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心臓に悪い

保健室に寄って教室に戻った時には、既に授業が始まっていて、最初の数分のミーティングの後は自主学習のため、クラスメイトは各々好きな場所で、自分の特技を磨いていた。教室には数名残っていたが、遅れてきた私達を一瞥しただけで、すぐに自主学習に集中していた。

もうちょっと興味を持ってくれてもいいのに……。仲良くしてくれる気はまったくないらしい。


「じゃあ、とりあえず、今日は図書館に行こうか。桃子は怪我してるから、あんまり動き回れないし」

「大丈夫ですって」

「抱っこしよっか?」

「……すみませんでした。図書館だけでいいです」

「桃子が謝ることないよ。ゆっくり行こう」


大した怪我でもないのに、反論を認めないアーティによって、私達はゆっくり歩いて図書館に向かうことにした。途中、ちゃんと教室で待っていた稔くんの回収も忘れずに。そして、稔くんの迷子防止のために手を繋ぐことになったのだが……なんで私が間に挟まれているのかな?ここは、迷子になる稔くんが真ん中に来るでしょう?


「桃子が転ばないように、ね」

「さっきは両手が塞がってたけど、片手が空いてたら、トーコちゃんが倒れかけても受け止められるし」


何故か二人が過保護になっていた。

アーティは前からだけど……。保健室からずっと手を引かれている。アーティはそういう風に考えていないだろうが、異性にそういうことをされると、ドキドキで心臓に悪いから、控えてほしいものだ。






「うわぁ……本ばっか」

「当たり前でしょ、図書館なんだから」

図書館に入った途端に、稔くんげんなりしていた。通常、学校にあるのは図書室だろうが、この学園は、図書用に別館を儲けているため、図書“室”ではなく図書“館”となっている。それだけに、蔵書は多く、目当てのものを探すのは苦労しそうだ。

「ゲームとか置いてないかな?せめて漫画とか」

「君は、図書室に何しに来てるの?」

「近所の図書館には両方置いてあるもん」

「はいはい。今は遊びに来たんじゃないんだから、大人しくしようね」

駄々っ子を適当にかわしながら、私達はまず、ナディが言っていた奥の本棚を探した。

図書館に無事着いたので、稔くんの手は放している。間違えて図書館から出ることのないよう、扉をくぐることがないよう、注意を忘れずに。私や兄、身内の言うことは聞くので、おそらく、これで大丈夫だろう。

稔くんとは手分けすることができたが、何故かアーティとは手分けできない。アーティが手を離す気がないからだ。私は早々に諦めて、アーティと図書館の奥へ進んだ。


「ここら辺は古い本ばかりですね」

「あ……これ、こんな所に置いてるんだ」


一際古そうな本が並ぶコーナーにやって来ると、アーティは本来の目的をそっちのけで、辺りの本を物色しだした。どうやら、興味のある分野の本があったらしい。アーティを放置して、私は変わったところがないが、本棚を調べる。

ここは図書館の最奥──ナディが言ったことが確かなら、彼女はここで”ひぃ様の部屋“に招かれたことになる。見たところ、変わったところはないようだが……。

見た目ではわからないので、私は本動かしてみようと手をのばした。その時──


「あまり触らない方がいい。罠が仕掛けられているかも」


背後からの声に驚いて振り向くと、笑顔のリヒト先生が立っていた。

「せ……先生、何ですか?罠って、なんでしょう?」

思わぬ事態に声が上擦りながら私が尋ねると、先生はクスクス笑いながら、繋いだままの私とアーティの手を取った。

「逢い引きするのはいいですが、変なところをあちこち触っていたら、困ったことになりますからね」

「逢い引き!?いえ、あの……」

「では、私はこれで」

真っ赤になって私が否定する前に、するりと私達の手を離すと、先生はさっさと踵を返して立ち去ってしまった。

「……何だったんでしょう?」

「警告だよ。この場所からでは、ひぃ様に辿り着けないって」

アーティはそう言って、空いた方の手で先程先生が取った自分の手に触れた。

「……桃子」

「はい?」

「今夜、君の部屋に行っていいかな?」

「は……ええええっ!?」


アーティの爆弾発言に、私は図書館という場所に関わらず大声を上げてしまい、司書さんにまで睨まれてしまうのだった。




「──紛らわしい言い方ですが、要は、女子寮からその部屋に行けるかもしれないってことだったんですね」

私はミリアさんに頷いて、渡された紙切れを開いた。

それはアーティが先生から渡されたもので、そこにはこう書かれていた──


“女性の秘密の部屋へ行きたいなら、同じく女性の部屋からなら通してくれるかもしれないよ”


「信用していいんですかね?」

「アーティは何も疑ってないみたいですけど……」

ミリアさんは眉を潜めて疑念を抱いているようだが、私はアーティがこれを見て私の部屋に行きたいと言い出したなら、信じてみてもいいかなと思っている。私にとって、アーティはそれくらい信じられる人になっている。……変人だけど。時々、やらかしてくれるけど。

「まあ、一応、女子寮の部屋を調べるのはいいですけど……だからって、男であるアティールを女子寮に入れるわけには、いきませんからね!」

というわけで、今、私の部屋にいるのは、ミリアさんとハク、ロン、仔猫達だけだ。手始めに、私の部屋を調べてみるのだ。

「ハク達は、この部屋にいて、何か気づいたことはないの?」

「俺は別に」

「俺も」

ミリアさんの問いに、ハクとロンは答える。

「……ミィ達は、どうしたんですか?」

答えのない仔猫達に、ミリアさんは訝しげに視線を向ける。ミィ達は、揃って、ベッドにくたっと寝そべっている。

「学園に来てからずっと元気がなくて……特に、部屋に戻ってきたらぐったりで……」

「旦那が診たけど、変なものでも食べたのかな?だとよ」

「そうですか……続くようなら、獣医に見せた方がいいですね」

アーティが診てもわからなかったので、ミリアさんの言うとおり、明日にでも獣医さんを探すつもりだ。とりあえず、今は寝かせておいて、部屋を捜索してみる。


備え付けの棚、机を見てみたが、特に何もなかった。次はベッドを見るべく、近づくと、やはりミィ達が気になってしまう。

「ミィ、リィ、クゥ……どうしちゃったの?」


『……ごめんなさい』


「え?」

今、女の子の声がしたような……。


『私のせいで、こんなことに──』


その声がはっきり聞こえたと思ったら、急に目の前が真っ暗になり、私の意識はそこで途絶えた……──



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