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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第2章 束の塔/英雄と約束
15/26

(3)気の柱

「なん、だって……?」


 予想もしていなかった言葉に、手から織っていた〝練紙〟がすべり落ちた。

 言葉を発した本人は「よいしょ……」と床に落ちた〝練紙〟を拾い、テーブルの上に置いた。


「候補にあがったんだ。今度、選抜がある」

「………〝覇者〟の候補に?」


 呆然と呟いた親友と顔を見合わせた。

 〝塔の覇者〟は、その〝塔〟と同じ術式を使う《傀儡師(パペット)》しかなることはできない。

 この町の〝塔の覇者〟は、公務員の役職の一つだ。自分たちとは一線を引いた存在ではなく、あくまでも役所の人間という感覚は身近な存在として認識されている。

 町の行政に選抜された数人の《傀儡師(パペット)》は、厳しい審査を受けて〝塔の覇者〟への挑戦権を得る。

 そして、〝塔の覇者〟に打ち勝てば、新たな〝覇者〟になる。

 兄は前々から選抜メンバーになるのではないか、と噂があった。早期に覚醒し〝天眼通(ルガルデ)〟の能力も高く、その技量は学生の頃から注目されていたからだ。


「本当なの?」


 トシ兄に目を向けると、小さく頷いた。兄は照れくさそうに頬をかいた。


「……決まったわけじゃないぜ?」

「そりゃ、そうだけど……」

「すごいよ、ウタさん! メンバーに選ばれるなんて」

「選ばれてもソレからが大切なんだけどな。……でも、できるかぎりのことはするつもりだ」


 笑みを向けられ、あの約束を忘れていないことに気づいた。自然と頬が緩む。

 兄が忘れていたとしても、自分にとっては大切な目標だ。

 約束を覚えてくれたことは嬉しいが、先に叶えられることになる。

 けれど、喜ばないわけがない。

 いつか必ず追いてみせる。


「ウタさんなら大丈夫だよ!」

「がんばってよ……」


 ああ、と兄は笑って頷いた。

 ホウ・ウタカタ――彼が〝塔の覇者〟になる数ヶ月前のことだ。




         ***




 〝たばねの塔〟を中心に役所の庁舎が建ち、〝塔〟と庁舎の間――半径数百メートルほどは広場になっていた。

 〝塔〟の外観や内装は、どの〝塔〟も変わらない。外観は灰色の石造りで、天をつくほどの高さは真下の広場から見上げると、今にも覆いかぶさってくるような威圧を放っていた。

 入り口は高さ数メートルほどの両開きの鉄扉が一つだけで、今は開放されている。

 緊張した面持ちの巡塔者が役所の職員に案内され、恐る恐る〝塔〟の中に足を踏み入れた。


「ようこそ、〝塔〟に」


 気取ったようにホウは軽く両腕を広げて言った。

 今日の見学者は三十四人、その半数が四年生だ。全員の目が自分から背後へと向けられるのを感じる。

 〝塔〟の外観から予想すると、かなり狭く感じる円筒形の中は乳白色のつるりとした質感で統一されていた。壁際に設置され、螺旋を描いて上に向かう黒い階段が、いやおうなくその存在を強調している。

 だが、螺旋階段よりも目を引くものが部屋の中心にあった。

 〝塔〟の中心を貫く、巨大な柱だ。

 透明なガラス管のようで、その中を通る淡い光を放つもの――〝龍脈〟から流れてくる〝気〟が見える。

 そして、下から上へと流れていく姿が視認できる理由は一つ――ひと際、強く輝いている何か(・・)があるからだ。


「これが〝塔〟の中枢――〝第(よん)式・束〟の原形(オリジナル)だ」






 簡潔な説明を終えて自由時間を告げると、巡塔者たちは〝気の柱(デビフォルス)〟に引き寄せられていく。

 彼らのあとを役所の職員が続き、警察が扉の入口に立つのを確認してからホウは壁際へと目を向けた。

 〝気の柱(デビフォルス)〟に向かう生徒たちから離れ、黒い螺旋階段を目指している一組のチーム――昨日、学園で会った少年たちがいた。


(……あの中には〝束〟はいなかったな)


