(7)長い夜の始まり
先天的に〝天眼通〟が使えていたが、正直、《傀儡師》に興味はなかった。
身体を動かすのが好きで〝コロッセオ〟内を駆け回り、生傷が絶えなかったのを見かねた両親が道場に放り込んだ。
それが幼等学校に入学する前のことだ。
スポーツチームではなく《傀儡師》を育成する道場だったのは、〝塔〟を持つ町だからだろう。
自由気ままに動けない苦痛は、自身の内と向き合うことの楽しさで消え、一ヶ月が経つ頃には足しげなく通うようになっていた。
そこで、トシアキ・フカミヤと出会った。
当時はまだ《護の一族》と知らなかったので、同い年ながらも鍛えられた精成回路に衝撃を受け、声をかけた。
術式に覚醒し、早期覚醒者としてカラスミ学園に入学すると、トシアキが《護の一族》だと知った。
それでも《傀儡師》に対しての意識が変わったことはなかったが、ただ、少しだけ興味がわいた。
学園ではひたすら精成回路を鍛え続けた。鍛えれば鍛えるほど精緻になっていく精成回路に夢中になり、三年で〝特待生〟に選ばれてしまった。
一つのことに集中すると、とことん突き詰めてしまう性格なのだとそこで初めて気がついた。
大学にあがり、先輩のススメもあって術式を駆使した決闘型のスポーツ――闘技のクラブに入った。すぐにその面白さにはまって、さらに精成回路を鍛えてしまった。
〝特待生〟に選ばれたこと――同年代の中で、すでにプロ並みの精成回路を持っていたためか、試合では連戦連勝して知名度があがっていった。
その結果、候補の噂がたち始めるのに時間はかからなかった。
〝塔〟の術式は〝束〟。
偶然、同じ術式だったが〝覇者〟には興味はなく、なろうとも思わなかった。
〝覇者〟の存在の重要性、その重責は知っていても、あくまでも別次元の存在だった。
噂で沸き立つ弟分たちに苦笑し、その話に詳しいはずの親友に一度だけ尋ねてみたことがある。
「候補だってさ」
「……噂だ」
《傀儡師》の才能があり、それを鍛えることが面白かっただけ――その考えを知っている親友は、素っ気無く答えた。
《護の一族》として、目的もなく鍛えている態度は許せないのではないか、と考えたこともある。
だが、親友の心情を推し量ることはできなかった。
あるいは、昔から知っているので憤りを越えて呆れていると思っていた。
ほとんど成り行きで才能を鍛えていた自分の考えが大きく変わったのは――少しずつ変わっていたと思うが――はっきりと分岐点となったのは、ヤヒロの言葉だ。
当初はトシアキの精成回路の形成率の高さに興味が沸き、覚醒してからは鍛えるのが面白かっただけ。
《護の一族》を知り、《傀儡師》や〝塔の覇者〟の意義についても考えるようにはなったが、頭の片隅に存在しても《傀儡師》に対しての受け身の考え方を変えるほどでもなかった。
結局、《傀儡師》としての才能を鍛える確固たる目的を持っていなかった。
ただ、流されるままに鍛え、得た力だったのだ。
そこにヤヒロの思いを聞いた。
―――「〝塔の覇者〟になれるとは思えないけど、〝覇者〟を守る仕事がしたい!」
興奮気味に叫び、目を輝かせるヤヒロの顔は今でも覚えている。
まだ《傀儡師》の力もなかったヤヒロが言った言葉。弟のように思っていたヤヒロの背伸びした言葉に初々しさを感じ、ほほえましく思いながらも大きな衝撃を受けていた。
ヤヒロが〝塔の覇者〟に対するその思いと同じように、自分を慕っていてくれていることに気づいた。
慕われることに照れくさくなったが、闘技の試合で勝つたびに喜ぶヤヒロの姿を見ることが楽しくて、さらに技術を磨いていった。
