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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第2章 束の塔/英雄と約束
18/26

(6)失望の理由

 ヤヒロとホウとは家が隣同士で、小さい頃から遊んでいたので兄のような存在だった。年齢は一回り近く離れているので、ヤヒロが幼等学校を卒業する頃にはホウは闘技選手として有名人となり、町では知らない人はいなかった。

 ホウに《傀儡師(パペット)》のことを教えてもらうことが嬉しくて自慢で、彼に憧れていた。


 最初はたわいもない約束だった。

 自分に《傀儡師(パペット)》の資質の有無も分からなかった七年前に交わした約束。

 前線に出て町を守る〝塔の覇者(英雄)〟の助けになりたい、一緒に町を守りたい。

 今では恥ずかしい、幼稚じみた気持ちの約束だ。

 それでも、ホウは笑って応援してくれた。

 一緒に守ろう、と言ってくれたことが嬉しくて、兄のように強くなろうと決意した。

 約束が破られたのは、ホウが〝覇者〟となって一年が経った頃だった。精成回路の形成率が上がり、〝特待生〟も目指せると道場の先生に言われた頃。

 それを話せば、ホウも応援してくれると思っていた。






 ホウが〝覇者〟となって一年。

 そのお祝いパーティーとして夕食に誘われ、ヤヒロはツトムと一緒にトシアキのアパートに行った。アパートはトシアキが隠れ家的にホウと使っている場所だ。

 四人だけのパーティ。話題は《傀儡師(パペット)》のことばかりだった。学校の実技でツトムに勝ったことや精成回路の形成率が上がってきて嬉しかったこと、すでに選定している生徒がいることなど、ツトムと競争しながら話した。

 ホウがとぼけてトシアキが突っ込む姿を見るのは久しぶりで、時間はあっという間に過ぎてしまった。

 パーティがお開きになり、ヤヒロはホウとツトムと一緒にアパートをあとにした。

 途中でツトムと別れ、ホウと二人で帰路につく。


「ウタ兄。俺たちの回路の出来具合ってどんな感じ?」

「何だよ、急に」

「先生たちはいい線言っているって、言ってくれたんだけど」

「……そうだなぁ」


 ちらり、とホウは視線をよこして、小首をかしげる。「うーん」と、唸るホウに眉を寄せる。


「ウタ兄、〝天眼通(ルガルデ)〟もスゴイって聞いたけど?」

「視えるが………基準がトシだからな」

「トシ兄がなに?」

「トシの回路の形成率、すごかったんだぜ? それで、声をかけたぐらいだからな」

「………ナンパしたの?」

「ははっ。殴るぞ?」


 眼が笑っていなかった。ヤヒロは「冗談ですよ」と、おどけながら首を横に振った。


「トシや他の〝特待生〟だった奴らの回路と比べると………まぁ、少し甘いかな」

「……そっか」


 まだまだか、とため息をついたヤヒロの頭に手を置いて、ホウはぽんぽんと叩いてきた。


「な、何だよ!」


 気恥ずかしさにホウの手を払いのける。

 ホウは大人びた――穏やかな笑みを口元に浮かべ、


「ま。急ぐことはない」

「……ウタ兄」

「〝特待生〟は一つの目標だけどな、無理して身体を壊すことだけはしないでくれよ?」

「……わかってるよ」


 いつもとは違うホウの優しい口調に、ヤヒロはバツが悪くなって目を逸らした。


「でも、〝特待生〟は登竜門みたいなものだろ? 約束したから……」


 ホウに目を戻すと、笑みを消して哀しげな目でこちらを見るホウと目が合った。


「そんなにがんばらなくてもいいんじゃないか?」

「えっ?」


 任期一年のお祝いパーティは、最悪の日となった。






 それから口論となって、ホウが会いに来ても会話が少なくなっていった。会うたびにその日のことを思い出してしまい、気まずくなるからだ。


(………なんで、あんなこと……)


