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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第3章 結の塔/霧中の灯
23/26

(1)結の諸島

久しぶりの更新です。

遅くなりましたが、第3章開始です。


 大陸の最北端にある北方最大の港町――〝カイハマ〟。

 〝塔〟の町に次ぐ大都市であり、さらに北の海域にある〝諸島(・・)によって(・・・・)繁栄していたが、数十年前から人口減少が目立ち衰退の一途をたどっていた。

 だが、未だに北方最大の港町には変わりはない。

 カイハマで一泊したユウトたち六人は、港に停泊した定期便に乗り込んで出航を待っていた。

 その行き先は北の海域にある〝結の諸島〟。

 唯一、大陸に存在しない〝塔〟――〝第()式・(むすび)〟がある本島を中心に六つの小島が点在している場所だ。

 船内を一通り回って甲板に出ると、リンカ、キキコ、ユリナ、ヒサキの四人は港側に向かい、ユウトとリクは海側に向かった。

 磯の香りが漂い、少し湿った空気が頬をなでる中、ユウトは壁際に並べられたベンチに座って地平線を見ていた。


「もう少し縁の方に行かないか?」

「無理」

「下は海だから落ちても泳げるだろ?」

「無理」

「………はぁ」


 わざと大きくため息をついて、隣に座るリクは組んだ足の上に頬杖をついた。


「………」


 ユウトはその様子を無視し、地平線に目を凝らした。

 天気は良好。風もあり、快晴が広がる空は地平線まで見える――はずだった。


「あれが〝黄霧(スペルドル)〟か……」


 ぽつり、とリクは呟いた。

 地平線は淡い黄色の靄によって覆われ、その彼方を見ることは出来なかった。



――〝黄霧(スペルドル)



 世界を三つの大陸に隔絶しているものだ。

 この世界には三つの大陸があり、それぞれに二十三の〝塔〟が設置されて環境の浄化・維持を行っている。〝塔〟の領域は大陸を越えて周囲の海域まで広がっているが、〝境界〟は存在した。

 それが〝黄霧(スペルドル)〟であり、〝塔〟の庇護が不安定な地帯だ。

 〝黄霧(スペルドル)〟は人体に悪影響を及ぼすわけではないが、人の感覚を狂わせて電子機器や方位磁石などを無効にしてしまい、迷い込めば通り抜けることは不可能に近い。

 唯一、道標となるのが〝術式〟だった。

 〝結の塔〟が大陸の外に建てられのは、突発的に発生する〝黄霧(スペルドル)〟をものともせずに世界を繋げられるためだったが、半世紀ほど前から〝結の塔〟はその役割を果たせず、他の二大陸との交流は失われていた。


「ちょっと、濃いかな……」

「……そうか?」

「パンフには地平線に〝塔〟の影が見える、ってあるから」

「………ふぅん」


 リクは片眉を上げ、壁にもたれかかった。

 ユウトは目を細め、〝黄霧(スペルドル)〟を見つめた。


(あれは――)


 世界を隔絶させる〝黄霧(スペルドル)〟よりも大陸に近いはずの〝結の諸島〟の姿が〝黄霧(スペルドル)〟で見えないことはありえなかった(・・・・・・・)

