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コックとグリーンスープ

「なによ!それ!気持ち悪い色!!私に何を食べさせる気よ!!」


私は叫んだ。

それはもう、力いっぱい、腹から声を出して、全力で、叫んだ!!


私のためだけに用意された広い食堂で、長いテーブルの上には贅を尽くした料理が広げられている。

どれもこれも私が食べたいと先ほど急に命令して作らせたものだ。


でも私は一つとして完食しない。一口くちにしては、止め、匂いをかいでは手も付けず、一目見ては目を逸らす。

そして極めつけに、一番の自信作、を手に持ってやってきた若いシェフを罵倒してやった。


彼が持ってきたのは、緑色のスープだ。

空豆によく似た豆があるのは知っている。高山植物なので一粒でも高価なそれを、大量に裏ごしして作ったスープであるらしい。

まさに天空の泉、なんて料理の説明をするコックのセリフを断ち切っての暴言に、彼は目をこぼさんばかりに見開いて驚いた。


しかしすぐに私が何を言ったのかを理解して、みるみる顔色を悪くしていく。

女性に好かれそうな整った顔立ちがどんどん曇り、眉毛を下げて怯えた顔になった。

そして、


「申し訳ありません!!」


頭が地面に着きそうなくらいの勢いある、謝罪。



必死の声音は震えている。

誠実そうな好青年に頭を下げられても、私は自分の言葉を訂正したりはしなかった。


ただ、ゆっくりと、お気に入りの白い羽根で出来た扇を広げる。

そして口元を隠すと、「これは食べられません」「もういりません」「あなたと話したくありません」という、拒絶の意味を示すポーズになる。


頭を下げている青年にも、目の端で見えるはずだ。

私は何も言わなかった。


そして数分、いや数秒後だろうか。青年コックはガタガタとかわいそうなくらい震えだし、顔を真っ青に染めた。


「……お見苦しいものを、下げさせて頂きます…」


ハリが全くなくなった死人のような声でかすかに述べて、彼は皿を手に持って去って行く。

その背中に向けて、私は一言声をかけた。


「トリットー様にお伝えくださる?」


青年は振り返る。

トリットー伯とは青年コックを紹介してくれた、夫の仕事仲間のことだ。


「とても残念でした、と」


するといよいよ青年の顔は紙のように白くなって、弾かれるように去って行った。

何かにとても怯えるように。




私はふうとひとつ息を付いて、席を立った。

壁にずらりと並ぶメイドたちにテーブルを片付けるように指示をして、食堂を去る。

ついて来ようとするメイドたちを振り返り、

「一人にしてちょうだい」と言いながら、白い扇を半分に畳んで目元を隠す。


意味は、「私は不機嫌です」「顔も見たくありません」というもの。

するとメイドたちは「「かしこまりました」」と一斉にお辞儀をしたので、私は彼女たちを部屋に残してカツカツとヒールを鳴らして出て行った。






……誰もついて来てないよね?


後ろを確認する。うんうん、人っ子一人居ない石の外廊下だね。


……誰にも見られてないよね??


周囲をきょろきょろする。

よしよし誰もいない。見てない。


ていっと気合いを入れてジャンプして、足跡が付かないように庭の薔薇園の茂みの中にダイブする。


庭師がトゲを滑らかに整えた薔薇園は肌が触れても痛くない。体を低くしてツタの中をくぐって移動し、東屋に出る。

真っ白なレンガと銀の屋根で作られた丸い東屋は、赤やピンクの薔薇園に輝きを添える飾り。

屋敷からの景観のために建てられているだけなので、ここまでの道は作られておらず、間違い無く誰も来ない場所なのだ。


だから中には椅子すらなく、ツタに侵食されないように固められた床があるだけ。けれどもそれで全く構わない。


ようやく一人きりになれて、ほあぁ…と間の抜けた安堵の息が口から漏れた。

そのまま力尽きて、ぐったりと東屋に座り込んでしまう。

ドレスが汚れる? それはきっちりと掃除してあるから大丈夫。


そんなことより…あああ。じわじわと心に後悔が浮かんでくる。

重くて湿っぽくてぐるぐる。


「駄目だ。もうもう、駄目。疲れたよぅ…」


頭を両手で抱え込む。


ああ、もう! ……もう!!!


本当にもう、私、何様だよ……。

あんなイケメン兄さんにどんだけ失礼を言うのさ。

もう食べたくありませんなんて嘘!すっごく美味しかったよ!あのグリーンスープだってすごくすごく美味しそうだった!!ものすごく食べたかった!!

でも食べる訳に行かなかった!私の表情筋は正直なんだから! うっかり食べて美味しかったらにこにこしちゃうじゃない!

お兄さんごめんなさい!!


トリットー伯もね、何かとうちの旦那様が忙しいから私が退屈だろうって、いつも楽団とか武芸者とか寄越してくれる人なんだけど、その善意がもう申し訳ないから丁度良いと思って!

私全っ然退屈してないし。むしろやることありすぎてしんどいくらいだしね!


