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第36話 『これが私の罰』


「じゃあ、これで……話は終わりだ」


そう言って席を立ち、お金を置いてカフェの外に出て、少し後。

 公園を歩いていたところ、後ろの方から急ぎ足で俺の事を追いかけて来る足音が聞こえた。

 そしてそれに気づき振り返るとそこに居たのは麗華だった。少し息を切らした麗華は俺を呼び止める。

 急いで会計を済ましてここまで追いかけてきたのだろうか。


「待って!」


 彼女は目に涙を浮かべながら立ち上がっていた。

 中途半端に話すのもあれだと思い、すぐ近くにあったベンチに腰掛けて、隣に座るように言った。


「……ごめんなさい」


 座るなり、掠れた声で、麗華は絞り出すように謝罪の言葉を口にした。


「私……悪かったって思ってる。だから、お願い……そんな冷たいこと言わないでよ」


 涙が頬を伝い、震える手で言う彼女の姿に、一瞬戸惑いを覚えた。でも、すぐに気持ちを立て直す。


 ──ここで揺らいじゃダメだ。


「麗華」


 俺は冷静な声で彼女の名前を呼んだ。

 なるべく感情を無にして、もうお前のことは知らないんだ、という気持ちだけを込めて。


「お前が何を思ってるかはどうでもいい。謝るのも勝手だし、それで少しでも気が楽になるならそうすればいい。でも──」


 一拍置いてから、はっきりとした口調で続ける。


「──俺はお前を絶対に許さない」


 麗華の顔が驚きに歪む。


「どれだけ謝ろうが、どんなに後悔しようが、お前が紗良にしたことを忘れることはない。許すこともない」


 言葉を一つひとつ噛み締めるように言うと、麗華は肩を震わせながら呆然と俺を見つめていた。


「……でも、そんなの、どうすればいいのよ?」


 麗華は涙を流しながら訴えるように言った。


「何もしてあげられないんだろうけど……でも、私だって──」


「俺にどうしてほしいとか、そんなことを考えるのが間違ってる」


 俺は冷たく言い放った。


「お前がやるべきことは、これから先、自分が何をしたのかをずっと胸に刻み込んで反省することだ。それ以外に何もない」


 麗華は何かを言い返そうとしたけど、俺の言葉が彼女を押し込めたのか、それ以上何も言えなくなった。


「一つだけ覚えておいてくれ」


 彼女の沈黙を確認してから、俺は最後の言葉を口にした。


「次に紗良に何か手を出そうとしたら、ただじゃおかない。そのときは俺が全力で守るからな」


 その言葉を残して、俺は彼女を置いて公園を出た。


 背後で何も言えずそのままベンチでうなだれる麗華の姿が、ほんの一瞬だけ視界に映ったけど――振り返る気にはならなかった。



 


 ******



 

 柊斗がベンチを後にするのを私はただ見送るしかなかった。


「……絶対に許さない、か」


 彼の言葉が耳の奥で何度も響いてくる。そのたびに胸の中がズキズキと痛んだ。


「謝ったって、無駄なんだ……」


 椅子に座り込んでしまいそうになる足をなんとか支えながら、私は自分のしたことを思い返す。


 私……なんであんなことしたんだろう。


 紗良さんに嫌味を言ったのは、嫉妬だった。

 柊斗を取られたような気がして、悔しくて──どうしても彼女を傷つけずにはいられなかった。


 でも、それが彼にここまで嫌悪される結果を生むなんて思いもしなかった。

 こんなのはただの嫉妬。そして柊斗を他の人に奪われるのは嫌だ、というあってはいけない独占欲だったのではないか。今更そんなことに気づいてももう遅い。

 やってしまったものはやってしまった。

 終わったことは終わった。

 ただそれだけ。


「私、本当にバカだ……」


 涙が止まらない。


 結局、私は彼にとって必要のない存在になっただけなんだ。


 柊斗の「紗良を守る」という言葉が、私の心を深くえぐる。


 私にはそんな風に守りたいと思う人も、守ってくれる人もいないんだ……。


 孤独感と絶望が胸を締め付ける。


 気がつくと、私は一人で街を歩いていた。夕焼けの色が辺りを染めているのに、それが全く目に入らない。


「もう、どうしたらいいの……」


 心に空いた穴をどう埋めたらいいのか、全くわからなかった。


 ただ、これから先ずっと、この罪悪感を抱えて生きていくしかないのだということだけは理解していた。


 ──まぁでもそれが私の罰……だよね。


 そう思いながら、私は足を止めることなく歩き続けた。

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