 〝黄霧(スペルドル)〟はあくまでも大陸と外海の境界線であり、〝塔〟の領域内では(・・・・・)起こらない現象(・・・・・・・)だからだ。

 〝島〟と大陸の間に〝黄霧(スペルドル)〟が漂うことが意味するのは――


「………」


 ユウトも壁に背を預け、目を閉じた。

 ぼぉーっ、と腹の底に響くような低音の汽笛が、大気を震わせる。


「あ! こんなところにいた!」


 リンカの声に目を開けると、駆け寄ってくるリンカとキキコが目に入った。その後ろからのんびりとユリナとヒサキも歩いてくる。


「早く! 後ろに行くわよ!」

「……何で後ろ?」

「手を振るに決まっているでしょ。定番じゃない!」

「定番って……」


 ユウトとリクは顔を見合わせた。


「リンちゃん……」

「二回しか出来ないんだから、やるしかないって」


 困ったように眉尻を下げて止めようとするキキコに、リンカは迫るように顔を近づかせて言った。

 初めての船旅で興奮しているのか、リンカのテンションが高い。


「立って立ってっ」


 リンカはユウトとリクの腕を取ると、無理やり立ち上がらせた。


「恥ずかしいって……」

「そのノリが分からない」


 ずるずると引きずられて、ユウトとリクは船尾に向かった。その後ろをキキコ、ユリナ、ヒサキが続いた。


「船と言えば、先輩たちと来た時は飛び乗ったな……」


 ヒサキの呟きに、びくりっ、とリンカとリクが身を震わせた。


「そうなの?」

「わざと遅れてな」

「荷物は?」

「他の先輩たちが先に乗っていたんだ。飛び乗ったのはライヤ先輩と俺とミヤナカだけだ。それも〝仮〟で変装してな」

「そこは抜け目はないのね……」


 置いていかれた、というヒサキにふふっとユリナは笑った。

 ユウトの隣では「兄貴の黒歴史が……」とリクが頭を抱えていた。


(……ライヤさんは話題に事欠かないなぁ)


