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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第1章 帰郷
4/26

(3)《護の一族》

 円形の広い部屋。

 壁際はモニターやコントローラーなどの機械が埋め尽くし、部屋の中央には天井から床を突き抜ける〝柱〟があった。

 〝柱〟は床から一メートルほどの高さまでは周囲と同じ色をした台となっていて、そこから天井までがガラス張りとなり、中を流れている何かが見えた。

 淡い光を放つソレは重力に逆らい、下から上へと流れている。

 ジュリは〝柱〟の下部――台にあるコントロールパネルを操作して、機能のモニタニングをしていたが、人の気配を感じて顔を上げた。

 肩を流れた真っ白な髪を払い、入口に赤い瞳を向けると一人の少年が入ってきた。


「なんだ。やっと来たのか……」


 あの子と似た目元をした少年。ただ、彼女とは違って瞳の奥は暗い光を宿している。


「来ないのかと思ってた」


 少年は、じろり、とこちらを見て、


「……報告書は?」

「相変わらず、愛想がないな」

「お互い様だ」


 少年にタブレット型の端末を投げると、無言で目を通していく。


「あの子は一緒じゃないのか?」

「ああ……」

「何だ。つまらない……」


 返事はない。からかいがいのない子どもだ。ジュリは内心で肩をすくめ、少年を視た。


「……安定しているな」

「私が管理しているんだ。当たり前だろう?」


 返事に胡乱げな視線と端末を投げてきた。


「そっちの状態も問題ないようだね。ゼロはどうしてる?」

「さぁ……?」


 気のない返事をして、少年は〝柱〟を見上げた。


「そっちはあとだ。先にお前の調整をする」


 少年からコントロールパネルに視線を落とし、いくつかのプログラムを立ち上げる。

 顔を上げると、まだ少年は同じ場所で〝柱〟を見上げていた。


「早く。そのぶん、遅くなる」






 ジュリは少年の検査と調整を終え、日課の〝柱〟の状態チェックを二手に分かれて行った。

 いつもは一人で行っている作業。部屋に他人がいるだけで気がそがれる。


「あの子も行くのか……」

「……ああ」


 ぴたり、と少年は手を止めた。わずかに声は固い。他人を寄せ付けない《一族》の顔が消え、年相応の途方にくれた顔が垣間見えた。


「あの子も相変わらずだね」


 止まっていた手を動かす頃には、再び、少年の顔から表情は消えていた。


「……向こうで話した通りだ」

「報告にはあったけどね。……けれど、それで出来るの?」

「……あんたが告げ口をしなければいいだけだ」

「手を貸しているのに、ひどい言いようだな」

「早い方がいいだろ?」


 突っかかるような言葉は腹立たしくもあるが、それがジュリと少年の関係だった。


「………それなりに調整はかかる。キョウコが来たら、ちゃんと日程は決めておいて」


 ちらり、と視線を投げてから頷くと、少年はすぐに次の作業に移っていく。

 その背中を見つめ、もう一度内心でため息をついた。


(あの子の願いは、まだ叶っていないようだね……)




         ***




 大陸中に散らばった二十三の〝塔〟は、それぞれ二十三の術式と同じ性質――術式構成の原形オリジナル――を一つずつ持ち、その力を使って周囲の自然環境を維持していた。

 〝塔〟を所有する町は、その強大な力を狙う《傀儡師(パペット)》が巻き起こす事件が多発する。

 この町が有しているのは特殊な〝塔〟のため、他の〝塔〟の町よりは事件は少ないが、ゼロとは言い切れない。

 その事件を収めるために設立されたのが警察の特別捜査部、警察内の中でも選りすぐりの者たちが集められた部署だ。






 特別捜査部特殊一課所属、第一班班長のムツキ・アズサガワは部長からの召集を受け、第三小会議室を訪れた。


「あ。アズサガワさん」


 室内には先客が一人。特殊二課第三班所属のミナト・ユウヤキだ。立ち上がって会釈をするミナトに片手を挙げ、他に誰もいないことを確認してほっと息を吐いた。


「まだ、来ていなかったか」


 ムツキはミナトの隣に腰を下ろした。


「学校終わりに寄るので、もう少しですね」

「君も同席するのか?」

「……はい。奥方がまだお着きではないので、そのように言われました」


 ミナトはコカミ一族を補佐するユウヤキ一族の者だ。

 〝塔〟を古くから――建設時から守護し、それが招く災厄を鎮めてきた《護の一族》は十数近くに分かれ、五つの本家が取りまとめている。

 本家の一つであるコカミ一族は、二つの〝塔〟を守護していた。

 大陸の南西にある〝(しゅう)の塔〟、そしてこの町の〝無の塔〟だ。

 現在、ある事情からコカミ一族の当主は〝序の塔(首都)〟へ移っているが、その直系は代々守ってきたこの町に留まり、〝塔の覇者(・・・・のいない・・・・〝無の塔〟を守護していた。

