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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第2章 束の塔/英雄と約束
17/26

(5)すれ違い

 〝コロッセオ〟の北西部にあるシュウコウ広場は、外円と内円の〝物見塔(キャランポル)〟の間にある市内最大の公園だ。

 敷地内の中央には〝塔〟と同時期に建設された建物――遺跡があり、それを囲むように芝生が広がっていた。園内の所々に露店も出され、散歩を楽しむ住民たちで賑わっている。

 遺跡は〝コロッセオ〟内に四つあり、〝塔〟を中心としてバツ印を描く位置にあるが、見学が出来るのはシュウコウ広場だけだった。


「あれが〝小塔(キャルフール)〟で、〝塔〟が放出する力の制御を行っているものの一つです」


 ツトムはガイドブックを片手に遺跡の中央にある〝小塔(キャルフール)〟と呼ばれる高さ十メートルほどに小さくなった〝塔〟を指した。


「周囲を囲む建物は数百年前まで〝コロッセオ〟の中にあったものの名残りですが、今では四つの遺跡近くにしかありません。えーと、現在は〝小塔(キャルフール)〟は機能していないようですね」

「……借りたガイドブック片手に言うなよ」


 ヤヒロはため息交じりに親友にツッコミをいれると、「いや……」と口ごもりつつ笑ってごまかされた。

 一方、説明を聞いていたユキシノ学園四年生組は、遺跡に目を奪われている。


「中に入れるんですよね?」

「うん。巡塔者はタダだよ」


 ありがと、とリンカにガイドブックを返して、ツトムは頷いた。


「何もないけどな」


 ヤヒロは肩をすくめ、見学するためにチケット売り場に先導する。

 ヤヒロたちにとっては見慣れた建物で、見学料も小銭とはいえ払う気にもなれない。

 彼らは明日、この町を出発するので、放課後に町を案内するために行きたい場所を聞くと、真っ先にココを言われた。

 どうやら初日に来る予定だったが、〝物見塔(キャランポル)〟の一件で来ることが出来なかったらしい。


(ま。思い出にはなるか……)


 巡塔者とその付き添いに限っては入場料は無料になるので、久しぶりにヤヒロとツトムも中に入った。






 赤いレンガ造りの建物は、町中の比較的新しい――歴史の浅い――建物と似ていた。周囲の町並みが合わせたデザインで建てられているのと、幾度か改修工事が行われているからだ。

 だが、遺跡内部に入ると数百年以上の風格のような存在感はあった。

 ひんやりとした風が顔をなでる。観光客もそれなりにいるようで、ざわめきと足音が響いていた。

 入り口を入ってすぐの場所は広く、四方に伸びる廊下と正面には大きなガラス窓。その窓を塞ぐように見えているのが、〝塔〟と同じ石造りの〝小塔(キャルフール)〟だ。

 入り口で渡された薄いパンフレットを手に、四年生組は頭を付き合わせた。


「どこから回る?」

「………〝小塔(キャルフール)〟内は見学できないみたいだよ」

「順路もなにもないから、左か右?」

「ざっと回ると、一時間ぐらいか」


 遺跡内を説明するほどの知識は持ち合わせていないので、ヤヒロとツトムも久々に見た建物内を見渡した。

 ヤヒロが六年生組に目を向けると、二人は何かを話していた。六年生の会話に耳をすませようとして、不意に振り返ったユリナと目が合う。


「……っ」


 ヤヒロは綺麗な青い瞳に見つめられ、びくっ、と身を竦ませた。

 口元に笑みを浮かべたユリナは可愛いというよりは美人に入るだろう。


「リンカ、キキコ。私たちはこっちよ」

「――えっ?」


 ぽかん、と目を丸くした二人にかまわず、ユリナは有無を言わせない声で言った。


「男の子の話があるそうだから」

「っ?!」


 目をむくヤヒロにユリナは笑みを濃くして、背を向けるとスタスタと歩いていく。


「えっ――ま、待ってくださいっ」


 二人はユリナとユウトたちを交互に見つめ、遠くなった背中を慌てて追った。


「リクとツトムはこっちだ」

「……あ。はい」


 ユリナが去った方向とは別の方へ目を向けたヒサキに、リクは頷いた。

 ツトムも一瞬だけヤヒロを見やってから、ヒサキとリクについていく。


「………」


 あとにはヤヒロとユウトだけが残った。


(………あの人たち、一体、なんなんだ?)


