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4-35 CL(墜落暦)一三一日:使者と歩く

 CL(墜落暦)一三一日。ヨール王二三年四月二九日(土)。


 見張小屋は昨日の午後から正式に使われ始めている。「椅子とかテーブルとか、買わないといけないな、とか話してるんですよ。」とは、今日の当番であるセルーとジンの言葉だ。エンリやネリも使うだろうから、何か買うなら彼女達の意見も聞いてからにしてからの方がいいよ、と声をかけてからバギーで出発。目的地はクボー。昨日頼まれた測量結果の確認への立ち会いだ。今日の随伴はエンリとアン。測量関連なら「虫」と連動できる小ニムエ達は多い方がいい。副尺付きの横コントと新しい巻き尺も積んでいる。


 工房関係の建物群はもう形が出来上がっていて、今日から壁塗りが始まっている。中に何を置くかは作る物で変わってしまうが、椅子と作業机、木挽き台のようなどこの工房でも使われるような品々は既に運び込まれていた。おそらくはここで作る物は蠟板か折り畳みコンテナが主流になるだろうから、この組み合わせに問題はないと思う。


 オレの到着とほぼ同時にゴール、タラン、ネリ、エンリも到着。鉄鎖は重いので荷物係としてシークも付いてきている。横コントはエンリとネリが運んできた。


「ゴール殿、簡単に済ませようと思ったら、このあたりで畑の二~三枚を測り直せばいいんだが、どうする?。」

「マコト殿、簡単に済ませようと思ったら、このあたりで畑の二~三枚を測り直せばいいんだが、その他にマコト殿のやりかたも聞きたい。まずは、儂の知ってるやりかたで一枚測ってみよう。」


 ゴールとシークは鉄鎖の両端をそれぞれ分担し、ほぼ長方形に近い形の畑の一枚の対角線を測ろうとするが、もう畝が作られている。

鉄鎖で畝の形が崩れる。


「これはよくないな。重すぎて畑に悪い。」


 オレはバギーの荷台からガラス繊維を芯にして作った巻き尺を取ってきてゴールに渡した。


「前に鉄鎖の長さを確認してから作ってみた。試してみてくれ。」


 ゴールは巻き尺を伸ばしてみてすぐに使い方を理解する。シークを呼び戻して鉄鎖を片付けさせ、改めて畑の巻き尺で対角線を測る。そして巻き尺を張ったまま、エンリとネリが細紐(マーリン7の占有面積を測る時に使ったもの)で三角形の「高さ」に相当する長さを測定した。数字を集めたゴールが自分の蠟板で面積を計算する。オレは昨日の説明にも使った木板を持ってゴールに近づいた。


「ここの広さはは四七二だな。マコト殿、その木板では幾らになってる?。」

「古い数字では五〇七、私が測り直した数字は四六九。巻き尺はたるみで実際の数字よりも大きな距離になりやすいから、四七二って、そんなもんじゃないか?。」

「そうだな。借りた巻き尺は軽いから引っ張りやすい、鉄鎖ではどうしようもない。マコト殿はどうやったんだ?。」

「まず借りてきた七二クーイの鉄鎖を歪みなくまっすぐに地面に置いて、私が普段使っている『メートル』でどのくらいの長さになるか確認したんだ。その時の数字でこの巻き尺を作った。


 シークが言った。


「マコト様、あの、長さを測る道具は使わないんですか?。」


 この前鉄鎖を測る時にレーザー測距を使ったのを覚えていたか。


「長さを測る道具?。」


 ゴールが訝しむ。


「別の道具もあるんだが、『クーイ』では測れないし、表示がここの文字とは違う。だから私やエリス達じゃないと使えないんだ。」

「なら仕方ないか。ネゲイで使えない方法は覚えても意味がない。」

「だからそれは使わずに巻き尺だけで行こうと思う。」

「ああ。続けてくれ。」


 地面に長さのわかる基線を設定すること、基線の長さの測定は可能な限り厳密にすること、その両端に横コンターを置いて境界点までの角度を測ること、角度がわかったらその境界点と基線の位置関係が確定すること、確定させるには三角関数表を使うこと、あたりまで実際にやりながら説明をした。三角関数表でゴールは降参した。タランもだ。オレが用意していた二分刻み八桁の三角関数表に目を剥いている。オレも、八桁は過剰だったかと感じてはいるが。


