(2)メルギ学園での一日
メルギ学園の武道館。
いくつかのグループに分かれて模擬戦や組み手を行う生徒たちの中でも数十人近い生徒が集まっている場所があった。
生徒によって出来た円の中にいるのは二人の少年。一人は白い鶴を数羽、周囲に漂わせて純白の刀を手にし、もう一人は白銀に輝くマラカスを三つ、ジャグリングしていた。
ユウトとコウタだ。
慣れた手つきでジャグリングをするコウタは、にっ、と笑うと、手に落ちてきた一本をユウトに投げつけた。パシパシッ、と残り二本のマラカスを手にして走り出す。
ユウトは、投げつけられたマラカスを避けようと身体を動かし、
―――パンッ、
と。その眼前でマラカスが爆発した。
「っ!」
反射的にユウトは目を閉じた。その隙にコウタは背後に回りこみ、マラカスをユウトの肩口にめがけて突き出した。
ユウトの周りを舞っていた一羽の鶴が消えた。
「ちっ……」
空を突くマラカスにコウタは眉を寄せた。
術式によって一瞬速く動いたユウトは、右足を軸にして身を回して攻撃を避けていた。薄く開いた瞼の奥にある青い瞳が、コウタを射抜く。
踊っているように回り、睨み合ったのは一瞬。
逆袈裟切りに振り上げられた一閃と、それを迎え撃つように白銀の雷光が落ちた。
館内に軋んだ音が鳴り響く。
二つの〝術具〟が噛み合い、押し負けたのはユウトだ。
ぐらり、とバランスを崩したユウトに対して、コウタは振り下ろしたマラカスを爆発させた。
「っく?!」
超至近距離の目潰しにユウトは顔を伏せた。
コウタはその場でコマのように身体を回して、残ったもう一つのマラカスをユウトのがら開きの肩へと振り下ろした。その口元に笑みが浮かぶが――
「なっ?!」
ふっと、ユウトの姿が掻き消えた。
マラカスが空を切り、たたらを踏んで立ち止まったコウタの背後に音もなくユウトが出現する。
「そこまで!」
審判の声に、〝白刀〟の切っ先をコウタの肩に置いて、ユウトは動きを止めた。
「勝者、コカミ」
片手を挙げて審判役の生徒が告げると、周りを囲んでいた生徒たちから「わっ」と声が上がった。
模擬戦への感想や拍手が響く中、〝白刀〟を消してユウトは大きく息を吐いた。
「あぁー……やっと使ったぁ」
どさり、と床に座り込んでコウタは満足げに笑った。
「趣旨、変わってるよ?」
ユウトは苦笑して、目元をもんだ。
「……大丈夫か? もしかして、ちょっとやりすぎたか?」
「大丈夫。まさか、二回も〝術具〟を爆発させるとは思わなかったから」
「学年末のお前の技を見てやってみたんだ!」
「やってみたって……普通、容量オーバーとかでなるんだけど……」
にやり、と笑うコウタにユウトはため息をついた。
〝術具〟が爆発する原因は容量以上の〝練気〟が注ぎ込まれるか、〝術具〟を構築する〝練気〟を瞬間的に活性化して暴発するしかない。
だが、コウタが使った方法はまた別のものだ。
それはコウタが選定した〝術式〟――〝第参式・凝〟、物質の凝縮が大きく関係していた。
全ての術式の中で最も〝術具〟に適し、複数の〝術具〟を同時に扱いやすい術式で、〝マラカス〟が爆発したのは〝練気〟の凝固を解いたためだ。
解かれた〝術具〟の〝練気〟は目晦ましとなり、ユウトの視界を覆った。体内の精成回路が高まっていた上に〝天眼通〟も発動していたので、よく視えるユウトにとっては最も効果が高い技だった。
「けど、三戦全敗かぁー……」
コウタは大の字に寝転がった。
「お疲れ」
コウタの様子に苦笑しながら、審判役をかって出てくれたメルギ学園の男子生徒――ショウゴ・オノが声をかけてきた。コウタが知り合った先輩だ。
「ありがとうございました」
「いや、こっちも近くで見れたから楽しかったよ」
ショウゴは笑いながら答えたが、ふと笑みを消すとまじまじとユウトを見つめた。
「それにしても……最後は見ずに避けたよな?」
「え? ……あ、はい」
「マジでっ?!」
ぎょっとしてコウタは上半身を起こした。
