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黒白の折り鶴  作者: 奥生由緒
第2章 束の塔/英雄と約束
13/26

(1)〝束の塔〟の町

全塔巡りの一つ目です。

 〝第(よん)式・(たばね)〟の町は、大陸の北東の端に位置していた。

 〝塔〟を有する町のほとんどは、〝塔〟を中心として町が広がっていく。それはここも例外ではなかった。

 町の中心に〝束の塔〟を置き、それを囲うように内円と外円の二つの囲いがある。

それは周囲の建物よりひと際高い赤いレンガ造りの建築物で、〝物見塔(キャランポル)〟と呼ばれていた。〝物見塔(キャランポル)〟の中の町並みは、同じく赤いレンガ造りの建物が幾何学的な模様を描き、一つの芸術になっている。

 それが別名〝コロッセオ〟と呼ばれるこの町の中心部で、そこから裾広がりのように町は発展して〝塔の町〟にふさわしい一大都市と化している。

 田畑が広がったのどかなユウトたちの町と比べると、どこか違う国に来てしまったようだった。




「うっわー……」


 隣に立つリンカは、頭上を見上げると感嘆の声を上げた。

 〝コロッセオ(町の中心部)〟の南にある駅の構内から外に出ると、頭上には巨大な建造物――〝物見塔(キャランポル)〟が立ち構えていた。

 駅の構内から出てきた同世代の少年少女――見習いの巡塔者たちも空を仰ぎ見ている。


「すごいね」


 キキコも目を丸くしている。

 ユウトもリクと並んで頭上を見上げた。

 駅は〝物見塔(キャランポル)〟の直下に建てられ、下から見る迫力は遠目からとは比較にもならない。


「圧巻だよなぁ」

「そうだね」

「そういえば、他の〝塔〟の町って来たことないのよね」

「うん……」

「君は、来たことないのか?」

「ないよ。遠目に視たことはあるけど」

「行くぞ……」


 呆然と〝物見塔(キャランポル)〟を見上げていると、ヒサキとユリナが少し離れた場所で呆れていた。

 ユウトたち四年生組は慌てて二人のあとに続き、人が行きかう駅前のロータリーを東に向かった。

 同じ列車に乗っていた巡塔者も同じ方向に向かっている。


「観光は荷物を置いてからだ」


 はーい、と声を揃えるリンカたちの隣で、ユウトは町の中央に目を向けていた。


「分かってる?」

「……分かってるよ」


 姉に答えるが、ユウトは町並みの先に見える一本の影――〝束の塔〟から目が逸らせなかった。


(……あれが、〝束〟)






 宿泊するカラスミ学園は、駅と同じく〝物見塔(キャランポル)〟の下部に建てられていた。

 内円から東側――外円に向けて突き出すように二つの校舎が伸び、その左右には体育館や校庭がある。

 〝塔〟側の側面に並列する三つの校舎のうち、一番南側が巡塔者専用の建物でユウトたちと同じ服を来た生徒たちが出入りしていた。

 建物の中は五階までの吹き抜けになっていて、巡塔者のグループが廊下を行きかう姿が見える。

 ロビーのソファーには着いたばかりの巡塔者たちが案内役の六年から指示を受けていた。


「少し待っていてくれ」


 ユリナがヒサキの荷物を預かり、ヒサキは受付の列に並んだ。

 立ち寄る学園にはその日程が事前にユキシノ学園から通知されているので、手続きは確認として身分証を提示するだけで済んだ。


「部屋は男子が五、六階。女子が三、四階です。こちらが建物の見取り図と施設の使用上の注意事項が記載されています。必ず読んでおいてください」


 身分証を提示し認証された後、簡潔な注意事項を聞いてエレベーターに乗った。


「部屋に荷物を置いたら、一階のロビーに集合だ」


 ユリナたちを四階で降ろし、ユウトたちはあてがわれた部屋に向かった。

 ずらりと並んだドアの前をいくつか通りすぎ、513とプレートのついたドアの前でヒサキが立ち止まった。

 部屋は四人部屋だが予想通り狭かった。両脇の壁際に二段ベッドが一つずつに正面の窓の下にラック、あとはドアの隣にウォークインクローゼットがあるだけだ。洗面所やトイレ、浴場などは共有スペースの一階と二階で、食堂は隣接する建物にある。