 だが三年前、子どもの一人に特異な術式が宿ったために残っていた彼らも首都へと移っていき、その補佐家であるユウヤキだけが町に残って警察と協力して事件の収拾にあたっていた。

 それがユウヤキ一族のミナトが警察に就職した理由の一つだ。

 そこに舞い込んだコカミ一族の帰郷。

 戻ってくるのは三年前に首都へ移った現当主の息子――次期当主の妻子三人だ。

 ただ、次期当主の息子は戻らずに妻子だけが戻るという異例で、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうが、上層部に聞いても答えは返ってこないだろう。

 今後は母親とユウヤキ一族で〝塔〟を守護し、二人の子どものうち、《傀儡師(パペット)》見習いの弟が警察に協力することになる。協力といっても後方支援――〝塔〟からの情報伝達と、珍しい〝序式〟の〝練紙〟を提供してもらうだけのものだ。

 弟は〝特待生〟に選ばれているが、コカミ一族の直系とはいえ、まだ十五歳の子どもを戦闘に出すほど《傀儡師(パペット)》には困っていない。

 姉は《傀儡師(パペット)》の力がないので、母親の補佐と聞いている。


(〝塔の儀礼(サンスクリット)〟の年なら、忙しいか……)


 三年生の弟は、春を過ぎれば〝塔の儀礼(サンスクリット)〟を行う。ヒサキも卒業前の実戦訓練を兼ねた案内役として同行するはずだ。

 〝塔の儀礼(サンスクリット)〟は《傀儡師(パペット)》にとって重要な行事なので、町の警備に関わる余裕はないだろう。


「……ミナト。君から見て彼はどう思う?」


 コカミ一族の補佐家のミナトだが、公私混合をするタイプではない。

 唐突なムツキの質問にミナトは紫色の目を細め、苦笑した。


「アズサガワさんなら、すぐに分かりますよ」

「……どういうことだ?」


 言葉だけでは見下されているような気がするが、どこか哀しげなミナトの瞳は別の意味を持っていた。


「部長が言われた通りですから……」


 先日、ムツキは特捜部長から直々にコカミ一族の帰郷とその面倒を見るように命じられた。

 その時、〝序式〟使いの弟を〝コカミ一族の問題児〟だと言っていた。

 直接の面識がないムツキには、そう言われる理由が分からない。

 だが、ミナトは一目見ればその理由が――一端でも分かると言いたいのだろう。


(……厄介事のような気がしてきたな)






 少しして、ドアがノックされた。入ってきたのは、背の高い細身の男だ。


「集まっていたか……」


 男は特捜部長のヤコウ・クラノシキ。《傀儡師(パペット)》であり、四十代という若さで警察内では郡を抜いた実力の持ち主で、冷静な判断力と指揮能力をかわれて数年前に部長に抜擢された。

 その後ろに特殊一課、二課の課長が続き、


「失礼します……」


 二人の少年と一人の少女が入ってきた。

 少年の一人はヒサキだ。ミナトの弟で、一年ほど前から特捜部に協力をしている。

 続いて、ヒサキと同い年ぐらいの黒髪の少女が続いて入ってきた。彼女がユリナ・コカミだろう。

 三年前、事故で《傀儡師(パペット)》としての力を失ってしまい、今は《術士》見習いだという。セミロングの黒髪に冷たい光を宿す青い瞳、可愛いというよりは綺麗な顔立ちをした少女だった。

