望み
私達が突然現れて、シオン皇子を運んで先に地上へ出ていたミリアさんや覆面さん達は驚いている。時の神カシェリオンはそんなどよめく人達に目もくれず、担架に乗せられているシオン皇子へ真っ直ぐ、音もなく浮いているかのように歩み寄った。
「──ショウちゃん、起きて」
カシェリオンが呼び掛けると、シオン皇子の体が淡い光を放ち、その上に半透明なもう一人のシオン皇子が現れる。……ゆ、幽体離脱ー?
「おはよう。気分はどうだい?」
ぱちりと目を開けて体を起こした半透明なシオン皇子の方へ、カシェリオンが問いかける。
『時の神……私は、また死んだ……のか?』
神様を目の前にして、シオン皇子は驚くことなく、平然と、むしろ諦めたような顔をしている。
「ショウちゃんったら、早とちり!さっきのは毒じゃなくて、睡眠薬!ショウちゃんの今の体は眠っているだけで、魂だけ起こしたんだよ」
睡眠薬を吸い込んで倒れたシオン皇子は、ショウエンの時の記憶から、それが毒だと思い込みやすい。そう読んだアーティによる作戦の効果は抜群だ。魂だけ浮かんでいるのだから、余計勘違いしてしまう。
「さて、どうする?ひぃこはもう外に出られて元の世界に帰ろうとしてるよ。今の状態でどうやって引き留める?」
カシェリオンは、シオン皇子の魂が出てきた瞬間私の背に隠れた聖女に目を向けながら問いかける。シオン皇子もちらりとこちらを見るが、聖女が顔を見せようとしないためか、すぐに目を伏せてしまった。
『私は……負けた。体も動かない。だから……ひぃの好きにすればいい』
──本当は一度死んだあの時、ひぃは自分から解放されるはずだった。でも、自分が作った強固な魔法のせいで、何百年も閉じ込めてしまった。生まれ変わって前世の記憶が戻った時、放っておくか、解放してやるべきだった。でも、ひぃへの執着も思い出してしまって手放したくなかったのだ。
そんな心情を吐露されたところで、私は……。
「勝手すぎます」
我慢できず、私の口から遠慮ない思ったままの言葉が飛び出る。
私が発言したことにセイヤ様は楽しそうに笑みを浮かべて私を見守り、ヨシュアさんやミリアさん、多くの人達はギョッと驚いている。アーティは相変わらずの無表情だが私を後押しするかのように隣に並んで背中を支えてくれた。
『部外者は引っ込んでいてくれないか』
シオン皇子が凍りそうな冷たい視線を私に向ける。それでも私は怯むことなく、今までの鬱憤を晴らすかのように反論を止めなかった。
「巻き込んだのは、あなたです!彼女をずっと閉じ込めて、元の世界にも、お兄さん達のところにも帰れないようにしていたのもあなた。謝罪するなり、言い訳するなりしたらどうですか?」
シオン皇子はぐっと言葉を詰まらせ、私の後ろにいる聖女に再び目をやる。
「聖女様も」
アーティが聖女様を横から押して、シオン皇子の前にその姿をさらす。
「あの神様が言っていたように、ちゃんと話し合った方がいいですよ。今の彼は、何もできないから安心して」
聖女は俯いたまま、シオン皇子はそんな聖女の態度に苦渋の色浮かべて、無言で対峙している。
『……ひぃ』
「三百年」
意を決して声をかけようとした皇子を遮り、聖女が声を上げた。
「三百年、私は一人でここにいた。いきなり閉じ込められて、元の世界どころか兄様達の所にも帰れなくなって……それでも、ショウエンが会いに来てくれたからずっと寂しいわけじゃなかった。なのに、突然ショウエンも来なくなって……長い間、独りぼっちだった」
聖女は顔を上げないまま、その思いを打ち明ける。
「しばらくして、学園内だけど精神だけ外に出られるようになって何人かと接触してみたけど、魔方陣の解き方はわからないし、学園にか関わった人は私のことを見聞きしたとしても外では話せないように学園全体に暗示がかかっていたし……」
ひぃ様に力を引き出してもらったというナディとジュネが彼女のことを詳しく話せなかったのは、暗示のせいだったのだ。
「自分なりに頑張ったけどどうにもならなかったし、誰も助けてくれなかった。生まれ変わったショウエンは拍車をかけて私を監禁しようとするし……。初めはそんな人じゃなかった。元の世界に帰りたくて旅に出て……でも、方法がわからなくて、心細くなった頃にこの国に来て……出会った当初のショウエンは、優しくて、私の元の世界の話を楽しそうに聞いてくれて、逆に面白い話もたくさんしてくれた……」
そこで聖女は顔を上げて、真っ直ぐシオン皇子──皇帝・ショウエンを見た。
「今でも元の世界に帰りたい。でも、それ以上に私はみんなと生きたかった。兄様、サザールの人達、ショウエンも……みんなと一緒に生きていきたかった!」
彼女の想いが溢れるように、聖女の目からポロポロとの涙が零れ落ちる。
『……運命の神よ』
「ありゃ。私が誰だかわかるの?」
『あなたは私の夢に現れたことがありましたね。“本当にこのままでいいのか?”──そう問いかけられた数日後、私は暗殺されました』
「サウラもちょっかいかけてるじゃん」
「うるさい。それで……何だい、孤独な王様?」
孤独な王様──そうサウラに揶揄されても仕方がない。自国を大きくすることだけを考えていた父の元、生まれた時から徹底した教育を受け、友人を作ることは愚か、家族との交流する間もなかった。
姫子と出会い、楽しいや寂しいといった感情を知ったショウエンは彼女に執着した。彼女はいつか兄の元へ、異世界へ帰ってしまう。それを考えただけで恐ろしくて堪らなかった。だから鳥籠に閉じ込めて、自分以外から隠した。これで安心だと思った。自分はもう一人じゃない。一人にならない。
しかし、彼女から笑顔が消えた。途端に虚しさを覚えたが、彼女を手放すことはできなかった。
やがて、ショウエンは呆気なく死んでしまい、姫子を孤独に追いやった。
──愚かな孤独な王様だ。でも……。
『ショウエンは途中退場せざるを得なかった。だが、シオンは……“僕”の運命はどうなっていますか?ひぃと……共に生きていけますか?』
「さあ?それを望んで運命を切り開こうとするのなら、そうなるかもしれないな」
やっぱり自分は姫子と一緒にいたい。本来は彼女を追いつめた自分が望んではいけないことかもしれない。でも、彼女も望んでくれているのなら、今度こそ共に生きたい。
そう望む少年に、サウラは素っ気ない言い方とは裏腹に慈愛に満ちた笑みを浮かべるのだった。




