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3-4 ヤダへの来訪者

 CL(墜落暦)九九日。南の街道を通って、ヤダ村への訪問者があった。南に少し離れたネゲイの方角からだ。「虫」で見えている訪問者は、防寒のため毛皮を着ている。その下に見えている服装はヤダ村の人たちと形は似ていても、数ランク上である感じ。木靴ではなく革の長靴。結構立派そうな長剣も帯びている。


 ヤダの村長的な立場にあるソルと、その側近的な立場の数名が応対している。馬のような動物に乗ってヤダを訪れたその訪問者は、ソルよりも身分が高い人物であるようで、ソル達は少々萎縮している感じだ。支配階級と領民のような関係かもしれない。ボディ・ランゲージがオレの知るものに近いものであればだが。


 ソルの家の中で行われた訪問者を交えた会話は、今までに出てきたことがない語彙も混ざっていて同時翻訳できなかった。以下はその夜にαが示した要約と、それについてオレが考えたことだ。αがその訪問者との会話を翻訳するには、訪問者が去った後に村内で交わされた会話も大いに参考になったとのこと。


 訪問者との話題は「大穴」のこと、ヤダ谷方面に向かっていった音の源のこと(マーリン7のことだ)について。どうやら、訪問者氏はこのあたりの領主の補佐役のような役職の人物らしく、名前はゴール。領主としても初冬の大事件であった大音響について、その直後から原因を調べたいとは思っていたはいたものの、ヤダ方面に調べを出しても雪が降ったら遭難してしまう可能性もあって、今まで動けなかったらしい。「支配階級と領民」という推測は、合っていた。


 ソル達は、「大音響の翌朝、山肌の様子が変わっていたので、すぐに若い者を見に行かせ、『大きな穴ができている』『沼の土が吹き飛ばされたのではないか』との報告を受けたが、それ以上は調べていない。」「谷の方は雪があって近づけなかったが、数日前にやっと若い者を見に行かせ、『谷の中に大きなピカピカした板があった』『近づこうとしたが足場が悪く断念した』との報告を受けた。あれから雪も少し減ったから、数日以内に再訪しようと考えている。」などと今までの要約を伝えていた。


 話の途中には、エンリとルーナの姉妹も呼び出されて情報を補足している。年末?に、大穴を見に行ったのもこの二人だったらしい。エンリとルーナによる補足の中で、ヤダ谷の奥に通じる街道の一部が崩落していることを聞いたゴールはその事について更に詳しく聞いている。「あの道は、ムラウーとの交易路なので、通れないまま放置しておくのはよくない」とか「ヤダから補修の人員を出すとしてどのくらいの時間が必要か」とか。


 それ以前に交わされていたヤダ村の中での会話で「ムラウー」とは山の名前か「北」という意味かと推測していたが、北に隣接する山の向こうの地域の名前であったらしい。


 ヤダ村側からの話を聞いた後、ゴールからも、「ネゲイから見ても山肌の様子が変わったので見に行ったら大穴があった」「川の水が涸れてしまったので、雪をかき集めて飲んでいた村があった」などの情報がもたらされた。


 やはり一~二日とはいえ水を涸らせたのは、下流の人々の生活に影響があったか。「大穴」ができる以前は、地形の勾配が緩い地域に達したヤダ川がそのまま広がって湿地帯となり、そこでゆっくり流れながら湿地帯の様々な動植物を育て、また改めてヤダ川として一筋にまとめられて流れていたのだが、今はそういう過程のうち、湿地帯の動植物を育てる部分が縮小されている。下流に対しては、栄養分の不足とか、或いは過多とか、今後も長い影響期間があるだろう。


 今後ここの人々と交渉するにあたって、オレ達が原因となっている水質の変化が悪い方向に働かなければいいが。


 現状についての情報交換を終えたゴールは、ここで聞いた話は領主にも報告しておくことを告げ、あわせて谷の様子について追加情報を集めることも依頼してきた。領主は毎年春、雪が少なくなったら全領内の状況を収集し、できるだけ早く更に上位の領主(王様か?)に報告することになっているらしい。出発予定が明後日なので、ヤダ村からのマーリン7再訪問の結果を伝えるには間に合わないが、街道崩落のこと、そのすぐ横に謎のピカピカがあることは伝わるだろう。ヤダ村からの訪問者以外にも、来客は増えそうだ。


 ネゲイに帰って行くゴールには、「虫」を二匹付けた。ネゲイの場所は知らないが、大穴に偵察を出したというなら、ヤダの南六キロメートルにあるという集落だろう。衛星写真で見るとヤダよりも規模が大きく、領主が住んでいるのなら「町」とか「市」と呼ぶべきか。衛星写真で作った地形データからみて、おそらくヤダに置いた「虫」を中継しての通信が可能。観察一、もしかしたらの中継用一だ。ヤダに補充の「虫」を送らねば。


 その午後、ヤダ村では、天候が悪くならなければ、毎日誰かにマーリン7の様子を見に行かせることが決まった。夏の放牧地の様子を見ることは村の必須事項だが、その上に領主が気にかけていて、情報を欲しがっていることも頻度を上げる理由だろう。



 同じ日、夕方近く、ゴールと領主のやりとりの模様も「虫」は中継してきてくれた。領主の名前はわからなかった。ゴールが「我が主君」などと自分の上位者を示す代名詞でしか領主に呼びかけなかったからだ。午前中のヤダでの会話と同様に、初めて聞く語彙が多くてすぐには翻訳できないが、政治経済に関する語彙なども収集できるに違いない。少なくとも、その日の領主と補佐役の会話でオレ達に関連しそうな内容は「大穴」「謎のピカピカ」しか確認できなかった。


 明後日には領主も王様?のところに出発する。その旅に「虫」を同行させることも考えたが、目的地が地図上のどこであるかわからず、中継用の「虫」の必要数が決められなかったので、これは次の機会に回すことにした。ネゲイの「虫」には領主様の出発後もその近辺の情報を集めてもらおうと思っている。




 CL(墜落暦)一〇三日。雪は減り、地面には青草の新芽が出始めている。船体上の雪はもうない。船体の下敷きになっていた雪も減り、船体は斥力場を挟んで幾つかの岩の上に直接乗っているような状態になっている。冬眠から覚めたか、大型の哺乳類のような動物の姿も遠くに見えるようになった。ある程度知恵のある動物はこちらに近づいては来ないようだが、新芽を囓る小さな芋虫はあちこちで見かける。


 船先端に近い下流部では、やはり幾つかの大岩が堰となって今以上にマーリン7が下流に流されてゆくのを押しとどめていた。斥力場には摩擦がないので強風が吹くと船体全体が滑る。船体強度など安全上の問題はないが、オレや小ニムエが出入りしようとしている時に船体が不規則に動くのは危ないだろう。何か安定させる方法を考えなければ。オレも既に何度か、「虫」で周辺が無人であることを確認した上で、尾部エアロックから命綱で吊り下げられて地上に降りていた。


 領主補佐ゴール殿の来訪以来、毎日ヤダ村からは二~三人が出て来てマーリン7周辺の雪の状況を確認と倒木除去や整地などの街道補修をしている。顔ぶれは毎日変わるが、最初にここまで来たエンリとルーナは必ずどちらか一方がメンバーに加わっていた。街道の崩落規模を調べている者もいる。そして雪も少なくなったこの日の夕方の報告で、翌CL(墜落暦)一〇四日にマーリン7を皆で訪れることが決まる。

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