 ぼんやりとリクを見ていると、キキコが恐る恐る尋ねてきた。


「ユーくんは大丈夫なの?」

「……何が?」


 ユウトはキキコに小首をかしげた。言いにくいことなのか、キキコは目を泳がせ、


「だって、手すりから見ると……高いよ?」


 手すり、と聞いてユウトは足元から這い上がる恐怖に身体を震わせた。


「リ、リンっ?! ダメだっ、無理無理!」


 慌ててリンカの腕を振りほどき、ユウトは後ずさった。


「あっ…!」

「落ちたらどうするのさ! 泡ぶくぶくで巻き込まれたら――っ」

「え? ぶ、ぶくぶく?」

「僕はいいよ! 他、見てくるからっ」


 ユウトは踵を返して、近くのドアから船内に逃げ込んだ。






「ユウっ!」


 ユウトは意味不明な言葉を叫ぶと、近くのドアを開けて船内に消えた。リンカはその身のこなしの速さに呆気に取られ、ユウトが消えたドアを見つめた。


「な、何なの……?」

「リっくん……泡ぶくぶくって、何かな?」

「さぁ? ……分かります?」

「落ちて、船の後ろに流れていく海流に巻き込まれることじゃないか?」

「でも、この前は〝物見塔(キャランポル)〟から飛び降りていましたけど……」

「腰を抜かしていたけどね」


 クスクスと笑うユリナに「そういえば、そうでしたね」とリクは苦笑した。


「少し高所恐怖症って、何ですかね?」

「落ちたとしても、君の〝環〟で戻れるけどな」

「………ですよね」




         ***




 リンカたちと別れたユウトは、二階の展望デッキに逃げていた。

 甲板の三分の一ほどの広さがあり、丸テーブルとイスが並んでいて十人ほどの乗客が思い思いに座っている。

 出入り口の脇にあるベンチの一つに腰を下ろし、ユウトはぼんやりと空を見上げた。

 前方には大海原が広がり、少しずつ〝黄霧(スペルドル)〟が近づいてくる。


「君、一人?」


 突然、視界の隅に一人の女性が現れた。


「え? ……あ、はい」


 ユウトは女性に顔を向けた。

 母親と同じぐらい――四十代半ばほどの女性で、赤い髪が印象的だった。短く切った髪に日に焼けた肌。半袖から伸びる腕は引き締まり、無駄のない筋肉がついている。

 すらり、と背の高い女性は、少し前かがみになってユウトを見ていた。


「巡塔者よね? チームメイトの子たちと一緒じゃないの?」

「別行動で……えっと?」

「ごめんなさい。イカルガよ」


 声をかけられた理由を尋ねたつもりだったが、女性――イカルガは、にこり、と笑って名乗ってきた。


「……コカミです」

「隣いいかしら?」


 「あ、はい」と、ユウトは頷いて、横にズレた。


「えっと……カイハマの方ですか?」

「ううん。島の方よ。……君は四年生かしら?」

「はい。そうです」

「そうすると、〝島〟に行くのは初めて?」

「はい。カイハマには立ち寄ったことはあるんですけど、〝島〟には」

「そうなの。……いい島よ」


 にこにことイカルガは笑い、小首を傾げた。


「だから、視ていたの?」

「え?」

「ずっと、視ていたから」


 イカルガは細い指を上に――船体の上部から地平線に伸びる藍色の光に向ける。

 ちらり、とソレを見上げ、ユウトはまたイカルガに視線を戻した。


「……どうして、視ていると?」

「熱心だったから」

「………それは」


 恥ずかしくなり、ユウトは視線を逸らした。


「熱心なのは悪いことじゃないわよ。それにアレに気づいた子はチラホラと見かけるから」

「珍しいものだったので、つい……」

「他の町から来た子にはそうかもしれないわね」


 頭上――船の頂上付近から前方に放たれている藍色の光。

 〝黄霧(スペルドル)〟が漂う海で、〝島〟と船を結びつける[道標(ルーツ)]――〝結〟の指針であり、命綱だ。


「イカルガさんは、仕事でカイハマに行かれていたんですか?」

「そんなところね」

「えっと……船員の方ですか?」


 ジーンズにシャツ姿のイカルガは船員には見えなかったが、ユウトはそう尋ねた。


「違うわ。さすがにラフすぎるから」


 クスクスと笑うイカルガに「そうですよね……」とユウトは苦笑を向けた。




 〝島〟のオススメの観光スポットの話で盛り上がり、しばらく経った頃。

 ユウトはメールの着信に気づいてポケットから携帯を取り出した。


『今、どこにいるの? 中の食堂で待っているわ』


 相手は姉だ。


「呼び出し?」

「はい。すみません、色々とお話が聞けて楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとう」


 ユウトは立ち上がってイカルガに頭を下げ、その場を後にした。




         ***




 〝結の諸島〟。

 六つの小島に囲まれた本島で真っ先に目が引き寄せられるのは、島の頂上に突き刺さる巨大な柱――〝第伍式・結〟の〝塔〟だ。

 〝塔〟から海岸に向けて、東西と南の三方に大通りが伸びていた。東西の大通りで島を半分に分けると、北側は森林に覆われていて関係者以外は立ち入り禁止区域となっている。一方、南側は階段状に四つの区画に分けられ、下から港の第四区画、第三区画、第二区画――そして、〝塔〟の膝元の第一区画。さらに第二区画から第四区画までは南の大通りによって東西に分かれていた。

 第二・西区画――通称〝学園区〟とも呼ばれるその場所は、一区画丸ごとが島内唯一の学園であるメルギ学園の敷地となっていた。




 ユウトたちは南大通りの中央を走る第伍式路面術車(リンネルビュス)――見た目は路面電車と変わらない――に乗って、メルギ学園に向かった。

 島内はそれほど広いわけではないので、主な移動手段は自転車か〝結〟を原動力としたリンネルビュスが主流となっている。

 リンネルビュスは第一区画(行政区)第四区画()の駅で反転し、細長い輪を描くように一両編成の車両が定期的に運行していた。

 メルギ学園前の停留所で降りれば、すぐ正面にメルギ学園の校門があった。巡塔者のグループが降りて、校門の中へと吸い込まれていく。

 ヒサキとユリナが先頭に立ち、ユウトたち四年生組も校門の中へと足を踏み入れた。

 正面には噴水があり、それをコの字型の校舎が囲んでいた。左側は体育館が見えたがヒサキは右へと足を向ける。

 休み時間なのか、ざわめきが聞こえる校舎を左に置いてユウトたちは〝塔〟側――北にある宿泊施設に向かった。

 宿泊施設には寮も併設され、手前が巡塔者用で奥が在校生用となっている。寮があるのは大陸――カイエンや近隣の町――からも生徒を集めているからだ。

 第一区画に続く斜面を背にした宿泊施設のロビーは〝束の塔〟のカラスミ学園とほぼ同じ造りだったが、入ってすぐ左側に寮に繋がる通路があった。

 施設は北側に廊下があり、各室に海に面した窓がついていた。

 ユウトたちが部屋に荷物を置いて貴重品だけを手にロビーに戻ると、まだリンカたちは来ていなかった。とりあえず、ソファに腰を下ろしてユウトはガイドブック、ヒサキは受付で渡された注意事項の載った冊子を開いた。リクがユウトの手元を覗き込み、