 ホウが一緒に町を守ろう、と約束したことを覚えていてくれたから、早く追いつけるように訓練を重ねてきたのだ。

 そのホウが約束を否定した。

 「未熟だ」と言われたわけでも、「まだ伸びるから、ゆっくりとがんばればいい」とも言われなかった。

 ただ、来るな、と。

 隣には来るな、と言われた。



―――「僕が知るのは〝覇者〟が背負う宿命だけです」



 《護の一族》の本家だという少年は、何を知っているのだろう。

 三年前、ホウに言われた言葉は認めたくない。認められない。

 冗談だったのだと、言われたかった。

 もし、認めたてしまったら――。


「何で、だよ……?」


 ヤヒロは目を覆っていた右手をどけて、茫洋とした瞳で天井を見上げた。

 遺跡でユウトと話をしてからの記憶は曖昧だった。

 ぐるぐるとその言葉が頭の中で回り続け、思考が同じことばかり考えている。

 ユウトが言っていたことは、全て彼の主観だ。

 それがホウと同じとは限らない。


(ウタ兄が……そんなこと)


 だが、彼も〝塔〟と関わる者だ。ヤヒロの知らない〝塔の覇者〟の姿を知っている。

 ヤヒロにとって――この町にとって、〝塔の覇者〟は英雄だ。

 町の環境を、治安を守ってくれる英雄。

 〝覇者〟を支えることが夢で、ホウが〝塔の覇者〟になってから、少しずつその形を変えていった。

 ずっと見ていて、追いかけていた。

 いつかその隣に立ちたくて、追い抜きたくてその背中を見ていた。

 だから、拒絶されて哀しかった。

 他の誰が無理だと言っても、ホウにだけは――兄のように思っていた彼だけには、否定してほしくなかった。


(あいつの言ったことなんか――っ)


 ヤヒロは寝転んでいたベッドから勢いよく飛び起きた。

 時計を見ると、二十一時前。ヤヒロはケースと財布だけを手に取り、部屋を出た。音を立てずに階段を下りて外に出る。夜も更けてきたので、親に見つかると厄介だ。

 玄関のドアを開けると、ぐちゃぐちゃになっていた頭が夜風に吹かれて次第に落ち着きを取り戻していく。

 門を飛び出して、ちらりと隣家――ホウの家に目をやると、全ての電気が消えていた。


「―――あれ……?」


 いつもならホウの両親がいるはずだが、出かけているようだ。そのことに小首をかしげつつ、前を通りすぎる。

 行き先はトシアキのアパート。本当はホウに確かめたいが、会う勇気も聞く度胸もない。


「………いるかな」


 トシアキのアパートは歩いて二十分ほど。ユウトに向けた怒りを落ち着かせ、考えをまとめるのにはちょうどいい距離だろう。

 もしかしたらホウがいるかもしれないことを期待して、ヤヒロは夜道を歩き出した。




          ***




 飲み物を買いに食堂に入ったキキコは、見知った人たちを見つけて近づいた。


「……三人で何をしているんですか?」


 テーブルを囲んでリク、ユリナ、ヒサキの三人が座っていた。

 部屋に戻ったはずの三人に小首を傾げる。ただ、ユウトの姿はなかった。


「町の機能について話してたのよ」

「えっと……〝コロッセオ〟についてですか?」

「そうよ」

「リンカはどうした?」

「リンちゃんは荷物の整理をしてます。……ユーくんもいないようですが?」

「部屋で訓練」


 肩をすくめるリクに、キキコは目を丸くした。


「……こんな時間まで?」

「日課なのよ」

「……日課」


 ユリナの言葉にキキコは眉をひそめた。

 ユウトは暇を見つけては〝練紙〟を織り、精成回路を鍛える訓練ばかりしている。

 それが悪いことだとは思わないが、身体を休めることも必要だ。

 キキコは後天的に〝天眼通(ルガルデ)〟を身につけたので、未だに視る力は弱い。

 ユウトの〝練紙〟の細部までは視ることができないが、〝練気〟の気配は分かる。

 〝練気〟を感じることは《傀儡師(パペット)》の気配や〝式陣〟、〝練紙〟の発動も感じることができ、気配の強さが精成回路の形成率の高さ、〝練紙〟の構成の緻密さと繋がっているのだと経験で分かっている。

