女子は恐い?
教室における座学という苦行を乗り越え、昼休みになると私とアーティは即行で隣のクラスの稔くんを確保し、教室付近で待機していたハク達を伴い、ミリアさんとマオレク王子を誘って生徒会室に向かった。場所がわからないだろう、と稔くんが道案内に立候補するのを断り、クリスさんがくれた学園の案内図のとおりに進んだ。
稔くんが違う方向へ行きそうになったり、マオレク王子がハク達に構いすぎて立ち止まったりしたが、なんとか無事に目的地に辿り着いた。
『鍵は開けとくから、中で待っててくれ』
とクリスさんが言っていたので、私は一応ノックをしたものの、返事を待たずにドアを開けてしまった。
「失礼しま……」
ドアを開けて目の前にいた人物は、クリスさんではなかった。
「開けていいと誰が言ったかしら?」
そこにいたのは、怪訝な表情で私を見下ろすスイレン皇女だ。
「あなた達、ここは関係者以外が勝手に入って良いところではないわよ。何しに来たの?」
「サティーユ先輩に招待されたんです」
高圧的な皇女様を前に硬直してしまった私を庇って出てきたアーティが代わりに説明してくれる。
「……クリス様が?」
スイレン皇女がじろじろと値踏みするように視線を向けてくる。特に、私とミリアさんをじっくり見ている気がする。
「たしか……クリス様と同じ、サザールからの留学生だったわよね。だから、交流を?」
「まあ、そんな感じですね」
真剣な顔で問い詰めるスイレン皇女に対し、アーティは曖昧な答えを返す。詳しいことは言えないので仕方がないが、皇女相手にそんな態度をとっていては、後が恐そうだ。
「おまたせ……あれ?スイレン様、いらしてたんですか?」
昼食が乗ったワゴンを押しながら生徒会室に入ってきたクリスさんは、スイレン皇女がいることに気づき長い睫毛に縁取られた目をしばたかせた。
「忘れ物を取りに来ただけです……クリス様は、この人達とここで昼食ですか?」
「そうなんです。ちゃんと顧問の許可も取ってますよ」
「……私も、ご一緒させていただいていいかしら?」
笑みを浮かべて提案する皇女に、彼女以外の全員が戸惑った。聞かれたらまずい話をするつもりなのに、同席されるのは困る。
「申し訳ありません。それは、またの機会に。今日は我々だけで……積もる話もありますので」
「……故郷の恋人の話とか?」
「何か言いましたか?」
俯いて呟かれた皇女の言葉を聞き取れず、クリスさんが尋ねるが、顔を上げた皇女は笑顔で誤魔化した。
「いえ、別に。では、お邪魔しました」
皇女は踵を返し、ぴしっと背筋を伸ばして部屋を出て行った。
「……トーコさん」
「ミリアさん」
私は近寄ってきたミリアさんと顔を見合わせて、頷いた。今の皇女の態度は、多分、嫉妬だろう。
「同級生で生徒会の仲間であるクリスさんを、私達に取られて面白くない、と」
「……違うと思います」
ミリアさんとは意見が合わなかった。
私が思ったのは、スイレン皇女はクリスさんが恋愛的な意味で好き、ということ。女の私とミリアさんに向ける視線が怖かったし、知らない人ばかりの昼食会に参加したがったし。
しかし、スイレン皇女はハワード将軍と結婚することになっている。クリスさんが皇女をどう思っているかはわからないが……いろいろ複雑そうだ。
「さて、時間も限られているし、食べながら話そうか」
「──ひぃ様ねぇ……本当に存在するんだ」
「スキルアップしてくれんの?すっげぇ!ゲームに出てくる泉の精みたい!」
「ジュネとナディ……セイヤ様に気に入られたわね」
「おいしい、ジュリア?こっちも食べる?」
私の話を聞いた反応はそれぞれ違っていた。
「ハク達もいっぱい食べてる。かわいいなぁ」
マオレク王子に至っては、話を聞いていたのかも怪しい。蛇やハク達をニッコニコの笑顔で見つめている。
「……マオレク様。特例でペットの持ち込みを許可されましたが、ジュリアを寮室以外に連れ出すことは禁止されています」
ペット持ち込み禁止のこの学園だが、国家権力には逆らえないらしい。王子は条件付きで蛇のジュリアを連れてきていた。しかし、その条件から外れる行為に、ミリアさんが苦言を呈す。
「ご飯のために今は出してるけど、ちゃんと寮室以外では鞄に入ってもらってるよ?」
「授業に必要ないものを鞄に入れない!」
「ジュリア以上に必要なものなんてないよ!……あ、エミリーやトラキチ達も必要だ」
ペット馬鹿な王子を叱るミリアさんだが、王子の反論に脱力してしまった。……お世話役って大変ですね。
「鞄から間違って出てきてしまったら大騒ぎになるよ。王子のペットだと気づかず、処分されるかもしれない」
