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一緒に

麗らかな春の昼下がり──



「桃子ちゃーん。桃子ー?」

藤田家では桃子の母の柑奈が娘を探して家の中をうろうろしていた。

「桃子なら友達と出かけてるぞ」

そこへ、自室から顔を出した兄の佐久良が、桃子の所在を告げる。

「あら、そう。なら、佐久良でいいわ。これ見て」

柑奈はウキウキした様子で、佐久良の顔に向かって持っていた物を突き出す。

「近い!……懐かしいな」

「そうなの!あんなに小さかった桃子がもうすぐ高校生かぁと思ったら、小さい頃が見たくなってアルバム引っ張り出したの。この魔女の格好して満面の笑みの桃子……ほんとかわいい!」

キャッキャッとはしゃいで娘の写真を抱き締める柑奈は、いくつになっても落ち着きがないが、子ども達を愛する可愛い母親だ。そんな母の様子に苦笑しながら、佐久良はアルバムを覗きこむ。

「たしか幼稚園の頃だよな」

「そうそう。子ども番組に出てくる魔法使いのお兄さんに恋しちゃって、『魔法使いさんと結婚するから、魔女になるー』って。ほんっとかわいい!」

「……それ、今の桃子に見せるなよ。あいつ、恥ずかしくてへこむから」

初恋の魔法使いのグッズ人形をどこに行くにも持ち歩いていた桃子。番組がある時はテレビにかじりついていたし、最終回を迎えた後しばらくは泣いて暴れて駄々をこねて大変だった。それを大きくなるにつれ、忘れられたら良かったものの、桃子は未だに覚えていて、話題に出すと羞恥に悶えて引きこもってしまうのだ。

「そういえば、最近の桃子ったら、あの頃と同じ、恋する乙女の顔になっているけど、彼氏でも出来たのかしら?」

「はぁ!?聞いてないぞ!どこのどいつだ!?」

突拍子もない柑奈の発言に、佐久良は激昂した。まだ高校生になるかならないかの妹に彼氏なんて早すぎる。佐久良は大概過保護なのだ。

「稔くん……はないわよね。あの様子じゃ。それらしき男の子は見かけないけど……もしかしたら、前に行ってた異世界の人かもね」

反して呑気な柑奈はなかなか鋭い。女の勘というやつだろうか。

「いやいや!あり得ねぇ!どこの世界の馬の骨とも知れない奴に妹をやれるか!」

「あら?私はいいわよ。魔法使いでもお馬さんでも、桃子を幸せにしてくれるなら……」

ぷりぷり怒る佐久良も、クスクス笑う柑奈も願いは同じ──桃子の幸せなのだ。
















私が異世界から帰還して3ヶ月──無事に受験も終わり、来月には地元の高校への入学が決まった。


あれから、異世界との連絡は取れていない。


稔くんが何度もアーティにメールを送ったが、一向に返信がないのだ。


異世界転移の影響か……わからないが、私はアーティを信じて、再会の日まで日々頑張るだけだ。受験は乗り越えたし、今日は前から気になっていたお店に友達と出かける。……いつかアーティと行く時のための下見を兼ねて。


私は待ち合わせに向かうのに、桜並木の道を通ってみる。ちょうど人影もなく、桜を独占しながらゆっくり歩いていると、進行方向から人がやって来た。ちゃんと前を見ようと視線を下げると、私ははっと息を飲んだ。



「やほー、桃子」



舞い散る桜の中、絵に描いたような美少年が立っていたのだ。



幻想的な空間に魅了された私は、一瞬ぼんやりそれを眺めていたが、すぐに現実に引き戻される。


「トーコ!」

「お嬢!」

「ミャア」「ミー」「グゥ」


見覚えがあるがサイズの小さい狼っぽい犬に鷹っぽい鳥、一匹だけお腹の音を響かせた三匹の仔猫に飛び付かれ、私はその場に尻餅を付いた。


「こらこら、お前達。外で目立つ行動は控えろと言っているだろう。大丈夫か、トーコ?」


すっと手を差し出してくれる王子様みたいな王子様もとっても見覚えがある。


……というか。




「アーティ!セイヤ様!ハクにロン、ミィ、リィ、クゥまで!何でいるんですか!?」

こちらの世界でも違和感のない格好のアーティ達が目の前にいる。私は驚いて、ハク達が本物かどうか触って確かめて、セイヤ様の親切を無視してしまった。

「もちろん、魔法で来たからいるんだよ。……あ。ハクくんとロンはそのままだと目立つから、この世界にいる時は小さくすることにしたんだ」

驚き混乱している私を、アーティは背後から抱え上げながらしれっと答える。……いやいや。数ヶ月音沙汰もないから、てっきり何かあったのか、もう二度と会えないのかと不安にさせておいてそんなあっさりと?

