけど…うん、全部デュランのお陰、だね」
…ポッドに関して口に出来ないのは確かだが、その言い方もどうだろうか?
まぁ、ならばどう言うのだ、と問われれば言葉に詰まるのは確かではあるが。
一通りの挨拶を終え、接客用のソファーに腰を落ち着ける。
使用人が配膳した茶で軽く喉を湿し、まずは本来の要件を済ませる。
「さて、まずは身分証の一件から、かな?」
確認する様に尋ねてくるリオール伯の言葉にファーラが頷く。
「はい。私は今まで月狐の村を出た事がありませんから、旅に際して必要になる身分証を持っていませんし、こちらのデュランは故あって戸籍自体が存在しませんから…」
「まぁ、それはそうだろうね。グランディルクの戸籍制度は他国に比べ、高い水準を誇ってはいるけど、流石に異世界からの来訪者となるとね…」
ファーラとの面識がある故か、俺がこの世界の存在ではない事は承知であるらしい。
それを裏付ける様に、ユーディ女史が続ける。
「神託があった時点で、ファーラの番に関しては多少の情報はあったのよ。『その者、異界よりの来訪者。氷月の髪に金色の瞳、白き衣を纏う双剣士』ってね」
「僕も巫女殿とはある意味家族ぐるみの付き合いでもあるし、この通り、ユーディが補佐についてくれてるからね。その辺りについても聞いてはいたんだよ」
なるほど、リオール家とファーラの家族は、主家とその配下と言うより親しい仲であったらしい。
何にせよ、その辺りを知られているのであれば話は早い。
「その辺りを知っているなら、やり易くはあるが…そういった事情故、一切の身分証明が出来なくてな。辺境に引き籠るのであれば兎も角、多少なり世間に関わるには、な」
俺の言葉にリオール伯が苦笑しつつ頷く。
「確かに。一領主としても無登録のままで彷徨いて貰うのはちょっと、ね…」
「出身が異世界だけに、貴方に出来る事、出来ない事の判断が付かないし、巫女と番はそれだけで独立した一つの勢力だから、縛る事は出来ないにしろ、治安維持の点から言えば身分登録は必須。それに巫女と番であっても、平時には法に従う義務があるもの」
ユーディ女史の言葉ではないが、そういった意味合いからも、登録は済ませて起きたい。
巫女と番はある種の独立勢力として位置する様ではあるが、だからと言って法と無縁であれる訳ではない。
飽くまで、個々の勢力下への囲い込みや権力による徴発が出来ないだけで、納税その他の義務は当然付いて回る。
当然、関所を通過する為には、他の旅人同様身分証の提示が求められ、提示出来なければ通過が許されない訳だ。
…まぁ、俺に関して言えば、関所破りの方法等幾らでもあるが、何も態々いらぬ波風を立てるのも馬鹿らしい。
「その顔を見る限り、解ってくれてる様で嬉しいよ。登録自体は簡単に終わるから、必要箇所に記入して貰えるかな?」
リオール伯の言葉に続き、ユーディ女史が俺とファーラの前にそれぞれ書類を配布する。
「まずはファーラ。貴女は戸籍関連は大丈夫だから、こっちの書類ね。ここと…ここ、それと後ここね。解ってるとは思うけど、内容は良く読みなさい」
「解ってますよ。下手をすると、私だけじゃなくてデュランにまで迷惑かけるもの」
「ん。ならよし」
ファーラの答えに頷き、俺の書類に関しても説明をくれる。
俺に関する書類は、来着者戸籍と呼ばれる領地外の出身者を戸籍登録する為のものだ。
いかにグランディルクの戸籍制度が高い水準を誇って居ようと、各領地から外れた小村や辺境の隠れ里の様な場所が無いではない。
そう言った場所は存在を把握仕切れていない、若しくは知ってはいても場所が場所だけに管理の手がのばせない等と言う事もある為、結果としてどの領地にも組み込まれて居ない場合もある。
無論、そんな隠れ里の住人の中には都会に憧れて、等の理由で出てくる事もあり、元々この来着者戸籍と言う制度は、その手の出身者に対しての措置である。
まぁ、俺の様な異界出身者への適応は当然想定外ではあろうが、今回は一種の例外措置として扱うのだろう。
内心でそんな事を考えながらも、文面に目を通し、内容を精査する。
先のファーラの科白ではないが、此処で面倒がりでもすれば、結果としてファーラにも面倒を掛けかねん。
「…はい、確かに。記入抜けもないし、大丈夫ね」
暫し後、記入を終えた用紙を受け取って確認を終えたユーディ女史がそう言って頷く。
「じゃ、これで手配しておくわね。それで申し訳ないんだけど、発行には早くても二日は掛かっちゃうから、開拓者登録とかする積もりなら受け取ってからにして貰えるかしら? 勿論、発行までの滞在費はこっちで負担するから」
「気を悪くしないで貰いたいんだけど、これは一種の安全措置でね。一昔前は兎も角、今では開拓者登録には戸籍を始めとする身分証明が必要って事なってるんだよ。以前それなしでの登録を許した結果、他国の間者だの、そうじゃなくても無頼を気取った賊擬きなんかが結構出たらしくてね」
ユーディ女史に続いて、苦笑混じりのリオール伯の科白に、なるほどと頷きつつ、内心で苦笑。
ファンタジーを代表する役職の一つ、冒険者。
その存在は兎も角として、登録制度等にはやはり、現実故の世知辛さが付きまとう様だ。




