4-11 CL(墜落暦)一一三日(3):実験
オレ達が水辺に到着するのとほぼ同時にマーリン7は接岸し、スロープを降ろした。ネリと別れ、ほぼ一昼夜ぶりに船内に戻る。一一三〇M
「α。オレは、うまくやれたかな?。」
「悪い印象を受けた人はいなかったみたいよ。私が力加減を間違えちゃったセルーも含めてね。」
「あれは、あそこまであっさり終わるとは思わなかったな。あれに関しては、オレももう少し、インプラントで身体を動かしても大丈夫なように、あちこちの筋肉を鍛えておくべきかもしれない。一分ぐらいは全力で動けるようにしておかないと、いざというときに怖いかもな。」
「一応、船内環境の重力加速度は、今より一割増しぐらいにしておきましょうか。」
「まず、それが一番お手軽かもしれない。でも、あの練習に定期的に参加するのも悪くないだろうな。単純に、身体を鍛えて友好を深められる、という意味だけでも。」
「それはまた行けそうな時が来たら考えましょう。」
「そうだな。それから、オレの状況はほぼ全部知ってるだろうから、デルタの準備とか、それ以外の話を聞きたい。」
「デルタは、今朝から蒸留水を作り始めてる。まだ明るいから、水温とか気温とか湿度とかを見ながら、変な湯気とかを出さない範囲でで出力を調整中。暗くなったら、もっとペースを上げられると思う。」
「OK。それはまあ、予定のとおりか。」
「今朝マコト達が領主館に戻ったとき、ゴールとヨーサは出かけていたでしょう?。」
「ああ。」
「あの二人、ヤダ村に行ってたわ。もうすぐ、ネゲイに帰り着くけど。」
「どんな話をしたか、わかる?。」
「ネゲイと、ヤダの羊飼いの交換よ。エンリとルーナを、ネゲイに連れて来たいみたい。理由は、わかるでしょ。」
「ソルとエンリとルーナの反応は?。あとエンリ達の家族とか?。」
「エンリとルーナは放牧地に行ってて、まだ話は伝わってない。ソルは、『エンリとルーナにも話してから』とか言ってたけど、あの二人がどんな反応を見せても結論は同じでしょうね。あと、エンリ達の両親は、去年、山に入ったまま帰ってないらしいの。山に慣れてるはずの大人でも、何年かに一回ぐらいはそんなことがあるって、ソルは言ってた。」
事務的に場所を入れ替えるだけでも、引き継ぎに数日かかるだろう。あの姉妹の両親にそんなことがあったとは知らなかった。オレ達が現れたこと、妹がそれに強い興味を示したことで、あの姉妹は生まれ育った村から出なければならない状況になっている。エンリは感情を抑えることができるかもしれない。ルーナはどうだろうか。考えても仕方のない状況にイライラする。ゴールも何を考えているんだ?。オレとの連絡係?。田舎の寒村の羊飼いを連れてくるよりも、手駒の中から交替で何人かを充てれば用は足りるだろうに。イライラする。この感じは……。
「マコト、ストップ!。」
タンクの中にいた。船内服に着替えさせられている。
「目が覚めたわね。」
「ああ。また、倒れたか。時刻……三時間ぐらい?。」
「ええ。一五一二M。三時間ちょっとよ。脳の活動状態がまた『アレ』になりかけて、強制介入させてもらったわ。」
「危なくなったら警告とか、設定してなかったかな?。」
「船内服を着てなかったから、通信がちょっと悪かったの。」
「今朝は船内服なしで『試合』までしたけど?。」
「あの時は『虫』三匹で通信をバックアップしてたわ。さっきは着替える前で、本当にタイミングが悪かったのよ。昨日からの外出中もそれに近い状態になりかけたことはあったけど、ずっとリアルタイムで監視できてたからあなたが気づく前には対処してたわ。」
「状況了解。再発防止も考えたいけど、原因からだな。血液とか、インプラントのログとか調べたんだろ。何か出てきたか?。」
αによると、脳の活動が「危険」と想定している状態に近づくのは何か焦ったり緊張している時。これは想定の範囲内。前回、五日前の再現実験の時よりも「微量物質」の体内蓄積量が増えていると思われる状態で「危険」に近づいたので介入したということ。今なら、「微量物質あり」での実験ができるので、暗くなってから屋外で実験の続きをやってみたい、とのこと。
「テコーの材料で昼食用に用意しておいたスープはまだ残ってるから、『微量成分』を補充してしばらく休んでて。できるだけ、リラックスした状態で、実験時刻まで待ちたいわ。」
「外の様子は?。」
「今は見物人はゼロ。ゴールの部下の、今朝の型稽古にもいた一人が見張りに立ってるわ。名前はわからない。それから、ネゲイではネリがゴールとヨーサに免許の話と蠟板のライセンスの話、両方内諾を取って、ゴールは説明のためにハイカクのところへ出ていったわ。ハイカクがどう言ったかは、ゴールが帰ってきてからネリかヨーサに話すでしょうから、夜にはわかると思う。」
「じゃあ、遅い昼食を摂って、夜まで休むか。誰か来たら教えてくれ。」
「わかったわ。ライブラリから『殺陣』や『演武』の映像を拾ってつなぎ合わせたら二時間を超えて、まだ抽出中よ。休憩中はそれでも見てて。身体を動かしたいなら、外の彼と型稽古でもいいんじゃない?。退屈そうに見えるし。」
なるほど。αが抽出した殺陣の中から、自分の短い山刀でも使えそうな殺陣の動きを幾つか見て、外へ出てみようか。
二〇〇〇M。赤外線検知なし。上陸。インプラントで暗視させると眼球周りの血流が増えてしまって実験に影響を与える可能性があるので、久しぶりに情報ゴーグルを着けている。増光モード+各種情報表示。
夕方の型稽古で外に出た時に集めておいた枯れ枝枯れ草の山から、よく乾いたススキのような細長い葉を一本引き抜いて水辺に移動し、座る。
小ニムエも二体もすぐ傍で待機中。αが告げた。
『始めるわね。自分のタイミングで、点火してみて。』
αがオレの脳波状態を操作しようとしている状態はゴーグル経由で見えているが、前回の実験では感じたような目眩みたいな明らかな変化は感じられない。オレとαのどちらか、或いは両方が慣れてきているためだろう。
目標波形への類似度という数字が三十パーセントを超えて、オレは小声で呟き始める。
「火」「火」「火」「火」「火」「火」「火」「火」
類似度六十パーセント超で、風を感じた。枯れ草の先が燃え始めた。
「インプラントで操作してる脳波パターン以外の数字は、正常よ。火が点いた瞬間に心拍が乱れた程度。これは単純に『ビックリした』だけよね。」
「感情としても、冷静だと思う。『電源をつないだら動いた』ぐらいの感じかな。再現性とか、条件をちょっと変えてとか、パターンを考えてあるんだろ?。しばらく色々やってみよう。」
その後、三十分ほどの間に十回ほど点火に成功したが、それ以降はうまくいかなくなった。
「『微量物質』がなくなったのかな?。」
「そんな感じね。体調とか気分とかはどう?。」
「体調は、普通だと思う。気分は、まあ新しい何かを見つけた高揚感とか、そんな感じかな。悪くはない。」
「今だと、体調にちょっと変なところがあっても精神的に高揚してるから気づかないでしょうね。片付けて、中で採血をしましょうか。」
「OK。中に入るよ。」
ワン・スモール・ファイア・フォー・マコト。




