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4-33 CL(墜落暦)一三〇日:使者を待つ

 CL(墜落暦)一三〇日。ヨール王二三年四月二八日(金)。


 朝から見張小屋の組み立てを見物した。いつもは「当番」として二人が来ているだけだったが、今朝はゴールを筆頭に総勢十人ほどが来ている。実際に組み立てと分解をやってみて手順を覚えておきたいとのこと。出資者は領主なので、当然と言えば当然なのだが、一応、身長の小さい小ニムエも出せるよう、昨晩のうちに踏み台になりそうなものとかを探していたので少々残念ではある。まあ、見るだけで覚えられるという強力な手段もあるので、ここはネゲイの位階五位の方々にまかせよう。オレは、予定はされているがまだ任官されていないし。とりあえず、見物のために出るか。今日は、ダイアナの日だな。


 領主館から少なくない人数が来ているので、本来業務が少々手薄になっている。このため腕力に期待できないネリとエンリは留守番らしい。


 組み立ては、当たり前だが水平な場所の方がやりやすい。建物の四隅となる位置に礎石を並べてその上に土台の角材を置く。ちょっと手を出してみた。昨晩作った気泡式の水準器を置いてみる。


「おととい作ってみたんだ。貸すよ。もっと作った方がいいか、みんなの感想も聞いてみたい。」


 ゴールがまた複雑な表情をしている。おそらくこの場の全員が有用性を理解した。日常生活では使う機会も少ないだろうが建築には必須の道具だと悟っている。


「マコト殿。また新しい物か。建築屋が喜びそうだが、細工師連中が困ってしまうぞ。」

「一人に一個というほどの物でもないさ。まあ、工房の建築には間に合わなかったが、ヒーチャンも昨日見てる。試してみてくれ。」


 従来の方法は水平にしたい部材の上に水盆を載せていた。何度もやり直せばこぼれた水を拭いたり乾かしたりする時間も必要だが、気泡式は水がこぼれる心配もなく扱える。池の横だから水がこぼれても簡単に補充できるが、水を汲みに行くのに時間がかかる場所では便利だろうと思う。ゴールは問題を先送りした。いつかは作るが、今ではない、と。



 二の鐘少し前、〇八二〇M頃に始まった小屋の組み立ては、一〇一五M頃に終わった。その少し前、一〇〇〇M頃、バースの部屋に来訪者あり。カースンから誰かが来るとの報せが届いている。多分、もうすぐここにも伝令が来るだろう。領主館での話の流れが気になるのでオレは一旦マーリン7に戻る。岸辺にはダイアナを残した。


 新池では習熟のため、これから一度分解してもう一度組み立て直す。そんな作業をやっていると、馬が近づいてきた。乗っているのは、ネリだ。ネリは馬を降りてゴールに近づく。二人で何か話したあと、ゴールはネリが乗ってきた馬に乗ってネゲイに帰っていく。


 領主館では使者を迎えるための準備が始まっている。とりあえずゴールは呼び戻すことにしたが、オレを呼んでおくべきかどうかバースとヨーサでまだ意見が分かれている。元々、今日は午後にベンジーへ行くつもりではあったのだ。昨日の測量の計算表があれば、グレン師とは何時間でも話ができる。今までに聞いた座標に関する話題は極座標をベースにしたものばかりだった。オレも直交座標系の話をした覚えはない。もしまだこれが発明されていなかったら、測量計算の前に座標の表現方法の話だけでも一~二時間かは追加だ。イヤ、そんなことより、カースンへの対応か。


 池にはネリが来ている。ネリも積んでネゲイに行くか。一応、オレはまだ使者のことを知らないことになっている。知らせる気なら呼び出してくるはずだ。そうしないのは領主館が態度を決めかねているということでもある。上陸して、「あれ?。ゴール殿は帰ったのかい?。」とか「ベンジーに行くから領主館まで戻るならバギーに」とか声を掛ければ、使者のことも話してくれるだろう。ベンジーの前に工房やハイカクの進捗とかを見ておきたいなどと、ちょっと早めに出発する口実も幾つかある。オレがネゲイ方面に向かうなら、バギーを領主館に近づけ過ぎないようにしたいとか、そんな制約はないとか、何らかの反応が聞けるはず。