「四人部屋だが、俺たちだけだ」

「やっぱり、狭いですね」

「長期滞在者用はもう少し広いな。食堂は隣の建物で、学園の生徒も使うから交流の場になっている」


 ヒサキとトランクをクローゼットに入れていると、窓の外を見ていたリクが声を上げた。


「〝塔〟が見える」


 町並みの向こう――南から降り注ぐ日の光で黒と白のコントラストを描く〝塔〟が、天を突き刺していた。


「内側に面した部屋だからな。……行こう」


 貴重品だけを手に部屋を出て、一階のロビーでユリナたちと落ち合った。

 〝塔の儀礼(サンスクリット)〟開始日では授業はない。学園の案内も明日から始まるので、町の観光に出かける予定だった。


「それでどこに行くの?」


 ユウトは〝塔の儀礼(サンスクリット)〟専用のガイドブックを手にしているリンカに尋ねた。

 行き先は彼女たちに任せてある。


「まずはお昼だけど……お腹すいてる?」

「……あんまり」

「ずっと座っていただけだから、俺も」

「じゃ、軽く食べて観光ってことで」


 リンカとキキコを先頭に、ユウトたちは建物を出た。


「先輩においしいケーキが出るところ、聞いてきたの」

「近い?」

「ちょっと行ったところ」

「ケーキって……喫茶店?」


 リンカとキキコの会話に甘いものが苦手なリクは、顔をしかめた。


「そう心配しなくても大丈夫。ランチを頼むとデザートでついてくるやつだから、頼まなかったらいいのよ」

「……二人は食べるんだ?」

「私はお腹がすいてるから」


 あっさりと言うリンカに、ユウトとリクは顔を見合わせて肩をすくめた。






「……キレー」


 眼下に広がる赤い模様とその先にある〝塔〟を見つめて、リンカとキキコは目を丸くした。

 大人の胸の高さはある縁にもたれかかり、食い入るように見つめている。


「危ないって……」


 その二人の背中にユウトは情けない声で言った。

 軽食を摂った後、リンカに連れられて訪れたのは内円側の〝物見塔(キャランポル)〟だった。

 〝物見塔(キャランポル)〟には昇降階段が等間隔についていて、一部を除いて登ることも可能だ。

 頂上は周囲よりも数メートルは高いので、幾何学的な町並みが見えるということで有名な観光スポットの一つらしい。

 ユウトは昇降口の近くで出入りする他の観光客の邪魔にならないように立っていた。


「小さな子どもが縁に乗っていたら言ってよ」

「ユウくん………大丈夫?」

「無理」


 心配するキキコに即答すると、「はぁ……」とリンカは肩を落とした。

 入り口にかじりつくユウトに、リクはじと目を向け、


「ハルから逃げるのに三階の高さから飛び降りたことがあるくせに……」

「あれは……逃げるのに必死で」

「術式を使えば、落ちても助かるだろ」

「着地はできるけど、怖いものは怖いんだ」

「意味不明だ……」

「ほら、ユリナさんとヒサキさんは行っちゃったよ?」


 リンカの声でため息をつくリクから目を離すと、歩き去る姉たちの姿が観光客に紛れて消えた。


「うっ……」

「早く。一周したいんだから」

「い、一周するの?!」


 素っ頓狂な声を上げると、リンカは眉をひそめる。


「ちょうど、反対側にもう一つの観光名所の公園があるの。町をゆっくり回る時間なんて、あんまりないんだから」

「……だからって、ここを通っていかなくても」

「だから相談しようとしたのに任せたのは誰かしら?」


 にっこりと笑うリンカに、ユウトは反論を呑み込んだ。

 この町に到着するまでユウトはいつものクセで〝練紙〟を織っていた。リンカたちに観光がどうこう言われた記憶はあるが、織ることに集中していて聞き流したのは事実だ。