 ヤヒロの心情を知っているような言葉と行動に唖然としていると、


「……ユー姉は」


 呆れた声でヤヒロは我に返った。ユウトに視線を向けると、ポケットにパンフレットをしまいこんで彼女と同じ瞳で見返してきた。


「行きましょうか?」

「………ああ」


 どこか悟っているような雰囲気に呑まれつつ、ヤヒロは頷いた。

 ユリナたちが消えた左右に伸びる通路を避けて、奥に向かう。ユウトが先導する形だ。


(ど、どう……?)


 思わぬところで二人っきりになってしまい、ヤヒロは戸惑った。

 気になること――聞きたいことは山ほどあるが、どう聞き出せばいいのかわからない。

 戸惑うヤヒロとは違い、ユウトは窓の外――〝小塔(キャルフール)〟へ目を向けながら、足は迷いなく通路を進んでいく。

 他の観光客の姿が少なくなり、階段を上がって進んでいくと開放されているバルコニーに出た。

 〝小塔(キャルフール)〟がある中庭に面していて、十人ほどの観光客の姿があった。

 ユウトはバルコニーの端につくと柵に手を置いて〝小塔(キャルフール)〟を見上げたので、ヤヒロも同じように〝小塔(キャルフール)〟に目を向けた。


「〝小塔(キャルフール)〟って、本当に・・・()のミニ版・・・・ですね」

「見た印象は違うけどな」


 ヤヒロは目を合わせているよりも話しやすいことにほっとした。


「強引な姉ですみません……」

「……いや」


 ちらっと目をやるとユウトは肩を落としていた。


「……一つ、聞きたいことがある」

「はい?」


 小首を傾げたユウトから視線を逸らす。

 ずっと聞きたかった疑問が出ない。緊張しているのだ。相手は年下で、会って間もないが気兼ねする相手でもないだろう。

 ヤヒロは大きく息を吸ってユウトに視線を戻し、


「ウタ――ホウさんとは知り合いなのか?」

「………ウタカタさん、とですか?」

「ああ……」


 ヤヒロが頷くと、ユウトは訝しげに眉をひそめた。


「いえ。食堂で会ったのが初めてでしたけど……?」

「じゃあ――っ」


 その返答にヤヒロは思わず、ユウトに詰め寄った。目を丸くしたユウトを見て我に返り、ぶつかる直前に身を引く。

 ヤヒロは落ち着こうと大きく深呼吸を繰り返した。急く気持ちに言葉が詰まりながら、


「……じゃあ、何で……ウタ兄は」


 仕事で忙しい中、わざわざユウトに会いに来たホウ。

 ホウが〝塔の覇者〟になって三年。

 最初の一年は忙しくても、わずかな時間を割いてまでヤヒロとツトムに会いに来てくれていた。

 ただ、あの日から――ケンカをしてしまった二年前から、ホウが会いに来ることは減っていき、今ではほとんど会うことはなかった。

 〝塔の覇者〟の責任はわかっている。

 だからこそ、わざわざ会いに来たユウトとの関係が気になった。

 嫉妬している自分が醜いと思いながら、無視できなかった。

 ずっと、一緒にいたのだ。

 黙りこんだヤヒロに、ユウトは何かを考えるように小首をかしげ、


「僕が知り合いなのは、ウタカタさんではなくフカミヤさんの方ですよ?」


 一瞬、ユウトの口元に笑みが浮かんだ気がしたが、その言葉で疑問は吹き飛んだ。


「トシ兄と?」

「知り合いといっても、初日の事件の時に初めてお会いしたんですけど……」


 ユウトは、ちらり、と他の観光客に目を向けた。会話が聞かれていないか気になったのだろう。


「ウタカタさんはフカミヤさんから話を聞いて、会いに来ただけです」

「話を聞いて……?」

「〝物見塔(キャランポル)〟の一件のことです」

「何で、それを聞いただけで来るんだ?」

「〝物見塔(キャランポル)〟の事故で人助けをしたと説明しましたけど……」

「ああ。そうだったな」

「何かを手伝ったわけではなく、あのとき〝物見塔(キャランポル)〟から落ちた人を飛び降りて助けたんです」


 一瞬、理解ができなかった。


「な、に……?」

「巡塔者の僕が〝物見塔(キャランポル)〟から飛び降りて助けたので、ちょっと興味がわいたそうで」

「………」


 そして、絶句するヤヒロに追い討ちをかけるようにユウトは言った。


「僕はフカミヤさんとは同じ・・なんです」

「……はっ?」

「ヤヒロ先輩は、フカミヤさんの家業のことは知っていますよね?」


 突然、話題を逸らされたことに混乱したが、ヤヒロは頷いた。

 トシアキの家業を尋ねられて思いつくことは一つだけしかない。


「僕は本家の人間です」

「本、家……?」


 《護の一族》。〝塔〟と同じ歴史を持ち、〝塔〟の機能を誰よりも知り守護する一族。

 トシアキは《護の一族》の補佐家で、彼らを統率し、実質的な力を持つのは五つしかいない本家だ。