「マコト殿の方法が長さはほとんど測らずに、横コンターばかりこんなに使うものだとは知らなかった。計算が大変だ。」

「でもこの方が正確だよ。三角形の高さなんて、現地で測ったら絶対に誤差が出る。このやりかたで、巻き尺は使ってなくても畑の四角形のそれぞれの境界の長さも出せるんだから。」

「確かにそうだ。マコト殿の手伝いのお嬢さん方は計算が得意というのは、それができないと仕事にならんのだな。エンリ、父として今更心配になってきたが、ついて行けるか?。」


 話を振られたエンリは「どう答えるべき?」と不安な表情を浮かべている。


「エンリ、ショー殿も、そこまで桁数の多い計算を大量にやってもらうつもりはないから安心して欲しい。二人に期待するのは数字の計算じゃあなくて、ネゲイのこと、カースンのことで私が知らない点を補ってもらうことだから。」


「でもそういう計算にも興味はあります。」


 と、エンリ。


「ベンジーで形の計算の方法を幾つか教えていただきましたけど、綺麗に解けると気持ちいいんですよ。」

「そういうことに興味があるなら、私が元々使ってる文字を幾つか覚えたら、計算に使える道具も貸していいよ。でも本当に、その分野で無理することはないからね。私だってエリスやアン達には敵わないんだから。」


 十二進数で考えることに慣れた頭では、十進数で書かれている地球式の数学はちょっとむつかしいかもしれないが。



 それから更に二枚の畑を在来の方法で測り、木板の数字と比較する。ゴールが言う。


「今回クボーの大体三分の一を測ってもらったが、この出来なら、上々だ。契約のとおり、今のやりかたでクボー全体まで測ってもらおう。使ってる畑は今の時期なら二~三日に一度くらいは誰かが何か仕事をしに来るだろうから、境界はそこで聞けばいい。」

「天気次第のところもあるけど、外での作業は正味二~三日、仕上げは、クボーが作った元の地図と同じように羊皮紙に描くのが正式かな?。」

「今後何世代も残す可能性があるものは、羊皮紙だ。木板に比べたら結構高いがな。インクも長保ちさせるために何か決まりがあったはずだ。ハパーなら知ってるだろう。」

「後で行ってみるよ。行けば行ったで『次は何を』とか別の商売の話が始まりそうで、そうなるとゴール殿の仕事も増えるんだろうけどね。」

「マコト殿をハパーに会わせるのはよくないかもしれんな。」


 ゴールは笑いながら言った。



 午後から測量を再開するため、オレ以外は領主館へ。アンとエリスには前回複写していなかったクボーの地図残り二枚を複写することと、一旦返却していた杭をまた調達することを頼んだ。一昨日の作業後、余った杭を返したのは失敗だったな。領主館の横コントも返却。ネリ達が手伝いを申し出たとしても、領主館の横コントは水平出しの仕組みが使いにくいから。


 オレは一人でバギーに乗って一旦マーリン7に戻り、ベティとクララを乗せて再度クボーへ。午後にハパーの店を含む市内を動くのにはクララが随行、測量はエリスとアン、ベティに任せることにする。横コントに一人、残り三人が境界点を探して杭を打つ係だ。実際は、杭を立ててすぐにレーザーポインタで「虫」に座標化させるのだが、「角度を測っている」ことは見せておかねばならない。


 クボーでベティを下ろし、領主館へ。まだ地図の複写作業中らしい。オレの領主館到着とほぼ同時に複写は終了。クララを領主館に残し、測量作業の手伝いを申し出たエンリも一緒に、アンとエリスをクボーへ。また領主館に戻って、クララ、タラン、ネリが一緒にハパーの店へ。ついでに、昨日の蠟板の納品で使っていた木箱の返却も頼まれた。そのくらいはバギーで簡単に運べるが、なんでこんなに動き回っているんだろうと自分でも不思議に思う。