 自業自得だとリンカの目が言っている。


「くくっ」


 突然、笑いをかみ殺したような声が上がり、隣のリクが肩を震わせた。


「あっ、知ってたな!」

「っ……くくっ……さぁ、な」


 周りの目も憚らずに笑うリクに、ユウトはじと目を向けた。


「頼まれた通りにプランは練ったんだから。ほら、行くわよ?」


 有無を言わせず、リンカはさっさと歩いていく。


「リンちゃんっ……えっと……」

「いいよ、キキコ。俺が連れて行くから」


 リクはリンカとユウトの間でうろたえているキキコに軽く手を振った。


「う、うん……」


 慌ててリンカを追うキキコの背中を見ていると、リクが振り返る。


「それで、いつまでかじりついているんだ?」

「……かじってない」

「子どもの言い訳だ……」


 リクは、やれやれ、と肩をすくめる。


「二人なら、次のところで待っているはずだ」

「……分かってる」


 意を決して通路に足を踏み出したが、二、三歩ほど進んで、混雑時に通路を二つに分けるポールに手をついた。はぁ、と大きなため息をつくと、少し驚いたようにリクは片眉を上げた。


「……マジ?」

「だから、少し高所恐怖症なんだって……」

「その〝少し〟が分からない」

「そりゃ、足が震えて動けないってわけじゃないけど……落ち着かないんだ」


 確かめるように地面に視線を落とし、ユウトはなるべく通路の中央付近を歩いた。

 その隣を付き添うようにリクが並ぶ。


「落ち着かない?……揺れていないだろ?」

「そうだけど……」


 ユウトは縁の向こう――見下ろす町並みにため息が出た。


「あー……高い」

「俺たちの町にはこういう場所はないからな」

「ないよ!」

「叫ぶなって………学校の校舎とかは問題ないクセに」

「学校は基礎とかしっかりしているから。……コレも造りはしっかりしているけど、地震とかで崩れる可能性は高いし……」

「……ネガティブすぎる」

「一気には崩れないけど支柱がなくなったところは、ストンッ、って落ちる可能性が……」


 〝物見塔(キャランポル)〟は城壁のように建てられているわけではなく、橋のような構造だ。支柱の一部が崩れれば、周囲が重量を支えきれないだろう。


「俺は、君の考えが怖い」

「……どこが?」

「非常時に対応するためには心がけるのも大切だけど、高いものにはポジティブすぎる」

「だから、少し高所恐怖症なんだって」

「あー……わかった。話が回るだけだから、もういい」

「先に言い出したのはそっちなのに……」


 言い合いながら、通路を次の昇降口まで半分ほど歩いた頃だった。

 破砕音とともに足元が大きく揺れた。うねるように動く通路に悲鳴が上がる。


「っ?!」


 ユウトは右手のポールにしがみつき、左手で転倒しかけたリクを引き寄せる。


「なんだっ?」


 表情を強張らせたリクの声に重なって、甲高い悲鳴が上がった。女性の絶叫に後ろを振り返ると、通路の縁に捕まる人や床にへたりこんだ人たちの先に粉塵が上がっていた。

 通路が崩れたのだ。


「―――ちゃんっ!」


 悲鳴を上げた若い女性が消えた通路の先に身を投げ出そうとして、近くにいた男性たちが抱えるように止める。


「危ない!」

「お、親子も落ちたぞ!」

「誰か、術っ」


 騒然とする声に、ユウトはポールを蹴って身を起こす。


「リク、あとは頼むよ!」

「えっ――おい!」


 返事を待たずに〝紙ヒコウキ(リクの〝練紙〟)〟を放った。緑色の光が弾け、足を動かす前に身体が前に進む。〝第弐拾(にじゅう)式・()〟で作り出した[道]を移動し、崩れた通路の先へと飛び出した。