 測量計算の木板を持ち、バギーで岸に移動した。


「ショー殿、来てたのか。ゴール殿は帰ったのかい?。」

「ええ。代わりに私が来てます。カースンから、多分今日の午後、使者が到着するということで、ゴールは帰りました。」

「バース様が私のことを報告したという話の続きだな。今日はこれからベンジーに行こうかと思っていたんだが、昨日、グレン師ともそう話してるし、でも今日の私はネゲイに近づかない方がいいのかな。それとも行った方がいい?。」

「使者の方とは、いずれ会っていただくことになるかと思います。今日ベンジーに行く予定があることは、昨日私も一緒に話を聞いてましたし、それはそのままでいいと思ってます。ただ、使者の方との話次第で、今日、ベンジーから領主館に来ていただくことになるかもしれないと、その場合は、ベンジーまで報せに行きます。よろしいですか?。」

「そのあたりは任せるよ。バース様達も、私が単独でその使者と会うことは望んでいないだろうから。」

「では、今からでもベンジーに行きましょうか。私を乗せていって下されば、私だけ途中で領主館に行ってマコト殿の所在を伝えておきます。」

「まだベンジーに行くにはちょっと早いな。途中で工房の様子かハイカクの蠟板の様子でも見てからベンジーに行こうと思って今出てきたんだ。工房の横はどうせ通るしね。」

「蠟板は私も気になってたんです。最近覗いてませんでしたから。ハイカク経由でベンジーに行きましょうか。私はハイカクのところから領主館に戻ります。工房からハイカク、ベンジーで、普通に動けば領主館からは見えない道ばかり辿りますから、偶然使者殿に会ってしまうこともないでしょう。」



「ハイカク殿、しばらく忙しくて来れなかったんだ。例の一四四組、どんな具合だい?。」

「お嬢、マコト殿。久しぶり。えー、何日ぶりだ?。蠟板の方は、メレンもコツを掴んだみたいで、今は奥で最後の一二組に蠟を貼ってるよ。固まったら、繫いで組にして検品だな。夕方にでも納品できそうな勢いだ。いつ持ってくか、話をしておいた方がいいかなとか思ってたんだ。お嬢もちょうどいい。今日の夕方以降、いつでも持って行けそうだったってゴール様に伝えておいてくれないか?。あ、イヤ、ダメだ。これはハパーに卸してハパーから納品だった。ハパーにはこっちから言うから、お嬢はゴール様に『製品は今日中に完成』とだけ言っておいてくれないかな。」

「わかりました。じゃあ、納品は、明日か明後日かもしれませんね。」

「ああ。出来上がったもの一式は、今日か、遅くとも明日の朝にはハパーにも検品してもらって、それから領主館だな。そんな予定だって、ゴール様に。」

「私はこれから領主館に戻るつもりですから、伝えておきますよ。」

「ありがとう。」


 オレも「新製品」を一つ見せておく。テーブルに、水準器を置いた。気泡がゆっくりと中央に移動する。


「工房とか建て始めてるのをみて作ってみたんだが、ハイカク殿、こんなのをどう思う?。」


 ハイカクは水準器をつまみ上げ、角度を変えて気泡の動きを観察する。テーブルに戻し、天板上のあちこちに移動させる。テーブルの端の方の、天板が少し反った場所では気泡は中心からすこし離れた位置で安定した。


「昨日ヒーチャンが言ってたのはこれか。ウチの店サイズではあるんだが、ガラスかあ。使ったことないんだよ。作ろうとしたことはあるんだがなあ。きれいな色はむつかしいし、透明なのはもっとむつかしい。多分材料が悪かったんだと思ってるんだがなあ。」


