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4-34 CL(墜落暦)一三〇日(2):使者と会う

 エンリは四の鐘直前に到着した。時鐘を鳴らすために火縄を見ているヨースに挨拶し、オレとグレンのテーブルに近づいてくる。


「グレン様、マコト様、こんにちわ。今日は、マコト様に領主館へお越し願いたいと伝えるために来ました。マコト様、大丈夫でしょうか?。」

「聞いてる。ここの後、もし呼ばれたら行くつもりで場所を知らせておいたからね。ここでの話も一区切りのタイミングだし、このテーブルを片付けたら動ける。グレン殿、よろしいですよね。」

「ああ。さっきの話を自分の中でまとめる時間も要る。そのためには丁度いい頃合いだろうよ。」

「じゃあ、出よう。ダイアナ、手伝ってくれ。」


 テーブルに置かれた木板を、番号順にダイアナがまとめていく。オレはペンや小物をまとめる。グレンとヨースに挨拶をしてバギーでベンジーを出た。領主館まではバギーなら十分かからないし、ついたらバギーは裏の馬車置場に移動だから、最初からダイアナの運転でオレとエンリが乗る。


「ダイアナさんもこれが動かせるんですね。私も練習するべきでしょうか?。」

「そのうちに、機会があれば教えるかもしれないな。」

「曲がるのはあの丸いところで、というのはわかるんですが、足の使い方と、真ん中の棒を動かすのがよくわかりません。」


 真ん中の棒とは、5MTのシフトレバーだ。


「今説明するのは時間が足りないな。エンリがこれを使えるようになるにはあれの意味も知っておかなくちゃならないけど……。着いた。続きはまた今度。」



 門衛に会釈して車回しへ。オレとエンリは降りて、ダイアナはそのまま馬車置場へ向かう。別れる前にダイアナが聞く。


「バギーを置いたら合流します。どちらの部屋へ伺えばよろしいですか?。」

「応接室です。場所はわかりますか?。」

「わかります。あとで伺います。」


 ダイアナは、多分あの部屋には入ったことがないと思う。バギーを駐めてから迷いもせずに真っ直ぐこの部屋に来たら不自然だろうから、多少は迷った演技をしてくれよ。



「マコト殿。早かったね。」


 バースが言う。


「ベンジーにいましたので。」

「ああ、そうだったね。」


 バースは向き直る。


「まずは紹介しよう。カースンの三位宰相テルプ・モル殿の息子で五位のタラン・モル殿。マコト殿の知恵と人柄のことを聞いてこいって送り出されてきたそうだ。」


「マコト・ナガキ・ヤムーグです。」

「タラン・モルです。」


 タランも立ち上がって名乗る。見た目は二十歳過ぎ。領主一族の出身だから教育程度は高いだろう。情報伝達速度の遅い社会だから、ある程度は得た情報からの即時判断も任されているはず。オレがどこまで情報を開示するかはバース達の意向もあるだろうし、どう話を進めようか。


「蠟板とペンと紙を見せていただきました。そういったものを作るための工房を準備しているとも聞いています。」

「幸運にも、バース様達に気に入っていただけましたので。」

「バース様だけではなく、私も欲しいと思いました。でも蠟板は、おそらくネゲイでなくても作れるでしょう。外に出ていけば真似されます。蠟板だけの工房では遠くないうちに行き詰まりそうです。ということは、ペンや紙、その他にも何か考えておられるんでしょう?。」


 当然聞かれるだろう質問だが、出資者に無断でオレの考えを説明するのもよくないだろう。


「今の私は『ネゲイの客人』で、工房もバース様達が出資者です。私は工房の運営を手伝うつもりではいますが、工房で何を作るかは、バース様達ともよく話してから決めなければなりません。」