「ハパー殿、来たよ。今日は羊皮紙とインクを探しに来た。あと、ここのインクを使うならペンも買っておいた方がいいかなとか、考えてるところだよ。あと、昨日の蠟板の箱もある。」


 ハパーは店番の少年に箱を片付けておくように命じ、こちらを向いた。


「羊皮紙は、大きさとか厚さとか色々種類はあります。どのような使い方をするんですか?。」

「領主館から測量を頼まれてね。出来上がった地図を描くためのものだ。ゴール殿からは『インクも何か決まりがあった』と聞いてる。長くおいても色褪せしないようなインクかな?。」

「そういう用途ならわかりました。在庫はあったはずです。」


 ハパーは棚をごそごそとしている。タランが呟いた。


「蠟板がある。」


「ハパー殿。蠟板を仕入れたんだね。」


 ハパーは棚を確認しながら答える。


「ええ。一四四組の契約用にハイカクの店では材料のあるだけ全部使ったら一六〇組ほどできてまして、昨日検品で弾いた何組かも蠟のひび割れとかでしたんで、全部引き取りました。具合の悪い蠟だけやり直してますが。」

「それで、今朝から並べてるのかい?。」

「昨日の夕方ですね。一四四組の納品の後です。蠟をやり直したヤツは今朝届きましたけどね。で、売れ行きですけど、確か仕入れが全部で二四、今そこに積んであるのが、多分八組じゃないですか?。一六組売れてます。そのうち二組は私が自分の店用に押さえたんですがね。今までの傾向だと、大体、どこかの店が、二組ずつ買って下さってる感じですね。あと、ヨークみたいな大店からは二四組まとめて買いたいから安くしてくれとか、ブングからも大きなサイズのものができないかとか、話が来てます。」

「大きさや価格の話は任せるよ。ハイカク殿の弟子のメレンだったっけ、大忙しだな。」

「メレンですか。昨日話しましたけど蠟板ばかり作ってるからそこだけは腕が上がったとか言ってました。」

「じゃあ、また追加注文でハイカクかメレンと会うんだろ?。大きなサイズで蠟の仕上がりが悪かったら手伝うって、言っておいてくれないか。多分、冷やし方とか、大きさによって変わってくると思う。」

「そうですね。売れても売れなくても今日の夕方に会うことにはなってるんです。売れ行きの報告でね。追加注文も入れますし、蠟の冷やし方のことも言っておきます。で、羊皮紙はこんなのでどうでしょう?。」


 ハパーは大判の羊皮紙を数枚、台に広げた。染めは入っていない。領主館で見たクボーの地図に近いものは……これか。色は、まあ百年物の風格には敵わないが、大きさはこのくらいだった。このくらいで、ああ、クララに見てもらった方が確実か。


「クララ、この大きさで足りるかな?」

「拝見します。」


 クララも羊皮紙を持ち上げて大きさを見ている。


「三枚でしたよね。」

「ああ。」

「でしたら、これとこれ、と、これ、でいいと思います。」


 クララは三枚を選び出す。ハパーは小壺を幾つか並べた。


「あと、インクはこれですね。時間が経っても消えません。色は、古くなると真っ黒か、少し赤が混じった黒になります。」

「領主館で見た古い地図には別の色も使っていたな。多分、青だったのが色褪せしたんだと思う。」

「じゃあ、多分このあたりですね。」


 ハパーは棚から別の小壺を出した。値段にもよるが、成分分析用に、地図を仕上げるより多めに買っておいてもいい。


「このインクを使いやすいペンと、絵図用の定規。」

「ペンは、種類が多いのであちらの棚で握りやすい太さの物などお選び下さい。軸は自分で作る人も多いですよ。で、定規?。絵図用の?。」

「定規を当てて線を引いたら、定規の裏にインクが回ってしまうことがあるだろ?。そうならない定規だ。もしかして、これも新しい物になるのかな?。」

「インクが定規の裏に入ってしまうのは私もやってしまったことがあります。そうならないように定規を少し浮かせたりしますけど。ああ、職人達は木とかを切る印にインクは使ってないですね。思い出しました。太針で線を入れるんですよ。」