「桃子達の転送が成功したから、元々こっちに来るつもりだったし、聖女……姫子を帰すついでに来てみたんだ。そしたら、セイヤ様やおまけがいろいろついてきちゃった」

「お前達を見ていたら興味が湧いてな。ちょうどいい機会だ。こちらで学ばせてもらおうと思う」

「セイヤ様、僕らがヒランで学校に行ってたこと、実は羨ましかったみたい」

アーティがこっそり教えてくれたが、セイヤ様が咳払いでそれを掻き消す。

「まあ、そういうわけで私も来たわけだが、聖女……ヒメの召喚された時間軸は昨日だったらしくてな。我々も昨日こちらへ来た」

「そのせいか、サザールのある世界とこちらの世界の時間軸は昨日の時点で固定されたみたい。だから、桃子達が帰った時間から昨日までの時間がすっぽり飛んじゃって、桃子達にしてみたら何日も音信不通になっちゃったみたいだね」

「……私がどれだけ不安だったか……」

「うん、ごめんね」

アーティは私を抱えたまま頭をポンポンと優しく叩いた。


「まったく……女性を泣かせるなんて、ダメじゃないですか」


……今、ここで聞くのはあり得ない声がした。

私が沈んでいた顔をばっと上げると、聖女と手を繋いだシオン皇子がご機嫌で立っていた。

「こんにちは、桃子さん」

聖女の方は苦笑いを浮かべている。

「聖女様!何で……この人がここに?」

「実は……私が帰る時に、シオンは療養という名目でサザールにちょうどやって来て、私の魔法が発動するタイミングで飛び込んで来たの。……どうも、カシェリオンが手を貸したみたい」

「一緒に生きるって約束したでしょ?大丈夫。今度は閉じ込めるんじゃなくて、一緒に学校に通うから……君のいるべき世界で」

「──って言われて、姫さんは絆されちまったらしいぜ。姫さんとしちゃ、元の世界に帰れて悲願達成できたから、その辺はどう転んでもいいんだろ」

なんだかいい雰囲気の聖女とシオン皇子を横目に、ロンがまとめてくれた。

「……三百年の監禁生活は何だったんでしょうね」

「人の話を聞かないからだよ」

「それをあなたが言いますか」

アーティにピシャッとツッコミを入れながらふと疑問が浮かぶ。

「でも、学校に通うってどうやって?異世界の人なのに……戸籍とかお金とかあるんじゃないですか?」

「私とアーティについては、セルフィス、キースの席をそのまま使わせてもらうつもりだ。容姿は血縁だけあって瓜二つらしいし、ちょうどいい。ちなみに、お前がこの春から通う高校と近くの大学になる」

「あ、セイヤ様達もこっちの学校通うんですね」

「姫子のご両親は『息子達の子孫なら、息子同然!いや、ひいひいひい孫か!』って喜んでくれたよ」

「いや、そういう問題じゃ……良かったですね」

アーティの解説で、息子があちらの世界で天寿を全うしたご両親が悲しみに暮れていないことを知れて安心する。

「シオン皇子はそのご両親の知り合いの金持ちが何とかしてくれるみたい。なんか厳ついおじさんだったけど、いい人だね」

「……それ、ヤバい人じゃないですよね?」


何はともあれ、異世界の行き来もできるようになったし、アーティと一緒に学校にも通える……一緒にいれる。



アーティがそっと私の手をとる。


「これからもよろしく、桃子」







私の異世界での冒険は終わったけれど、大切な人達の日々はまだまだ……ずっと続いていく──







本編はこれにて完結です。

以降、番外編や小話の予定です。

長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

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