⑪謁見の間ーⅡ
ここで陛下に押し切られては、私の未来は閉ざされてしまう!そう思った私は一か八かの賭けに出た。
「ひどいですわ......レイナード様、またしてもそのようにわたくしを悪者のように仰るのですね?貴方様だけに長年尽くして、この身までをも惜しみなくわたくしの全てを捧げてきたというのに......」
そう言って私は顔を覆いもせずポロポロと大粒の涙を流して見せた。肩を振るわせ両の手を強く握り締め、この場にいるすべての人間の同情を誘うよう、そして最大限私のこの姿が惨めに見えるように。
私の思惑通り周囲はざわつく、私の涙を初めて見たであろうレイナード様とてそれは同じで何も言えずにたじろいでいるようだ。
「わたくしという婚約者が在りながら、他の女性に心移りをして邪魔になったわたくしを排除したいお気持ちは分かりますが......」
私の話す内容に対してレイナード様が慌てて止めに入ろうとするが私はやめる事をしなかった。
「貴方様のお気持ちに寄り添う事よりも、貴方様のお仕事を肩代わりする事を優先し続けたわたくしにも原因は大いにございますので、わたくしに選択肢はないと理解しております。ですのでわたくしから陛下に訴える事など何一つございませんし、その様な事出来るはずがないのです」
「貴様のその身を全て捧げたなどと誤解を生むような言い方をするのはやめろ!それに、お前の言う通りならば何故父上は我々を叱責し、コリーナとの婚約に反対しているのだ!どうせ貴様が父親に泣きつき公爵家の力を使ったのであろう?今とてそのように惨めたらしく泣き真似などしおって、相変わらず計算高く卑怯な奴だ」
レイナード様の言葉に一つだけ正解があった、それは私が計算高く卑怯という事。しかし私にも後がなかった為、出来る事は何でもやるし気持ちの離れたこの人になんと思われようとどうでもよかった。そうまでしても私はこの人の元、そして元の生活に戻りたくはなかったのだ。
「貴様は昔からいつもそうだ!賢しげに振る舞い可愛げの欠片も無く、真面目なだけで面白味も何もないつまらない女だった」
レイナード様はそう私を貶し続けているが、私の耳にその暴言がハッキリと届く事は無かった。何故なら私の耳は後ろから大きな手で塞がれていたから。
「ロドリック......」
振り返り彼を見ると、彼は途端に私よりも悲しそうな顔になり唇をかんだ。そしてハンカチを私に渡してくれるが私はそれを受け取らなかった。人前で涙を流すなど、先生に知られたら叱られてしまうだろうが手段を選んではいられず、今ここでこの涙を拭き取るわけにはいかなかったからだ。
そっと彼の差し出してくれたハンカチを押し返し、静かに首を横に振った。私の意図が伝わったかは分からないが、私の視界からハンカチが消えそれと同時に、周囲が段々と騒がしくなっていくのが分かった。
周囲の人間といっても数はそれほど多くはない、この場での会話を記録する書記官と数人の文官に、私の言質を取る為の証人として陛下に呼ばれたのであろう数名の貴族。
彼らは私の発言の真意を推し量るかのようにレイナード様に視線をやる、レイナード様はその視線に耐えかねるよう口を開くが、思った通り彼は冷静さを著しく欠いていた。
「貴様の芝居じみた妄言を信じる者などこの場には一人としておらぬぞ!いい加減潔く婚約破棄に応じるのだ、貴様はどうあがいてもこの私の婚約者には戻れぬのだから諦めて次を探すがいい!王太子に婚約破棄された曰くつきの貴様を拾い上げるような男がこの国に居ればの話だがな!」
想定どうりというべきかなんというか、この人のこれは本心なのだろうが相変わらず周りが見えていない。父親である陛下のお心も、私の立場もこの今の状況でさえもだ。これでは陛下が私を引き留めた事にも頷ける、きっと同じように陛下を説得しようとでもしたのだろう。
「いい加減にしないかこの馬鹿が!お前にはあれほど言って聞かせたのにまだ分からんというのか?お前は本当にそれでいいのだな?」
「父上!私は先日から既に答えを出しています。なんと言われようとこの気持ちも、コリーナに対する想いも変わりません!」
レイナード様は無駄に真剣な表情で陛下へと毅然と返事をする。
しかし陛下は大きなため息をつき、その体を椅子の背もたれに力なく預け天を仰いでしまった。
「もういい、下がれ。部屋で大人しくしていろ......結果は追って伝える」
「父上!結果とはどういうことですか?私の願いは聞き入れてもらえるのですか?」
「だまれ!部屋へ戻れと言っているのが分からんのか!お前のせいでまとまる話もまとまらん」
「なぜですか、なぜここにいてはいけないのですか⁉我々は当事者なのですよ⁉」
とうとう陛下が頭を抱えてしまった。どうやらレイナード様はこの場で私との婚約破棄を陛下に認めてもらうまで、この場を離れる気はない様だ。
私は内心両手でガッツポーズをとった。皮肉な事に初めてこの人と同じ方向を向いていると感じる事が出来たのだ。私は最初にして最後となるだろうその手応えとともに彼を心から応援出来ていたのだった......。