 オレも思い出した。ハイカクがそうやって木を切っていた。


「マコト殿の言う定規は、簡単な物ですか?。」

「蠟板よりもっと簡単だろうな。なければ、普通の定規に自分で細工しようかと思っているくらいだ。簡単すぎるから、値段は付けられないと思う。」


オレが考えているのは定規の裏を少し削り、毛細管現象でインクが回り込んでしまわないような隙間を作ることだ。


「興味がありますが、作る手間と値段ですね。一度現物を見てみたいです。今の在庫で普通の定規ならあります。羊皮紙とペンはお売りしますが、定規は一本、試作用に無料でお渡ししますので、一度作っていただけませんか?。」


 聞き役に徹しているタランとネリにも聞いておく。


「タラン殿、ショー殿。あなた方もそういう細工の入った定規を見たことはあるかい?。」


 二人は知らないと答えた。インクを定規の裏に回り込ませる失敗をしたことはあるが。筆記の際に定規そのものをほとんど使わない、という。ネゲイでよく見る一般的な木簡のサイズは、多分表面仕上げのためのカンナのサイズに由来している。面積はそれほど大きくないから、定規なしでもほぼまっすぐに文章を綴れるのだろう。


「ハパー殿。試作を了解した。それからペンだ。あの棚だな?。」


 代金はツケになった。四半期毎、次は六月末のオレへの支払いから差し引くという。次はハイカクか。買ったばかりの定規にオレが考えている形での加工ができるか聞いてみよう。あそこなら工具類も揃っているし、クララに一辺を加工させて、それをメレンかハイカクが再現できるか試してもいい。



 ハイカクの店に到着。昨日の蠟板の納品でハイカクとタランは顔は合わせているはずだが、一応紹介はしておく。そのあとは定規の話だ。


「ハイカク殿、定規でまっすぐな線を、インクで描く機会というのは多いものかい?。」

「今度は定規かい?。マコト殿も色々考えるねえ。今やってるっていう地図の関係かい?。」

「そのとおり、地図だよ。線をいっぱい描かなくちゃいけないからね。やろうとしていることを一つ進める度に次の道具を探してるだけさ。線はどう?。」

「あまりないな。定規か何かで材料に印を付けるのは一日に何回もやってるが、大抵は太針だ。」


 ハイカクは物入れから太針を出して示す。


「定規とインクで線を引いた時、定規の裏にインクが回ってしまって線がおかしくなってしまうことがあるだろう?。」

「あるな。だからそういうことがないように太針を使うんだ。インクも要らないしな。」

「インクがそういうことにならない定規があれば、使うかい?。」

「どうだろう。定規の反対側をちょっと浮かしてやれば滲みも少ないし、アタシも新しい物を作るのに絵図を作る時は使うけど……、ああ、ヒーチャンとかなら仕事ひとつについて何枚も絵図を作ってるから、聞くならアタシよりもヒーチャンだな。」

「ヒーチャンか。ヒーチャンはこの何日か、工房の仕事で忙しいはずだな。」


 今から工房の建築現場に戻るか?。イヤ、とりあえず、地図の清書に使う定規が欲しい。あとでハパーの店にも行かなくてはならないし。


「さっきハパーのところで地図の仕上げに使う羊皮紙とかを仕入れてきたんだ。で、定規だけがちょっと不満でね。ここの道具をちょっと使わせてくれないか?。ここの道具でできる加工ならハイカク殿やメレンにもできるだろうから、注文があればそのやりかたで商売してもらって構わない。蠟板よりは全く単純な方法だし、蠟板ほど需要もなさそうな気がするから、これで私も金になるとは思ってないから。」