 そして、最後に入室した少年を見て、ムツキはぴくり、と眉を動かした。

 黒髪に青い瞳を持ち、顔立ちにはまだ幼さが残っている少年がユウト・コカミ。部長が〝コカミ一族の問題児〟と呼ぶ少年だ。


「忙しいところ、すまないな。ミナトは知ってのとおりだが、アズサガワ。今後、コカミ一族との連絡は君の班に一任する。二人とも自己紹介を」


 全員が席につくと、部長が口を開いた。


「ユリナ・コカミです。今日は仕事で遅れている母の代わりに伺いました。私は《術士》ですので、母の補佐をいたします」

「弟のユウトです。術式は〝序式〟、〝塔〟の連絡係として班の末席に加わらせていただきます。未熟者ですがよろしくお願いします」


 ユリナに続いてユウトも名乗り、頭を下げた。


「特捜部特殊一課所属、第一班班長のムツキ・アズサガワだ。よろしく」

「彼はまだ〝塔の儀礼(サンスクリット)〟を終えていないが、その〝練紙〟には本家の定評がある。一度、見てくれ」


 部長の言葉にユウトがポケットから〝練紙〟を取り出し、ムツキの方に差し出した。

 テーブルの上に置かれたのは、真っ白な〝鶴〟だ。


「……白い〝練紙〟?」


 〝練紙〟に使用する紙は〝練気〟を吸収しやすい特殊な紙だが、一般的に販売されているものだ。

 元々白い紙で〝練紙〟によってその色が変わるため、〝練紙〟が白いことはない。

 よく視ると、濃い白――純白に染まっているようだ。


「一見はわかりにくいんですが」

「……そうだな」


 〝天眼通(ルガルデ)〟で織り込まれた術式の構成を見つめ、ムツキは目を細めた。


「……使ってみてもいいか?」

「はい。どうぞ」


 〝練紙〟に気を送ると、はじけたように〝鶴〟が姿を消した。


「ミナト……」

「はい? ――っ!」


 ムツキの右手が掻き消える。

 とっさに腕を上げ、顔を庇おうとしたミナトの腕をかいくぐり、顔面に裏拳を叩き込む。


「………なんで、俺なんですか?」


 叩き込まれる寸前で止まった拳を押しのけ、ミナトはじと目を向けてきた。

 〝序式〟の特性は、他者の〝練紙〟を使用するときに補助効果を持つことと、誰よりもいち早く動作に移れる――先手を打てることだ。

 術式の中には〝速さ〟を高めるものもあるが、〝序式〟のような初動の速さとは違って〝持続〟させることに重点を置いている。


「……なんとなくな」

「………」


 ミナトの視線を無視して腕の感触を確かめ、ユウトに目を戻した。


「使いやすい〝練紙〟だ」

「……ありがとうございます」


 嬉しそうに顔を綻ばせたユウトは、年相応の顔をしていた。






 今後のことを話し終え、コカミ姉弟とユウヤキ兄弟は部屋を後にした。


「問題児はどうだった?」


 部屋にはムツキの他に部長と課長たちだけで《護の一族》はいない。ミナトは三人を見送るために席を外していた。

 ムツキは〝天眼通(ルガルデ)〟で視た彼自身の精成回路と〝練紙〟を思い出し、小さく息を吐いた。


「……コカミ一族のレベルはアレで普通なんですか?」


 まだ十五歳の子どもで、アレほどの回路形成率が普通だとは思いたくない。


「ヒサキを視た時も驚きましたが、アレは別です。覚醒したのが三年前……たった三年で作り上げた精成回路とは思えません」


 〝特待生〟なら、精成回路だけはプロ並み――そう思っていたが、現れたのはそれ以上の逸材だった。

 緻密に張り巡らされながらも強靭に鍛えられた精成回路は、プロの中でも熟練した《傀儡師(パペット)》の精成回路によく似ていた。

 一年前、ヒサキと対面したときも精成回路の形成率に驚いたが、ユウトの精成回路はアレ以上の緻密さを持っていた。一見、彼の精成回路は平均的なプロの形成率だが、よく見れば精成回路の一本一本がいくつもの回路によって束ねられていて、一本に見えていただけだと分かる。

 〝練紙〟に行う〝隠過(ペルメア)〟を自らの身体に施しているのだ。



―――「アズサガワさんなら、すぐに分かりますよ」



 ミナトの言葉の意味が、分かった。


(……確かにアレでは分かる者は少ないか)


