心の支え
──福永姫子と名乗る少女に、不思議な空間に引き込まれた私は、彼女の証言などから、一つの推測を立てた。
「福永姫子がひぃ様なんだと思います。きっと、姫子だから、“ひぃ”ってあだ名で……。彼女は、“彼”に捕まって学園に閉じ込められていると言っていました。だから、ナディ達が言っていた状況とも合います」
「確かに、そうですね……すると、ひぃ様の部屋というのは、トーコさんが意識だけ招かれたという空間のことですね」
「ミィ達の体調不良も、そいつに関係があったんだな!」
「“彼”ってのが近づいてるからお嬢を追い出したってことは……敵がすぐ近くに来てるんじゃねえか!?やべぇ、お嬢!旦那の部屋に避難だ!」
飛び出そうとするロンを、ミリアさんが抑えた。
「落ち着きなさい。下手に動いて、敵に悟れたらどうするの?明日も通常の学園があるのなら、アティールには明日会ったらいいから」
……さすが軍人。どんな状況でも冷静だ。ロンの首根っこを容赦なく鷲掴みしている。
ミリアさんの言うとおり、今は下手に動かず、朝が来るのを待った方がいい。“ひぃ様”が言っていた学園の魔方陣というものも、アーティだったらわかるかもしれない。
アーティがいるから、大丈夫……。
それが、いつの間にか私の支えとなっていた──
「──捕まえた」
「……スー」
頬っぺたを冷たいものでペチペチ叩かれている気がする。
「スー、スー」
何かの息遣いも聞こえるし……何だろう?
まだ寝ていたいが、私は重い瞼を上げて、目の前の物を確かめた。
「……ひっ」
そこには、私の顔を覗き込む……蛇、が……。
「ぃやああぁぁ!!」
「敵襲!?」
昨日そのまま私の部屋に泊まったミリアさんが、私の悲鳴に飛び起きた。
「落ち着け、トーコ!ジュリアだ!」
「蛇は蛇だ!」
「……まあ、そうだな」
ハクが慌てて宥めようとしてくれるが、苦手なものに変わりない。何で、蛇が……マオレク王子のペットが私の部屋にいるの?
「……あれ?」
──本当に、何で?
私はそこまで考えて、ふと冷静になった。ジュリアは気ままにお散歩することはあるが、基本的に主人であるマオレク王子にべったりだ。散歩でわざわざ懐いていない人間のところへ来るとも思えないが……。
「……もしかして、マオレク王子に何かあった?」
私の問いかけに、ジュリアは「スー」と息を出す。
「マオレクがトーコを呼んでるってさ。女子寮にマオレクは入れないから、女性におつかいを頼んだんだとよ」
「女性って……」
「まあ、間違いではありませんが……こんな朝早くに、人騒がせな」
ハクの通訳を聞いて、私とミリアさんは相変わらずなマオレク王子に少々呆れながらも、急いで身仕度を始める。わざわざ呼び出すくらいだから、何かあったのは間違いないだろう。その間にハクはロンと仔猫達を起こす。ロンは流石、気配を察知して意識は目覚めていたらしく、すっと動き出すが、仔猫達はまだまだおねむだ。体調不良もあるみたいなので、仕方なく、仔猫達は寝かせたまま、私が抱え、ミリアさんにはジュリアを抱えていただき(平然と首にかけていらっしゃいます……すごい)、マオレク王子の元へ向かった。
ジュリアが案内した先は、学園が所有する馬小屋だった。……動物好きの彼が好みそうな場所だ。
マオレク王子は、ジュリアを首にかけたミリアさんを見て驚いた顔をした。
「……本当に平気なんだね、蛇」
「勧んで触れたいとは思いませんが、任務に必要とあれば……ジュリアは、何日も王子とご一緒させていただいて、馴れました」
「ふーん……」
マオレク王子は口角を上げて、嬉しそうに、ミリアさんからジュリアを受け取った。
「それで、どうされたんですか?こんな時間に、こんな所で……」
「ああ、そうだった。アティール・レイノルドの居場所を知らない?見かけないんだけど」
「えっ……?」
王子の思わぬ質問に、私はロンと顔を見合わせた。言葉に出さずとも、ロンの言いたいことはわかる。
「部屋にいないんでしたら、学園を探索してるんじゃないですか?彼は、気まぐれですから」
思うことはミリアさんも同じようで、代表して発言してくれる。
「一応、僕は護衛対象だから、君がいない寮とかでは、彼は僕に気遣ってくれてるよ。離れる時も一言断るか、何か残していくし」
「……ちゃんと仕事してたんだな、あいつ」
「本来なら当然のことだけど……ここは、言うなれば敵地。アティールも流石に警戒してるのね」
ロンが驚いて思わず溢した言葉に、ミリアさんは納得の解説をしてくれる。
「じゃあ、そんな状況で……アーティはマオレク王子に何も言わずいなくなったんですか?」
「だから、聞いてるんだよ。一応、ざっと見れるところは見たけど、いないし……君達は知らないの?」
「……アーティが、いない?」
たまたま、少しだけマオレク王子の目につかないところにいただけかもしれない。
ふらっと、その辺から現れるかもしれない。
……それなのに、私の中の不安が一気に広がっていく。
──アーティが、いない?