 先頭を歩くのは二人の少女――リンカとキキコだ。二人は〝気の柱(デビフォルス)〟へ目を向けながら、危なげに階段を登っていく。

 その後ろをリクが散歩をしているかのように気軽に歩き、六年の二人――彼の姉とその補佐家の少年が続いて、そして、少し遅れて彼が歩いていた。

 彼は遠目からも分かるほどに〝気の柱(デビフォルス)〟の中に浮かぶ〝第肆式・束〟の原形(オリジナル)を見つめている。

 《傀儡師(パペット)》見習いの術式は、未完成の代物だ。選定した術式を理解しているのは感覚的なもので、訓練と経験で確かなものにしていくが、そのきっかけとして〝塔の儀礼(サンスクリット)〟が行われる。

 ただ、原形(オリジナル)を視ても選定した術式以外のもの――体質に合わない・・・・・・・術式を完全に理解することは出来ない。

 複数の術式に触れる機会が多い〝序式〟使いにとって、他の術式の原形(オリジナル)を知っておくだけでも技術を高めることができるのかもしれないが――。


「……気になるのか?」


 すぐ近くにトシアキが立っていた。その視線は、同じ方向に向けられている。

 ホウは〝塔の覇者〟となってからトシアキの本家や他の補佐の《護の一族》のことは詳しく教えられたが、彼らの中でも異質とされるコカミ一族のことは表面的なことしか聞いていない。


「……お前こそ、本家を気にしすぎだ」

「少しな……」


 《護の一族》からなのか、コカミだからなのか――気になる理由はどちらなのだろう。

 不意に、トシアキが目を細めた。

 ホウが視線を少年に戻すと、〝気の柱(デビフォルス)〟の影に隠れるように立つ少年の姿が見えた。

 煌々と輝く青い瞳に息を詰める。


(あれは……〝天眼通(ルガルデ)〟か)


 〝天眼通(ルガルデ)〟は先天的な影響が大きく、後天的に身につけたとしても、あの強さは巡塔者の年齢では高い。おそらく、先天的な技能を高めた結果だ。

 〝練紙〟を見た限り、彼もホウと同じく早期覚醒者だろう。高い潜在能力が《護の一族》として鍛えられ、歳に似合わない技量はある。だが――。



―――「原形(オリジナル)は違いますか?」

 


 そう問いかけてきた彼の目が、勉強という枠を超えている気がした。

 まるで、術式の原形(オリジナル)解き明かそう(・・・・・・)としている(・・・・・)ような、何かを決意――覚悟した目だった。 




         ***




 術式の原形(オリジナル)を内に宿す〝気の柱(デビフォルス)〟。

 淡い光を放つ〝気〟の中で、原形(オリジナル)は螺旋を描きながら下から上へと上がっていく。


「……原形(オリジナル)の柱」

 

 じりじり、と肌を焦がすような威圧を感じて、リンカは知らずと生唾を呑み込んだ。

 〝気の柱(デビフォルス)〟を通る〝気〟は〝龍脈〟から分かれて流れる支流。

 そこに〝塔〟が原形(オリジナル)を構築し、その流れを制御していた。

 リンカたちが螺旋階段を登っていく理由はなく、選定している《傀儡師(パペット)》たちが〝気の柱(デビフォルス)〟の下部にいるので邪魔になるかと思ったからだ。


「螺旋みたい……繋がってる?」


 地上から十メートルほどになった頃、リンカは足を止めた。


「あれがずっと上に続いているの」


 独り言に近い声に、数段下の方で立ち止まったユリナが答えた。


「じゃあ、その上は……」

「――〝覇者〟を選ぶ場所よ」


 リンカは天井を仰ぎ見たが、遠すぎて霞んで見えなかった。


「普段は存在しない場所で、その時が来れば現れるのよ」

「………えっ?」


 顔を戻すと、ユリナは〝気の柱(デビフォルス)〟を見上げていた。


「〝塔〟は術式の原形(オリジナル)があるけど、どうして一つの〝塔〟に一つだけしかないと思う?」

「……?」


 リンカとキキコは顔を見合わせた。それが当たり前だったので、深く考えたことはなかった。


「………一つしか必要なかったからですか?」

「少し違うわ……」


 キキコに小さく首を横に振って、ユリナは生徒に諭す教師のような口調で言った。


「そうでもあるけど、一つしか組み込めなかったのよ」


 言葉の意味がわからず、ぽかん、とユリナを見つめた。


(一つで十分だけど、一つしか組み込めなかった? でも、〝塔〟は二十三もあるけど……?)