「マコト殿がそう言うなら、いいよ。メレンも呼ぼう。」


 奥の部屋で蠟板の追加分を作っていたメレンも呼ばれた。クララが道具類を検分する。クララの目を通して道具を確認したαが言う。


『回転砥石があれば三十秒で作れるんだけど、なさそうね』

『車輪以外で回転する道具というのを見たことがない気がする。』

『ええ。技術レベルの確認のためにそういうものはできるだけ使っている様子も含めて観察するようにしてるけど、見てないわ。技術の発達の仕方が、地球史とはちょっと違うわね。』

『じゃあこれは、カンナかヤスリかナイフの仕事になるか。』

『ナイフは木目次第で変な切れ方をするから、カンナが一番綺麗に仕上がりそうね。』


 クララはカンナを手に取るとハンマーで刃を調整し、新しい定規の端を削り始めた。見ていたメレンが言う。


「あんな風にすればいいんですね。理屈はわかりました。なんで思いつかなかったんだろう?。」

「マコト殿のやりかたはそんなものかもな。小さい違いだが、結果が違う。見習いたいもんだ。」


 クララの作業は一分かからずに終わる。端にテーパが付けられた定規が、ハイカクに手渡された。ハイカクがテーパを確認して言う。


「メレン、お前このお嬢さんに弟子入りするべきだったかもな。見てみろ。お前にこの仕上がりはできるか?。」


 定規を手渡されたメレンもテーパを確認した。


「私もまだまだですね。この角度で、歪みのない削り方は、自信がないです。でも、インクが回り込まないようにする方法はわかりました。これ、真似してもいいんですか?。」

「蠟板に比べたら単純すぎるだろ?。この店に定規の注文があったら使ってくれていい。タラン殿、このくらいなら、カースンへ帰っても簡単に自分ででも同じようにできるだろう?。」


 端にテーパが付けられた定規はタランとネリにも回された。定規と液体のインクを使ったことがあれば誰でもやってしまう失敗に対する単純な回避策だ。二人ともすぐに有用性を理解した。タランが言う。


「マコト殿の知恵の一端を見せていただきました。カースンに戻ったら自分の定規もちょっと削ってみようかと思います。でもいいんですか?。マコト殿は自分の知恵を使った道具で商売をしていると聞きましたが。」

「タラン殿みたいに職人でもない人が簡単に真似できるような知恵に一々値段を付ける方が面倒だと思うよ。こんなもの、好きに使ってくれていい。」

「なら、これはそうさせていただきます。今まだ四の鐘より前ですよね。蠟板が一杯になってしまったので、一度領主館に帰って今日のことをまとめたいのですが、マコト殿はまだこれからも動きますか?。」

「このあとはハパーの店で定規を見せて、クボーで測量の進み具合を見ようと思ってる。」

「ハパーの店ですか。蠟板がまだ残ってたら買っておこうかな。」


 ハイカクが言った。


「あると思う。もしなくなってたら、イヤ、なくなりそうだったら、ハパーのところから報せがくることになってる。独占販売権ってのはそういうものだ。」


 オレも言う。


「タラン殿。一組ぐらいならいいんじゃないかとは思うけど、無理はしないでくれ。値段の話ではなくて、聞いた話を書けば書くほど、あとで報告として清書するのに時間がかかるようになるから。」


 ネリが補足した。


「蠟板は便利なんですけど、使えば使うほど後で清書に時間がかかるようになるのは私も感じてました。便利すぎるものに頼りすぎるのもよくないのかも。」

「そうだよ。便利なものにも悪い部分はある。加減は、上手くやって欲しいと思ってるよ。」


 マーリン7に使われている技術を際限なく放出すれば「二四時間眠らない町」というものも簡単に作れるだろうが、オレを送り出した機構の目的とは違うし、オレの個人的な好みにも合っているとは言いがたい。あと、言っておくべきは……。


「あと、ハイカク殿。多分今日か明日、蠟板の注文はあると思う。大口の話も来てるとか言ってたよ。」


「そうか。材料を仕入れとかなきゃな。それから、そんなに機会はないけど今度から定規を頼まれたらこういう仕上げにするよ。クララお嬢さん、アンタがいいならいつでメレンの嫁に来てくれよ。」