 バースが補足する。


「考えていることは幾つかあるよ。マコト殿の知恵の全部を活かそうと思ったらネゲイだけで足りない感じだからね。工房が暇になってしまうことはないと思ってるよ。それでネゲイは儲かって、カースンはちょっとずつ便利な品物が増えていく。できたものを運ぶ隊商とかが手薄な感じはするけど、これに手を入れたら工房が忙しくなりすぎる気もするから、まだそこには手を出さない。十年がかりでカースン中が便利になればいいと思ってるから、タラン殿にも、ここで見たこと聞いたことで、そんな風に感じてもらいたいと思うよ。そうするために必要な知恵があったら。それも聞きたいしね。」


 タランが答える。


「立場上、カースン全部がよくなることを目指すのが私の役目ですから、私が考えついたことの全部がネゲイの利にはならないかもしれません。モルの四位領主の息子としてはモルの利になること、工房をモルにも作ってもらうとか、そうした方がカースン全体として利益になるとか、そんなことも考えるでしょう。でも今日から何日かは、ここで色々見させていただいて、判断はそのあとにしたいと考えています。」


「タラン殿の立場ならそうなるだろうね。まあ、マコト殿の知恵を、見ればいいよ。マコト殿、タラン殿と付き合う時間はあるだろう?。」


 話はオレに振られた。


「時間は作れます。でもバース様、話の流れでまだバース様に紹介していないもののことまで話したりするのは、よくないでしょう?。そのあたりの加減は、どうすればいいでしょうか?。」

「そうだねえ。儂かゴールのどちらかが一緒に話を聞いていればいいと思うけど、ずっとはできなさそうだねえ。結局ネリに頼るか。エンリも一緒にねえ。話した内容はどちらかが書き留めて、あとで教えてもらおうかな。エンリは、ゴールも褒めてたけどそういうことをまとめるのが上手いからねえ。なんでも、話していいよ。材料や道具の都合でネゲイではすぐに手を付けられないものは大抵、ネゲイの外でも同じだろうし、中には『モルでならすぐに始められる』というのもあるかもしれない。」


 これから数日の方針が決まった。引き続き、この場でタランも同席の上で測量の話をしようということになり、バースは先日オレが返していた横コントを取りに行かせる。オレも応接室に入ってきていたダイアナにバギーに戻って計算を書いた木板を取りに行くよう頼む。横コント係のジルと木板係のダイアナが部屋を出たところでネリが帰って来た。ハパーとハイカク、メレンも一緒だ。ネリも含めて皆木箱を抱えている。木箱の側面には手書きで「ハパー商会」とある。あれは返却を求めての表示か、それとも宣伝か?。ステンシルや印刷のことも考えたことがあるのを思い出した。一つずつ、で時間は足りるのか?。そもあれ、測量の話の前に、蠟板の納品になった。


「先日ゴールが頼んでいた蠟板が今日にでも納品できそうということなので、急いで持ってこさせました。検品は、私も手伝いました。一四四組、揃ってます。これだけの数になると流石に嵩張りますねえ。」

「ネリ、とりあえず数だけ数えて受領しよう。」

「ええ。一箱に三六組を入れてあります。四人で一四四組です。」


 床に置かれた箱に入れたまま蠟板が数えられる。ゴールは一組を取り出して蠟の表面を観察した。


「一四四組確認した。ええと、これはハパーとの契約だったな?。」


 ハパーが契約の木簡を見ながら答える。


「そうです。一組あたり銀三銅二、一四四組あわせて金三八枚の契約をいただいております。」


 既にゴールの側の契約木簡と金貨も部屋の隅に用意されていた。テーブルに金貨と双方の木簡が並べられる。蠟板は嵩張るので床の箱のまま。ハパーは金貨を確認し、ゴールとハパー双方が契約に受領の印を入れた。


「では、マコト殿。あなたの取り分は、四半期ごとということになってますけど、いつでも私の店に来て下さればその時点での未清算分をお支払いいたします。ハイカク殿の取り分はさっきハイカク殿の店で検品したときに清算しておりますので。」