「その〝鶴〟からして……〝域〟?」
あっさりと言い当てられたことに目を丸くして、「そうです」とユウトは頷いた。
「〝域〟……あー、くそっ」
無理だぁ、と半ば悲鳴を上げて、コウタは再び倒れこむ。
「ボクも少し使えるからね。ということは、〝特待生〟かな?」
「はい」
「アカミヤさん以外のユキシノの〝特待生〟に会えるとは思わなかったな」
「先輩、ユウトのチームは全員がそうですよ……」
「えっ?」
コウタの言葉に目を丸くしてショウゴはユウトを見た。
「はい。チームメイトはそうですね」
ユウトは視線を右――別のグループに向けた。そこには巡塔者とメルギ学園の生徒が混ざり合って組み手をしていて、その中にリクとヒサキの姿があった。リンカたちは武道館にはいない。
午前中にメルギ学園の案内があり、食堂でハルノとコウタの二人と合流して二手に別れたからだ。
ユウトとリク、ヒサキはコウタと一緒に武道館に向かい、リンカとキキコ、ユリナはハルノたちの他のチームメイトと一緒に海に――れっきとした授業の一環で――行った。
「へぇ!……他の子たちは、フジモリ先輩と海だったっけ?」
「はい。えーと……〝島渡り〟って呼ばれているんですよね?」
「そういっても、学園が設置した浮島と桟橋だけどね」
ユウトにショウゴは肩をすくめる。
「君たちは行かないのかい? 一応、この学園の名物みたいなものなんだけど」
「話の流れ的に模擬戦になって……」
「コウタが原因か」
苦笑するユウトを見て、ショウゴはコウタにじと目を向けた。
「えっ……あ、いや、そうですけど」
あはは、とコウタは笑って誤魔化した。
ショウゴはコウタに肩をすくめてユウトに向き直ると、満面の笑みを浮かべて言った。
「さて、次はボクとお願いしようかな?」
「えっ…?」
***
メルギ学園の第三訓練所は西の大通りから少し北に入り、海岸に程近い場所にあった。
訓練所から防波堤を挟んだ先の海岸からは長さ五百メートルほどの桟橋が六本、等間隔に並んでいて、桟橋の先には正方形の浮島が設置されていた。
桟橋の間は右から第一コーナー、第二コーナーと分けられていて、第四コーナーまではいくつもの円盤がランダムに浮かび、生徒が沖にある浮島に向かってその上を走っていた。
残りの第五コーナー、第六コーナーにも円盤は浮かんでいるが、百メートル間隔に桟橋を繋げるように設置された板に区切られていた。その板の上にはゴールポストが置かれていて、生徒は二手に分かれてボールを手に海上でハンドボールを行っている。
リンカたちは他の生徒と同じように訓練所の更衣室で練習着――水着のような素材の上下一体型の服――に着替えて救命胴衣を羽織り、右腿に〝練紙〟のケースをつけた。
右端の第一コーナー近くの砂浜でストレッチを終えると、ハルノとここまで案内をしてくれたメルギ学園の女子生徒が手招きをするので、そちらに歩み寄った。
「それじゃ、始める前にもう一度説明するわね」
「はい!」
女子生徒はメルギ学園の生徒で、五年のマキ・イカルガ。赤い髪はポニーテイルにまとめ、よく日に焼けた肌に金色の瞳が印象的だった。ハルノと同じく〝結〟の選定をしている。
「それじゃ、私は他の子たちを連れて先に行くわ」
マキに声をかけたのは、淡い金色の髪と瞳を持つ上級生――ミア・フジモリ。ハルノのチームの引率者で、ユリナの友人だ。
「ユリナはどうする?」
「初めてだし、私はリンカとキキコと行くわ」
「そう? ユリナなら軽く行けそうだけど……」
フジモリは小首を傾げたが「なら、また後で」と言って、ハルノの他のチームメイトたちと共に桟橋に向かう。
「先輩。私はリンカたちについてきます」
「はいはい」
ハルノがその背に声をかけると、ひらひらと手を振るうフジモリ。
フジモリたちを見送って、マキはリンカたちに向き直ると、もう一度、〝島渡り〟について説明をした。