 この場はハイカクがまとめた。メレンの嫁云々はオレとクララの両方が断った。



 またハパーの店に戻る。今日は動きが多い。事前に計画をきちんと立てなければこういうこともあるか。ハパーはクララから渡された定規を見て言う。


「仕組みはわかりました。インクが変なところに回り込まない。これならそうなるでしょうが、これは、うーん。値段にして銅一枚ぐらい上げられるかどうか。この長さの定規で銅三枚ですから、銅四?。ちょっと高いかな。」

「職人がわざわざ一手間増やさなくても、使う人が自分でやれるだろ?。」

「そうですね。仕上げが多少凸凹になるのに目をつむれば、私でもできそうです。」

「折角定規一本を付けてもらって悪いが、これは新しい商売にはなりにくいと思う。」

「まあ、定規一本ぐらいはいいんですけどね。でもこれから定規を注文する時はこの仕様にしましょう。ここでの売値で一本銅四。仕入れもちょっと色を付けます。ハイカクには説明してるんですよね。」

「ハイカクにも新しい定規の注文があったら使ってくれて構わないと言ってある。」

「同じ値段なら、今までの定規とこれと、二つ並んでいたらこっちの方が売れそうです。今回のマコト殿の知恵に値段は付けにくいですが、今度食事でもごちそうしますよ。」



 クボーに戻った。四の鐘は過ぎている。タランは付いてきた。タランは追加の蠟板も、結局買ってしまっている。測量は一段落して休憩中だった。ヒーチャン達も一緒になって、作りかけの建物の中でお茶を飲んでいる。


 測量の進捗を聞くと、農夫達は列を成して境界を教えてくれたという。地租が安くなる話だったので、今日来ていない者まで誰かが呼びに行ってくれていたらしい。それで全部の境界を押さえ終えたと、エンリが教えてくれた。


「早かったな。二~三日かかるかと思ってた。」

「ええ。それで計算もやってみようと思って、やり方をベティさんに教えてもらったんですけど、計算盤がなくて、蠟板じゃあっという間に書くところがなくなっちゃったんで、一休みです。」

「測った数字がちゃんと残ってれば、持って帰って続きはやっておくよ。」

「初日に測った分は次の日には計算し終わってたじゃないですか。びっくりするほど早いですね。」

「ベティ達は本当にそういうことが得意なんだ。エンリも、やり方だけ知っておけばいいと思うよ。それ以上のことは、無理しなくていい。」

「そうですね。いつかはできるようになりたいとは思いますが、多分、追いつくのは無理そうに思います。」



 ヒーチャンに進捗を聞き、「計算仕事があるから」と断って小ニムエ達をバギーに乗せてマーリン7に戻った。テンギが見張り小屋から出てくる。


「マコト殿。池回りの仕事は一旦終わらせます。今夜と明日、調べたことを整理して、ここでできそうな魚の仕事と大体の費用を出して、明後日にでも領主館でヨーサ様達に話をしようかと。それで了承をいただけたらモルに戻って買い付けとか、あっちでほったらかしの仕事の続きとか、そういうのを終わらせたらまた来ますよ。」

「今からネゲイまで帰るなら、バギーで送ろうか?。」

「いえ、考えながら歩くのが好きなので。バギーだと仕事の話が考えられませんから。」

「わかったよ。気を付けて帰ってくれ。」


 テンギがモルに帰るか。これからも縁がありそうだから一席設けるべきか?。ハイカクとも、蠟板の納品が終わったら飲もうとか言っていたが、カースンから来たタランの対応を優先していてまだできていない。ヒーチャン達とも『工房が完成したら』とか話していた気がする。喫緊の物作りに追われて、それ以外のことに齟齬が出ている。今日の測量のように、もっと小ニムエ達に代理で動いてもらうべきか?。ちょっと体制を考え直した方がいいかもしれない。


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