「わかった。ありがとう。今のところは四半期でいいと思ってるよ。また何か予定が変わったら清算を頼むかもしれないけどね。」



 ハパー達一行が辞した頃には測量の話に戻る準備もできていた。最初にバースが言う。


「ゴール、さっき届いた蠟板は配り先がまだ決まってないと聞いてるよ。だから二組、タラン殿に渡してくれ。贈呈だよ。タラン殿と、テルプ殿の分だ。さっきも『試し』でちょっと儂のヤツに書いてもらったが、実際に自分の書きたいことを書いてもらった方が便利さがわかりやすいと思うから。」


 ゴールにも異論はなかったようで、新しい蠟板がタランに渡された。


「使わせていただきます。でもこれを私がカースンに持ち帰ったら、多分真似して同じモノを作ったりする者が出てきますよ。一目見れば作り方もわかってしまいます。」


 ゴールが答える。


「タラン殿。そこは気にしなくていい。真似しやすいことはわかってるから、ネゲイでも製造と販売の独占権は期限付きにしてある。カースンで作ってもらっても構わない。だが蠟の配合は色々工夫したらしいから、見た目ほどには簡単じゃないらしいぞ。」

「それなら使わせていただきます。カースンに帰ったら同じようなものを注文できるかとか考えてはいたんですよ。」

「マコト殿も構わないだろう?。」


 話を振られたオレも答える。


「私を知ってもらうのにいいと思ったので、わざと真似されやすいものを選んだのが蠟板です。ネゲイではゴール殿の計らいもあって売れるほどに私にも利益が出る仕組みになりましたが、私が手がけたいものは蠟板だけではありませんので。ものによっては、作り始めるまでに何年もかかるものもあるでしょう。」

「それはどんなものですか?。」


 タランが問う。


「タラン殿がもう目にしているペンや紙は勿論候補に入っています。ペンは、多分材料も道具もネゲイにあるもので作れるでしょう。紙は、工房で使う道具をちょっと作る必要があるのと、ネゲイで手に入る材料で配合を変えながら色々試す必要があると思っています。その他のものは、ここで手に入る材料と道具で何が作れるか、色々考えているところです。作れないならどんな道具を新しく作らなければならないか、それにどのくらいの職人を充てられるか、そんなことを考えて、工房の持ち主であるバース様に相談することになるんでしょうね。」


 一応、タランに新しい情報は与えないようにした。スポンサーが見ている前でスポンサーにも話していないことを外部の人間に話すのは、よくない。名前を出されたバースが言った。


「蠟板の次までは考えてるけど、その次の順番をどうするかは決めてないねえ。」

「次は何ですか?。」

「箱だよ。その蠟板を入れてる箱。」


 バースは部屋の隅に動かされていた蠟板の木箱を指さす。


「あれをもっと使いやすく作る方法があってねえ。これも多分売れたら真似して作れるようにはなると思うけど、その次はペンかねえ。まだペンに進むには早いか、マコト殿とも話をしたいと思ってるよ。もしかしたらゴールに任せるかもしれないけどね。」

「その箱はどういうものですか?。」

「マコト殿。今日は持ってきて……、ああ、その箱だ。見せてやってくれ。」


 バースはダイアナの足下に置かれていたコンテナを指さした。測量の計算を記した木板を入れていたコンテナだ。ベンジーではこのコンテナは話題にならなかったな。ああ、テーブルが狭かったから一度に二~三枚しか中身を出さなかった。だから、コンテナを畳むこともなかったからか。


 ダイアナはコンテナをテーブルに載せ、木板を数枚ずつ出しては箱の横に積んでゆく。中身が空になると、ダイアナはコンテナを折りたたんでタランに差し出した。コンテナを受け取ったタランは今目の前で見せられた折り畳みの手順を逆にして箱を組み立ててみる。そして畳む。