メルギ学園の名物として知られる〝島渡り〟の方法は、ただ〝術式〟を使って海上に設置された円盤を渡るだけというものだ。桟橋の下には網が張られ、救命胴衣にかけられた〝結〟と訓練所の屋根にある簡易型〝灯台〟が繋がっているので、流される心配はない。
「〝島渡り〟は〝練紙〟ではなく、〝式陣〟で自分自身に術をかけ続ける訓練で、海の上にある円盤を渡っていきます。なれないうちは海に落ちるけど、気にしないでね」
「はい!」
「まずはハルノちゃんに見本を見せてもらうから」
マキに「はい」とハルノは大きく頷いた。
「リンカちゃんの〝術式〟は〝疾〟だったね」
「はい。そうです」
「先輩とキキコちゃんは〝練紙〟を使った訓練になりますが、〝練紙〟は大丈夫ですか?」
「〝結〟と〝環〟があるから大丈夫よ。けど、一つに絞った方がいいわね……キキコはどっちがいい?」
「えっと……」
目を泳がせて悩みだしたキキコに、ユリナは微笑を向けた。
「〝環〟をしてみたらどう? リクから貰えばいいから遠慮もいらないし」
「……そうですね」
ユリナの提案にキキコは頷いた。
二人が〝練紙〟を交換したところでマキを先頭に桟橋に向かう。
「ハルノちゃん、お願い」
「わかりました!」
にこり、と笑って、ハルノは腕を振った。
その手から橙色の[糸]が伸びて、海上にある円盤の一つに付いた。[糸]に引かれるように跳んで、円盤に降り立つ。ハルノが乗ったことで加重がかかり、円盤が揺れた。
「よっ……とっ……ほっ」
ハルノは器用にバランスを取ると、次々と[糸]を伸ばして円盤の上を跳んでいった。
周囲のボードを渡り尽くし、とんっ、と最後に桟橋に着地。
「こんな感じでどうですか?」
〝式陣〟を使ったせいか、わずかに息を切らしたハルノはマキを見た。
「ありがとう。それじゃ、リンカちゃんからね」
「はい!」
「〝疾〟だから跳び移る時のバランスに注意してね」
「分かりました。コツってありますか?」
「とりあえず、度胸かな?」
「そうね。最初は慣れないと思うから、落ちるのが当たり前と思っていることね」
「………実戦あるのみ、ってことですね」
じと目を向ければ「そう!」といい笑顔で頷かれた。
リンカは海面の方に向き直ると、ふぅ、と息を吐いた。
「〝術具〟まで固めないでね。速度がありすぎるから。とりあえず、弱めからよ」
そう背中に声がかかってきたので振り返って頷き、足を中心に〝疾〟を発動させる。
淡い青色の光を纏うだけで留め、つま先を近くの円盤に当てて少しずつ加重をかけた。
円盤はわずかに沈み、波でゆらゆらと揺れる。
(……けっこう、難しい)
かかとを付けようとしたところで、大きく円盤が揺れた。
「っ!」
悲鳴を噛み殺して、リンカは円盤を蹴った。その速度につんのめりながらも二枚目に足が付くが、勢いの全てを受けて大きく身体が傾く。
「ああぁっ!」
しまった、と思った瞬間、視界が回って空が見え――ざぶんっ、と水柱が上がった。
ごぼぼっ、と海中で息を吐き、視界が泡と青で埋め尽くされる。慌てて腕を動かして海面に顔を出した。
「ぶはぁっ……げほっ」
濡れた顔をぬぐい、リンカは近くの円盤に掴まった。
「リンカー、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
桟橋からハルノの声が聞こえ、弱々しくも手を振る。呼吸が落ち着いたところで桟橋の方に泳いでいくと、
「リンちゃん。大丈夫?」
「ん。ありがと」
キキコが差し出した手を掴んで、リンカは桟橋の上に上がった。その場に座り込んで一息つくと、ハルノとマキに振り返る。
「予想以上に難しいんだけど?」
「でしょ? というか、速度出しすぎ」
「え、あれで?」
「もっと抑えていかないと。最初はバランスが大事なんだから」
「えぇー……」
ハルノにリンカはため息をつき、少しふらつきながら立ち上がった。
「キキコちゃんも着地の時のバランスに気をつけてね。あ、必ず円盤には足をつけるように」