 困惑するリンカとキキコにユリナは、ふふっと笑みを濃くした。


「術式はあくまでも〝塔〟の力の制御装置でしょう?」

「はい。そう習いました」

「あと、術式の効果は〝塔〟の機能とは関係がないわ」

「えっ?!」

「〝塔〟は自然環境の浄化・維持システムよ。術式の効果を持つ〝塔〟もあるけど、その数は半数しかないでしょう? あれは、あえて使っているのよ」

「そ、そうなんですか……」

「人と〝塔〟では術式の意義が違うわ。〝塔〟は〝龍脈〟の気の制御のために使って、人はその効果を得るために使っているから。でも、それは〝龍脈〟を制御する術式の構造をよく知るために技術を研磨していった結果――〝塔〟を使うために《傀儡師(パペット)》が生まれた理由でもあるから、当たり前のことなんだけどね」


 そこまで言うと、「ちょっと、話がズレたわね」とユリナは苦笑した。


「術式が一つしか必要ない理由は、使用目的が人と違うからで、一つしか組み込めなかったのは、原形(オリジナル)の術式が強力だったからよ」

「でも、〝塔〟が二十三もある理由は……?」

「維持する範囲が広すぎたからですか?」


 リンカとキキコは小首を傾げた。


「それは一つしか組み込めなかったことが原因ね。組み込まれているのは欠片(・・)だから」

「……欠片?」

「え? でも術式ですけど……?」

「〝天眼通(ルガルデ)〟で視てみて」


 ユリナは疑問に答えず、そう言った。

 リンカとキキコは顔を見合わせたが、言われた通りに〝気の柱(デビフォルス)〟を視た。

 螺旋を描いて天に昇っていく術式の原形(オリジナル)の構造は、分かりやすいようで分かりにくい。

 一見は繊細で無駄のない構造だが、目を凝らすと術式の中にさらに同じ術式が構築されていて、箱を開けたらまた箱が出てきたような不思議な感覚があった。

 延々と続く合わせ鏡の中を覗いているようで、軽くめまいがした。


「不思議でしょう?」


 眼前を手で遮られ、リンカは目を瞬いた。呑まれていたことに気づいて、深呼吸を繰り返す。


「自分の術式は視すぎてもいいけど、他の術式は視ても理解は出来ないから大枠だけでいいわ」

「……ユリナさん、アレは?」


 いくつも重なって構築されている術式になにか言い表せないモノを感じて、リンカは生唾を呑み込んだ。

 キキコも同じことを感じたのか、息を詰めてユリナを見つめている。


「………その話もまた、今度ね」


 ユリナは意気込むリンカたちをなだめるように笑い、


「今は、感じたその感覚を覚えておいて」

「えっ……」


 肩透かしを食らって目を瞬くリンカとキキコをおいて、ユリナはヒサキと階段を登っていく。

 立ち去る二人に声をかけることを躊躇ってしまい、リンカは上げかけた右手を左手で握りしめた。


「リンちゃん……」

「……ココまで、みたいだね」


 うん、と残念そうなキキコの声を聞いて、リンカは〝気の柱(デビフォルス)〟を見上げた。


(結局、欠片のことって答えてくれなかったし………考えろ、ってことかな)

 