「ガラスは私が作って、ここで組み立てるとかならどうかな?。」

「水漏れがないように作るんだろう?。イヤ、水じゃないな。凍ったら膨らむ。夏でも冬でも使えるように、うーん。多分、無理だ。何よりも、ガラスを扱えない。使ったことがないから。試してもいいけど、水漏れしないようにとか工夫してると多分全部割ってしまうよ。それに、便利なのはわかるけどネゲイの町全部で四八個もあったら需要が足りてしまう気がする。カースン中にばらまくつもりで作らないと練習にもならない。便利だとは思うけどねえ。マコト殿。悪いがこれは、ウチじゃ無理だ。」


 何を出しても感心されるばかりだったから、オレもちょっと慢心していたかもしれない。


「そうだな、面白いとは思ったんだが、確かにこれは建築屋には便利だろうけど、蠟板とは違って、ネゲイの町だけでこれが何百も売れそうにはないな。これは『作れる』ってことだけで、頼まれた時だけ作ることにしよう。」

「まったく。ペンの話もあるし『紙』とかいうのも聞いてる。箱の話も進んでない。昨日はコントの改良型を作ってたとも聞いたよ。大きさは同じで目盛がもっと細かく読めるとか。コントは、これも注文が来てから作るもんだな。ペンと箱と紙、こういうのは作り置きして店に並べておくだけで売れるだろうな。正直、マコト殿関連の新しい物が多すぎて、何から手を付けるべきかアタシは迷ってるんだよ。」

「迷ってるのは私もゴール殿もだ。私はもっとゆっくり手を広げるつもりだったのに、ハイカク殿、確かあなたが『組合を作ろう』とか言い出したんじゃなかったかな?。私もその組合の生産現場になる工房で、なんか役職に就くことになってしまったよ。位階五位というらしい。」

「マコト殿も少しは苦労すればいいんですよ。面白いものばかり持ち込まれて、アタシは色々不安なんです。マコト殿も不安になって下さい。」

「まあ、ここの職人の目から見て売れるもの、売れそうにないものの話も聞けたし、勉強になったよ。じゃあ、そろそろ次のところへも行かねばならないんで、出るよ。ありがとう。ハパーの店の近くも通るけど、蠟板の進捗を言っておこうか?。」

「マコト殿にも苦労させるか。ハパーに『今日の夕方以降、いつでも取りに来てくれ来てくれ』って言っといてもらいましょうか。」

「今日に夕方以降、わかった。伝えておくよ。ショー殿、出ようか。」



 店の前でネリとは別れ、ハパーの店へ。領主館には近寄っていない。ハパーは留守だったのでハイカクからの伝言を伝えるようにだけ頼んでおいた。次は、ベンジーだ。丁度、三の鐘が聞こえる。



 グレン師は寝不足だった。ベンジーで使っていたアストラーベ(縦コント)に副尺を追加するならどこにどんな改造になるか、七の鐘過ぎまで考えていたという。テーブルには分解されたアストラーベの部品が並べられていた。このままでは測量計算の板も置きにくい。


「片付けるよ。これは若い頃に自分で作ったものでね。分解も組み立ても慣れてる。一番外の角度目盛への細工はマコト殿が作ってたやりかた以外は考えにくいんで、アリダードだけ交換すればなんとかなるんだが、時鐘を鳴らす印の線を測るときとか、考えるほどアリダードがどんどん複雑になっていってしまってね。」


 実用上は支障ないレベルではあるのだが、グレンのようなタイプの人間は測定値と理論値の差をゼロにしたがる。オレもだが。しかし天体観測において、プトレマイオス的モデルに従っている限りは誤差は絶対にゼロにはならない。ここでダイアナが言った。


「片付ける前によく見せていただけませんか?。仕組みを改めて確認したいんです。」

「マコト殿のところのお嬢さんも勉強熱心なんだな。壊さないなら、いいよ。」

「ありがとうございます。」


 ダイアナは一つづつ部品を手に取って裏表を観察する。刻まれた文様はニムエ達も好きそうな情報の宝庫だ。全部の部品を検分したダイアナは、芯に正しい順序で部品をはめ込み、アストラーベを再度組み立てた。


