ひぃさまの正体
ハクと共に女子寮に帰った私は、ベッドで相変わらずぐったりしている仔猫達を抱き抱えた。仔猫達は特に嫌がる素振りも見せず、大人しく腕に収まっているので、妙な魔力を察知していない、ということでいいのだろうか……?
不安を抱えたまま、私はロンが呼んでくれたミリアさん、マオレク王子にクリスさんと合流し、リコさんの部屋へ急いだ。
リコさんは、私とセイヤ様以外に前皇太子妃である正体を明かす気はないようで、リヒト先生の姿に戻っていた。セイヤ様が連れてきたのか、ヨシュアさんとコンラートさんもいる。コンラートさんはニヨニヨしてリコさんを見ていて、彼女に足をガンガン踏まれている。……前皇太子妃と、元皇太子の従者だよね?あれ?喧嘩友達?
訪問の代表者であるハワード将軍は接待から離れることが出来ないため、護衛を除く集められる人が揃ったところで、リコさんは再び偽装の魔法を部屋にかけ直すと、自分がサザールの諜報員であること、今回の事件の首謀者がシオン皇子である可能性が高いこと、アーティの失踪に加え私も魔法をかけられた可能性があるため今から行動に出ることを伝えた。
「行動って……具体的にどうするんですか?」
クリスさんの問いに、セイヤ様が神妙な顔で答える。
「シオン皇子を押さえる。ただ、一国の皇子だから、簡単には手出しできない。決定的な証拠や言い逃れできない状況を押さえる必要がある」
「……おとり、だね」
何かを察したマオレク王子は、ジュリアを撫でながらも、セイヤ様に目を向けた。
「御協力いただけますか、マオレク王子?」
理由はわからないが、一連の騒動の首謀者は、マオレク王子を狙っている。マオレク王子を拐うべく動いてきたところを逆に捕まえる作戦だろう。
マオレク王子もそれがわかって、協力を仰ぐリコさんに頷いた。
「いいよ。僕も、犯人に用があるし」
「ありがとうございます。あとは、アティールくんを見つけなければ。もしかしたら、そこに証拠となり得るものもあるかもしれないし」
「そうですね。では、二手に別れますか。アティール捜索は、引き続き隠密に行動する必要がありますが……」
「そうだな。捜索は諜報員殿、トーコとハク達に頼むとするか。マオレク王子の方はタイラー、ティボルト、サティーユがつけ」
ミリアさんに同意し、セイヤ様がてきぱきと指示を出していく。
「うちの部下もそれぞれに貸し出しますよ。それと、私は捜索の方につきます」
「いや、あんたは本来の仕事に戻れよ。将軍の従者だろうが」
「あちらにも、ちゃんと部下をつけてるから大丈夫。私の仕事は、“主の家族を守ること”だからね」
「……ふん」
コンラートさんに対しては大分乱暴で子どもっぽいリコさんだが、彼の信念に言い返すことはせず、そっぽ向いてしまった。
「そういえば、今更かもしれませんが……ひぃさまのことや学園創立者のことを調べてたら、興味深いことがわかりました」
クリスさんが恐る恐るといった感じで、声を上げる。報告すべきかどうか迷っていたようだ。
「へえ、どんなこと?」
「学園創立者……皇帝ショウエンは、退位の十年後、毒で暗殺されたとか……」
「それは私も調べたよ。退位後もショウエンを皇帝にと望む勢力がいて、弟派の何者かにこの学園内で暗殺されたんだとか」
冷静に会話するリコさんとクリスさん。毒だの暗殺だの……権力を持つリスク、怖い。
「あと、ひぃさまは“ひめさま”とも呼ばれて、不思議な格好をした黒髪の少女だとか……」
「“ひめさま”?」
「あ、ひぃさまが私が会った福永姫子っていう女の子で間違いないなら、確かにこの世界の人からしたら、変わった格好かもしれませんね。あれは、私の世界の着物という民族衣装みたいなもので、彼女、私と同郷らしいんです……あれ?」
ということは、彼女も異世界から召喚された?あれ?ひぃさまだったら、学園設立されたのは百年以上前だから、そんなに前からいるの?……あれ?
クリスさんの話に補足するべく話している内に、私は重要なことに気づいた。
「トーコ……何故、もっと早くそれを言わない?」
セイヤ様が苦い顔で溜め息を吐く。そういえば、アーティが行方不明になって、パニックになっていたから、ミリアさん以外にまだ福永姫子のことを言っていなかった。
もしかしなくても、すごく重要なことを報告し忘れていて、私は血の気が引くのを感じた。
「なんてな。安心しろ。ティボルトから大まかな報告は受けている。とは言え、人を通じてと当事者から聞くのでは、やはり違いがある。次があれば、自ら迅速に報告するように」
ぱっとセイヤ様がしたり顔に変わる。人の反応を見て、楽しんでいたようだ。それにしても、さすがミリアさん、出来る女!
「どういうこと?」
「トーコさんは昨晩、精神だけひぃさまの部屋に招かれたんです。そこにいたのは、フクナガヒメコという少女で、どうもトーコさんと同じ異世界から来たと言っていたそうです」
「ひめさま……姫、異世界……あ!」
ミリアさんから説明を受けたリコさんは俯いて考え込んでいるのかと思うと、はっと弾かれたように顔を上げた。
「まさかとは思うけど、その人……いや、その御方は“サザールの聖女”じゃないの?」
リコさんの言葉に、マオレク王子以外の人達が驚きの反応を見せる。私も先程頭を過った仮定が他の人と同意見で、驚きつつも「やっぱり」と内心思っていた。
セリーヌ女王にお借りしたサザールの勇者の伝記。その中に確かに記述があった。彼らが異世界から来たこと、聖女である妹がいたこと。名前は残されていないが、“姫様”と呼ばれていたこと。元の世界へ帰ることを願い、国を離れ、消息不明となったこと──
「あらたまして、私は福永姫子。外の世界では三百年くらい前かしら?兄達と共に異世界から召喚され、サザールという国を建てた……聖女、なんて大層な名称で呼ばれていたこともあるわ」
アーティにぺこりとお辞儀して自己紹介した少女は、ふわりと微笑む。
「キース兄様そっくりの子孫に会えて嬉しいわ。よろしくね、アティールさん」




