4-21 CL(墜落暦)一一七日(3):ブングとメレン
町外れの逆茂木のところで見張りの兵士達に会ったので状況を話す。ここでも一人が一行に加わった。名前はシーク。これで領主館のバッジが二人。隊商は、ますますオレ達に近づきにくいだろう。
『マコト、一応、知らせておくわ。尾行、二人。』
「虫」から得た情報をαが伝えてきた。
『ああ。隠す気もなさそうな雰囲気だからわかってたよ。一度会って話をしたいっていう意思表明だろうな。』
尾行者は、ムラウー風というのだろうか?、服装がネゲイとちょっと違っていたのでよく目立っていた。
ネゲイの兵士二人と尾行二人を引き連れたままブングの店に着いた。尾行は少し離れたところで立ち止まっている。店先の少年にブングに会いに来た旨を伝え、案内を頼む。兵士二人、ベンとシークを店先に待たせて中へ入る。ハイカクが用向きを伝えた。
「ブング、今朝頼んだ材料のことでな、どんな木か見たいと言うんで、マコト殿を連れてきた。」
「そういうことか。マコト殿、お久しぶりです。今朝ハイカクに頼まれた材料は、丁度今、どれがいいか見ていたところで、一緒に見ますか?。」
「急に来て済まない。ブング殿。ハイカク殿の注文は私も関係してるものだから、見たくなったんだ。あと、こういう店の雰囲気も知っておきたかったしね。」
ブングの店は、製材所のような雰囲気だった。屋外には幌を被されて積まれた丸太の山、屋根の下に加工場と倉庫。事務所兼小店舗の小屋。
ブングは既に板になって積まれている山の一つを指さした。
「堅い木の薄板ってことだったから、このあたりかなと思ってたんだ。元々は家の壁用だ。ハイカクが持ってきた見本よりちょっと厚いんだが、今からあの厚さで材料を揃えたら時間がかかってしまうんでね。」
厚さは四ミリほど。確かにオレが使ったものよりやや厚い。ベティに検分を頼む。ベティは板の一枚を持ち上げて目測(ミリ単位で長さを測れる)し、少し振ってっみて質量(グラム単位で測れる)を調べている。表面の温度差で木目部分と周りの比熱を調べたりもできるはず。
ブングによると、家を建てるときはこの板で適当なセパレータを挟みながら二重壁を作り、土壁に仕上げるのだという。これを使うと蠟板の仕上がりは少し厚くなる。ゴール達に断ってからにするべきか、更に削るか、考えているとネリがやってきた。
「マコト殿、あなたもよく動き回る人ですねえ。今日明日あたりははあまり動いて欲しくなかったんですが。」
「二人ほど、ムラウー風の男が私達に着いてきてたな。わかってはいたんだが、今朝の契約の話で、作り始める前に確認しておきたかったんだ。」
「気持ちはわかりますけどね。まあ、来てしまったものは仕方がないでしょう。明日のどこかで、私かゴールのどちらかがマコト殿の所へ客人を連れて行こうと思ってます。いつ頃がいいですか?。」
予想の範囲だが、そんな話になっていたのか。明日は、イヤ、明日も、ハイカクと話をしたいし。
「ハイカク殿。できれば明日も、この件で朝にでもハイカク殿のところで少し話をしたりできればと思ってたんだ。二の鐘でハイカク殿の所、そのあと、三の鐘ぐらいで、ショー殿の言う客人と会うような予定でいいかな?。あ、イヤ、三の鐘はベンジーに行く約束があった。四の鐘でショー殿の客人ではどうかな?。」
「アタシは構わないよ。マコト殿に会うのは面白いし。」
「じゃあ、ゴールにそういう予定を言っておきます。もし都合が悪いようなら、明日ハイカクの店でお伝えします。」
「なら、予定はそういうことで。で、ショー殿、私達がここに来た本題の蠟板に使う材料のことなんだが、見てくれるか?。」
ブングが選んだ板材を指さす。
「ブング殿のお勧めはこれだ。私が今まで作ってきたものよりちょっと厚いから、仕上がりもちょっと厚くなる。注文主として、どう思う?」
ネリは自分の蠟板を取り出して板材の山と見比べる。
「ちょっと重くなったりするでしょうけど、構わないんじゃないでしょうか。私思ったんですけど、これからこの板に飾り彫りとか繋ぎの輪が金だとか、種類は増えていくと思うんです。だから、厚みがちょっと変わるぐらいなら、重くなり過ぎないならいいと思います。」