 [道]を上に反らせ、天地を逆転させる。


「――ちゃ、」


 虚空に飛び出したユウトにその場の全員が目を丸くした。

 ユウトは彼らを無視して、頭上――地面に目を向けた。

 落下している二つの人影は、崩れ落ちたレンガを追って速度を上げている。崩落は支柱をごっそりと持ち去っているようで、すぐ下の基部も消えていた。激突する心配はない。


「待っ――」


 制止の声を振り切るように、新たな〝練紙〟で[道]を作り出し、垂直に落下した。

 ごぉっ、と耳元で風が唸りを上げ、強風が顔を叩きつけるのを[道]で遮った。

 ユウトは目を細め、ハルノの〝練紙〟(第伍式・結)を発動。落下する二つの人影のうち、大きな方――幼い子どもを抱えた女性が、その身体を大きく揺らして引っ張られるようにユウトの方に上がってきた。反対にユウトの落下速度は上がり、上空に引っ張られて呆然とする女性とすれ違う。

 あとはリクが上手く受け止めてくれるはずだ。

 女性から意識を外し、落下している子どもに集中した。二つの青い〝小鳥〟(リンカの〝練紙〟)――〝第(しち)式・(しつ)〟――が青い光となって弾け、落下速度が上がる。

 子どもが大きく見えた次の瞬間、腕の中には熱いくらいの体温を感じていた。

 [道]を上に向けて落下する時間を稼ぎ、単語帳の紙(ヒサキの〝練紙〟)――〝(しゅう)式・(おわり)〟をたて続けに放つ。

 下から煽られたように、ふわり、とユウトの身体が浮き上がった。落下速度が落ちたわずかな間に落下地点を修正して、崩れたレンガが落ちた場所から少し離れた所に着地した。


「――ぅお、っとと」


 ユウトは勢いあまって尻餅をつく。

 無事に着地したことに、ほっ、と息を吐き、腕の中にいる子どもに目を向けた。


「もう、大丈夫だよ」


 まだ五、六歳の男の子は呆然と大きな目を瞬き、くしゃりと顔を歪めた。


「――っ!」


 腕の中で泣き出した子どもを抱きしめ、あやすためにその背中を優しく叩く。

 〝物見塔(キャランポル)〟の崩落に非難していた人たちは落ちてきたユウトたちに呆然としていたが、子どもの泣き声で我に返ると慌てて走り寄ってきた。


「き、君っ!」

「大丈夫かっ?」

「……はい」


 ユウトは疲れた声で答えた。






 崩落した〝物見塔(キャランポル)〟の下は規制され、警察や救急車が詰め掛けていた。

 ユウトは救急車の中にあるストレッチャーに腰を降ろし、現場検証を始めた警察の様子を見つめていた。助けた子どもに怪我はなかったが、まだ、保護者は見つかっていないようだ。

