あちこちで芽生えるもの
『ひぃ……今までごめんね。もう閉じ込めたりしない。他の人との接触も……我慢する。これからは、ひぃのことを信じて一緒に生きるから』
シオン皇子は笑顔でそう言うとすぅと姿を消した。どうやら魂が体に戻ったようだ。
「無理矢理引き出したからあんまり保たないんだよね。負担もかかるし。でも、話ができて良かったね!これからも見守ってるから、仲良くね!」
カシェリオンも満足げに笑って、サウラと共に姿を消した。
「……私、一緒に生きたいとは言いましたけど、傍にいるって意味じゃないんですけど……。同じ時間を同じ空の下、例え世界が違っても?みたいなニュアンスだったんですけど……伝わってますよね?大丈夫ですよね?」
「ダメじゃないですか、聖女様。ストーカーには誤解させないようはっきり言わないと。きっと拒絶どころか受け入れてもらえたって喜んじゃってますよ」
「こうなりゃさっさと元の世界に帰って、追いかけられないよう逃げちゃおう、聖女様!」
魂だけなのに生き生きし出したシオン皇子に、聖女は途端に不安を覚えた。大いなる誤解を与えたようだ、と。閉じ込めなくても私は傍で寄り添うと解釈されて、また帰れなくされたらたまったものではない。アーティと稔くんの助言も余計に不安を煽ったようだ。
「何はともあれ、この騒動の根源は一先ず鎮静化しただろう。残るの問題は……諸々の後処理だ!」
セイヤ様の溜め息混じりの号令で、私達は一斉に動き出した。
──場所は変わってヒラン宮殿。
私はサザールの面々とマオレク王子、聖女様と招かれていた。
案内されたのは謁見の間ではなく、皆が座って話のできるように会議室だ。そこではヒラン皇帝、スイレン皇女、皇太子といった皇族の方々が待ち構えていた。
三男三女の父である現皇帝は大柄で、顎と口周りに不潔にならない程度に髭を蓄えた厳つい雰囲気のおじ様だ。しかし、さすが一国の主だけあって柔軟性も備わっていて、今回の騒動に対して両国の関係が悪化しないようセイヤ様が提示した案をあっさり受け入れた。
今回の騒動の主犯たるシオン皇子は表向きは病気療養、実際は魔力を封じた上で無期限の謹慎とすること──これは、聖女の希望もあり、かなり寛大な処分だ。本来なら、聖女監禁(前世の犯行だが)にセジュ国王子誘拐未遂、サザール国王子並びにヒラン国皇女暗殺未遂という大罪は、皇族からの除籍や牢に繋がれてもおかしくない罪らしい。
次に、学園での騒動は避難訓練ということにすること──真実を知るのは学園内では私達サザールの面々とマオレク王子だけだ。後の教師や生徒達は何も知らされず、スイレン皇女の避難誘導に従っただけだ。生徒会長であり、皇族でもある彼女の発言力は大きい。皇族の醜聞と国同士の対立を避けるため、皇子が聖女を我が物とするため暗躍し、サザールの面々が乗り込んで一悶着を起こしたという真実は伏せた方がいい。
ヒランとサザール、セジュはこれまで以上に友好関係を築けるよう尽力すること──ヒラン皇子がサザールとセジュの要人を狙ったわけだが、表向き責め立てることはしないので、優遇してくれますよね?と暗に言っているらしい。そのためにも、ヒランは近くセジュに親善大使を派遣し、サザールには予定通りスイレン皇女が嫁ぐことになる。
「結局、僕が狙われたのは、毒耐性を手に入れるためだったんだね。ちょっと拍子抜け」
狙われていたマオレク王子は、ヒランとの会談を終え、肩をすくめた。
セイヤ様達はそのままサザールへ帰り、私達留学生組はひとまず学園へ戻ることになり、揃って宮殿の出口に向かっているところだ。ちなみに、独自に潜入捜査していたリコさんは──
「もちろん、共にお帰りいただけますよねぇ……リコさん?」
とセイヤ様の笑顔の圧力により、監視付きで先に帰り支度をしている。……前が付くとは言え、皇太子妃ですよね?息子とは言え、この扱い……セイヤ様だからだろうか。なんだかんだ、リコさんは子どものお願いには弱いのかもしれない。
ちなみに、正規の留学生であるクリスさん以外も準備が済み次第、帰国する予定だ。短い学園生活だったが、楽し……い思い出がない。何故だろう?
私がちょっと泣きそうになっている間に、前を歩くマオレク王子にミリアさんが話を続ける。
「ですが、そういった理由でしたら今後も狙われる可能性はあるでしょう。油断はなさらずに」
「そうでもなくても王族だからね。護身術は学んでいるし、警戒はしているよ。でも……そうだな。信頼のおける、心許せる人間がいてくれたらいいのだけど」
マオレク王子はふっと笑ってミリアさんを見つめるが、ミリアさんはその意味がわからず、首を傾げた。
いつの間にやら、ちょっと良い雰囲気になっている。マオレク王子のお兄さんがこの場にいたら「マオが人間の女の子に興味を持つなんて……!」と感動で咽び泣いているだろう。一度会っただけだが、セジュ国王の苦労がよくわかり、容易に反応が想像できてしまう。
良い雰囲気になっていると言えば、もう一組──
「あの……ニコラスさん、だったわね?ハワード様は祖国に恋人なんていないわよね?女癖が悪いとかないわよね?」
退室した私を追ってきたスイレン皇女はハワード将軍が気になるようだ。女癖が悪い将軍……想像できない。
「そう言ったことは聞いたことありませんけど……何故私に聞くんですか?」
スイレン皇女とは仲が良いどころか、私に対して厳しい態度をとられていた。おそらく、サザール国からの留学生だからという差別や、美男子と距離が近いから嫉妬したとかではなく、片想いのクリスさんに近づく女と認識されていたからだと思うが……そういえば、何故クリスさんではなくハワード将軍のことを聞くのだろう?
「だって、あなたサザールの人でしょう?国内の噂とか聞いてるかと思って……」
「そうですけど……クリスさんのことは聞かないんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、スイレン皇女は眉をピクリと震わせたが、平常心を保って答える。
「クリス様は祖国に恋人がいるわよ。彼女の父親に結婚を認めてもらうために、留学先の学園で常に首席を維持し、役職も務めて努力されているの。告白してフラれた時に聞いたわ」
そうだったのか、クリスさん! 何気に一番青春しているのは、彼だった。それにしても、ユーリさん並みに娘バカな父親だ。どんな相手なのか、後で聞こう。
「正直言うと、最初はクリス様のことも諦めきれなかったし、随分年上の方と政略結婚なんて嫌だったわ。けど、庭園で私を庇いながら賊を殲滅した雄姿がとっても素敵で……性格も悪い方ではなさそうだし、前向きに考えてみようと思ったのよ」
スイレン皇女はほんのり頬を染めて、ハワード将軍が戦う姿を思い出しているようだ。最初の気まずい様子が気がかりだったが、良い感じに収まりそうで良かった。
「用はそれだけよ。引き留めて悪かったわ」
私が微笑ましく思いながら見ていると、それに気づいたスイレン皇女はそっぽを向いて行ってしまった。
何だか、今のスイレン皇女となら仲良くできそうな気がする……。
そう思いながら、立ち去る皇女を見送り、少し離れた所で待っててくれていたアーティと共に私もその場を後にしたのだった。