ハイカクも言う。
「飾り彫りか。まったく、またウチに注文が来そうだ。マコト殿のおかげでとんでもない人手不足になりそうだよ。」
板を検分していたベティにも聞く。
「ベティ、その板は使えるかな?。」
「しっかりした板です。使えると思います。」
「じゃあ、ブング殿の見立てのとおり、その板で行こうか。ハイカク殿、ブング殿、板の納品の話をまとめておいてくれるか。で、丁度いいところに来たショー殿にも相談なんだが……。」
ネリを少し離れたところに連れ出して聞く。
「さっき飾り彫りのことを言ってただろ?。そこまで手の込んだ話じゃないんだが、例えば蠟の色を、青や赤にするというのはどう思う?。ショー殿の好きな色の蠟を工夫してみてもいい。
ネリは嬉しそうな顔になった。
「私は空の色が好きです。でも、もう私の蠟板は自分の名前の刻印を入れてしまいました。」
「蠟だけを取り替えればいい。使っているウチに蠟はだんだんと減っていくから、そう遠くないうちに補充か交換をしなくちゃいけなくなる。」
「じゃあ、蠟が減ってきたら、お願いしますね。」
「その頃までに、色つきの蠟を作れるようになっておくよ。一人一人の好きな色とか、ネゲイの領主館ではこの色を使うとか、そういうのもいいかもしれないな。」
「本当に、マコト殿の話はどんどん大きくなりますね。」
「私だけじゃあない。飾り彫りの話はショー殿だ。」
「蠟板がなければこんな話もしてませんよ。責任は、蠟板を持ち込んだマコト殿ですよ。」
ネリは笑いながら言った。
蠟板の材料は板のほか、膠やスタイラスに使う棒材、繋ぎの革紐、それから勿論、蠟も必要だった。蠟と革紐以外はブングの店で揃う。革紐はハパーだそうな。蠟と、固さ調整用の混ぜ物は市内の別の店。そのうちに教えてもらって自分でも行ってみよう。ハパーは、自分で売って自分で買い戻すか。ブングもそうなりそうな気配ではあるが。
板一枚とと棒材一本だけを預かってハイカクの店に移動した。ブングの店からの残りの材料は、明日配達される。
ハイカクの店では工房の様子を見せてもらいながら、考えている蠟板の製造工程について説明を聞いた。ハイカクは運んできたばかりの板材を木挽き台に置き、定規で印を付ける。インクは使わない。千枚通しのような道具で細い線を一本刻むだけ。次はノコギリの仕事だ。年季の入った職人だけあって、きれいな直線で板が切られていく。背板一枚を切り終えたところで声をかけた。
「全部ハイカク殿が切るのか?。」
「イヤ、今は説明のために自分でやってるが、蠟板の仕事はそこの弟子、メレンに任せるつもりでいる。」
「別の人間が切ったら、仕上がりがかわったりしないか?。」
「そりゃあ変わるだろうな。同じものを作れるなら弟子から独立だ。」
「そのあたりは、出来映えが変わっても問題ないのか?。私がいたところでは、こういう場合の出来映えは、できるだけ全部同じにするのが普通だったんだ。」
「マコト殿。同じになるようメレンにも頑張らせるが、同じは無理だ。どうしても不揃いは出る。納品の時に一四四組を積み上げたら不揃いも目立つだろうが、一組ずつで使い始めたらわからん。あまり気にしなくていい。」
「そういうものか。」
「そういうものだ。」
「じゃあ、次は外枠だな。その弟子のメレンに切らせてもらえないか?。」
「いいぞ。メレン、やってみろ。見本はこれで、寸法はこれだ。」
ハイカクは設計図の木版と、今日マーリン7で蠟を貼り直した蠟板をメレンに渡した。メレンはさっきハイカクが切り落としていた端材の寸法を測り、さっきのハイカクと同じように定規と千枚通しで切断のための印を入れるとノコギリを使い始める。外枠の長辺はきれいに切れた。次にポケットから四五度の治具取り出して材料にまた線を入れ、角度を合わせて切ってゆく。
「こんな感じだな。マコト殿。どうだ?」
ハイカクが端部を落とした外枠材をオレに渡した。
「いいね。これなら問題ない。」
オレの答えにハイカクもメレンも安心した表情を浮かべた。
「これで部材が揃ったら貼り合わせる。多分、この外枠の寸法が全部微妙に違ってるだろうから、うまく合うヤツ同士で組み合わせてな。」