 ユウトの精成回路は緻密すぎる。部内の《傀儡師(パペット)》でも視える者がどれだけいるのだろう。ムツキはたまたまがよかっただけに過ぎない。


「………いや。あの年でアレだけの精成回路を形成したのは彼だけだ」


 ムツキの戸惑いに、珍しく意地の悪い笑みを見せる部長。


「その様子だと、〝練紙〟の方も文句はないようだな」

「……確認されたのでは?」

「担当者の意見が聞きたいのだよ」


 部長の冗談とも本気ともとれる言葉にムツキは課長たちを見たが、一課課長は目を逸らし、二課課長は肩をすくめるだけだ。


「………〝練紙〟も〝隠過(ペルメア)〟でRANK6 ……いえ、7はありますね。それに」


 問題は彼の〝練紙〟を使ったときの感覚だ。

 今まで、他の《傀儡師(パペット)》の〝練紙〟を使ったことがあるが、そのどの感覚とも違った。

 他の《傀儡師(パペット)》が作った〝練紙〟が扱いにくい――他者が使っても十二分にその効力を発揮できない最大の理由は、《傀儡師(パペット)》によって術式の構成にが現れるからだ。

 〝練紙〟を発動させるために気を込めたトリガーをひいた時、その癖が障害となって本来の効力が発揮できなくなるのだ。

 通常は癖の合う――よく知った《傀儡師(パペット)》の〝練紙〟しか使わない。初めて使う〝練紙〟は、ある程度は数をこなしてから使うのが常識だ。

 〝序式〟との使用は、〝序式〟の力でその癖を突き破る――無理に突破して使用するようなものだ。

威力と引き換えに多少命中力が落ちてしまうのはやむ終ないと思っていたが、彼の〝練紙〟は違った。


「あの〝練紙〟には癖がありませんでした……」


 他人の〝練紙〟を使うと、つっかかりのようなもの――それを癖と呼んでいる――を感じるはずだが、それがまったくと言っていいほどなかった。自分が作った〝練紙〟を使ったような錯覚さえ覚えてしまうほどだ。あれなら、命中力が高いまま、効力を十二分に発揮できるだろう。

 彼自身の精成回路を視れば織れることに納得できるが、年齢を考えると異常としか言い表せられない。


(あれで……〝塔の儀礼(サンスクリット)〟を行っていないのか……?)


 〝塔の儀礼(サンスクリット)〟を行う理由は、選定した〝塔〟へ赴き、その中にある術式の原形(オリジナル)を視て、己の術式を見直すことだ。

 〝序の塔〟の町にいたとはいえ、《護の一族()》が〝塔の儀礼(通過儀礼)〟を無視するとは思えない。

 背筋に冷たいものが流れ、ムツキは知らずと生唾を呑み込んだ。


「………癖がないなんてこと、ありえません。あれではまるで完全に術式を把握し、誰かが使うことを前提としているかのようで……」


 それに〝序式〟が他の術式を補助することが特性だと理解し、他人が扱いやすいように織ったとしても、緻密に織りすぎていた(・・・・・・・)

 〝隠過(ペルメア)〟を施すのは〝練気〟の消費量を減らすことと、術式を知られないための処置でもある。

 だが、彼の歳であのRANKの高さは、術式を視られたくない・・・・・・・・・・――拒絶を表している気がした。


「なるほど……」


 戸惑うムツキをよそに部長は頷いた。


「彼の実力は納得してもらえたようだな」

「………精成回路の形成率と実戦で使えるかどうかは別です」

「本当にそう思うか?」

「………」

「彼らはユウヤキではない。コカミだ」


 補佐の一族ではなく本家。それも《護の一族》の中でも異質とされる一族。


「……コカミ一族は子どもでも出すのですか?」

「さて。それは私も知りえないことだ」


 意味深な言葉を投げかけながら、さらり、と部長はムツキの問いを流した。


「……もちろん、我々は警察だ。未成年の子どもを前線に立たせるつもりはない。だが、彼らは《護の一族》だ。我々程度で抑えられる相手でもない。彼らには彼らの使命がある」

「………それは理解しています」


 協力関係は結ぶが、一族に定められた使命の下に行動を起こせば、それを止めることはできない。

 〝塔の覇者〟のいないこの町では、彼らの行動は〝塔〟を第一に考えている。彼らが失敗すれば周辺地域の自然環境が悪化し、壊滅的な打撃を与えてしまうからだ。

 部長がムツキに命じたのは彼らとの連絡係であり、ユウトの独断先行を諌めること・・・・・・・・・・だ。彼らと協力して〝塔〟を守護することは、また別働隊がいるために仕事ではない。