いつしかヤヒロが尊敬する相手に相応しくなることが、自分の目標になり――ヤヒロの言葉と姿が、忘れていた、気づいていなかった自分の本心に形を与えた。
トシアキに初めて会った時、その鍛えられた精成回路に興味が出たのではなく、彼に憧れたのだ。
〝塔の覇者〟に憧れるヤヒロのように、トシアキが精成回路を鍛えてきた覚悟に。
それを自覚して、ある思いに気づきかけ――無意識に目を背けた。
そして、候補通知が来た日。
否応なく、本心を自覚させられ、戸惑ってしまった。
受け入れがたいことでもなかったが、受け入れることに二の足を踏んだ。
それを認めてしまえば、今までの《傀儡師》に対しての考えが大きく変わることが分かっていたからだ。
二度と、逃げられないと本能が悟っていた。
逃げることは許されず、それを受け入れる覚悟が必要だった。
〝候補〟の通知を受け取り、途方にくれた顔で立ち尽くしていると、訪ねてきたトシアキは呆れた声で言った。
「結局、お前は《傀儡師》が好きなんだろ?」
はっきりと言葉にしなかったこと。何故か認めるのが怖かったことを親友が形にした。
トシアキに憧れて鍛えてきた《傀儡師》の力。
闘技に勝つたびにヤヒロや観客が喜ぶのが嬉しかったが、さらに先の話――次期〝覇者〟として期待されることが嫌で、《傀儡師》に対しての本心を斜に構えていたことを自覚した。
周りから期待され、それを裏切ることが恐ろしくなり、本心を押し隠して逃げていた。
それでも技術を鍛えていたのは――。
「……好きだったのか」
《傀儡師》としての自分が、誇りだったのだ。
ヤヒロの思いに相応しい相手になろうとした。
闘技で示した力に期待する観客やライバルたちの声。
そして、幼い頃に芽生えた、《傀儡師》の才能を鍛えてきた本来の理由。
ただ、《傀儡師》が好きだった。
その言葉が、すぅっ、と身体に染み、憑物が落ちたような目で親友を見た。
本能は裏切ってしまったら、と怯えている。失望されることに恐怖している。
だが、トシアキは呆れた顔で見てくるだけだ。
ホウが逃げていることに気づいていたはずなのに、失望も憤りも見せない。
そこにあるのは――。
(……ああ、待っていてくれたのか)
信頼だった。
怒っていると思っていた。呆れていると思っていた。
けれど、いつか気づいて覚悟を決めるだろうと待っていたのだと気づいた。
呆れた声で言いながら、それでも信頼の目を向けてくる親友に背中を押された。
「……なら、一つしかないよな」
それがホウ・ウタカタが〝塔の覇者〟になろうと決意した時だった。
***
夜の帷が落ちた町中に地上から受ける光で浮かび上がる〝塔〟。
ホウは茫洋とした瞳でその姿を見つめていた。
場所は南部――内円の〝物見塔〟の通路だ。
作戦開始までのわずかな時間。
ホウは全身から力を抜いて、足元から〝コロッセオ〟に満ちる力を感じていた。〝コロッセオ〟は、中心にある〝第肆式・束〟の〝塔〟の影響下に置かれているので、〝コロッセオ〟全体の〝気〟の流れを感知できる。
「ホウ……」
名前を呼ばれて振り返ると、少し離れたところにトシアキが立っていた。
黒く身体にフィットした戦闘服を着た姿は、どこか闇に霞んで見える。
「……気が早いな」
戦闘態勢――〝仮〟を纏うその姿は、気を抜けば闇夜に消えてしまうだろう。
「あなたの〝仮〟、見破られていたわよ?」
トシアキの隣に栗色の髪の女性が現れた。トシアキと同じく身体にフィットした戦闘服を着ているので闇夜の中でもボディラインがくっきりと見える。
女性――シズク亭店主のルカ・ワタナベは、意地の悪い笑みをトシアキに向けた。
「わざとだ……」
「おい……」
