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慣れたくなかった


その頃、桃子のお部屋訪問を阻止されたアーティは、別の人物の部屋を訪ねていた。


「おや?今夜は彼女の部屋に行くかと思ったよ」

数回のノックですぐにドアを開けたリヒトは、クスクスと笑いながらも、待ってましたと言わんばかりに、用件を聞かず、アーティを自室に通した。

「ミリアに、行かせるわけないでしょ!って怒られましたー」

「ははっ!そりゃそうだ。黙って訪ねたらいいのに」

下心があるわけではないのに拒否されたことに、アーティは釈然としていないが、いつもの無表情で淡々と事実を伝える。対するリヒトはお茶の用意をしながら、笑い声を上げて楽しんでいる。

「まあ、それはともかく……私のメッセージを信じてくれたんだね」

「だって、あなたは“稔くんを保護してくれた人”でしょ?」

アーティの言葉に手を止めたリヒトは、笑みを浮かべたまま、アーティに向き直る。


「ご明察」


稔を保護した人──迷子になった彼を見つけ、そのまま自身の任務の手伝いを頼むことにした、サザールの諜報員。それが、この学園で教師として潜入しているリヒトだ。


「ほんとに、何なのかな、あの子は?何で、サザールから迷子になってヒランに辿り着くの?この前も、学園の庭で待ち合わせてたのが、どうしてフーリヤに行っちゃうの?」

リヒトから笑みが消え、呆れと疲れが入り雑じった表情で捲し立てる。稔のお世話で鬱憤が溜まったらしい。

「それはさておき」

「……出来れば置かずに、まだ言わせてもらいたいけど、仕方ない。話を戻そう」

アーティに不満をさらっと流され、リヒトは脱力して愚痴を諦めた。













──一瞬真っ暗になったと思ったら、すぐにパッと明るくなる。でも、目の前は先程と違う光景で……。


「……また誘拐か」


私は思わず、悪態を吐いた。


「違いますよ!?ちょっと、あなたの意識を私の部屋に招いただけで……」

「体でも心でも、私に自由はないのね」

何度目だろう。誘拐されたり、私の意思に反してずかずか意識に侵入されたり。

「ご……ごめんなさいー!」

繰り返される人権侵害に遠い目をして嘆いていた私は、遅ればせながら、すぐ傍に涙目の美少女がいるのに気づいた。


この世界に来てお目にかかるとは思わなかった障子や畳、座布団などが揃った和室に、同じくこの世界にあるとは思わなかった白地に桜が描かれた着物を着た少女。ハーフアップにして緑色のリボンが飾られた黒髪は、背中まで届く長さで、普通にしていればキリッとした目鼻立ちだろう大和撫子が、今は泣きそうな表情で私を見つめている。

……あらためて、ここはどこ?あなたは誰?


「学園内を見ていたら、あなたと猫ちゃん達の様子が目について……あやまらなければいけないと思ったの。猫ちゃん達に元気がないのは私のせいです、ごめんなさい。それと、魔力の強い猫ちゃんを連れているあなたを見込んで、お願いがあるの」

「えっと……順番に説明してもらってもいいですか?あなたは誰?ここはどこですか?」

いきなりあやまられても何の事だかわからないので、私は頭を下げる少女にまずは説明を求めた。少女は言われてようやく気づいたようで、立ったままの私に座布団を勧めて、自身は向かいに正座した。

「はじめまして。私は福永姫子ふくながひめこです。ここは私のイメージした空間で、あなたの意識だけをここに呼び寄せたの」

「福永……?え、もしかして、あなた、日本人!?」

この世界の人っぽくない名前だなと思ったので反応が遅れたが、どう考えても、それは日本人の名前だった。

「やっぱり、あなたも?お名前は?」

「藤田桃子ですけど……え、ほんとに?」

「藤田さんね!きゃー!嬉しい!この世界で同郷の人に会えるなんて思わなかった!あなたはいつ来たの?元の世界はどんな感じ?」

「ちょっと待ってください!情報が整理しきれなくて、混乱してます。とりあえず、あなたが何者なのかから説明してください」

興奮する少女に、混乱する私。どうにか気持ちを落ち着け、冷静な判断をしようと、私は少女を問い質した。

「……あなた、冷静ね。私がここに招いた人達は、最初はもっと慌てたものよ」

「ええ、まあ……慣れました」

こんなことに慣れたくなかったが、自由な人にも、誘拐されることにも、大分慣れてしまった。当初に比べれば、随分落ち着いたものだ。

「私は、この世界に兄達と一緒に魔法で呼び寄せられたの。それで、元の世界に戻る術を探すべく、旅に出たら、彼に捕まって、この学園に閉じ込められて……」

少女は言葉の途中でハッと目を見開く。

「まずいわ。彼が近づいてるみたい……」

「彼って……?」

「ごめんなさい、時間がないの。とにかく、お願い!学園の魔方陣をどうにかして崩して!そうすれば、私は……彼もきっと解放されるはずだから」

そう彼女は捲し立て、私の目の前に手を翳す。すると、またしても真っ暗になり、私の意識が飛ばされた。








「──トーコさん!」


気がつくと、ミリアさんが私を覗き込んでいた。

私は自分のベッドにうつ伏せになって、意識を飛ばしていたようだ。突然のことに驚いただろうミリアさんとハク、ロンが心配そうに私を見ている。


「……とりあえず、整理してからでいいですか?」


説明しようにもまだまだ混乱の最中にある私は、状況を伝えるまでの小休止を求めることにした。



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