ああ、うん、そう………どこかに、特に何もしなくても嫌われる装置ないかなぁ…





私はこの世界の人間じゃない。

この世界の『神様』にお願いされて召喚されてきた、日本人の女子中学生だったのだ。

それで、『神様』からの『世界の混乱を正す』というなんか大業すぎるお願いを叶えて(どちらかというと叶えたのは他の人で、私は付いていっただけのような気がするけど)、その時私を拾って助けて優しくしてくれた人を好きになってしまって、結婚したのだ。


その時にはもう、帰れないのかなと思っていたし。何より、今でこそ私を呼んだ『神様』は最高神として神殿まで作られているけど、私が呼ばれた時は全く知られていなかったから、私を返す力なんて無いのかもと思っていたし、何より、召喚してから一度も連絡取れなかったものだから。


それなのに、一昨日、急に神様は夢に出てきて言ったのだ。


「ありがとうチカコ!!君のおかげで世界に平和が戻ったよ!僕の力もようやく満ちた!

 さあ家に帰してあげよう!!」


まったまったまった!!!


あんまりにも唐突だったから必死になって止めるよね。

こっちはもう結婚してて、それこそ平和に暮らしてるんですよ。

大体、呼ばれたのは5年も前! 世界平和、は去年完了してて、1年の新婚あまあま生活の真っ最中だし、それに、もう高校まで卒業しちゃってる年齢なんだよ!

そのへんどうするの!?


と聞いてみると、年齢の件は神様が何とかしてくれるそうで、中学生に逆成長させて、私が消えた一瞬後に戻してくれるらしい。

『神様』すごいな。


そして、両親の〝現在”の様子………何十年も苦労したかのような、老けきった姿も見せられてしまった。

そうだよね…。私、一人娘だもん。急に消えたら心配するよね。

死んじゃったって思ってるよね。

5年経っても、すごくすごく辛そうだった。


両親がどれだけ私に愛情を注いでくれてたのかは、異世界に来てから身に染みて理解した。

毎朝部活のために早く起こしてくれたし、朝ご飯はとっても美味しくて、お弁当も友達に自慢できるくらい可愛かった。家に帰ったらお母さんは必ず夕食の支度をして暖かい家で迎えてくれてた。

スイミングとピアノの習い事をして、月に一回は家族旅行にお父さんが連れて行ってくれる。


私、あんなに大切に育ててくれた両親に、酷いことしてる…。

そう気づいた瞬間に、自分が能天気に新婚で浮かれていたことに後悔した。


「分かった…。帰る。でも、やらなきゃいけないことがあるから、もうちょっと待って下さい」

「やることって?」

「皆に、めいいっぱい、嫌われる事!!!」




私は叫んで、無理やり夢から覚めた。


だから私がやらなくちゃいけない〝忙しいこと”は、嫌われる事。

私がいなくなっても屋敷のみんなが悲しまないようにっていうのもあるんだけど、この国は一度結婚したら、お互いに納得しないと離婚できないんだ。

それなのに、例えば片方が死んじゃったりとかした場合でも、離婚はしていないから、新たな結婚が出来ないの。

大好きな旦那様が一生独り身なんて嫌だ。

本当はずっとずっと私が一緒にいたいけど、私が勝手にいなくなるのに、寂しい思いなんてさせたくない。


「なんて最低な女なんだ!」と皆が噂して、私の旦那様にも届いて、きらわれて、離婚!!

そう、平和的に離婚!!

………これが、今の私の目指すところなのだ。



嫌われるのは辛いし、何より、美味しい料理を作ってくれた人に文句を言ったり、親切にしてくれた旦那様の友達に失礼をしたり、いつも優しくしてくれる大好きなメイドさんたちにキツイ事を言ったりするのは、本当に本当に辛いけど……。


でも、頑張る!

頑張って嫌われて、離婚して、異世界から帰るんだ!!






○○○○○○○○○○○○○○




そしてその翌日。


「えっ、コックさんが逃げたの!?」


朝起きたら、幾つかの希少な調味料と共に青髪のイケメンコックは姿を消したらしい。

しかも、顔を青ざめたメイドさんが言うには………えーと、例の緑のスープには毒が入っていた、と。

捨てたら下水の鼠が全滅した?


うわー…。そりゃ、食べなくてよかったわ。


ということは、それがバレたと勘違いしてイケメンコックは逃亡したんだね。


あれ? となると、彼を紹介してきたトリットー伯は…


「あ、グルだったんだ…。というか、隣国と繋がってた、反国王勢力の一人で?

 本人は逃げたので旦那様が捜索の指揮を取っている、と……ソウデスカ」


ううん、これは、作戦失敗の感じがする。

だって、この事実を伝えてくれたメイドさんなんて目をうるうるさせながら

「ご無事でよろしゅうございました! チカ様に何かあっては私共、もう、どうしたら良いのか……!」


て今にも泣きだしそうなんだよ!やめてよ!死んでないし、何かあってもメイドさんのせいなんて、私も旦那様も言わないよ!

全くもう…。それに、今回はあんまり手が込んでてびっくりしたけど、暗殺はそこまで珍しくないでしょ?


と笑いかけると、「一生付いていきますー!!!」と号泣されてしまった。

いやいや、付いてこられちゃ困ります! 嬉しいけどね!!



え?

暗殺が珍しくないって、どういうことかって?

うちの旦那様、実は、悪徳王様が治める国の宰相やってるんですよ。

周りは敵国ばっかりの中で、『最後の良心』とか言われてて、うちの旦那様さえ陥落させられればこの国落とすのは簡単、とまで言われていまして。


とはいえ、今回は嫌われ作戦失敗しちゃいました…。あーあ。

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