 だが、ユウトの気配は掴めなかった。

 直感では、学年トップのリクよりも高い精成回路だと思う。

 ただ、どこかうやむやで霧の掛かった先を見ようとしているようにうまく感じられない。

 何かに阻まれているような、奇妙な隔たりがあった。

 そのフィルターが少しだけ消えたのは、ハルノとの模擬戦を見た時だった。

 ユウトの〝白刀(はくとう)〟を視た時に感じたあの感覚は、ライヤや学園でトップのヒサキ――そして、三年前――もうすぐ四年になる――に感じたあの人(・・・)の気配によく似ていた。


「身体、壊しませんか……?」


 キキコはユウトに一抹の不安を覚えた。

 彼の訓練は鍛えているというよりも――。


「大丈夫よ。お目付け役がいるから」


 キキコがヒサキを見ると、少しだけ苦笑を浮かべていた。


「無茶はさせない。……少し、様子を見てくる」


 そう言って、ヒサキは席を立つと食堂を出て行った。


「おさらい、どうかしら?」


 明るく話題を変えるユリナに、キキコは頷いた。その隣に腰を下ろし、


「リンちゃんも呼んでもいいですか?」

「もちろん」






 リンカが合流し、ユリナはテーブルにガイドブックを広げた。

 〝束の塔〟の地図――〝コロッセオ〟の絵が書かれている。


「ほとんど授業のおさらいになるけど。――とりあえず、〝束の塔〟の町の最大の特徴は?」

「〝コロッセオ〟です」

「そう。どうして、〝コロッセオ〟が出来たのか。――はい。キキコ」


 名指しされ、戸惑いながらキキコは授業で習ったことを思い返した。


「えっと……〝束〟の力を最大限に引き出すため、です」

「その方法は? リンカ」

「〝物見塔(キャランポル)〟の内円で〝塔〟の力を補佐して外円で安定させ、そして、四つの〝小塔(キャルフール)〟で微調整……です」

「リク、補足説明」

「〝物見塔(キャランポル)〟での補佐と安定を行うのは、より広範囲の領域に一定の効果をもたらすためで、〝小塔(キャルフール)〟の微調整とは、例えるなら捻りを加えることです」

「……捻り?」


 キキコとリンカは小首を傾げた。


「〝塔〟に集約した力を〝物見塔(キャランポル)〟で固定するのなら、裾広がりで中心が大きく突き出ているイメージだな。そこに〝小塔(キャルフール)〟が変化をつける――つまり、捻りを入れて」


 リクは拳を握って手首を回しながら腕を上げ、ぱっと手を開けた。


「一気に放つ。〝束〟の特性、収束で集めた〝気〟を放つのなら、その効果は大きいと思う」


 キキコはそれを見つめ、


「……スプリンクラー?」

「ふふっ。そんなイメージかしらね」


 ユリナは笑った。


「でも、〝小塔(キャルフール)〟は――」


 疑問を口にしようとしたリンカをユリナは手で制した。


そういうこと(・・・・・・)もあるのよ」

「………」

「そこで問題。どうして〝物見塔(キャランポル)〟が狙われたんだと思う?」


 キキコとリンカは顔を見合わせた。


「〝塔〟の流れを断ち切る、わけではないですよね。〝塔〟の機能に問題が出たようには見えませんけど」

「補修工事も三日ぐらいで終ってましたよね」


 事件のあと、補修工事が行われて数日で元通りになった。

 まるで、破壊されることを知っていたような手際の良さだった。


「………補佐以外にも役目があるんですか?」

「どんな役目があると思う?」


 問い返され、リンカは考え込んだ。


(……慣れてるのかな?)