 ムツキは〝序式〟を渡すことで目をつけられるユウトを守るように――ようするに子守りを命じられていた。


「実戦経験は低いが、彼の〝練紙〟と〝術具〟の完成度、〝序式〟を使用した戦術は高い。《一族》なら非常時の対応は叩き込まれているはずだ。〝三王〟よりは扱いやすい――かもしれないぞ?」

「あれは……」


 意地の悪い笑みを浮かべた部長に「別です」と答えようとしたが、ムツキは口を閉ざした。

 普通に考えれば〝三王〟――数年前の〝特待生〟につけられた総称だ――を事件に関わらせていたことの方が、コカミ一族の子どもを戦闘にだすよりも非常識だろう。

 コカミは〝塔〟を守るために鍛えられているが、〝三王〟はただの悪ガキどもの集まりだった。

 言葉に詰まったムツキを見かねてか、「部長……」と特殊一課課長が助け舟を出した。


「そうだな。冗談はさておき、《護の一族》が出てきた時は頼む。……安心しろ、彼らも今は〝塔の儀礼(サンスクリット)〟だ。無茶はしない」


 「はい」と頷きつつ、ふと、気になったことを口にした。


「何故、彼を問題児と呼ぶんですか?」

「……気になるのか?」

「………まぁ、アレを視ると」


 精成回路の形成を見た限り、実戦向け――一族のことを理解した鍛え方だった。〝練紙〟については才能もあるだろうが、あの精成回路は彼の三年間の訓練の賜物だ。

 天才とも呼べる彼を何故、問題児とするのか理由が分からない。

 部長は笑みを消して、真っ直ぐにムツキを見据えた。彼の気配が変わり、ぞくり、とムツキは背筋が震えた。


「―――いずれ、分かる」


 すげない返事にムツキは課長たちを盗み見た。部長の言葉はその理由を知っているものだが、少し目を細めた課長たちの様子から察すると、彼らは何も聞いていないようだ。


「……分かりました」


 しぶしぶ、ムツキは頷いた。

 やはり、厄介事だった。




         ***




 ある日のコカミ家の夕食には、本家と補佐家の面々が揃っていた。

 仕事で遅れていた母親のキョウコが着き、久しぶりに家族での食事会となったのだ。

 食卓にはキョウコとヒサキの母親――エミカの手料理が並んだ。


「学校には慣れた?」

「うん。ほとんど知り合いだから」


 ユウトは隣に座るメイカに頷いた。

 メイカはユウヤキ家の長女でミナトよりも年上だ。母親のエミカとよく似た顔立ちをしている。

 そう、と満足そうにメイカは笑みを見せる。


「ユリナは?」

「大丈夫…………メイカ姉さん、食べずらいです」


 後ろからぎゅっと頭を抱えられ、ユリナは食事の手を止めた。


「んんっ、可愛い~っ! 今度、お姉さんが服を買ってあげる」

「それは、嬉しいですが……」


「ホント? やったぁ」


 ユリナを抱きしめたまま、きゃぁーと黄色い悲鳴を上げるメイカ。

 珍しく押されている姉を横目に、ユウトは箸を進めた。


「ヒサキさん、ミナトさん……」


 ちらり、とメイカの弟二人に目を向けると、二人は黙々と箸を進めている。姉を止めようとしても無駄になること、とばっちりを受けることは身にしみているからだ。


(まぁ、僕じゃないし……)


 メイカは可愛いものに目がない。

 ユリナは身内から見ても美少女だと思う。艶のある黒髪に肌は白く、青く澄んだ瞳は人目を惹いた。表情がころころと変わるタイプではないが、凛とした立ち振る舞いは高嶺の花のようだ。


「いつにしようか。今度の土曜日は?」

「……別にいいですけど」

「そう? 待ち合わせは……ううん。家まで迎えに行くわ。新しいお店、結構増えたのよ?」

「あと、お茶もしたいです」


 ユリナを離さずに騒ぐメイカ。


「―――っと」


 突然、彼女はユリナを離すと、身を仰け反らせた。二人の間を何か・・が通りすぎる。


「ちょっと、父さん!」

「メイカ。食事中だ」


 何か――〝式陣〟を放ったのはメイカの父親、ミツルギだ。暴走する娘を見かねてのことだろう。


「そうよ。せっかく作ったのに冷めるわ」

「メイカちゃんも早く食べないとユウトやヒサキくんたちに食べられるわよ」


 話に盛り上げっていたエミカとキョウコもメイカを諌める。


「はぁい……」


 メイカはあっさりと引き下がり、食事に戻った――


「首都では友達どうだった?」


かと思えば、すぐにユウトに尋ねてきた。


「何で、友達限定なんですか?」

「だって、仕事のことを話してもね」

 