「は、はい……」
マキの言葉にキキコはコクコクと頷いた。リンカと同じように近くの円盤につま先をおいて、降りた時のバランスを確かめてから〝環〟――リクの〝練紙〟を放つ。
キキコは緑色の[道]に乗り、円盤に降りるとすぐに別の方向へと[道]を向けるが、
「っ!」
[道]に乗った振動が円盤に伝わってしまい、[道]全体が大きく揺れた。
「えっ……あっ!」
手を大きく振ってバランスをとろうとするが、その動きが仇となってキキコは耐え切れずに海に落ちた。
「キキ!」
思わず声を上げてしまったが、リンカは水しぶきを上げながら海中から顔を出すキキコにほっとした。
桟橋に戻ってきたキキコの顔は恥ずかしさからか、僅かに赤かった。
「大丈夫?」と尋ねても、頷くだけだ。
「〝練紙〟は感覚がまた違うから、バランスが難しいのね」
「はい。ボードの揺れは[道]にも影響しますから」
ユリナにマキは頷いた。「そう……」とユリナは呟くと、徐に円盤に足を踏み出した。
「えっ?」
「あ……」
何気ない動作にリンカたちは唖然とその背中を見送った。
ユリナは左右に揺れながらバランスを取り、次の円盤に普通に跳び乗るが、着地した瞬間、耐え切れずに大きく傾く。
「あ――」
声を上げかけ、リンカはそのまま言葉を失った。
ユリナから橙色の[糸]が桟橋に放たれたと思えば、すぐ隣に立っていたからだ。
「危なかった」
「えっ……あ」
ふっと息を吐くユリナにキキコが目を瞬いた。
「加重移動ね………出来るだけ乗る時間を短く、流れのままに」
気負いなくユリナは円盤へと足を踏み出す。
一枚目の円盤を軽く蹴って、僅かな滞空時間に左右に[糸]を伸ばした。対線上に伸ばすことでバランスを取り、二枚目の円盤へ。着地と共に右手を引きながら[糸]が付いている方に跳んで、左手の[糸]は別の方向へと伸ばしてバランスをとる。
次々と四方八方に[糸]を放ちながら、とんとんとん、とリズミカルに円盤を跳び回り、ユリナは桟橋に降り立った。
「この方法は、ちょっと無駄遣いね」
小首を傾げながら告げるユリナ。
たった一回で成功させた彼女にリンカたちは茫然としていたが、
「す、すごいですっ! 〝練紙〟で、こんなにも早く成功させるなんてっ!」
すぐに我に返ったマキが叫んだ。
「昔、似たようなことをしたことがあって」
ユリナはにっこりと笑いながら告げた。
(……ライヤさんか)
リンカはすぐにその原因を察した。キキコとハルノを見れば、二人も同じ結論に達したのか何とも言い難い表情をしている。
(でも、似たようなバランス力の練習って……?)
その練習内容までは思いつかず、リンカは小首を傾げた。
***
授業の後、ユウトやリクたちは寮と巡塔者共有の食堂でお茶をしていた。
食堂に入ってきたリンカたちに気づき、手を挙げる。
「こっち――って、あれ?」
〝島渡り〟に行った三人とハルノ、ハルノに紹介されたメルギ学園五年のマキの後ろに二人――男子生徒と女子生徒が付いてきていることにユウトは小首を傾げた。
「こっちは妹のタキで、その友達のトモハルよ」
マキは笑いながらそう言った。
一人は、マキと同じく赤い髪に金色の瞳を持つ、どこかほんわかとした雰囲気の下級生の女子生徒――タキで、「こんにちは」と彼女は頭を下げた。
もう一人はタキと同い年ぐらいの青い髪に金色の瞳を持つ男子生徒で、ユウトたちに会釈をして口を開く。
「トモハル・キザキです」
「ヒサキ・ユウヤキだ。こっちから――」
ヒサキが名乗り、続いてユウトとリクも名乗った。総勢十一人となったので、近くのテーブルをくっつけて席を確保する。
「私たちも何か飲みますか?」
「そうね。適当に買ってくるけど?」
ハルノにマキは頷いて、タキとトモハルを見た。
「うん……」
「すみません」
「あ、いいですよ。買ってきますから」
「ユリナさんも座っていてください。行こ、キキ」
ハルノに続いて、リンカとキキコも自販機に向かった。