「とりあえずは港だな」

「食べ歩きだったよね」

「まさか、泳げないとは思わなかったけどなー」

「よくよく考えたら、まだ六月半ばだから」


 何度目かのため息をつくリクに、ユウトは苦笑した。

 カイハマで海水浴の解禁がもう少し先だと聞き、ひとまず海で泳ぐことは諦めて港の市場で食べ歩きとなったのだ。

 渡された注意事項を読んでいたヒサキが顔を上げ、


「小島で出来る海釣りも〝黄霧(スペルドル)〟の関係で見合わせることがあるらしいぞ」

「せっかく、海に来たのに……」

「遊覧船も欠航があるんでしたっけ?」

「ああ。ただ、そっちの原因は海賊だが……」


 最近、〝結の諸島〟周辺を航行する船を襲う海賊が出没しているらしい。

 六つの小島は自給自足だが、必要な物資は定期的に海運業者が回っている。

 海賊はそれを狙って〝黄霧(スペルドル)〟の中から現れ、〝外海の亡霊〟と呼ばれているらしい。

 〝結〟の〝塔の覇者〟が交代した十年前からは出没頻度は少なくなっていたが、ここ数年はその活動が活発化し、〝諸島〟を巡る遊覧船も運航を見合わせることもあるようだ。

 リクはヒサキに振り返った。


「海釣り、一度はしてみたかったんですけどね」

「海水浴もあわせて、次の〝塔〟だな」

「遊覧船、乗りたいですね…」

「海賊が原因だからな」


 リクの問いにヒサキは肩をすくめた。ユウトはガイドブックの遊覧船についての内容を読み、


「一ヶ島と二ヶ島は遊覧船でしかいけないんですよね?」

「ああ。一度は見ておくと勉強になる」


 遊覧船は六つの小島を巡る、巡塔者に人気の観光コースだ。

 本島から北西、北東、東、南東、南西、西の六つの方角にあり、北西を一ヶ島(いちがしま)として、時計回りに二ヶ島(にがしま)三ヶ島(さんがしま)四ヶ島(よんがしま)五ヶ島(ごがしま)六ヶ島(ろくがしま)と呼ばれていていた。

 遊覧船は本島の西にある六ヶ島から反時計周り――数字を小さい方向――に進み、二ヶ島、一ヶ島を目玉としている。その二つの島は本島よりも北――外海に近く、ある役割を持っているからだ。

 リクとヒサキの会話を聞きながら、ユウトは受付の上にある壁時計に目を向けた。


「それにしてもリンたち遅いね?」

「ん? ……あー、そうだな」

「………」

「え?」


 特に気にした様子のないリクとヒサキに、ユウトは小首を傾げた。


「ごめん。お待たせ」


 リンカの声が出入り口の方から聞こえてきた。振り返ると、リンカとキキコ、ユリナが外から現れた。


「どうしてそっちから?」

「案内、頼んできたのよ」

「案内? 誰に?」


 にやり、とリンカは笑う。その隣でキキコは「えっと……」と口ごもった。


「?」


 ユウトが小首を傾げたその時、



「久しぶり」



 ひょこっ、と出入り口の向こうから顔を出したのは一人の少女だった。

 赤い髪に勝気そうな茶色の瞳。少し日に焼けているが、その顔は――、


「ハルっ!」

「元気だった? と言っても、まだ十日ぐらいしか経ってないけど」


 ヒラヒラと手を振るうのは、ハルノ・アカミヤ。幼等学校からの旧友で同門の少女。

 その後ろから、名前は知らないが同学年の男子生徒と上級生も現れた。上級生はユリナの友達だ。


「焼けたな?」

「あー、うん。〝島渡り〟してるから」


 ハルノはリクに苦笑した。

 ハルノが選定した術式は〝第伍式・結〟だ。彼女がこの島にいることは不思議ではない。


「何で、来たことを知ってたの?」

「事前情報」

「……へぇー」


 リンカにじと目を向けると、目を逸らされた。うん、と一つ頷いて、



――〝瞬辿(しゅんてん)