 ころころとメイカは笑う。


「それでどう? 友達百人できた?」

「そんなにいないですよ。………そこそこで」


 ユウトは目を逸らした。


「三人でしょ」

「ユー姉っ!」


 あっさりとバラす姉にユウトは叫んだ。


「でも、一人はヨモギハラさんトコの子だから、実質は二人?」

「ちょっ――!」

「えっ―――ユウくんもヒサキと同じなの?」

「え……いや、うん……いつも一緒にいたのは、三人だけですけど」


 ヒサキの名を出され、否定しにくい。

 ヒサキの交友関係は分からないが、メイカ()が言うのならあまり広くはないようだ。


「みんな、《傀儡師(パペット)》?」

「はい……」

「そう。残念だったわね、一緒に回れなくて」

「仕方ないですよ。僕が言い出したことですから……」


 ユウトは肩をすくめた。


「旅先で会えるといいわね」

「え?」

「旅先でばったり会うのもお互いに驚くわよ」

「あ。はい……全部回るんだし、会えるかな」


 それもそうだ。ユウトは小さく笑ったことに気付かなかった。


「―――ふふっ」

「どうしたんですか?」

「んー……ユウくんも何か買ってあげる」

「え?……いいですよ、そんな」


 何故か上機嫌のメイカにユウトは身をひいた。


「遠慮しなくてもいいのよ。全然会えなかったんだから、いっぱいと買ってあげる」


 昔のように頭をなでてくるメイカ。


「メイカさん。ちょっ――それは」

「ああ、ダメダメ。仕事中でもないんだから、メイ姉でいいの。ついでに愚弟たちもミナト兄とヒサ兄って呼んであげて」

「僕らはついでらしいよ、ヒサキ」

「いつものことだよ、兄さん」


 肩をすくめるミナトに、淡々とヒサキは言った。そんな弟二人の会話をメイカは無視した。

 ユウトは目を泳がせ、


「どうして、また?」

「ユウくん?」

「……っ」


 ユウトはじっと見つめてくるメイカから目を逸らそうとしたが、逸らせなかった。無言の圧力がそれを許さない。ごくりっ、と喉が鳴る。


「……メイ姉?」

「んっ!」


 弾んだ声に「あっ」と思ったが、遅かった。ヘッドロックをするようにメイカの腕が首に絡まった。

 ふわりっ、と甘い香りがした。


「ちょっ――メイ姉っ」

「んんっ。ユウくんも可愛い」


 ぎゅっと抱きしめられた。メイカの肩越しに黙々と食事を進める姉が見え、


(! いつのまにかこっちにっ)


「……男の子に可愛いはないよなぁ」

「兄さん。あとが怖いよ……」


 暴走する姉を止める気のない兄弟の声。


「メイ姉。ちょ――苦しいっ」


 彼女を止めたのは、やはりミツルギだった。






 食事を終え、ユリナは後片付け(キッチン)をメイカ、キョウコ、エミカに任せ、コーヒーや紅茶が載った盆を手にリビングに戻った。


「はい。どうぞ」

「すまない」

「ありがとう」

「悪い」


 ユウヤキ家の男三人はそれぞれに礼を言ってカップを手に取った。


「ユウト―――寝ているの?」


 身動き一つしない弟は、テーブルに突っ伏すように眠っていた。その周りには白い〝鶴〟が散らばっている。また、織っていたようだ。


「鬼ごっこで疲れているんだろ」


 最近、学園ではユウトとハルノの追いかけっこが日常と化していた。


「風邪をひくわ」


 ユリナはヒサキに呆れた声を返し、ソファの端にたたんで置いてあった薄手の毛布をユウトにかけた。

 その隣に腰をおろして〝練紙〟を手に取る。

 見慣れたユウトの〝練紙〟。仕事用だろう、〝隠過(ペルメア)〟が施され、RANKも高い。


「もう。散らかして……」

「暇を見つけては織っているのかい?」

「はい。そうなんです」


 ミツルギは〝鶴〟を一つつまんだ。


「三年でここまで……」

「RANKは仕事用と学校用で分けているようです」


 ユリナは集めた〝練紙〟を転がっていたケースに入れた。


「器用になったものだ」


 ミツルギは苦笑して〝練紙〟をユリナに差し出した。

 