聞き捨てならない言葉だった。トシアキは、ちらりと目を向けてすぐに逸らした。
「四年生でRANK 6の〝練紙〟を視抜いたのよ? ………手を抜いたわけじゃないわね?」
「本家だからだろ……」
呆れた声に、ぴくり、とルカの頬が震えた。
ルカはトシアキの年の離れた姉だ。結婚して家を出ているが、《傀儡師》としては超一流であり、非常時には召集がかけられる。
「それより、今日は呼んでない」
「遊びに来たの」
「野次馬か……」
身内だからか、トシアキのルカへの言葉は辛らつだ。
「……下手に手を出さないでくれ。こっちが迷惑だ」
「聞いたの?」
ホウからトシアキに本家――それも十五歳の子どもに攻撃しようとして、彼の補佐家が迎撃したことは話してある。
「同じ補佐家として気になって」
見ていたホウとしてはヒヤヒヤしたが、ルカとしてはただの力比べだったのだろう。
「あのまま戦闘に入ったらどうしようかと思いましたよ……」
相手も遊びだと気づいたようで、それ以上アクションを起こしてくることはなかった。
あの年齢で、見知らぬ女性に攻撃を受けても冷静に判断したのは《一族》だからだろうか。
「ですが、お互いに知り合いなんですか?」
ルカの名札はフカミヤではなかったにも関わらず、一撃を交わしただけで終わったのは、互いに知り合いだったのかと思った。
「違うわよ」
「なら、何故?」
「勘かしら? 同業者の匂い?」
「……なんですか、それ」
真面目に答える気はないようだった。
「……小柄な子には悪いことをしたわ」
ルカは肩をすくめて聞き流された。やれやれ、とその様子にため息をつき、ホウは表情を引き締めた。
「それで、敵は?」
一瞬で、緩んでいた緊張の糸が引き絞られる。
「敵本拠地と二つの拠点は押さえた。展開は完了している」
「〝仮〟と〝層〟の三重偽装で手間取ったわね」
事件の発端は十日ほど前。三度にわたって攻撃を受け、一週間ほど前の〝物見塔〟の一件からは犯人に動きがなかった。
事件の原因は、大きく二つに分けられる。
一つ目は〝覇者〟の地位。〝覇者〟になる条件は二つ、一つは〝塔〟と同じ術式を持つことと、もう一つは〝塔〟内で〝覇者〟に勝つこと。
術式が違えば挑戦は無意味であり、〝塔〟外で〝覇者〟に勝っても継承はされない。
町に混乱を招いて〝覇者〟をおびき出し、その実力を把握してから挑戦を行うか、負傷させて優位にさせるか――様々な理由が検討されたが、目的を判断する前に相手の動きが消えた。
犯人の意図が判断しきれない現状では二つ目、〝塔〟が産む副産物――〝結晶〟の強奪の可能性が高くなった。
術式の効果を宿す〝結晶〟は、〝塔〟から回収されて高額で取引が行われる。
ここでは〝物見塔〟などの〝コロッセオ〟内の建物に使われているので、他の〝塔〟よりは市場に出回ることは少ない。
「……〝結晶〟の方か」
どこか気のないホウの声に姉弟は眉を寄せた。視線を交わし、訝しげにトシアキが尋ねてくる。
「………どうした?」
ホウは答えずに夜空を見上げる。星が瞬く中に、ぼんやりと月が見えた。
「乱れてる? 検査では問題なかったでしょ?」
ルカが指摘するのは〝物見塔〟のことだ。復旧はすでに終り、ホウも検査をして正常に機能していることは確認していた。
「……いや、乱れじゃない」
〝コロッセオ〟内の〝気〟の流れに滞りはなく、機能は正常に稼動している。
ただ、何故か違和感があった。喉の奥に引っかかった小骨のような、微かな違和感。
それは〝気〟の流れではなく、空気に対してのもの。
「〝塔〟だな。……〝塔〟が違う」
ホウが振り返ると、二人は目を細めた。
「……何処がだ?」
「………さぁな。けど、違うんだ」