「フカミヤさんの本家とは違うんですけど。……ウタカタさんは他の本家に会ってみたかったから、わざわざ会いに来てくれただけですよ」

「っ!」


 ユウトの言葉に、びくり、と身体が震えた。

 笑みを浮かべた彼の何かが、変わった。困ったようなユウトの顔も声も変わっていない。

 だが、何かが違う。

 青い瞳の奥にある暗い光が内からにじみ出て、一瞬だけ、何か・・を感じた。


「……っ?」


 その何かに知らずと腰が引けた。


「フカミヤ家以外の《護の一族》と会うのは初めてですか?」

「……あ、ああ」

「ウタカタさんも同じですよ。……ただ、僕はついでだったと思いますけど」

「はっ?」

「あ。いえ、何でもありません」


 ユウトは笑って誤魔化すと〝小塔(キャルフール)〟を見上げた。


「ツトム先輩から、ウタカタさんとヤヒロ先輩がケンカをしたと聞きました」


 思いもよらぬところで出てきた親友の名に、はっと我に返った。


「……あいつ」

「僕がヤヒロ先輩に何か失礼なことをしてしまったのか聞いたので、答えてくれたんです……」


 ユウトの申し訳なさそうな口ぶりに、ヤヒロは言葉に詰まった。自覚はなかった。

 思い返してみると、二人っきりで会話をしたことはない。二人となっても、いつもツトムかリク、ヒサキにも話を振っていたような気がする。無意識に二人で話すことを避けていたのだろう。


「それは……悪かった」


 頭を下げると、ユウトは慌てた。


「あ。いえっ、気にしてないというか、怒ってるわけではないのでっ」

「そ、そうか……?」


 ヤヒロはほっとして顔を上げたが、続いて言われた言葉に眉を寄せた。


「ケンカの原因は聞いてませんが………少しだけ分かるような気がします」

「……なに?」

「僕も〝塔〟に関わる者ですから」


 振り返ったユウトは眉をひそめるヤヒロを見て、わずかに目を細めた。


「……なんだ?」


 見下されたような気がしてヤヒロが睨み返すと、ユウトは目を伏せた。


「僕は本当は別の人たちと来るつもりでした」

「……?」

「〝サンクリ〟のことです」

「………あ、ああ?」


 ぐるぐると様々な感情が回るヤヒロにかまわず、ユウトは言う。


「姉やリクたちと巡ろうとは思っていなかったんです」

「………何でだ?」


 一瞬、ユウトは口ごもった。


「怖かったから―――」

「は?」

「一緒に巡って《一族》のことでみんなに何かが遭ったらと思うと、怖かったんです」

「………なっ? でも、お前たちは一緒に」

「巡ってます。……いろいろあって、巡ることになったんです」


 ユウトの告白にヤヒロの頭はさらに混乱したが、なんとなく彼が言いたいことを理解した。理解してしまった。

 一瞬で混乱が、怒りへと塗り替えられる。


「……お前、ウタ兄も怖がっているって言うのかっ?」

「………」


 ユウトは無言でヤヒロを見返した。それが頷いていることと同じだった。

 ホウをバカにしている気がして、ヤヒロはかっとなってユウトの胸倉を掴み、青い瞳を睨みつけた。


「バカにするな!」


 頭の中が真っ白になり、胸倉を掴む手が震える。言葉が上手く出てこない。


「お前がっ……お前が、ウタ兄の何を知ってんだよ! ウタ兄のことっ、何も知らないクセにっ」


 たった数回、ホウに会っただけで語られたくない。

 《傀儡師(パペット)》として、どれだけ訓練を積み重ねてきたか。

 その覚悟や強さを見てもいない奴に言われる筋合いはない。

 ユウトは詰め寄るヤヒロに感情のない目を向け、


「はい、知りません。僕が知るのは〝塔の覇者〟が背負う宿命だけです」

「っ!」


 ユウトの言葉の奥にある何かに身体が震え、力の抜けた手からユウトの服がすべり落ちた。

 金縛りにあったかのように動きを止めたヤヒロをユウトはじっと見上げてくる。


「僕はウタカタさんが積み上げてきたものを知りません。ですが、今、彼が背負っているものは知っています。………僕も同じですから・・・・・・・・


 ユウトの瞳に、つい少し前に一瞬だけ見えた何か・・が宿っていた。

 闇だ。

 ヤヒロはそれに恐怖を感じて、ユウトから距離を取って手すりにもたれかかる。足に力が入らず、気を抜けば腰が抜けてしまうだろう。

 巡塔者の四年生に対して沸き起こった畏怖に身体が震えた。


「ヤヒロ先輩。気づいてください……」

「なに、を……?」


 その気迫に呑まれて呆然と呟いたヤヒロに、ユウトは困ったような顔をした。




         ***




 夕食の時間過ぎた食堂内には、十数人ほどの生徒の姿があった。食堂の厨房は閉まっているが、売店は夜の九時まで営業していて自販機もあるので、生徒が絶えるにはまだ時間がある。