 〝物見塔(キャランポル)〟の強度は、破壊されれば周辺への多大な被害も考えられるので、高い基準はあると思うが、規模が規模だ。維持するコストも高い。

 補佐と言い表していることから、防壁としての役割を求めているわけでもないようだ。


(〝小塔(キャルフール)〟は機能していない、って言っているから……〝物見塔(キャランポル)〟よりも〝小塔(キャルフール)〟の方が重要なのかな)


「〝物見塔(キャランポル)〟を見た限りだと、特別な装置のようなものがあるようには見えませんけど」

「そうね。見た目は〝物見塔(キャランポル)〟は区切りのようなものだから」


 それを聞いて、キキコは〝コロッセオ〟から湧き上がる〝気〟が脳裏に思い浮かんだ。


「あ。〝コロッセオ〟の中は〝気〟が満ちているということですね」


 キキコが声を上げると、ユリナは笑って頷いた。


「〝塔〟の影響が濃い〝気〟が満ちているのなら、〝塔の覇者〟の方の〝(スイエル)〟の範囲も広がるので、〝物見塔(キャランポル)〟のもう一つの役目はその補助ということですか?」

「正解。〝物見塔(キャランポル)〟は〝塔〟の補助装置なら、〝塔の覇者〟の影響下でもあるのよ」


(でも、それならあの事件は……)


 キキコと同じ考えに至ったのか、リンカとリクも緊張した面持ちで口を閉ざした。

 ユリナはそれを見て、安心させるように笑みを濃くした。


「大丈夫よ。ここには英雄がいるから」

「英雄?」


 キキコとリンカは顔を見合わせた。リクは少し眉をひそめ、


「……ウタカタさん、ですか?」

「そうよ」


 ユリナは窓の外に見えるライトアップされた〝塔〟に目を向けた。


「あの人がいるのなら、大丈夫よ」




         ***




 ユウトは焦点の合わない瞳を手のひらにある〝式陣しきじん〟に落していた。

 ある術式の構成通り・・・・に〝練気〟を動かし、緻密に再現する。精錬度の高い〝練気〟が組み込まれていくことにより、徐々に輝きを増していく〝式陣〟。

 一心に〝式陣〟を作っていたが、ふと、頭の片隅で悶々と考えていることに意識が向いた。

 ヤヒロの事情に口を出してしまったことだ。

 ヤヒロとあの人の思い(こと)を分かってしまい、いつの間にか《護の一族》だと名乗っていた。

 

(憧れ……か)


 互いが互いを思っているにも関わらず、すれ違うことに苛立ちを感じたのだ。

 ウタカタがしたであろうことは、《護の一族》としては理解できるが――。


『お前は気づいた時には手遅れだったからな』


 くくっ、と笑う声。少し違和感のある自分の声は、別の意志によって発せられていた。どこか荒々しい口調も数年の付き合いにもなれば慣れてくる。慣れても腹立たしくなることも多いが。

 その挑発にユウトは眉一つ動かさず、目を閉じた。

 あの時、ユウトが味わった感情ものをヤヒロやホウは知らない方がいい。



―――かちりっ、



と。手元で何かがはまる音がした。


『それでいいぞ』


 ユウトは煌々と輝き、くるくると自転する〝式陣〟を握り潰した。

 その声がきっかけとなり、頭の中が切り替わった。

 雑念が消え、感情を抑えた《護の一族》としての顔が表に浮き上がっていく。

 だが、ある感情だけは取り除くことは出来なかった。普段は奥底に沈んでいる感情(もの)が表面に現れる。

 それは憤怒。

 誰か()に向けられた怒り(もの)ではなく、自分()に向けられた激情。

 暗い光を瞳の奥に宿しながら、ユウトは立ち上がった。

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