とんでもなくすごい
「狼くん。怪我はないかい?」
リコさんがシオン皇子を手早く拘束している間に、同じく偽装で姿を消していたコンラートさんがハクに声をかける。先程私を庇って蹴られていたが、ケロリとした様子だ。
「大丈夫だ。子どもに蹴り飛ばされるなんて、情けないな……」
「あれはただの子どもではないから、気にしなくていい」
「おぉーい、聖女様!もう出てきていいんだぜ!」
稔くんが大声で呼び掛けると、壁に窓が現れ、少女が顔を出す。私を意識だけ拉致した福永姫子さん……生身の聖女様だ。
「あの……ショウエンは本当に大丈夫なんでしょうか?」
「クリス兄さんの超強力な睡眠薬なんで、死んだように眠ってますが、大丈夫ですよ。まあ、人によっては二、三日起きないかもしれませんが……」
強力すぎる効能に、私は少し恐怖を覚えた。数日間も無抵抗になるなんて……自分に盛られたんじゃなくて良かった。
「あ……桃子さん!大丈夫ですか!?」
私の存在に気づいた聖女様が声をかける。窓から身を乗り出す勢いだ。
「大丈夫ですよ」
「良かった……巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
「っていうか、聖女様。いつまでそこにいるの?その壁の結界解いて出ておいでよ」
「それは……」
項垂れる聖女様に稔くんが別の話題を振るが、彼女は顔を上げないまま言いづらそうにしている。
「その結界は、前に聖女様が才能を開花させた生徒が聖女様を守るために作ったんだよ。でも無駄に強力すぎて、聖女様も簡単に解除できないんだって」
「なんて余計なことを……」
代わりのアーティの答えに、リコさんは呆れて溜め息を吐いた。私も同意だ。
「じゃあ、アーティが……」
「ただでさえ力を吸収されてたのに、今また魔法を使って魔力を吸収されるのは、さすがにキツ~い」
アーティは力を抜いて私にもたれ掛かる。そういえば、後ろから抱きしめられたままなので、のし掛かる形になっている。重いし、自覚したから心臓に悪い。
「それに、結界を解いたとしても、学園の魔法がある限り聖女様はこの空間から出ることは出来ないよ」
「セイヤ達が学園にかかった魔法を早く解いたらいいんだけど……」
「お嬢!」
みんなで頭を抱えていると、突如ロンの声が聞こえる。人数を減らして敵を油断させるため、鳥目のロンが途中で別れて地上に出ることにして、その際にリコさん達も別れたように偽装したのだ。そのロンが灯りを持つたくさんの人をたくさん引き連れ、すいすい私の元へ飛んできた。
「ロン!それに、セイヤ様達も!」
ロンが連れてきたのは、セイヤ様達図書館の囮チームだ。
「アーティ、無事か?」
「わぁ、セイヤ様。何だかお久しぶりです」
アーティの呑気な様子に、セイヤ様は安堵の息を吐く。
「大丈夫そうだな。……黒幕も確保し、聖女も無事。上出来だ」
状況を見て取ったセイヤ様はうんうんと頷いて、満足げな様子だ。
「どうやらここが学園の魔法陣の中心で、聖女を閉じ込めている場所のようだな」
「魔法陣だったら、あからさまな陣は描いてなくても、維持するための媒体は置いているでしょうね。何かなかったか、レイノルド?」
ヨシュアさんが私にのし掛かったままのアーティを引き剥がしながら尋ねる。……いろんな意味で助かりました。
「ここから見える範囲では何もないし、感じないよ。学園内は何もなかったの?」
アーティはそのままヨシュアさんにもたれ掛かっている。ヨシュアさんは嫌そうな顔をしながらも、振り払わずにアーティを支えて、話を続けた。
「もちろん、徹底的に探した。入りにくい所も、一見怪しくなさそうな所も隅々までな」
「そちらが黒幕の気を引いてくれている間に、学園は我々が占拠して、教員や生徒達は退避させたから、遠慮なく捜索させてもらったぞ」
セイヤ様は何やら不穏なことを言っている。……他国の学園占拠しちゃったんだ。後々大丈夫なんですか?
「となると、残るはやはりこの空間周辺だね。……また隠し扉なんかがあるのかもしれない」
私の懸念をリコさんはスルーしたようだ。前皇太子妃様、いいんですか?
「そういえば、俺が一旦ここを出ていく時も、ぬっていきなり出入口が現れたよな」
ぼそりと言った稔くんに、その場の視線が集まる。
「どうやって見つけたんだ!?」
ヨシュアさんが掴みかかりそうな勢いで尋ねる。アーティを支えているので、動けないが。
「え……普通にここから出ようと歩いていっただけだけど?」
「そういえば、あの方、ただの壁に向かって歩いていっていましたね。ぶつかる直前に横穴が現れたので、てっきり知ってて突っ込んでいったのかと……」
聖女様は信じられないものを見るような目で稔くんを見ている。ええ、びっくりでしょ?これが通常運転なんですよ。
「あ、そうだ。そこを通る時に暗かったから、手を壁について道を確かめてたら、横から何かがにゅっと出てきて、びっくりして手を離したら引っ込んでったよ」
「探せ!通路の壁に何かあるはずだ!」
「ふ……はははっ!今回はこっちの勇者も大活躍じゃないか!」
部下達が一斉に動き出す中、セイヤ様はご機嫌に稔くんの肩を叩いた。
……本当に、とんでもない方向音痴だよ、君は。