 課題の決めていたノルマを終えたリンカは食堂に入ると、奥にあるボックス席に目当ての人物を見つけた。

 周りのボックス席に他の巡塔者が座ってないのは、避けられているのだろうか。


(………悪目立っているような気がするわね)


 リンカは半ば呆れつつ、そこに足を向けた。

 周囲から視線を感じて、心なしか歩みを強める。


「―――ぅわ」


 テーブルに散らばった白い〝鶴〟が見えて、思わず声が漏れた。

 十羽以上の〝鶴〟と、食堂ここでのホウとの一件が原因で目立ち、周囲に誰も寄り付かないことに本人は気づいているのか疑問に思ったが、この様子では気づいていないに違いない。

 ユウトは後ろに立つリンカに気づくことはなく、窓の外に視線を向けている。テーブルの上に出された右手の中には白銀に輝く長方形の何かがあり、それを弄んでいた。


(……なに、アレ?)


 視るまでもなく〝式陣(しきじん)〟で作られたものだと分かったが、何なのか分からない。


「ユウ? 何しているの?」

「あ。リン……」


 ユウトは手の中にあるものを握り潰し、振り返って目を丸くした。

 いつもは声をかける前に気づいているはずだ。その様子に眉をひそめつつ、リンカは向かいの席に腰を下ろした。


「また、散らかして……」

「あー……」


 ユウトは身を縮ませて〝鶴〟を手元に集めた。ケースに詰め込んでいるのを横目に、テーブルに頬杖をつく。


「課題のノルマは終ったの?」

「うん。終わったよ」

「それで、また……?」


 暇つぶしに〝練紙(れんし)〟を織っていたのだろう。


「まぁ、ね。……リクとキキは?」

「二人はまだしてる」

「そっか……」

「ヒサキさんとユリナさんはどうしたの?」

「受付に手続きの確認に行ったよ」


 明日の列車で町を出発し、港町で一泊してから次の〝塔〟の町がある島へ出発する。


「六年になると日程調整とか大変そう……」

「変更があった場合とかはね。次は〝(むすび)の島〟だから、大嵐がこないかぎりは大丈夫だけど、海賊とかが出ると厄介かなぁ」

「海賊ねー……」


 半ば聞き流して、ユウトの様子を窺った。

 ユウトは心ここにあらずと言った雰囲気で、ぼぅとした瞳を窓の外に向けている。


(ハプニングは……あったことはあったけど)


 初日で〝物見塔(キャランポル)〟の事故に居合せて、〝塔の覇者〟の来訪などがあったが、ユウトが危惧しているであろう事件ことはなかった。

 それでも、気にしすぎだと笑い飛ばせることはできない。

 旅は始まったばかりで、リンカは《護の一族》の実情を実感していないからだ。

 ただ、ユウトの様子がおかしいのは、その不安とは違う気がした。


(《一族》のことなら顔には出さないだろうし……?)