 ユウトも怪我がないことを確認され、ないと分かると事情を聴きたいと待たされていた。


「ユウ!」


 警官に連れられて、周囲の人ごみの中からリンカたちが現れた。


「……みんな」


 立ち上がろうとして、足に力が入らなかったので止めた。

 駆け寄ってきたリンカは、がしり、とユウトの両腕を掴む。


「助けるために飛び降りたって聞いて、ビックリしたんだからっ!」


 上から下までじろじろと身体を見て、


「怪我とか、ないの?」

「大丈夫?」


 心配そうに訪ねてくるリンカとキキコに笑みを返し、


「怪我はしてないよ。……ただ」

「……どうした?」


 訝しげに眉をひそめたリクの後ろには、落ち着いた様子のユリナとヒサキがいた。

 二人はユウトが落下しただけで怪我をするとは思っていないのだろう。


「ちょっと……腰が抜けて」

「……えっ?」


 両腕から、ずるり、とリンカの手が滑り落ちた。


「助けたときは、無我夢中だったんだけど………我に返ったら……」


 呆れて言葉をなくした全員を代表してリクがぽつりと、


「……しまらない」

「怖かったんだって!」


 弁明は無視された。リンカは緊張が解けたのか、ふらっ、と身体を揺らして座席に座り込む。


「……もう。心配して損した」

「でも、無事でよかったです」


 口をとがらせながらもほっとしたリンカや笑みを見せるキキコに頬をかき、


「……ごめん」

「まったくだ。あと、俺にふるな」

「あ。……ごめん」


 ふん、と鼻を鳴らすリクに恐る恐る尋ねる。


「それで、その人は……?」

「無事。一緒に降りてきた」

「そっか……よかった」


 [道]と[糸]で滑車の原理を使って投げ飛ばした形になってしまったので、怪我がなかったのか少し不安だった。ほっとした肩から力を抜いたその時、


「ちょっと、いいかな」


 堅い声に視線を上げると、二人の男が目に入った。四十代半ばぐらいの男と三十代くらいの若い男だ。

 声をかけてきたのは年配の男で、二人は警察手帳を見せてきた。


「ワカグチだ。……少し話を聞きたいんだが」

「あ。はい……」


 リンカとキキコは救急車から降り、代わりに警察の二人が座席に座った。


「君は巡塔者だね」

「はい。来たばかりでメンバーと町の観光に……」


 リンカたちに目を向けて、「……なるほど」とワカグチと名乗った年配の男は頷いた。


「名前は?」

「ユウトです。ユウト・コカミ」

「………一応、身分証の提示をいいかい?」


 腰のポーチから身分証を取り出して渡すと、一瞥して返してきた。


「では、状況を話してくれるかな」

「はい―――」


 ワカグチに一通りの説明をすると、彼は何度か頷いてリンカたちに目を向けた。


「そのリクというのは……」

「あ。お――私です」

「君か。君もいいかい?」


 ワカグチたちがリクにも事情を聴いていると、


「ワカグチ警部、少しよろしいですか?」


 制服の警官に連れられて、夫婦らしい男女がいた。男性の腕の中には、幼い子どもが一人。

 ユウトはどこかで見たことがある女性に眉をひそめ、「……ユウト」と、リクの声で思い出した。


「先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」


 丁寧に頭を下げた女性に、ユウトはぎょっとした。


「えっ……あ、いえ、すみませんでした。力づくみたいで。………その、怪我は?」

「いえ。おかげさまで、私もこの子も無事です」


 女性はユウトからリクに目を移して、


「あなたもありがとう」

「い、いえ……」


 リクは珍しく照れて目を逸らした。


「妻とこの子を助けてくれて、本当にありがとう。……君は、怪我はなかったかい?」

「はい。大丈夫です」


 笑顔で答えるが、男性は座ったままのユウトを心配そうに見つめた。


「大丈夫ですよ。下に降りてきて、ほっとしたら腰が抜けただけですから」

「――えっ?」


 夫妻はユリナに目を丸くした。


「ユ、ユー姉っ! 余計なこと、言わないでよ」

「あら。心配していただいているのに、失礼よ」

「そうだけど……」


 唖然とする夫妻を見やって、ユウトは顔を俯かせた。顔を赤くして黙り込んだユウトに「……ふふっ」と女性は笑みを濃くした。


「普通の子なのに。―――ありがとう」


 夫妻が去り、ユウトはほっと息を吐いて姉を睨んだ。


「ユー姉……っ」

「心配させる方が悪いのよ――」


 睨んでもユリナはさらりと流す。