 とんっ、と床を蹴って空中で一回転。リンカたちを跳び越えて外に出ると、ユウトは全速力で駆け出した。


「ちょ――ちょっとぉ!」


 背後から怒声と共に〝気〟を感じて、ユウトは左右にでたらめにステップを踏む。脇を掠めて、いくつもの光が通り過ぎていく。

 顔だけを振り返れば、青い光を纏うハルノが追いかけてきた。その速度は速く、〝第染式・疾〟――リンカの術式を使っているのだとすぐに分かった。

 「リンーっ!」と、ユウトは内心で幼なじみに叫ぶ。


「何で逃げるのよっ!」

「追いかけてくるからだよ!」

「待てぇっ!」


 言い争いながらユウトとハルノは校門を出ると、港に向かって坂を駆け下りていった。




          ***




 ユウトとハルノに置き去りにされたリンカたちがリンネルビュスで港に着くと、停留所のベンチにぐったりと座り込んでいるユウトとハルノを見つけた。

 同じく降りた乗客が怪訝そうに二人を見ていくので他人の振りをしようかと思ったが、顔を上げたユウトと目が合ってしまった。

 リンカは顔をしかめて、しぶしぶ、二人に歩み寄った。


「……食前の運動には激しいと思うけど?」

「ユウトが逃げるからよ」

「ハルが追いかけてくるからだよ」


 ユウトとハルノは互いに顔を背けたまま言った。


「もう……」

「コカミも元気だな」


 くくっ、と笑うのは、同級生の男子生徒でハルノのチームメイトだ。リンカとキキコのクラスメイトであり、二年の時にはリクと同じクラスだったことがあって面識はある。ハルノについて顔を出しに来ただけだったが、鬼ごっこを始めた二人に「面白い」と言って一緒に後を追ってきたのだ。


「えっと……サカキバラくんだっけ?」

「あー、くん付けはいい。リクたちからはコウタって呼ばれているから、そっちで頼む」


 薄い茶色の髪に同じ色の目を持つコウタ・サカキバラは、にやにや、と楽しげに笑っていた。


「僕もユウトでいいよ」

「おう。よろしくな、ユウト」


 コウタは気さくに手を挙げる。ユウトは頷きを返し、辺りを見渡した。


「あれ? ユー姉とヒサキさんは?」

「ユリナさんはフジモリ先輩とショッピング。ヒサキさんも友達のところに行くって」

「……そうなんだ」

「ほら、行こ」


 リンカは二人をせっついて、立ち上がらせた。


「ハルノ。行き先は任せたから」

「分かってるって。知り合った子が教えてくれたお店があるんだけど、そこならおまけしてもらえるわ」

「海鮮丼食べたい……」

「了解!」


 ハルノはキキコににっこりと笑った。

 ハルノの案内でリンカたちは停留所から港の市場に向かった。






 リンカたち三人の後ろを歩いていると、コウタがユウトに声をかけた。


「なぁ、さっきの技ってどうやったんだ?」

「さっきの技?」

「目の前でふっと消えたやつさ。確か、ハルノとの模擬戦と学年末の時も使っていたよな?」

「あ、うん。同じ技だけど」

「瞬間移動か?!」

「えっ? ……いや、ちょっと違うけど」

「じゃあ、秘伝の技とか?」


 おぉー、と一人で盛り上がるコウタ。


「秘伝ってわけでもないよ…」

「なら、道場で? ――お前も使えるのか?」

「使えるか!」


 話を振られたリクは叫んだ。


「あれはユウトの家の技だよ。俺たちには使えない」

「なるほどなぁー……伝家の宝刀みたいなのか」


 うんうん、と一人頷くコウタに、ユウトは目を瞬いた。


(誤解したまま納得されたけど……)


 リクにじと目を向けると、にやにやと楽しげに笑っていた。

 〝瞬辿〟はユウトが選定している〝序式・始〟の二重がけによる高速移動だ。その負荷に耐えられる精成回路がなければ、すぐにでも焼き切れてしまうだろう。

 それを説明するとややこしくなるので誤魔化したのだと思うが――。


(……いいのかなぁ)


 結局、話している内に明日、コウタと模擬戦をすることになってしまった。

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