 内心で小首をかしげ、思い当たることを考えると、


「………ヤヒロ先輩となにかあった?」


 観光から――正確には、公園の遺跡で別行動をとってから、二人の様子がおかしかった。

 ユウトとヤヒロは、時折、何かを考えているように黙り込んでいることが多かった。


「ヤヒロ先輩と?」

「公園から変だけど?」

「……変って」


 直球の言葉に苦笑するユウト。


「あったというか……ちょっと、お節介を焼いちゃって」

「お節介?」


 ユウトは言葉を濁して、手元に視線を落とした。

 いつのまにか、手の中には〝式陣〟で作った長方形の物体が浮かんでいた。


「気になることがあって………それで、ちょっと」

「……ウタカタさんのこと?」


 ヤヒロのことで気になったのは、ウタカタへの態度だ。

 ツトムは親しげに話していたが、ヤヒロは素っ気無かった。二人とも知り合いにしては、不自然だったので覚えている。

 ユウトは頷くものの、口を開かないのでしばらく待っていると、


「……生意気、言ったかな」


ぽつり、と呟いた。


「何でそう思うの?」

「ヤヒロ先輩、ウタカタさんが僕のことを気にかけているのを気にしてたから………ちょっとだけ、家のことを話したんだ」

「!」


 リンカは目を丸くした。知り合ったばかりの人に話すことでも、ユウトは話す性格でもない。


「フカミヤさんが補佐家の人だから、初日の件で話を聞いて会いに来たんだろう、って」


 ユリナからフカミヤが《護の一族》の一つで、目立った行動をしたユウトへ注意しにきたのだと聞いた。その後、ヤヒロとツトムの二人と親しいことが分かり、フカミヤが《護の一族》だとは知っている可能性が高いということも。

 ユウトが家のことを話すことでヤヒロの疑問は消えるだろうが、どこか釈然としないものを感じた。

 はぁ、とため息をつくユウトにリンカは呆れた。


「生意気なのは、いつものことでしょ」


 ユウトから恨めしげな目を向けられたが、反論がないのは自覚があるということだろうか。


「先輩のあの様子だと………痛いトコついたんでしょ? 会って一週間も経ってないのに」

「うっ……」

「ユウって、けっこう図々しいと思うけど」

「リンこ、」


そ、と言い終わる前に睨んで黙らせる。


「ま。過ぎたことは気にしないの。―――って、なに?」


 ぽかん、と口を開けたユウトは、「あ、ううん……」と慌てて首を横に振った。追求しようと睨んでも目をそらされてしまう。


「後悔するなら、言わなきゃいいでしょ?」

「いや、まぁ……何というか、その……ノリで」

「自業自得ね……」


 あはは、と乾いた声にリンカはため息をついた。


(………ノリや勢いで言わないのに)


 親しい相手ならまだしも、相手は知り会って間もない先輩だ。勢いというのは嘘だろう。


「……明日、出発前にでも話をしてみたら?」

「うん。そうするよ」






「話は変わるけど、その〝式陣〟は何なの?」


 ユウトの手の中にあるものは、〝式陣〟よりは〝術具〟に近い〝気〟の密度がある。


「コレ? 〝(はじまり)〟の原形(オリジナル)だよ」

「………………はい?」


 あっさりと、とんでもないことを言った。絶句するリンカの眼前にユウトはソレを掲げ、


「〝始〟の原形(オリジナル)。仕事の手伝いで〝序の塔〟には入ってるからね」

原形(オリジナル)って………あの〝柱〟の中にあった……?」


 長方形の中には、〝塔〟の〝気の柱(デルフォルス)〟に存在していたものと似た、螺旋を描く何かがある。

 〝気の柱(デルフォルス)〟とは違って膨大な〝気〟を含んでいるわけでもないので、〝塔〟内で視た時のような感覚はないが、それでも瞼の裏に光源を見た後のような残像が刻まれた。


「うん。〝式陣〟で、あの中にあった術式の原形(オリジナル)を再現しているだけなんだけど……」


 すごいことを平然と言う天然さには、嫉妬や腹立たしさよりも先に呆れが出てきた。

 頭痛がしてきて、リンカはこめかみを揉んだ。


「……ユウ」

「え。なに?」

「それも変なクセ?」


 じと目を向けると、ひくっ、とユウトは頬を引きつらせた。視線を明後日の方向へ逸らし、


「基礎訓練の一つなんだ。〝柱〟の原形(オリジナル)は、僕らが紙に術式を織り込む時の〝練気〟を拡大して見せているようなものなんだけど、それを〝式陣〟で作ってて」


 つと、ユウトは目を細め、


「――まぁ、自戒かな?」


 呟きに、リンカは背筋が震えた。

 伏せ気味の青い瞳に、昔、見た暗い影が揺らめく。


「―――ユウッ!」


 悲鳴に近い声に、ぴくり、とユウトは肩を震わせた。

 驚いて見開かれた瞳には、リンカが感じた暗い光は見えない。

 だが、早鐘を打つ心臓と、震える手が幻覚ではなかったことを証明していた。


「何?」


 と、小首をかしげるユウト。

 リンカは拳を握って、叫んだことの恥ずかしさと感じたものへの恐怖を抑え、


「自戒って?」

「………原形(オリジナル)を忘れないようにね」


 嘘だと分かったが、どこか哀しげなユウトにはそれ以上尋ねることができなかった。


(ああ……やっぱり)


 リンカはやっと理解した。ユウトに感じた危うさの原因を――。

 ハルノが言っていた通りだった。

 首都に行っても、ユウトは変わっていなかった。

 だが、彼の自己嫌悪はより深くなっていた。

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