 リンカはため息をつき、階下に目を向けた。

 少し離れた場所にぼんやりと〝気の柱(デビフォルス)〟を見るリクがいた。リクよりも階下には、真剣な表情で〝気の柱(デビフォルス)〟を見つめるユウト。

 《護の一族》として、全ての〝塔〟を巡る理由は知らない。

 目的は術式の原形(オリジナル)を視て、〝序式〟の力を十分に発揮するためだというのなら、ユウトはアレが視えているのかもしれない。

 そもそも、《護の一族》の彼は何なのかを知っているだろう。

 一心不乱に〝気の柱(デビフォルス)〟を見つめるユウトから視線を外し、リンカも〝気の柱(デビフォルス)〟を見つめた。




         ***




 ユウトは目を伏せると、よろめいた身体が壁に当たった。そのままもたれかかり、高まった気が治まるまで深呼吸を繰り返す。


『―――まぁまぁだな』


 頭の中に響く聞きなれた声を無視して目を開けると、リクと目が合った。

 リクはユウトの右手に視線を向けて、


「大丈夫か?」

「視ていただけだから、平気だよ」


 リクは一瞬だけ眉を寄せ、視線を〝気の柱(デビフォルス)〟に向けた。


「分かったのか?」

「……だいたいは」

「それはそれで……」


 肩をすくめられ、苦笑が漏れる。


「慣れだよ……」

「全部視えた、ってことか。俺はイメージはできるけど………無理だな」

「イメージでも大体の全体像を掴めば、〝束〟の〝練紙〟が扱いやすいよ。でも、完全に理解できるのは自分の中にある術式だけだから、それ以外の術式の原形(オリジナル)を視すぎると目に毒だ」

「………確かに疲れる」


 リクは目元を指でもんだ。ちらり、と背後に目を向けて、リンカとキキコがこちらに意識を向けていないことを確認した。


「君は自分の術式とは違うのに・・・・・・・・毒じゃないのか・・・・・・・……」


 ユウトは無言で笑みを返す。「……そっか」とリクは呟いた。


「ユリナさん。リンカとキキコに原形(オリジナル)が欠片だと話してた。……〝永重奏(シュミセン)〟は話してなかったけど」

「……そう、なんだ」


 授業で〝気の柱(デビフォルス)〟の原形(オリジナル)の基礎知識は〝塔の儀礼(サンスクリット)〟を行う意味の根幹に関わることなので教わっている。

 だが、それは表面上のもので、詳細を知るのは《護の一族》と〝塔の覇者〟だけだ。〝塔〟を有する町の行政でさえ、知る者は少ない。


(………ユー姉が〝柱〟の欠片について話すなら)

 

 リクはあの事故の真相を知っているので、情報の危険性を承知で話してあった。

 リクに真相を知られた時はまだ、今以上に未熟だったから仕方がなかった。

 だが、リンカとキキコには事故の真相――〝全塔巡り(サンクラン)〟の意味を伝えるつもりはない。

 〝全塔巡り(サンクラン)〟の意味を話せば、事故の真相と《調整者》としての使命を話す必要がある。

 何よりもこの身体のことを話すのが怖かった。

 ただ、姉の行動はユウトがついた嘘を二人に気づかれる可能性を高くする――むしろ、気づかせようとしているように思えた。


「………大丈夫か?」

 

 心配そうなリクの声にユウトは我に返った。ため息をついて強張った顔をほぐし、


「……あんまり。でも、止めてもユー姉は聞いてくれないし」

「そうだな……」


 リクが心配するのは、ユウトの嘘がリンカとキキコに知られないかということだ。

 〝全塔巡り(サンクラン)〟を行うもう一つの理由――本当の目的は、誰にも話していない。


(………気づかれてる? アイツが話すとは思えないけど)


