⑬一難去ってまた一難
私は最初と同じように陛下に挨拶をして謁見の間を出ていこうとしたが、レイナード様とコリーナ様は声を上げて呼び止めてきた。
レイナード様が浮気した事や、ご自分の仕事を私に肩代わりさせていた事も、私に対する酷い態度も全て白日の下に晒されたのだ。コリーナ様だって、ご自分の立場を弁えるどころか公爵家の私に対しての行いで即刻処罰されておかしくないのに、これ以上まだ傷を広げようとでもいうのか......。
「貴様......本当に慰謝料を請求するつもりではないだろうな?」
「え?慰謝料、でございますか」
いけない、質問を質問で返してしまった。しかし、あれほど豪語していた彼女と一緒になれるのだから、そのぐらい払えばいいではないか。彼には個人資産があるはずだからそれを充てると思っていたが......まさか?私は嫌な予感がしたが、もう私が心配する事でもないし尻拭......後始末をするのもごめんである。
「レイナード様、申し訳ございませんがその件につきましてはわたくしの一存ではお答え出来兼ねますので、後日公爵家より婚約破棄の書類と共に書面でお伝えいたします。」
「何故だ!お前が一言公爵に頼めば済む事であろう?」
「頼む?わたくしが?何を父に頼むというのです。よろしいですか?これは王家と公爵家の話であって我々の個人間で済む話ではないのです......。それではレイナード様、ごきげんよう」
謁見の間を出てその扉が閉まった時、私はようやく息を大きく吐き出した。隣のロドリックが心配そうにこちらを見ているから笑って彼を安心させる。
少し歩いて庭園まで来ると、ようやく緊張も緩んだように感じた。ここは私のお気に入りの場所でもあり、癒しの場であったから。
先のガゼボを見るとそこには私の母とイブリン様がいらっしゃったので、ロドリックと共に報告に向かった。
私に気付いた母がにこやかにしていたので、もう話が届いているのだろう。
そして私に向かってイブリン様が頭を下げられたので慌ててお止めする。いくら母の友人とはいえ、この方は実質的にこの国の王妃様なのだから。それにイブリン様は何も悪くはないのだから......。
私の分の紅茶も用意され、私達のお茶会が始まった。そもそも私がレイナード様の公務のお手伝いをし始めたのは、イブリン様のご負担を少しでも軽くするためだった。その事もあり、イブリン様は少し負い目を感じていらっしゃったのかもしれない。今後お手伝いする事が無くなるのかと思うと、そこは少しだけ寂しさを感じる。
私とイブリン様が意味ありげに微笑み合っていると、母が気になった様でどうしたのかとその事に会話が移ろうとしたその時......。風に乗って薔薇の香りとは別の特徴的な香りが漂ってきた。その香りに心当たりのある私達三人は互いに合図をしたかのように素早く席を立ちその場を後にしようとしたが、一瞬遅く、我々はその声に引き留められた。そしてその声と香りの主とは......。
「あら、誰かと思えば......イブリン様にロザリーヌさんじゃないの、それにシェリルもここにいたのね?ちょうどよかったわ、貴女と話がしたかったのよ」
私達の前に現れたのはレイナード様のお母様、すなわち王妃のアラーナ様その人であった。
アラーナ様は私達に着席するように促し、用意された紅茶を優......雅にお飲みになりながら私達三人を見比べている。
「今回の事は貴女達の仕掛けた作戦だったって事なのかしら?レイナードが可哀想だとは思わないの?本当に執念深いんだから。恥ずかしくないのかしら全く......」
アラーナ様は音を立ててカップを置き、不機嫌さを隠そうともせず私達に嫌味を仰っている。私はそれをどこか他人事のように「さすが親子、やる事が同じだわ......」なんてレイナード様と重ねていたら、アラーナ様が呼んだであろう衛兵達に背後に立たれていた。控えていたロドリックが警戒をするが、相手は王妃様の指示だ、安易に動けるはずもないので私は首を振ってロドリックが下手に動かない様に指示を出した。
「わたくしの息子でこの国の王太子から慰謝料などばかげたものを巻き上げようだなんてそんな事はさせないわよ?拘束されて牢に入りたくなければこの場で慰謝料の放棄を書面に記しなさい」
一難去ってまた一難とはこの事かと、ズキズキと痛む頭を抱え込みたくもなったがこの場にはイブリン様もお母様もいるのでさほど慌てる事は無い。
しかし......陛下はこの事をご存じなのだろうか?いやきっと王妃様の独断で間違いはないだろう......。私が陛下に想いを馳せ胸を痛めていると、特に慌てる様子を見せない私達にしびれを切らした王妃様がテ-ブルを叩いて大きな音を出す、そしてその勢いのままいつものヒステリックが始まった。
「貴女達この状況が分かっているの?何故そんなに落ち着いているの?もう少し慌てなさい!王妃であるわたくしが牢に入れるといっているのよ?」
確かにアラーナ様は正妃様でこの国の王妃様である事に間違いはないのだが、それは文字通り肩書だけであり、実権、権力、人望などは測妃様であるイブリン様が全てを握っているのである。
アラーナ様は陛下とご結婚された当初こそ寵愛を一身にお受けになっていたので、王妃としての勢力も強かった。しかし不敬ではあるが......彼女のメッキはすぐに剥がれ落ちてしまい、今では癇癪やヒステリーを起こさせないために表面上王妃として敬っている人間が大半なのである。
そして皮肉な事に、それは陛下も同じなのであった......。