「ほら立って。落ち着いたでしょ?」


 姉から顔を背け、ユウトは立ち上がった。少しよろめいたが、意地でも手は借りなかった。


「刑事さん、弟はもうよろしいでしょうか?」

「そうだな。事情もわかったから……せっかく来てくれたのにすまなかった。滞在はどれぐらいを予定しているんだ?」

「今日を入れて一週間です」

「そうか。今日は規制があるかもしれないが、いい町だ。ゆっくりしていってくれ」

「はい。失礼します」


 ユウトはワカグチたちに会釈をして、その場をあとにした。




         ***





「あー……疲れた」


 ユウトはベッドに大の字になって倒れこんだ。風呂上りの火照った身体にはシーツの張りと冷たさが心地良い。


「まだ、一日目だけど?」


 反対側のベッドに腰掛けて、買ってきたスポーツドリンクを手にリクは呆れた声を出した。


「精神的にもう無理」

「心配をかけるからだ。自業自得」


 〝物見塔(キャランポル)〟の事故から警備体制が一気に高まったため、もう一つの観光名所には行けず、学園近辺を回って帰ってきた。

 それからは〝隠過(ペルメア)〟の訓練で、リンカとキキコの質問攻めだ。

 ヒサキがユウトの目の前にミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。


「ありがとうございます……」


 ヒサキはリクの隣に腰を下ろすと、ちらり、と窓の方へと目を向ける。


「まだ、いるな」

「……はい」


 身を起こしてミネラルウォーターを飲む。会話の意味が分からないリクは小首をかしげ、


「……いるって、なにが?」

「護衛だ」

「えっ……?」

「たぶん、派手に助けたからだと思うけど………」


 確信するユウトとヒサキを交互に見つめて、


「……全然、気づかなかった」

「気づいたのは帰ってきてからだよ。……たぶん、特捜か〝陽炎(かげろう)〟みたいな人たちかな?」

「……ヒサキさんはいつ?」

「俺も似たような時だ。隠密行動は叩き込まれているから、そういう気配がわかる」

「……気配って」


 ついていけない、とリクは肩を落とした。


「護衛をつけるって……どうして?」

「僕たちに話を聞きに来た警官の若い人のこと、覚えてる?」

「……確かフカミヤって言ってたけど、あの人がどうかした?」

「フカミヤは《護の一族》の一つなんだ。五家じゃないけどね」

「!? なら、 ヒサキさんと同じ?」

「ああ。フカミヤは〝第肆式・束の塔〟を本家から預かっている家だ」


 《護の一族》の本家と補佐家に血縁はなく、あくまで〝塔〟の守護に関しての主従関係だ。

 古くは二十三の〝塔〟を《護の一族》の五つの本家が分散して守っていたが、数百年前から一つの〝塔〟に対して本家か補佐家が守護していた。

 そのため、現在は二十近い《護の一族》の取りまとめ役が本家の五家――と認識されている。

 唯一、〝無の塔〟は本家とその補佐家が守護しているが、それは〝塔の覇者〟がいないことが原因だ。


「〝無の塔〟以外は〝塔の覇者〟がいるから、他の《一族》は俺たちの町のように〝塔〟に付っきりでもない。普通に町で暮らすか、市政に入ることが多いな」

「そうなんですか? ………なら、あっちも君に気づいて護衛をつけた?」

「うん。でも、本家だからといって護衛をつけたわけじゃないと思うよ。普通は《護の一族》の名前なんて市政の人たちぐらいしか知らないから」

「そうなのか? ……じゃあ、護衛をつけた理由は?」


 訝しげに眉をひそめたリクにユウトは肩をすくめた。


「ちょっと目立ったから、犯人に目をつけられたことを用心して、かな」

「……目立つ? 一体、何をしたんだ?」

「いや、普通に助けただけだけど……巡塔者――学生がいけなかったんじゃないかな?」

「普通の中身は?」

「えーと。駆けつけるのに〝環〟の[道]で移動して――」


 説明をしていくにつれて、次第にリクの眉根がひそめられていく。

 その隣でヒサキは平然と聞いて――聞き流していた。


「あとはヒサキさんの〝終〟で落下速度を緩めて、[道]で着地点への軌道修正をしただけだよ」

「……だけって、それをとっさにしたことがすごいよ」

「いや、十年近く叩き込まれて、何も出来ないのもちょっと……」


 感心半分、呆れ半分のリクにユウトはため息をついた。

 物心がついた頃には基礎訓練をさせられ、体術やら《護の一族》として必要なことを叩き込まれたのだ。少しは役に立って欲しい。


「それは……そうか」

