なかったことにならない
ただの間違いならすぐに帰って、なかったことになると思っていた。
「かえれ~かえれ~、おうちにかえれ~……やべ」
でも、そう簡単にはいかなくて。
「杉山さんちに行こうとしたんだけど……片道限定魔法だったみたい。だから、元の世界に帰るのを手伝ってあげよう!」
「何で上から目線なんですか!」
思わぬ騒動に巻き込まれて。
「お前のような生意気な小僧が、王になったところで不興を買うだけだ!私が王になる方が、サザールにとっても有益なはずだ!!」
「叔父上は国王向きではありませんよ。将軍の今でさえ、そんなにストレスを抱えていらっしゃるのに……」
「頭を見て言うな!お前も後二十年もしたら衰退していくぞ!!」
「ご心配なく。私はお祖母様似です。それに、私が王座に付いた暁には、国の頭脳を集結させ、抜け毛撲滅の研究を完成させますから。幸い、優秀な魔法使いがいますしね」
「そんなくだらない研究に付き合わせないでください」
色々な人達と出会って。
「健気でかわいらしい青少年が好きなんだよ。それがたまたま、年端のいかない少女が多いだけ……」
「白銀の狼にイシェルガの鷹、魔力の高い仔猫達……師匠と呼ばせて!」
「君が寂しくないように、この異世界の少女を置いてあげる。今度こそ君の兄にも、我が弟一派にも邪魔させない」
……我ながら、とんでもない人達ととんでもない経験をしたと思う。
だけど、今になったらどれも大切でかけがえない思い出だ。
まったく関係のない私がこの世界に召喚されて、いざ帰るとなったらこんな想いになるとは、当初の私には想像もできなかっただろう。
いよいよ帰還の日──
私と稔くんは召喚された時と同じ格好で魔法研究所へ赴いた。
「もっとファンタジーっぽいことしたかったなぁ。もう少し残ってもいい?」
「……稔くん?」
「はいっ!すいまっせん!!」
相変わらずの稔くんには、低い声で牽制しておいた。彼も本気ではなかったようで、姿勢を正して私の後をついてくる。
見送りには、私達と関わりの深い人達が集まってくれた。
「トーコちゃん。アティールくんがきっと何とかしてくれるから、また遊びに来てね」
「あ……ありがとう、ございます」
私はマリースさんの熱い抱擁に窒息しそうになった。……なんか、デジャ・ビュ。
「トーコ!ありがとうな!一緒にいて楽しかったぞ!」
「ハク……私も、本当にありがとう!」
最初は怖かったけど、今では私の癒し、ハクともお別れかと思うと寂しい。私が思いっきり抱き締めると、ハクは頬擦りを返してくれる。その様子をわざわざ見送りに来てくれたマオレク王子が羨ましそうに見ている。
そんなマオレク王子が近づいて来て、てっきり同じようにハクに抱きつくのかと思えば、私の前に立って言った。
「君もなんだかんだジュリアを……僕を受け入れてくれたよね。だから……良い友人だと思ってる。これからもよろしくね」
思いもよらぬマオレク王子の発言に驚きながらも、私は差し出された手を取った。
「またな、トーコ。きっとすぐ会えるさ」
セイヤ様が穏やかな笑みでハグをしてくれる。再会を願う言葉は、セイヤ様が言うと妙に意味深だ。
その後もヨシュアさんにミリアさん、みんなが私に挨拶してくれて、時間をかけてようやく魔法陣に辿り着いた。円形の陣の前ではアーティと聖女が待っていて、私と稔くんに中へ入るよう促す。私と稔くんは同じ時間──稔くんが異世界へ召喚された時間へ戻してもらう。つまり、私は二週間程謎の失踪をしたままということだ。大きな魔法なので、回数を減らすため話し合って帰還の時間を決めた。失踪についての理由は……まあ、私の家族なら説明すればわかってくれるだろう。
魔法陣に入ろうと足を動かした時、腕を掴まれて後ろに引かれた。
振り返ると、頬に柔らかいものが触れた。
「……またね、桃子」
いつもの無表情ではなく、少しだけ口角が上がった柔らかな顔のアーティに見送られ、私は光輝く円の中へ入った。
──お疲れさん、異世界の少女。
よく頑張ったな。
向こうの世界でも頑張れよ。
あっちで効力があるかはわからないが、その石は御守として持って行け。
これからも見守っていてやるよ。
頭に浮かんだサウラが慈しむような穏やかな顔でそう言うので、今度こそ本当の帰還となりそうだ。
私は胸元の護りの石をぎゅっと握り、目を閉じた──
「──桃子!帰ってきたのか!?」
兄の声にはっと目を開けると、そこは懐かしの我が家の玄関で、険しい顔の兄が目の前に立っていた。
「お前……何も言わず突然いなくなって、稔の親戚の家に行ったって聞いて……でも、二週間も連絡寄越さないとか……」
「違うよ、サクちゃん。俺ら、もっとすごいところに行ってたんだよ」
横にいた稔くんがケラケラ笑っている。良かった、ちゃんと一緒に帰って来れてる。
「とにかく、無事で良かった」
私の肩を掴んだお兄ちゃんが深い溜め息を吐いて項垂れた。稔くんが異世界に来てからこまめに連絡を取っていたが、最初の二週間は本当に心配をかけていたのだ。
「……ごめんね、お兄ちゃん。あと……ただいま」
私が顔を覗きこんで笑いかけると、お兄ちゃんは体を起こして、ニカッと笑ってくれた。
心配をかけたお兄ちゃんには申し訳ないけど、異世界から帰ってきたことに寂しさを覚えた私は握ったままの石を離すことができなかった。
──こうして、私の異世界での旅は終わりを告げたのだった。