はっきりと言葉に出来ない感覚だ。
だが、確かに感じる。
「〝覇者〟としての感覚ね。……襲撃かしら?」
「違います。よく、わからないんですが……」
いつもと違う雰囲気。それは人に例えるなら、
「……姿勢を正しているような」
「なんだと?」
「………いや。緊張というか、待っているようなんだ」
肩をすくめて〝塔〟へ目を向けた。
「〝塔〟に戻るから、あとは頼む」
「わかった。姉さんも来たのなら〝小塔〟に回ってくれ」
「仕方ないわね。……南東でいい?」
「……ああ」
「了解」と、手を挙げたルカの背中を見送り、ホウは〝塔〟に足を向けた。[道]を使って、〝塔〟までの最短距離――屋根の上を走る。
〝塔〟の周囲には警察が配置されているので問題はないが、中で待機していたホウが出ているので中には誰もいない。内部には、見学の時以外はホウしか入れないようになっているからだ。
〝塔〟を囲む市役所まであと二、三軒の建物の上で――それが来た。
闇夜に煌々として光がはじけた。
ホウと後をついてくるトシアキは、光がはじけた方向へと目を向けた。
断続的に様々な色の光がはじけては消え、静まっていた町中に喧騒が沸き起こる。
さらに別の方角で光がはじけた。
『第三班。敵部隊と交戦開始! 周囲は封鎖完了』
『第五班。襲撃を受け、交戦!』
「別働部隊か。……ホウっ」
ホウはトシアキに頷いて、〝塔〟へ新たに[道]を放ち、
『コールレッド!』
緊急事態の叫びに、ぴたり、と駆け出そうとした足が止まった。
『別働部隊が襲撃――隊員三名、負傷です! さらに、民間人が一名、行方不明』
気づいたときには、〝塔〟とは別の方向――光がはじける場所へと駆け出していた。
「ホウ!」
「お前が行け!」
制止の声に叫び返す。無造作に振るった左手から数枚の〝練紙〟がこぼれ、一瞬で水色の光に打ち抜かれる。
発動した〝環〟は幾本かの[道]ができ、水色の光が縛り上げて一本の太い[道]へ。強化した〝環〟の[道]を伸ばす先は、〝塔〟とは正反対の建物。
(………くそっ)
奥歯を噛みしめ、足を進めるごとに身体が熱を帯びてくるが、思考はすぅっと冷めていく。
睨み付ける先には、いくつもの光がはじけては消えていた。
襲撃グループとの戦闘は、本拠地を含めた三箇所の他に二つの〝小塔〟付近と敵の別働部隊によって、〝コロッセオ〟内の数箇所に勃発していた。
その中でも激しさを増す場所へホウは向かった。
敵本拠地にいたのは、八人。他の二つ拠点にはそれぞれ五、六名が確認され、〝小塔〟ではさらに二、三人と少ない。合計すれば二十人弱だ。
拠点にいたメンバーは一部を除いて、全員が外円へ向かい、逃走を図っている。
現在は主道路付近の路地で交戦中だ。一般人は避難させているので、現在、外に出ているのは警察と市役所の職員だけだが、暴れられて町に被害が及ぶのだけは困る。
ホウは戦闘区域から主道路を挟んだ向かい側の建物の屋上に一つのグループを見つけ、[道]を繋げた。
「――状況は?!」
「ホウ!」
駆けつけたホウに、制圧部隊のメンバーはぎょっと目を見開いた。
「巻き込まれた人はどうしましたっ? 保護はしたんですかっ?」
年上の相手にホウは険しい表情で尋ねた。
一瞬、周囲の気配が固くなった。
「まだ、見つかっていません。負傷者は、現在、こちらに向かっています」
「………巻き込まれたのは、誰ですか?」
憤りを抑えた声に、通信係の女性はびくり、と肩を振るわせた。
この中では年下のホウだが、高まった気が周囲を圧倒し始める。
「……ヤヒロだ」
ことん、と胃の中に固く凝り固まった何かが落ちた。