「護衛をつけたということは、長引いているな」


 口元に手を当てたヒサキに、リクは顔を引き締めた。


「……それは〝塔〟がらみ、ですか?」

「ああ。あの崩落は二箇所で同時に起こったらしい。おそらく、〝塔の覇者〟に向けられた宣戦布告みたいなものだろう」

「代替わりが目的なら、炙り出そうとする意図は〝覇者〟についての情報収集ですが……ちょっと、引っかかりますね」

「引っかかる?」

「ユウトに護衛をつけた理由だ」

「!」

「話が逸れたが、多少、目だったところで護衛をつけることはしない。つけたことで目立つこともあるからな。そう考えると、何か別の理由があるのだろう」

「別の理由……それって?!」

「可能性だよ。………でも、このまま見張られているのはちょっと面倒かな」


 ユウトは苦笑しながら軽く答えると、リクは不安げにヒサキを見た。


「……大丈夫なんですか?」

「ほぼ低い。数日でいなくなるだろう」

「……そう、ですか」


 ヒサキが頷いたので「はぁ……」とリクはため息をついた。




         ***




「はい。そこまで」


 ユリナの声にキキコは肩から力を抜いた。手の中の短冊が解きほぐされ、消えていく。

 隣でリンカの青い小鳥も同じように消えていった。


「今日はこれで終わりよ」

「ありがとうございました」


 キキコはユリナに頭を下げ、目を閉じた。ふぅ、と熱い息を吐く。高まった気の流れが落ち着くまで深呼吸を繰り返し、目を開けるとスポーツドリンクが差し出された。

 キキコは礼を言ってペットボトルを受け取り、喉を潤す。ユリナは向かいのベッドに戻った。


「だいぶ、細かくなってきたわ」

「! 本当ですか?」

「もう少ししたら、RANK3に挑戦してみましょう」


 キキコはリンカと顔を見合わせ、「はい!」とユリナに頷いた。

 〝隠過(ペルメア)〟を練習し始めて五ヶ月ほど。〝全塔巡り〟を決心してからも〝式陣〟の練習は続けていた。〝隠過(ペルメア)〟はRANK 2ならいくつか染みこませられる(・・・・・・・)ようになったが、未だにRANK3を目指したことがない。試したかったが、ユリナが了承しなかった。


「基礎をしっかりしていれば、すぐに追いつけるわ」


 先月、リクがRANK 3の〝隠過(ペルメア)〟が作れると知った時にユリナにそう諭されて地道な訓練を続けた。その成果か、〝式陣〟の構築速度は上がっていて、維持も数分はできるようになった。


「やっとリクに追いつけたね」

「うんっ!」

「RANK3まで出来たら、私が教えることはないわ」

「えっ……!」

「コツはつかめたと思うから、あとは自分たちで作ってみて」


 はいっ、とキキコとリンカは頷いた。

 キキコがスポーツドリンクを飲んで一息ついていると、表情を硬くしたリンカが口を開いた。


「……一つ、気になっていることがあるんですけど」

「何かしら?」

「ユウは、いつRANK 3が出来るようになったんですか?」


 それはキキコも気になっていた。RANK 7の〝練紙〟が織れるユウトは、いつRANK 3 の〝練紙〟――一人前とされる基準に達したのだろう。


「……二年の半ばぐらいよ」


 キキコは目を丸くした。「えっ……」と隣でリンカが言葉に詰まる。


「ユウトが学園に入学する前に覚醒したことは覚えてる?」

「は、はい。覚えています」


 慌ててキキコは頷いた。ユリナは窓へ――どこか遠くへ目を向けて、


「早期覚醒者にはあることなんだけど、精成回路が出来ていないうちに大きな力が宿ったから精神的にも、力も不安定で、ずっと精成回路の形成を訓練していたの。……一年ほど経った頃だったかしら? 暇さえあれば鍛えてたから、身体を壊しかけたこともあったわ」

「!」

「昔から目はよかったから。……〝隠過(ペルメア)〟とか〝式陣〟の使い方も独学で覚えたのよ」

「ど、独学……?」

「人を視て精成回路を鍛えて……そうしていったら、いつの間にかね」


 ユリナの言葉に、キキコはユウトと別れる直前に感じたモノを思い出した。

 ユウトの隣に並べなくても支えることができれば、と〝隠過(ペルメア)〟の訓練を始めた。

 だが、彼の覚悟はあまりにも――。


(………私たちは……)

 

 キキコがリンカを見ると、彼女は唇を噛みしめていた。

 顔色を変えた二人にユリナは微笑を向けた。


「大丈夫よ。あなたたちは確実に技術を高めているわ。―――焦らないで」

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