先生と従者
「稔くん!」
私が稔くんの教室に辿り着いた時、既に彼はいなかった。
……あり得ない方向音痴のくせに、ふらっと出歩く稔くんは、そろそろ学習していいと思う。というか、しなさい。
稔くんを捜すため、私は仕方なく、校内を回ってみることにした。
授業時間が迫っているが、稔くんを放ってはおけないし、出来れば、アーティがいない教室へ戻りたくなかった。なんだかんだセイヤ様のお陰で大分落ち着いたが、不安の中で、ただでさえ(主に女子の目線で)居心地の悪い教室に一人でいることに耐えきれる自信がない。
私がそう言い訳づけて、美術室など特科がよく使用する専門学習のための教室が並ぶフロアへやって来た。昼休みだからか、人の気配はなさそうだ。念のために、稔くんが迷い混んでいないかと覗くと、薬品倉庫から話し声が聞こえてきた。
「皆がどれだけ心配したと思ってる?とっとと戻って来い」
「うるさいなぁ……相変わらずの小舅……ちゃんと仕事してるんだから、邪魔するならどっか行け」
「リコ!」
そこにいたのは、コンラートさんとリヒト先生だった。二人は知り合い?それに、“リコ”?
「……コンラートくん、熱くなりすぎ。そこのお嬢さんに聞かれてるじゃないか」
コンラートさんと私の方を向いて話していたリヒト先生は、私の存在に気づいていたようで、ばっちり目が合った。リヒト先生の指摘で、コンラートさんも私の方へぐるっと振り返る。
「……勇者殿か」
「……今は勇者じゃなくて、一応、学生です」
みんな、いい加減、私の呼び方を改めてほしいものだ。
「彼女になら……まあ、聞かれても問題ないだろう。それより……リコ!話を逸らそうとするな!」
「ちっ……大人しく流されてくれればいいものを。これだから、コンラートは……」
「あ……あの!どういう状況なのか、聞いてもいいですか?」
また始まりそうなやり取りが気になって仕方がない私は、思いきって尋ねてみることにした。二人はどういう関係?リヒト先生は何者?何の話をしているの?
「先程の会話で予想出来るだろうが、私とこいつは知り合い……というか、こいつは一応……」
「迷子のミノルくんをこの国で保護した者、と言えばわかりますか?」
「……ええっ!?」
稔くんを保護したのは、ヒランに潜入しているサザールの諜報員で……手伝うことになった稔くんは、迷子になりっばなしで……。
「それは……大変ご迷惑をおかけしました」
「いえ……あはは」
リヒト先生の乾いた笑いに、その苦労を察する。本当に、うちの迷子がごめんなさい!稔くんは、帰ったら、お兄ちゃんがこってり絞るので!
「今は、旧知の仲のコンラートから小言を貰っていたんですよ。仕事の邪魔になって困ります」
「リコ……お前は……!」
「ちなみに、“リコ”っていうのは、私のあだ名です」
詰め寄るコンラートさんを無視して、リヒト先生は説明を続けてくれる。コンラートさんが邪険にされるところを見るのは、初めてかもしれない。
「ところで、お嬢さんは何故ここに?もうすぐ授業が始まる時間でしょう。いつも一緒の彼もいないようですし……」
「それは……」
「アティール・レイノルド殿なら、行方不明だ。セイヤ様から話を聞いている」
私に代わって、今度はコンラートさんが説明してくれる。そういえば、将軍のお供でセイヤ様と一緒に来たんだった、この人。
「何だって!?アティールくんが?」
リヒト先生が驚きの声を上げる。この動揺っぷりは、もしかして、アーティとも知り合いなのだろうか?
「ああ、そうそう……今、この学園には、ハワード様の他に、セイヤ様も来ているぞ」
「……はぁっ!?」
コンラートさんがニタリと笑みを浮かべて放った言葉に、リヒト先生は先程以上の動揺を見せた。
「何でセイヤまで!?……コンラート。まさか、あんたの策略か?」
「偶然だ。勇者殿達のことを大層気にかけていらしたから、良い機会だ、とハワード様に付いてこられただけだ」
「……セイヤに見つからないようにして、アティールくんを探さないと……」
「見つかればいいだろ」
「うっさい!チクったら、吊るすからな!」
私は二人のやり取りに付いていけないが、どうやら、リヒト先生はセイヤ様に見つかりたくない、ということはわかった。……セイヤ様を呼び捨てにするとか、すごいなぁ。
この場合、私はどうすればいいのだろう?ただ、見なかった、聞かなかったことにするべきか。それとも、セイヤ様にとりあえず見たまま全て報告するべきか。
「トーコ・フジタさん」
そんな戸惑いを察したのか、リヒト先生がニッコリと私に笑いかける。
「あなたも、皇太子に内緒にしてくださいね?」
「……はい」
怖い。「チクったら、吊るす」って副音声が聞こえた。ほんと怖い。
「さて……アティールくんは私も捜すから、とりあえず、君は教室に戻りなさい。授業をサボって彷徨いていて怪しまれたら、今後動きづらくなるだろうし」
「それが……捜すのは、アーティだけじゃなくて……」
「……まさか?」
稔くんを保護したリヒト先生は、すぐに私が言わんとすることがわかったようだ。
「稔くんが迷子になりまして……」
「……あのクソガキィッ!」
──ああ、稔くん。君は、リヒト先生をこんなにも怒らせるくらい、迷惑をかけたのね……。
リヒト先生は目をつり上げたまま、私に迷子捜索もするから教室に戻るよう言い置いて、部屋を出ていった。
残された私とコンラートさんは互いの顔を見合わせる。
「……驚いただろう。“リヒト先生”があんなので」
「はい……あ、いえ……」
「素直に言っていい。今まで君に見せてきた姿と違って、実態はなかなか、粗野で乱暴だろう?」
私はそこまで言うつもりはないが、確かに、クールな感じだったのに、コンラートさんと仲良さげなやり取りや動揺っぷりは、イメージが崩れた。
「まあ、有能なのは間違いないから、捜索は任せて問題ないよ」
「……結局、先生とコンラートさんはどういうご関係なんですか?」
喧嘩する程仲が良いのか、関わりたくない程犬猿の仲なのか。サザール王室の諜報員と従者ということで面識があってもおかしくないだろうが、彼らはお互いのことをよく理解しているようだ。
「そうだねぇ……ある人を巡るライバル、というところかな?」
「え……」
コンラートさんの言葉で、私の脳内でドロドロの愛憎劇が浮かんでくる。まさか、コンラートさんが……?
「あんまり言うと、吊るされるみたいだからね。この辺りで勘弁してくれるかな?さあ、予鈴が鳴っている。急いで教室に戻りなさい」
私の様子に、コンラートさんは楽しそうに笑い、丁度良く鳴ったチャイムを理由に話を切り上げたのだった。




