人はそう簡単には変わらない
稔くんの灯りを頼りに、私達は暗い通路を進んで行った。そして、しばらくして開けた空間に出た。
「アーティ!!」
そこでは、稔くんが言っていたとおりアーティは糸のようなもので拘束されていた。
私の呼びかけに俯いていた顔を上げたアーティは、一見怪我もなく、平然としている。
それでも拘束されていることには変わりないので心配は消えないが、ようやく姿を見ることができて、私は安心もしていた。
私は仔猫を抱えたまま、ハクと共にアーティに駆け寄る。
「桃子……無事で良かった」
アーティは表情は変わらないが、私が来たことに驚きつつも、無傷でいることに安堵しているようだった。
「稔くんに魔法陣のこと聞かなかった?」
「そっちは他の人に行ってもらってます。セイヤ様やコンラートさん達も来ているんです」
「だからって、桃子がこっちに来ちゃダメだよ。ここが一番危険なのに……」
「彼の言う通りですよ。まあ、僕にとっては手間が省けて有り難いですけど」
奥の方からシオン皇子が現れた。暗くて見えにくいが、私達が来た方とは反対側にも通路があるようだ。
道が複数あるのに、よく稔くんが迷わなかったものだ……。
「そこの方」
シオン皇子が、私の傍に歩み寄る稔くんに目をやる。
「あなたが侵入したのはわかってました。だから、あなたが元来た道に戻ってきたら捕らえようと待ち伏せていたら、全然来なくて……何で真逆の道に行くんですか?非常口ですよ、そっち」
やっぱり稔くんは稔くんだった。違う道に入って、たまたま私達がいる出口に繋がったようだ。
「そうだっけ?というか、誰?」
シオン皇子相手でも物怖じしない稔くん。流石としか言いようがない。見た目が子どもだからかもしれないが……しかし、彼はただの子どもではないのだ。
「彼が例のストーカーだよ」
「マジで!?こんなガキなのに!?」
「あと、この国の皇子様でもあるよ」
「失礼なこと言ってすみませんでした!」
「稔くん……もう黙っとこうか」
アーティの言葉にいちいち反応する稔くんに脱力してしまうのは私だけではないだろう。シオン皇子も疲れた様子で稔くんを見ている。
「訂正させていただきます。僕はストーカーでも、ただの皇子でもありません。ストーカーなんかじゃありません」
余程大事なことなのだろう。シオン皇子は、ストーカーであることを二回否定した。
「ストーカーって奴は、自分がストーカーの自覚がないってサウラが言ってたぞ」
「ハクー!あなたも黙ってなさい!」
純粋な狼は、曇りのない目でシオン皇子を煽るようなことを言ってくれるので、鼻の頭にミィを乗せて黙らせる。
「いや~、十分ストーカーだと思いますよ。何せ、女の子を閉じ込めるために学校を作って、死んだ後も蘇って脱出を試みる彼女を妨害し続けるんですから」
アーティも捕まっているのにまた相手を煽るような発言をする。……というか、然り気無くとんでもない事実を聞かされた。閉じ込めるための学校?死んだ後も蘇った?
私はアーティに目をやるが、彼はシオン皇子を真っ直ぐ見ていた。私もシオン皇子へと視線を変えると、彼は不敵な笑みを浮かべ、年端のいかない少年とは思えない威圧感を醸し出していた。
「僕が“誰”なのかもわかったんですね」
「ヒントをくださいましたからね」
「かつて、サザール王国の地はいくつかの小国があったが、紛争と魔物の襲撃により荒廃していた。人々は救世主を求め、鐘の音と共に異世界から二人の勇者と一人の聖女を召喚した。荒廃した地を治め、サザール国を建国した後、勇者はそれぞれ王と宰相になったが、聖女だけは元の世界に帰る術を探すべく他国へ旅立った。勇者達が行方を探すも見つからないまま、果たして聖女は元の世界へ帰れたのか、この世界のどこかで故郷へ思いを馳せながら生涯を綴じたのか、誰も知る由もない──サザールの伝記にあるのはここまで」
アーティが語ったサザールの伝記にある聖女とは、ここに閉じ込められている聖女のことだ。数百年前の話のはずが、未だに少女の姿のままなのは……まあ、聖女だから色々あるのだろう。今考えるのは止そう。
そういえば、何故彼女はここにいるのか。彼女に執着するシオン皇子は何者なのか考えるのも後回しにしていた。アーティは、その答えに辿り着いたようだ。
「元の世界へ帰る術を探してサザールを離れた聖女は”あなた“と出会った。彼女に執着したあなたは、彼女を元の世界にも兄達の元へも帰ることを許さず、自分の手元に置いた。そして、自力での脱出は困難で誰にも気づかれない檻……この学園を創った。安心して足繁く学園へ通っていたあなたは、間もなく毒を盛られて暗殺された。さぞ無念だったんだろうね。こうして生まれ変わっても前世の記憶を呼び起こし、再び彼女に会いに来るんだから……」
まさか、シオン皇子は……。
「こうお呼びした方がいいですか?──ヒラン国元皇帝ショウエン」