「RANKは最高でどれぐらい?」


 小首を傾げてミナトが尋ねてくる。


「9です」

「――は?」


 ぽかん、とミナトは口を開けた。


「いつもはRANK 3か5に留めていますが、本気(・・)で織る時は8か9です。それ以下のものはあまり織らないですね」


 ミナトは絶句した。


「努力家の天才ですから」


 ユリナは自慢げに笑いながら言った。

 《傀儡師(パペット)》見習いでRANK 9の〝練紙〟を織ることの異常さは分かっていた。

 《傀儡師(パペット)》見習いの精成回路では、RANK 3を織れれば一人前となる。それがRANK 9の〝練紙〟が織れるとなると、すでにプロの《傀儡師(パペット)》のレベルをも越えているということだ。

 何故なら、プロの《傀儡師(パペット)》でもRANK 9の〝練紙〟を織ることが難しいからだ。RANK 8の〝練紙〟を織れれば上位クラスの実力者となり、RANK 9の〝練紙〟を織れるのはその数パーセントしかいない。

 だが、ユウトが目指すのはRANK 10――決して〝天眼通(ルガルデ)〟で見破ることの出来ない〝練紙〟だ。

 〝練紙〟のRANK 9でも易々と〝天眼通(ルガルデ)〟で見破られることはないが、それでも可能性はゼロではないからだ。

 唖然とするミナトを横目にミツルギが口を開く。


「そこまで、か。……君も〝全塔巡り〟に行くんだったね」

「はい。この子についていきます」

「……どうやって、ご当主を説得したのか」


 ミツルギもあの会議にユウヤキ家当主として出席していた。未だにユウトがユリナを説得できていない、止められていないことを知り、小さくため息をつく。


「君たちは頑固者ばかりだ……」

「そういう血筋ですから」


 ミツルギはちらり、とユウトに目を向け、


あいつ・・・は何か言っていたかい?」

「父は好きにしろ、と言っていましたよ」


 首都を出発する時、見送りのために数週間ぶりに姿を現した父。普段は仕事でこもっていて――特に最近は・・・・・下準備で忙しいようで、月に数回しか会わなかった。


「そうか……」


 自由人め、と呆れたようにミツルギは呟き、


「――ヒサキ」


 息子に向けた眼差しに、ユリナに向けていたような穏やかさはない。

 ミツルギの射抜くような鋭い視線をヒサキは真正面から受け止めた。


「………」


 ミツルギはそれ以上何も言わない。ただ、名前を呼んだだけだ。

 だが、ヒサキは何かを感じたのか、小さく頷いた。


「? 何ですか?」


 ユリナが小首を傾げると、ぎゅっ、と後ろから誰かに抱きしめられた。


「男の約束なんだって」

「メイカ姉さん」


 顔だけ振り返り、ユリナは目を瞬いた。


「何ですか? その……」


 ユリナは言葉を濁した。さすがに本人たちの前では言えない。

 メイカはソレを察して、うんうんと頷いた。


「でしょ? 全く、変に意地があるみたい――で」


 メイカは慌ててユリナの後ろに隠れた。


「ちょ――」

「静かに。起こす」


 叫ぼうとしたメイカを制して、ミツルギは視線でユウトを指した。

 ユウトが寝ていることに気づき、メイカは声を落とした。


「……父さん? 女の子の扱い、酷くない?」


 どこか暗い響きの声。


「女の子という歳でもないだろう。もう二十、」


 ミツルギは首を横に倒した。そのすぐ脇をメイカが放った〝式陣〟が通り過ぎる。


「サイテー! 乙女心が分かってないっ」


 メイカは叫びながら次々と〝式陣〟を放ち、ミツルギは軽々と避け続けた。


「二人とも。ユウトが起き――っとぉ」


 諌めようとしたミナトは〝式陣〟を投げられ、慌てて身をかがめた。


「だから、無駄だって兄さん」


 ヒサキはミツルギの後ろに抜けた〝式陣〟を消しながら呟いた。


「はぁ……」


 ユリナは親子喧嘩の間に挟まれて身動きが出来ず、弟に目を落とす。


「―――」


 ユウトは頭上で行われている騒動に起きる様子もなく、静かな寝息をたてていた。


(図太いわね……)


 慣れなのかもしれない。ユリナはその姿に苦笑した。

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