三人が戻ってきてからユウト、その左隣からヒサキ、リク、コウタ、ハルノ、マキ、タキ、トモハル、ユリナ、キキコ、リンカと席に座り、乾杯の音頭がとられた。
お茶菓子はユウトたちがつまんでいたスナック菓子にリンカたちが買ってきたものが加えられた。
「〝島渡り〟、どうだった?」
ユウトは隣に座るリンカに尋ねた。
「面白かったよ、ほとんど落ちたけど」
「キキコはどっちでしたんだ?」
「リっくんの〝環〟で練習したんだけど、全然……」
「でも、着地してからのバランス、上手くなってたよ」
「ありがと……」
ハルノにキキコははにかんだ。
「リンカちゃんもだいぶスピードの強弱がつけられるようになっていたから、上達は早いわ。これなら、〝海走り〟も出来るかも」
「〝海走り〟?」
マキの言葉にリンカは小首を傾げた。
「今はサンクリ中でいないんだけど、メルギ学園の〝特待生〟の先輩に〝疾〟の人がいて、その人は海の上――つまり、水面を走れるの」
「えっ?!」
リンカは目を見開いた。
「リンカちゃんも〝術具〟は靴?」
「は、はい。ブーツですけど……?」
「原理としては、そのスピードから生まれる風圧で海面を蹴るんだって」
「……海面を蹴る?」
唖然と呟くリンカ。ユリナは小首をかしげ、
「それで〝術具〟なしからの訓練なのかしら?」
「え? どういうことですか?」
「〝疾〟でボードの上を走るだけなら、それほど練習を積まなくても出来るようになるわ。いかにボードに乗る時間を短くするかに気をつければ、あとは速度と着地の時のバランスだけだもの」
ユリナの言葉に「そうですね」とマキは頷いた。
「水面を走るとなると、より繊細な速度調整が必要になるので、まずは〝式陣〟を使って身を持って覚えるんです」
「そ、そうなんですか……」
難しそう、と呟くリンカにユリナは苦笑した。
「リンカ、まだ甘いけど空中での姿勢制御も出来るようになったでしょ? 〝海走り〟はそれの高等技術だと思うわ」
「えっ……?!」
「空中の姿勢制御は風圧を放って流されるだけのものだけど、水面を走ることはそれ以上に出力と放出範囲を抑えて水面に放った反動で行うことよね?」
「はい。空中での姿勢制御が出来れば、第一段階はクリアしてますね。あとは、円盤での訓練で微調整を覚えて〝術具〟に切り替えれば――」
ユリナに頷きながらマキは言うが、
「あ。でも、リンカたちは一週間しかいられないですよ?」
「あ!……そうだったわね」
ハルノの言葉に「忘れてたわ」とマキは苦笑した。
「でも、川とかでも出来る訓練だから、よかったら続けてみて」
「はい! 練習してみます」
「模擬戦はどうだったの?」
ハルノの問いに、コウタは顔をしかめた。
「あー……三戦連敗」
「あらら」
「〝瞬辿〟を使ったのは、たったの一回だけだぜ?」
「完敗ね……」
ハルノは苦笑した。
「〝瞬辿〟って、何ですか?」
ずっと黙って話を聞いていたトモハルが、聞きなれない単語に小首を傾げた。
「ユウトの最終手段」
「伝家の宝刀」
「嘘、言わないでよ!」
思わずユウトが叫ぶと、「え?」と二人は小首を傾げた。
「だって、反則技だし」
「れっきとした技だって!」
「一子相伝だろ?」
「それは……ちょっと、違うから」
三人の漫才にトモハルは目を瞬いた。
「止めなさい」とユリナに怒られて、ユウトたちは口を閉ざした。
「〝瞬辿〟はユウトの得意技のことで、一言で表すと瞬間移動かしら?」
「瞬間移動とは少しちが、」
「でも、瞬間の〝瞬〟だろ?」
リクにツッコミを入れられ、「うっ…」とユウトは言葉に詰まった。
「瞬間移動?」
イカルガ姉妹が揃って小首を傾げる。
「〝疾〟はリンカちゃんだけだったよね?」
「はい。僕は〝序式〟使いです。ちょっと、変わった使い方をするので……」
「〝始〟で……?」
ふぅん、とマキは呟くが、ピンとこないのかそれ以上は何も言わなかった。
「〝瞬辿〟を海上でしたら、〝海走り〟もできるんじゃないかな?」