 ジュリはある程度はユウトの指示に従う(・・・・・・・・・)はずだ。〝塔〟の機能を維持することに関しては、利害が一致している。

 それともあの時・・・に話していたのだろうか。その可能性を――。


『獅子身中の虫、だな』


 内なる声にユウトは目を細めた。

 姉の考えがどうしても読めなかった。






 集合の声がかかり、ユウトたちは遅れながら集まっている巡塔者の列に近づくと、ウタカタとフカミヤが近づいてきた。


「やぁ……」


 気さくに手を挙げるウタカタに、ユウトたちは会釈を返す。

 案内役の市の職員にフカミヤが手を挙げて、先に他の巡塔者が先導されていった。その背が扉近くまで離れたところで、


「熱心だね。感心感心」

「せっかくの機会なので」


 ウタカタにヒサキが答えた。


「〝柱〟以外は視るものはないけどな。あと少しだったっけ? これから、予定はどうするんだ?」

「ヤヒロとツトムと一緒にお昼を食べようかと」


 ヒサキが答えると、ウタカタは片眉を上げた。


「そうなのか?」

「〝隠過(ペルメア)〟の方法を教えたり、手合いをしたりしたので、そのお礼にと誘われまして」

「君に〝隠過(ペルメア)〟の方法を……?」

「私が教えていたのを見ていたみたいですよ」

「そうなのか。………ヤヒロとツトムの〝隠過(ペルメア)〟はどんな感じだった?」

「二人のですか?」

「いや……最近は練習を見ている暇もなくて、会っていないんだ」


 唐突な問いにヒサキが聞き返すと、ウタカタは指先で頬をかきながら言いにくそうに口を開く。

 それにヒサキは何かを察して、


「………あくまでも私の意見ですが、〝式陣〟の構築はツトムの方が少しだけ細かいですね。ただ、ヤヒロの精錬度の方がツトムよりも高いので、威力としては五分五分だと思います。ツトムは〝練紙〟向きで、ヤヒロは〝式陣〟向きだと思います」

「昔から、ツトムは手先が器用だったからな。ヤヒロは力まかせでやる癖があったし」


 「この前見た時は……」とブツブツと呟きだしたウタカタにユウトたちが呆気にとられていると、


「……ホウ」


 フカミヤがため息をついて、ウタカタのわき腹を小突く。


「ふぐっ―――あぁ、すまない。つい……」

「コイツはあの二人の師なんだ。最近は仕事が忙しくて会ってないから気になっているようだ」

「お前もだろ……」

「俺は助言者だ」


 わき腹をさすりながら恨めしげに睨むウタカタに、フカミヤは気にした様子もない。


「まだ新米の〝覇者〟だ。仕事にもやっと慣れてきたが………あいつらとはあんまりな」

「弟子というと……道場か何かで? 先輩たちからご近所の方だとはお聞きしましたけど?」

「ああ。家が近所で、付き合いは長いよ………」


 ウタカタはユウトに頷いた。


「弟分、みたいなものさ。学園に入ってからは回路の形成とか色々と面倒をみていたんだ」


 ウタカタとヤヒロは、一回り近くは違うので学園関係ではないだろう。

 ただ、ホウがヤヒロのことを語るときは、わずかに頬が緩んでいたので親しいことは分かった。


(………メイ姉とミナト兄、みたいな感じなのかな?)

 

 ユウトが歳が離れていて姉兄のように親しいのは、ヒサキの姉兄だ。

 ヤヒロとツトムのことを話すウタカタと、気にかけてくれる二人の顔が――雰囲気がだぶる。


「ヤヒロとツトムが〝特待生〟になったのは、二人の努力とウタカタさんたちの教えの結果ですね」

「いや、二人の努力の結果だよ」


 ウタカタはヒサキに照れた笑みを向けた。

 嬉しさと少しの不安が混じった笑みに何かが引っかかり、ユウトは内心で小首を傾げた。


「――ウタカタさんは、このあとお時間ありますか?」


 ずっと黙っていたユリナが唐突に口を開いた。

 ウタカタは一瞬、眉を寄せ、フカミヤが鋭い目をユリナに向けた。


「……昼飯のことか?」

「はい。ご一緒にいかがかと思いまして」

「えっ?」


 突然の誘いに、ユウトたち――平然とするヒサキ以外――は、ぎょっとしてユリナを見た。

 ウタカタやフカミヤさえ言葉を失っている。


「お忙しいですか?」

「………そうだな。ちょっと、無理だな。せっかくの誘いなのにすまない」

「いえ。こちらこそ急にすみませんでした」


 ユリナはあっさりと引き下がったが、少し気まずい空気が流れた。


「ホウ。そろそろ――」


 フカミヤの声が、その場の終了を告げた。


「ああ。―― 見送るよ」

「いえ。私たちはこれで……」


 ヒサキは入り口の方へと目配せをした。役所の職員が一人、入り口で待っている。


「ありがとうございました」


 ヒサキに続いてユウトたちも頭を下げ、〝塔〟を後にした。

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