「貼り合わせは膠で?。」
「そのつもりだ。膠は、蠟が融けるぐらいの熱さなら保つヤツ、特製の混ぜ物入を選んでる。」
膠の疑問は解けたが、どうしよう?。
「ショー殿、ちょっと蠟板の話で、職人以外には知らせたくない話があるんだ。申し訳ないが、ちょっと離れて耳を塞いでいてくれるか?。」
ネリは不満げな表情を見せたが、部屋の隅に言って両手で耳を塞いだ。オレはハイカクとメレンに近づいて小声で言う。
「蠟を塗る部分は、外枠を貼り付ける前に細かい傷を付けておいた方がいい。」
ハイカクとメレンの顔には一瞬疑問符が浮かんだようだが、メレンが言った。
「ああ。わかりました。その方が、蠟も割れにくくなりそうな気がします。」
遅れてハイカクも言う。
「そのせいか。わかった。マコト殿。あんたの知恵は凄いな。で、今日あんたの船のところで話していた銀一枚の話はどうする?。マコト殿の手伝いのお嬢さんは傷なし板でもきれいに蠟を貼れるみたいだが、傷の方法を聞いてしまったら、ここでも蠟は貼れてしまう。」
「だから契約はナシでもいいよ。元々そのつもりだった話でもあるし。」
「イヤ、ちょっと変な言い方をした。今ので蠟の貼り方のむつかしいところの半分はできたようなもんだ。あとは冷やし方だが、これは追々試すとして、『傷』のやりかたを教えてもらった分、ええと、あっちで話したのは金貨二四だったか。今、金貨十二を払おう。それだけの値打ちがある知恵だ。」
「何度か言ってるが、ハイカク殿が『損した』と思わなければそれでいい。」
「金貨二四とか十二って何?」
ハイカク達が普通の大きさの声で話しているので、それを聞いたネリが言う。
「ハイカク殿に、作り方の細かいところの相談を受けてたんだ。その知恵の代金にハイカク殿が値を付けた。」
「そうなのね、イヤ、そうですか。金貨十二。私がちょっと耳を塞いでいる間に話せる知恵で、そんな値段になるんですか?。」
「お嬢。知恵とか道具とか、そんなもんだよ。いい知恵や道具は一生ものだ。今教えてもらった知恵だけで、ウチの蠟板はよそで真似されても困らないだけの仕上がりになるだろうよ。」
「本当にマコト殿の話は……。これはもう何度も聞いてますよね。」
「まあ、さっきの『知恵』は、多分使い始めて一年もしないうちに気付かれるだろうけどね。最初の時期にハイカク殿が有利なのは間違いないさ。」
その場で金貨を受け取って明日の再訪を改めて約束し、ハイカクの店を出た。ネリも帰らせ、オレとベティはベンとシークをお供に町外れに向かう。尾行の二人の姿は見えなかった。
αによると、町から船までの間にいる人間はミナルだけのようだ。やることがないミナルは自分の蠟板に何かメモをしながら過ごしているという。αに頼んで、バギーでミナルを町外れまで送ってもらうことにした。そうすれば、オレとベティも町の外ではバギーで船まで帰れる。
町外れまで来て、ベンは逆茂木組に残留。シークは一緒に歩いている。前方からバギーが来るのが見えた。クララがミナルを連れてきてくれたようだ。遠くに見えたバギーはタイヤで走行していたが、オレ達の五十メートルほど手前で浮き上がり、浮いたまま前後反転して再度接地、後進状態で減速してオレ達のすぐ前に止まった。興奮状態のミナルが降りてくる。
「わわわー!。すごい!。いや、すごい!。わー。『ちょっとびっくりさせますよ』って、ちょっとじゃない!。わー。」
βだな。間違いない。
「ミナル殿。クララが失礼した。」
「いや、これは、失礼じゃない。面白かった。こんなのは初めてだ。旦那様に自慢しなければ。いや、ここまで送っていただいて、クララ殿、ありがとう。」
「旦那様を含めて、あまり言いふらされると乗せてくれっていう人が増えてしまうから、お手柔らかに頼みますよ。」
「いや、そうですね。確かに。黙っておきましょう。ええと、シーク、お前も頼むぞ。」
「シーク殿。今度機会があったらシーク殿には同じことをしてやるから、内密に頼む。」
ここまで言われるとシークも頷くしかなかったようだ。βめ。余計な手間を増やしやがって。