「これは面白い箱ですね。使わないときも邪魔にならない。」

「だろう?。見ればわかる。でも誰も思いついてなかった。多分木工職人の見習いにでも作れる。普通の箱よりちょっと高くても売れる。そう思わないかい?。」

「椅子代わりに上に座るのはできなさそうですけど、商人は、イヤ、商人でなくても喜ぶでしょう。」

「ああ。最初に見せられたのは蠟板だったんだけどね、この箱を見て決めたんだよ。マコト殿の知恵はネゲイの宝になるから、できうる限り色々教えてもらいたいってね。儂以外にも似たようなことを考えた人間が何人かいて、それでさっき、マコト殿が到着する前に話していた新しい工房の計画を作ったんだ。もう建物は作り始めてる。これもさっき言ったかな?。」

「工房を建て始めた話はさっきも伺ってますよ。で、さっきこの箱から出した板は、工房近くの地図ですか。測量の話をするとか言ってましたよね。」


 測量の話の前に蠟板とコンテナの話が割り込んできてかなり遠回りになっていたが、やっと測量の話に入れる。四の鐘過ぎ、一五二〇M頃に領主館に着いて、もう一七〇〇Mに近い。一番わかりやすい木板は、やはり地図を描いたものだろう。ダイアナがバースから見やすい位置に地図の木板を置き、オレのバースの隣に立って説明を始めようとする。ゴールが言った。


「昨日の四の鐘の頃まで現地にいたんだろ?。もう図面ができてるのか?。」

「地図を頼まれた日、一昨日でしたか、クララが地図を写すのを見てたでしょう?。私の手伝い達は、皆計算とか字や図を書くのが得意なんです。」

「羨ましい話だな。それで、黒が元の地図で、赤が測り直した線か?。」


 オレは木板の線を指で辿りながら答える。


「ええ。元の地図は道、このまえ『新池街道』と名付けられた道の左右に分割されていました。今回測った道形の両側に元の地図を描いて、その上から新しく測った線を赤で重ねています。」

「綺麗な線だな。赤も黒も。滲みや歪みもない。」


 水性インクで定規を当てながら木板に線を入れれば滲みも出るだろう。しかし小ニムエなら体重移動を含めた全身をペンプロッターとして使えて、定規なしで直線でも円弧でも描ける。油性インクのボールペンを捻りながらなら動かせば変なイング玉も出ない。元々木に含まれていた油などのためにインクが乗りにくい場所はあるが。


「時間も遅くなりかけてますから、昨日クボーを測った成果の概要だけお話しします。まず、バース様から『現地よりも大きめの面積で計算されている』と聞いていた件、やはり私が計り直した面積と元の図に書かれていた面積では十分の一から十五分の一ぐらいの違いがありました。黒文字は元の図にあった面積、赤文字が私が計算し直した面積です。」


 一同が木板を覗き込む。面積は元の図と同じく帯分数表記にしてある。誤差を暗算するにはちょっと不向きだが、測り直した数字の方が小さいことはわかるだろう。


「数字は、そうだねえ。でもこれ、三角に割って計算してないんじゃないの?。マコト殿の計算方法かい?。」


 バースが言った。


「計算の方法はここに来る前にベンジーでもグレン師と話をしていました。今から説明すると夜になってしまいますが、どうしますか?。」


 XY平面の概念、基線の両端の座標化、そこから三角関数で測点の座標を求める方法、二元一次連立方程式、座標法、今から話を始めたら、明るいうちに終わりそうもない。


「計算方法の細かいところはいいよ。ゴール、明日にでもこれを何ヶ所か測り直してくれるかい?。それで同じような数字が出たらマコト殿の地図であの場所の地図を置き換えよう。」

「わかりました。明日、確認してきます。マコト殿、二の鐘で構わないか?。」


 タランが言った。


「それには私も一緒に行かせてもらっていいかな?。」


 オレは答える。


「明日、二の鐘、現地。わかりました。測量方法の説明からをお望みでしたら、さっきジルが持ってきてくれた横コントと、先日私が借りていた七二クーイの鉄鎖もお持ち下さい。」



 話題は横コントに移る。マーリン7では高温水蒸気で汚れを落として潤滑油を注し直しただけだが、ネゲイ基準では『新品同様』に戻っているとのこと。オレとダイアナは横コントを検分する一団を残して領主館を辞した。


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