学園の仕組み
制服を着替えて、髪を後ろで一つにまとめ、即席で男子生徒に扮した私は、コンラートさん達とアーティの足跡を辿ることにした。胸の膨らみはブレザーを着たらほとんど……いや、普通にわからないので、リコさんに擬装してもらう必要もない。……ちょっと悲しくなった。
「私の部屋は、職員寮の二階。階段のすぐ近くだから、何もなければすぐ外に出れる。玄関を出て右に行けば女子寮。左に行けば男子寮。これも、建物がもう見えてるし、歩いてすぐに着く」
私達は職員寮を出て、一分程で男子寮の玄関に着いた。
「ここまでは特に変わったものはなかったと思うけど、どう思う?」
リコさんが私を見て、私は自身の胸元やハクの背にしがみついている仔猫達を見る。ぐったりしているだけで、何の反応もない。
「何もなかったと思います。多分、変なことかあったら騒ぐので……でもこの子達、大丈夫なんでしょうか?どれだけ休んでも、全然元気になりません……」
「おそらくだけど、魔力をコントロールできてないせいじゃないかな?」
「どういうことですか?」
私が首を傾げると、リコさんは寮の玄関を開け、中に入る。私も慌てて後に続くと、歩きながら説明してくれた。
「魔力の出力を制御できていないということだよ。──魔力という大きな樽があったとして、魔法を使う時は意思を持って、調整して蓋を開けたり閉めたりする。でも制御できないと無自覚に開けてしまったり、閉じられなくなったり、開けることすらできなかったりする。その猫達は制御ができないから、ちょっとした遊びのつもりで合体に巨大化っていう大きな魔法を使ってしまって、解除の仕方もわからなくなった。魔力が多くて制御できない人は、そういった加減ができないから、普段から無自覚に魔力を放出している人が多い。この学園の“仕組み”によってそれが顕著となり、何もしてなくても消耗してるんだろうね」
「学園の……仕組み?」
「聞いたことない?授業以外で魔法を使うと消耗が激しいって」
「……なるほど。魔力が吸収されているのか」
「確証はなかったけど、仔猫達の様子から間違いないだろう」
私はまだ理解できていないが、隣で聞いていたコンラートさんはわかったようで、真面目な顔でリコさんに確認している。
魔力が吸収されている?授業以外で魔法を使うと消耗が激しい?仔猫がぐったり……?
「……まさか、学園の仕組みって……!?」
「目的はわからないけど、この広大な学園内の魔力がどこかへ吸収される仕組みだよ。ご丁寧に、授業中は除外できるようにして。だから、誰もが防犯システムの一種かと疑問に思わない。魔力が吸収されるのは教師も例外じゃないのにね」
リコさんの予想通りの回答に、私は腕の中の仔猫を見た。魔力を常に放出しているから、その分常に吸収されて、こんなに辛そうにしていたなんて……気づいてあげられなくて、ごめんね。
「でも、リコさんは普通に使ってますよね?」
仔猫をギュッと少し強めに抱きしめて私が尋ねると、リコさんは肩をすくめた。
「私は不足の事態を想定し、常に魔力を蓄えた石を持ち歩いている。学園の噂は耳にしていたからね。普段の擬装や諜報活動する時は、この石から消費するようにしていた。どうやら、魔力の吸収は道具を対象としていないらしい。通信機も問題なく使えるようだし」
「じゃあ、その仕組みをぶっ壊せば、ミィ達は元気になるのか?」
「吸収されなくなる分、放出も減るから、休めば通常通りになるはずだよ」
仔猫達を案ずるハクがずいっと詰め寄ると、リコさんは優しく笑って頭を撫でた。
「いずれにしても、この学園は少女を監禁していたり、魔力を吸収したりと良くない秘密を抱えた、婦女子の教育機関にあるまじき施設だったというわけだ」
「変態はすっこんでなさい」
「変態ではない。いたいけな少年少女の健気に頑張る姿を見守るのが好きなだけだ」
……何故だろう。まともなことなはずのに、言葉にするとすごく変態くさい。
私がコンラートさんから僅かに距離を取ると、ハクはさっと間に入ってくれる。男前な狼だ。
「それで?もうそろそろ旦那の部屋に着くけど、何か見つけたか?」
脱線していく話題をロンが引き戻してくれた。いつの間にか寮に入り、二階のアーティの部屋に近づいている。
「そうだね。仔猫くん達の反応もなかったし、目につくものではなかったかな?」
「……ちなみに、マオレク王子の部屋はどこですか?」
アーティが真面目に仕事をしていたなら、もしかして護衛対象の様子を見に行ったかもしれないと思った私は、一応教師であるリコさんに尋ねる。
「隣だよ。セジュからの要請で二人は隣同士にしたんだ」
私がそちらへ向かおうと前へ歩き出した瞬間、少し先のドアが開いて、誰かが廊下へ出てきた。
──そこで現れた意外な人物に、私達は立ち止まって呆然としたのだった。




