期待を裏切らない
「──あ、出口だ」
そこから出てきたのは、呑気な顔した稔くんだった。
「……ぶぁかぁー!!」
「うぉっ!?……トーコちゃん!?」
私は感情の爆発するまま、稔くんに駆け寄り、彼の腕やら背中やらをぽかぽか殴ってやった。
アーティがいなくなったり、不思議な女の子に意識だけ拉致られたり、なんか怖い王子に絡まれたりして大変だったのに、彼は通常運転だったのだ。そう思うと、無性に腹が立つ。
「あ、リコちゃんもいる。ちゃんと目的地に着いて、俺、優秀?」
「……君ねぇ」
稔くんがリコさんに気づいて自画自賛すると、彼女は呆れて溜め息を吐いた。
「まあ、自分で出てきてくれて助かったよ。今はアティールくんの捜索で手一杯だからね」
「あっくんの捜索?」
「アーティが行方不明なの!なのに稔くんまでいなくなるし……もう、ほんとにば……!」
「あっくんなら、さっき会ったよ」
稔くんの爆弾発言に、私は口から出かけた文句を止めた。
「……今、何て?」
「さっきそこで会ったよ。なんか蜘蛛の糸みたいなのに絡まってぷらーんってなってたけど、元気だった」
「ぷらーんってなってる悪魔……見てぇ」
ロンの呟きは聞かなかったことにしてあげよう。
それより、何より……アーティが見つかったのだ。やはり捕まっているようだが、稔くんの様子から深刻な状態ではなさそうだ。……ちゃんと、生きてる。
「……良かった」
私の目には、じわりと涙が浮かんでいた。
「あっくんからトーコちゃんとリコちゃんに伝言を預かってきたよ」
「それも重要だが、君、今どこから出てきたんだい?」
コンラートさんの問いに、稔くんは自身が出てきた所へ目をやる。私も合わせてそこを見るが……どう見てもトイレだ。個人の部屋に付いているので実際は使う人が少ないが、共用で寮の各階一つは設置されているという個室トイレだ。
「まさか、ずっとトイレに籠ってたの?」
「違うよ!地下の変なとこにここが繋がってんの!」
稔くんの言葉に大人達が目を合わせる。
「なるほど」
「目的地は地下か」
コンラートさんはニヤリと笑うと、稔くんが出てきたトイレに入る。私も覗いてみるが、一見、何の変哲もないトイレだが……。
「さて、もう一人の勇者殿。ご教示願おうか。──秘密の空間への道程を」
一方、セイヤは、ミリアとマオレク、クリスの後に付いて図書館に到着していた。隠密っぽい活動ははじめてなので、不謹慎ながらワクワクしていた。
「さて、奥の本棚だったね」
「私が行きます」
ミリアが先陣を切って進もうとすると、すっと音もなく女子生徒が立ちはだかる。
気配もなく現れた女子生徒に驚くが、ミリアは彼女を避けて先へ進もうと試みる。しかし、今度は男子生徒が現れて、行く手を阻まれた。そして気がつくと、次々に現れた生徒達によって、ミリア達は囲まれてしまった。
「彼らは生徒じゃないみたいだね。ジュリアが“あの女、十代の肌じゃないわよ。制服に無理があるわ”って言ってる」
マオレクの発言に、彼等を囲っている生徒の何人かがぴくりと体を揺らす。
「……失礼なガキね。殺す」
「止めろ。セジュの王子は生きて捕らえるのが命令だ」
武器を構えた女子生徒をたしなめた男子生徒の発言から、ここにいるのは学園の制服を着ているが、マオレクを捕らえるよう指示を受けて動いている侵入者のようだ。
その様子を少し離れた所から見ているセイヤは、部下からの報告を受けていた。
「周囲を確認いたしましたが、伝令役の制服姿の成人男性と思われる人物以外、誰もいませんでした」
「そうか。ここでマオレク王子を捕らえる動きがあったということは、こちらが動き出すことを察知して、相手も焦っているということだろうな」
「しかし、本命は釣れませんでしたね」
シオン皇子が出てきて決定的な証拠となることを期待していたヨシュアは残念そうに言った。しかし、セイヤは余裕たっぷりに笑みを浮かべる。
「あわよくばと思ったが問題ない。私の勇者は、期待を裏切らないからな」
頭脳明晰でも抜群の能力があるわけでもない平凡な少女は、いつもどうにかして結果をもたらしてくれる。友人としても認めている彼女に、セイヤは期待を寄せているのだった。