リンカにユウトは「え?」と目を瞬いた。
「……どうだろ? 水の上ではしたことがないから」
「けど、君は俺の[ドーム]でも弾かれる前に動けただろ?」
「うーん……円盤の上でなら出来ると思うけど、液体だから」
不安定な足場の円盤の上なら、弾かれる前に動かないといけない[ドーム]の[帯]と状況が似ているので、ある程度練習すれば可能だろう。
「〝瞬辿〟はリンみたいに何かをまとったりして、力を放出しているわけじゃなくて、あくまでも弾かれる前に先手を打つだけだから、足が海に沈む前に動くのはちょっと……」
「〝序式〟使いで〝海走り〟って聞いたことはないけど……でも、せっかくだから一度は試してみたら? 別にデメリットは海に落ちるぐらいよ?」
「そうですよね!」
「明日、午前中は授業だけど、午後からなら行けるわね」
何故かハルノとリンカがノリ気だ。
「午後からは授業が一つなので、あとで俺たちも行ってもいいですか?」
「見てみたいです」
トモハルとタキも手を挙げる。
「私たちも先輩に頼んでいかない?」
「んー……そうだな。〝海走り〟って、どんなのか気になる」
ハルノとコウタも来ることになり、この場の全員の視線がユウトに集まった。
「………分かりました」
何かを期待するような視線に負け、ユウトはしぶしぶ頷いた。
(落ちるところをあまり見られたくないんだけど……というか、成功するとは限らないのに)
***
夜。
ユウトとリクはお風呂を終えて、あてがわれた部屋でくつろいでいた。
細長い部屋は壁際に二段ベッドが二つ並んでいて、もう一方の壁際にはデスクとイスがある。すでに日が落ちた窓の外、点在する外灯と町明かりの先には漆黒の海面に月明かりが反射してキラキラと光っていた。
「遊覧船の日程が決まったぞ」
お風呂から戻ってきたヒサキが開口一番に言った。
「えっ! いつですか?」
「二日後だ。〝黄霧〟が出なければ出航する」
ユウトとリクは顔を見合わせ、「やった!」とハイタッチを交わした。
「十時からの便だ」
遊覧船は九時、十時、十一時の三便で、大まかな日程は同じだが昼食場所はそれぞれに違った。
「外輪船、パドルが後尾にあるんですよね」
「ああ、全長は六十メートルほどだから、そこそこ大きいぞ」
「高そう……」
「これこそ、落ちたら泡ブクブクだな」
「うるさい」
くくっ、と笑うリクにユウトは顔をしかめた。
「ブクブクどころではないけどな」
「ヒサキさんまで……」
はぁ、とユウトはため息をついた。
それにヒサキは僅かに笑みを浮かべたが、すぐに引っ込めた。
「頼んでいたものも届いていた」
「……ありがとうございます」
ヒサキが差し出した茶封筒を受け取り、ユウトは入っていた数枚の書類を取り出した。
「何を頼んでいたんだ?」
「〝塔〟の状態をね」
「〝塔〟の……?」
リクは訝しげに眉をひそめ、ヒサキに目を向けた。
ヒサキはイスに腰掛け、
「大陸外のことだからな。情報の確認だ」
「そうなんですか……」
リクの視線には気づかぬ振りをして、ユウトはヒサキを通じて得た情報に目を通す。
情報はここ一年ほどの〝黄霧〟の発生と〝塔〟の機能のデータを示したものだ。
さらに〝黄霧〟の向こうから現れる海賊のことや〝灯台〟、一ヶ島と二ヶ島の先にある小島の情報も書かれていた。
(僅かだけど、徐々に〝灯台〟の機能が低下している……〝黄霧〟の発生も重なっているし、これだと〝塔〟も――)
ユウトは知らずと眉をひそめていた。それを見たヒサキが、
「早めるか?」
「いえ。ただ、東の〝灯台〟に行きたいんですが……」
「〝灯台〟に?」
「このデータから見ると、東の〝灯台〟がちょっと気になって……」
「……分かった。頼んでおく」
「ありがとうございます」
ヒサキに礼を言って、口を閉ざしたリクに目を向ける。
「あまり、無理するなよ……」
心配と不安が混じった声に苦笑し、ユウトは頷いた。
9/8 誤字訂正