「昨日もコントを使ってるのを見たけど、いい娘さん達だねえ。できないことはなさそうだ。」

「助かってるんですよ。こんな手伝いがいて。」

「ヨースの嫁に、とか思ってしまうよ。ヒーチャンだったかな?。昨日同じようなことを言ってた気がする。」

「そんな話はありますけど、多分彼女たちの誰も『うん』とは言わないでしょうね。結婚したら、できなくなってしまうことも多いですからね。」

「そうですね。多分私たちの誰も、マコトの手伝いから離れることはないと思ってます。面白いですから。」

「マコト殿とずっと仕事ができるとは、うらやましいよ。」



 それからは測量の話に入る。基線の両端からの角度で伸ばした交点が云々。ネゲイ、いや、カースンでの面積計算は現地で土地を三角形に分割して「底辺×高さ÷2」が主流だ。これは昨日のヒーチャンの疑問のとおり。図上測定は誤差が大きくなるので好まれないが、現地に建物などがあって三角形への分割ができない場合は測量結果から敷地の形状を図化してこれを三角形に分割する。三角形の一辺が七二クーイ(ここで流通している長距離用の巻尺類の一般的な長さだった)を超えるような場合も分割する。測量の基本は「巻尺で測れる三角形」を作ることで、コントは南北の方位線と測線のずれを測定するのが主な用途だった。やはりここでは直交座標はほとんど知られていないようで、幾何学の分野では、距離と角度を変数とした極座標の方が一般的だ。直交座標は強力だが、計算量が増えてしまう。プトレマイオス的な計算も極座標でやった方が簡単だ。グレンならば概念は理解するだろうが、計算量がが増えることにはどう反応するだろうか。



 グレンはXYの概念をすぐに飲み込んだ。彼等が使っている計算盤が直交座標で数字を整理する構造だから、生まれて初めてという概念でもなかった。オレが前から感じでいたことだが、人は、身近なものは直交座標で、少し離れた場所については極座標で考える傾向がある。ニムエ達AIはどっちなんだろうな?。グレンは、オレに近い感覚で思考しているようだ。


 「X」「Y」ではなくカースンの数学で使われている変数表記(オレが理解しやすい『x』のような記号ではなく文章だ)を使っていたが、本質は同じだ。そこを基点に座標値から直接面積を計算する方法を紹介する。つもりだったのだが、変数が扱いにくかった。何しろ、文章だ。多分、現在形と過去形の関係と同じことらしく、直接的に「x」と書いてしまうと「神様に叱られる」可能性が出てしまうので、略記する習慣がない。意外な伏兵だった。計算量が多くなることは予測していたが、変数記号も、そうなるか。寄り道は楽しいが。



 一三一五M。カースンの使者が領主館に到着したようだ。グレンとの数学の話も楽しいが、領主館内での会話の動向も気になる。



 ベンジーではヨースも一緒になって直交座標系の話をしている。ヨースも基礎知識はあるから、最初さえ乗り越えれば新しい概念に馴染むのも早い。次は、これを誰に教えるか、どう教えるか、などの話も始まっている。頭を使うので、オレが持参していたクッキーも喜ばれた。「これもダイアナ達が作ったんですよ。」「何でもできるんだな。うらやましい。」



 領主館では蠟板が話題になり、その流れでエンリとネリが、それぞれハイカクとハパーの店に送り出された。一四〇〇M。一四四組は無理でも、今日、十二組か二四組を早期に納品させようとしているらしい。ハイカクとハパー。どちらかの店に「虫」を置いておくんだった。上手く進んでいたら今頃どちらかの店で検品が始まっているかもしれない時刻だ。測量の補助で「虫」を使いすぎたので、飛行時間の長かったものは一旦マーリン7に戻している。今使っているのは中継用を除けば領主館の二匹だけしかない。



 領主館にエンリが戻ってきた。ハパーがまず二四組を運んでくる。ネリはハパーと一緒に領主館へ戻る予定。報告を聞いたバースは、オレを呼ぶために、エンリにバンジーへ行くように指示を出した。四の鐘の時刻が近づいているのでヨースは間もなく中座する。ベンジーでは数学から雑談に移っているので、話の区切りとしても丁度いい。


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