自分の気持ち
「それで?トーコはどうなのだ?」
「何がですが?」
セリーヌ女王が唐突に私へ話を振ってくる。油断していた私が首を傾げると、女王はニヤリと笑みを浮かべる。
「恋愛の話だ。何せ、世界を越えた大恋愛だろう」
「はぁっ!?」
まさか自分に振られると思わなかった話に私は驚きの声を上げる。しかも、思い当たる人物がいるだけに、動揺を隠せない。
「そうですわ!アティールお兄様とはどうなってるんですか?」
「どうもなってません!」
「なんだ、つまらん。とっととくっついて、この国に永住すればいいのに」
色々ととんでもないことを言ってくれる、この女王様。
「大おば様、本音はそれですね。トーコちゃんに帰ってほしくないのでしょう?」
「でも、アティールお兄様との関係にやきもきしているのは本当ですよ!」
「確かに……私も二人はお似合いだと思うよ?」
「リコ……リキュア様まで」
事情を知らないであろうマリースさんとフローラ王女の前なのであだ名で呼べないが、リコさんにまで勘繰られていたようだ。
アーティといると安心するけど、やきもきするし、ドキドキする。もはや傍にあるのが当たり前で、いなくなったら不安になる。これが恋なのかと言われたら……そうかもしれない。
「……でも、私はアーティの失敗で来ただけで……アーティが護ってくれるのはただの義務で……」
「トーコちゃん」
思考に耽り、ネガティブな方へ傾いている私に、マリースさんが優しく声をかける。
「難しいことは考えず自分の気持ちに素直になってみて。──アティールくんと一緒にいたい?」
「……アーティと離れたくない」
私はポツリと思うがままに吐露した。
「うん」
マリースさんは嬉しそうに頬笑む。
「でも……元の世界にも帰りたいんです」
「そっか……」
自分でもどうすればわからなくて俯く私をマリースさんはそっと抱き締めて背中を擦ってくれた。
「困ったねぇ。私もこんな可愛い妹帰したくないけど、ご両親の元に返してあげなくちゃいけないものね」
国どころか世界が違うのだ。簡単に割り切れる問題ではない。聖女もきっと、こうして思い悩んだのだろう。
マリースさんもセリーヌ女王達もそれ以上何も言わず、困り顔に笑みを浮かべ、思考回路がショート寸前の私を見守るのだった。
「それでは、聖女様は桃子達とあまり変わらない年代から来た、ということですね」
「ええ。世界と世界を繋ぐだけでもすごいことですもの。時間が捻れてもおかしくないわ」
「なるほど。時間調整も考えないといけないかな?でも、桃子と稔くんの時、時間は一致していたみたいだし……魔力量の問題かな?」
「ねぇねぇ!聖女様ってことは、回復の時はこうキラキラ~ってなるの?」
「キラキラ……?普通の治癒だと思うけど……」
「じゃあ、神様のお告げ的なやつは?」
「まあ、異世界から無理矢理呼ばれたことを哀れんでか、神様達からよくお声がけいただくけど……ほとんど暇潰しに挨拶しに来たみたいな感じで、あんまり役に立た……」
「すっげぇ!いいなぁ、聖女!俺、もっかいちゃんと勇者やりたいー!」
まさかの生ける伝説・聖女の帰還は王宮内の一部の者達だけに知らされた。聖女の存在を国民に知られれば喜ぶと共に永遠の滞在を望み、、異世界へ帰ることを望む彼女の願いを叶えづらくなるというセイヤ様の判断だった。
一部の者に含まれた聖女がかつて暮らした神殿の幹部達と魔法研究所の幹部達は、聖女の帰還に喜びで咽び泣いたそうだ。
連日聖女様を訪ねる人は絶えず、報告や事情聴取もあったので、私が聖女様と時間を取れたのはサザールに戻って数日後のことだった。王宮に用意された彼女の部屋に赴くと、一緒に来たアーティと稔くんが早速聖女様を質問攻めにし始めた。稔くんは微妙に話が噛み合っていない。
「私も参加していいですか?」
そこへ、ドアをノックして入ってきたセイヤ様も加わった。
「セル……セイヤさん」
「やはり間違えますか。そんなに先祖に似てますか?」
聖女様は困ったように笑い、セイヤ様とアーティを見た。
「ええ……二人とも、セルフィス兄様とキース兄様に瓜二つで……三百年も経ったなんて信じられないわ。二人がもういないなんて……」
異世界から勇者として召喚され、サザール初代国王となったセルフィス、宰相となったレイノルド家初代当主キース。彼らは聖女様の兄だ。両親の再婚で兄妹になったので血の繋がりはないが、とても可愛がってもらったそうだ。しかし、聖女が旅立って約三百年……既に二人は天寿を全うしている。もはや再会は叶わないのだ。
「……二人は最期まで妹……あなたを捜していたと聞いています。自分達の死後、妹もしくはその子孫を見つけた場合は手厚く保護するよう遺言であります」
「そうそう。キース・レイノルドなんかは全然諦めなくて、何が何でも妹を見つけるんだって執念深かったそうだよ。妹を探しながら、元の世界に帰りたがった彼女のために異世界転送魔法の研究を続けて、見つかった時、一緒に帰ろうとしてたみたい。その研究資料を家の書物庫で見つけたのが、僕が異世界に興味を持ったきっかけ」
「キース兄さま……」
二人の話を聞いて、ただでさえ潤んでいた彼女の瞳から涙が零れ落ちる。兄妹の絆を感じる。良い兄妹だ。
「でも、残念ながら、その彼も異世界転送魔法を完成させるに至らなかったけど。彼の魔法を使ったら、桃子と稔くんを喚んじゃって……」
「……大丈夫よ。数百年、無駄に閉じ込めれていたわけじゃないわ。その魔法は、大体完成してる。後は大きな魔力を手にいれて、微調整するだけ!」
聖女は涙をぐっと引っ込めるとニッコリ笑みを浮かべた。
それは、私にとって思わぬ朗報で……。
「……もしかして、本当に帰れるの?」
私は唐突な展開に呆然としてしまうのだった。