ホウは目を細めて虚空を睨んだ。作戦前の部隊配置と現況による変化を計算し、部隊長に焦点を当てた。
「状況の詳細を……」
抑えていた憤りも消えた声に、部隊長以外の全員の表情が強張った。
ホウの金色の瞳の中に、水色の光が宿り、周囲を圧倒していた。
「追っ手は二人。部隊からの負傷者はカワハラ、ミシマ、アンサカだ。現在、増援も向かわせて負傷者の救出と行方不明者の捜索を開始している」
「ユースケ先輩が……」
部隊長の言葉にホウは少しだけ眉をひそめた。
ユウスケ・カワハラはホウの大学の先輩であり、警察の特殊部隊で活躍する実力者だ。
「フカミヤの報告もあって、お前の実家周辺を警備させていた。だが、ヤヒロが外に出てしまい、その保護をしようとしたところを襲撃されたようだ」
「……ヤヒロの捜索は?」
「カワハラたちの報告では東に向かったそうだが………まだ、見つかっていない」
ホウは眉を寄せた。家から東の方角にはトシアキが隠れ家として使っているアパートがある。
(………あいつ、まさか……っ)
「ココにいるメンバーやカワハラたちへの襲撃は誘導だ。お前たちの報告通り、〝石〟が目的だろう。そして、お前の家の近くの学生を狙い続ける理由は一つしかない」
彼らの目的が誘導なら達成している。町の警備を出来るだけひきつけて、逃げるだけだ。
だが、敵本隊は〝塔〟に向かっているか、あるいはただ情報を持ち帰るために逃げているのか、確実な判断が出来ない以上、こちらは全てに目を向けなければならない。
ホウは足を東に向けた。部隊長たちが制止するよりも早く、
「ホウ! 待て!」
追いかけてきた親友が肩を掴んで止めた。
「……〝塔〟は?」
振り返らず、感情を殺したホウの声にトシアキは眉を寄せた。
「扉の警備には姉さんが行った。ヤヒロの報告は受けた。落ち着け」
「俺が出れば、あいつらも……」
「お前は町の要だ。〝英雄〟だろうっ!」
英雄の言葉に、ぴくり、と肩が動く。
「お前が冷静さをかいてどうする!」
「……トシ」
「何より、あいつらに捕まったという確証はない」
はっとして、ホウはトシアキに目を向けた。
やっと目を合わせたことに、トシアキはわずかに目元を緩めた。
「ヤヒロが捕まったのなら、相手もなんらかのアクションを起こすはずだ。それがないのならまだ、無事な可能性が高い」
「………」
「ヤヒロの捜索に俺のアパート付近も報告した。こんな夜にあいつが行くとしたら、お前の家かそこだけだ。お前ががむしゃらに動くな。状況を見極めろ」
トシアキの目を見返し、肩を掴む手が微かに震えていることに気づいた。彼もヤヒロを心配する気持ちは同じなのだ。
「……わかった」
ホウは息を吐き、肩から力を抜いた。それを見て、トシアキも手を離す。
「それに〝域〟で探せるだろ。大まかなところを示してくれれば、見つけやすい」
「………そう、だな。悪い」
トシアキの提案に唖然とし、ホウは頷いた。
〝コロッセオ〟内は〝塔の覇者〟の領域だ。ヤヒロの〝気〟はよく知っているので、探すことに問題はない。
そんなことまで抜けていたことに、ホウは驚いた。
「探しに行かせたいのは山々だが、状況が状況だ。今は状況の収束を優先させたい」
ホウが落ち着いたことを見計らって、部隊長が口を開いた。
「……分かりました。ヤヒロのことはお願いします」
〝コロッセオ〟で感知したヤヒロがいる方角を示し、ホウは目を閉じた。
こうなることを恐れていたのに、避けることが出来なかった。
今すぐにでも探しに行きたいが、今はヤヒロが願う英雄を全うしなければならない。
それまで失ってしまえば――。
(無事でいてくれ………ヤヒロ)




