神様は見守っている
眠ったまま拘束され、先に地上へ運ばれたシオン皇子いわく非常口という隠し通路から、謎の物体が発見された。壁から飛び出した台座に置かれたそれに、私が仔猫達を抱えて近づくと、ミャアミャアと大合唱が始まった。
変なのー。変なのがあるー。
だるいぞー。そのヘンテコなの、なんとかしろー。
お腹空いたー。
「──って、それぞれ言ってる」
「クゥ、ご飯は後でね」
ハクの通訳で、仔猫達もこの物体を怪しく感じていることがわかる。
「アーティ。どう思う?」
「そうですね……ぶっさいくな人形かと」
そう、その物体はおそらく人形だと思われる。全体的に布製で、上部が球体になっていて、てっぺんに海苔みたいなのものが乗っている。小さい黒いボタンが二つ間隔を開けて並べられて、その下辺りに糸がVの字に縫いつけられている。下部は白地に桜が描かれた綺麗な布が巻き付けられている。おそらく女の子を表現したのだろうが、作成者の不器用さが伝わる出来だ。
「違う。確かに不細工な人形だが、そうじゃない」
「まあ、間違いなくこれが魔法陣の要でしょうね。結界が張られているので、迂闊に触れられませんが」
「お前でもか?」
「この状況ではちょっと……」
「そうか……アーティみたいな規格外なら何かあっても対処できるだろうが、他の者は危険だな」
「もっと僕を大切にしてくれていいんですよー?」
彼の力を信じているからか、セイヤ様のアーティに対する無茶ぶりは他の人達に対するものと度合いが大きく異なる。
「しかし、そうなるとどうしましょう?レイノルドの回復を待ちますか?」
ヨシュアさんが眉をひそめながら、セイヤ様に尋ねる。
「あまり長く学園を占拠するのは、さすがに不味いでしょう」
占拠した時点で国際問題な気がします。
「それは、“彼女”の協力を得られたので、どうにかなるが……」
「その間に黒幕が目覚めたら厄介ですね。厳重に拘束しますが、王族ですし、脅威的な力を保有していますし……」
「なんなら今、あっくんが前にやったみたいにツルハシで壊す?」
「あのぅ……」
稔くんがついに使い時が来たかと言わんばかりにツルハシを取り出そうとした時、少し離れたところから声が上がる。
「私、回復できます。怪我や病気だけではなく、気力、体力、魔力も」
それは壁に閉じ込められて顔だけしか出せない聖女様だった。
「魔力まで?それなら、レイノルド殿が続けて結界と魔法陣を破壊できますね」
コンラートさんが感心した様子で言った。
「すごい!私と同じ世界から来たのに、何でそんな力が?」
同じく召喚されて来たはずなのに、何の能力もない平凡な私は羨ましく思いながら、聖女様へ尊敬の眼差しを向ける。
「兄達と一緒にこの世界に召喚される時、神様が付与してくれたんです。私が気の済むまで帰る術を探せるよう、時を止めてくれたのもその神様」
私は必要とされたわけではなく、アーティの失敗で喚ばれたからだろうか?……神様は不公平だ。
「あ、でも直接触れないといけなくて……この壁をなんとかしないと……」
「それって……」
「振り出しに戻る」
「ご……ごめんなさい!」
ハクの容赦ない一言に、聖女様は涙目になる。
「いえ、聖女様が悪くないんで……時間がかかって申し訳ないですが、後日あらためてということで……」
「やるだけやってみましょうか?」
「それで失敗した上、お前に倒れられた方が困る」
「そうだぞ、レイノルド!魔力の枯渇は最悪、死に至ると知っているだろう!」
ヨシュアさんの衝撃的な言葉に、私はアーティへはっと目を向ける。その心配そうな視線に気づいたのか、アーティはもたれていたヨシュアさんから離れ、私へ歩み寄った。
「大丈夫だよ。今のところ、死ぬ予定はないから」
「……予定でも、死なれたら困ります!」
私の頭を撫でながら軽い調子で言うアーティを睨むが、どこ吹く風だ。
──まったく……うだうだと。……ま、仕方ないか。
頑張る良い子には、特別にプレゼントだよ──
ふと脳裏に浮かんだサウラが不適に微笑んだ。
その瞬間、私の胸元から目映い光が放たれる。
みんながその輝きに目が眩み、視界が真っ白になる。
視界が元に戻った時、聖女がそこにいた。顔だけではなく、全身がちゃんと見える。それだけではなく、彼女が生活しているであろう純和風な家屋も目の前に現れた。
聖女を護っていた結界が消えたのだ。
「……サウラの加護?」
──頑張れよ、異世界人。いつでも見守っているからな。
あ、でもいちゃつくのはいいけど、時と場所を考えろよ──
「いちゃついてません!」
脳内に現れて好き勝手言うサウラにツッコミを入れるが、これって盛大な一人言になると気づいた私は、二重の意味で赤面することになるのだった。