王子をどうしたものかと悩んでいると、クリスさんが助け船を出してくれた。さすがに“処分”と聞いて、王子の顔が強張る。
ジュリアは少し目を離した隙にどこかへ行こうとすることが度々あったので、有り得ない話ではない。
「……考えておくよ。それより、さっきの話に戻すけど」
珍しく、人の話を聞いて悩んだマオレク王子は、話を反らすことにしたらしい。というか、話が変わったのは、あなたのせいですけどね。
「ナディ達は僕を誘拐しようとしたんだよね?その目的と雇い主のことは、結局話さなかったの?」
意外なことに、マオレク王子はちゃんと私の話を聞いていたようで、真っ当な質問をしてきた。
「雇い主のことも喋れないようにされているそうで……」
「じゃあ、僕の誘拐も、その“ひぃ様”絡みかもしれないね」
「そうですね。その二人の証言から、彼らの雇い主がひぃ様に執着してることはわかりますし、自分だけではなく、ひぃ様のことも喋れないようにしてるようですしね」
マオレク王子の意見に、アーティが賛同する。この二人がまともに話し合いするのは、何だか、意外だ。
「じゃあ、まずはそのひぃ様捜しだ。とりあえず、後で図書室に行ってみようか?」
「了解っす。次は自主学習の時間なんで、教室での指示事項が終わったら向かいます」
「稔くんは教室で待っててね。迎えに行くから」
クリスさんへ良い返事をする稔くんに、私は強く言い含めた。君はいい加減、自分の方向音痴の凄まじさを自覚しなさい!
「やばいって、あっくん!トーコちゃん!遅刻しちゃう!」
話し合いの後に残りの昼食を取っていたら、午後の授業開始十分前になっていた。私達は慌てて片付け、普通科のクリスさん達が教室に向かう途中にある食堂へカートを返しに行き、少し離れたところに教室がある私達特科は間に合うかギリギリのところなので、真っ直ぐ教室に向かう。三人とも、自然と駆け足になる。しかし、廊下は走ったら危ないものだ。
稔くんが方向音痴を発揮しないよう、私とアーティで手を繋いでいたのに、彼は進むスピードを上げてしまう。
「きゃあ!?」
強い力に引っ張られ、私は前のめりになって、そのまま転んでしまった。
「桃子!?」
「……やばっ!!トーコちゃん、大丈夫!?」
すぐに二人に助け起こしてもらうが、両膝がズキズキと痛む。見ると、案の定、擦り傷が出来ていた。
「あーあ……」
「ごめん、トーコちゃん!」
「大丈夫だよ、稔くん。でも、血が出てるし、医務室に行こうかな……ひゃっ!?」
アーティがいきなり私の膝裏と背中に手を回し、持ち上げた。いわゆる、お姫様だっこだ。
「ちょっ……アーティ!?」
「医務室に行くんでしょ?」
「自分で歩けますから!下ろして!」
私は恥ずかしさで、思わず足をばたつかせて抗議するが、ズキッと痛みが走って悶えた。何で、両足を怪我してるのにバタバタさせたんだ、私は。
「ほら、痛いんでしょ」
「いえ、今のは自滅で……」
「稔くん。一人で教室に行けないだろうから、悪いけど、一緒に来て」
「そりゃ、俺が怪我させたんだから、当然だけど……お邪魔じゃない?」
「何言ってるの、稔くん!?そんなんじゃないからね!?」
「留学生達は元気がいいですね」
授業が始まる直前で人の少ない廊下でわいわいやっていたら、目につくのは当然で、いつの間にか廊下の向こうから来ていた教師に声をかけられた。
「リコ……リヒト先生!」
稔くんが知っている先生のようで、笑顔で名前を呼んでいる。
セミロングのサラサラの黒髪が白い肌をより強調して不健康そうに見えるが、眼鏡が似合う男性だ。
「良ければ、彼は私が連れていきますよ?君は、早く彼女を医務室へ連れていってあげてください」
どうやら、この先生は稔くんの方向音痴を知っているようで、アーティに有り難い申し出をしてくれる。これ以上、この状態で稔くんと一緒にいたら、からかわれそうだ。
「……では、お願いします」
アーティは先生に稔くんを託すと、私を抱えたまま歩き出した。……医務室に着くまで、下ろす気はないようだ。
「──頑張ってくださいね、“勇者様”」
先生の横を通り過ぎた時に聞こえた言葉に、私は驚いて振り向くが、彼は既に背を向けて、稔くんを伴い、歩き出していた。
さっきの言葉は?何故、私が(偽)勇者だと知っているの?聞き間違い?
私が疑問に思っている間にもアーティは前進しているので、先生の背中は完全に見えなくなってしまった。
……アーティは気にしていない?それとも聞こえていないの?
別のことに気をとられている内に、私はお姫様だっこで医務室に運ばれた。チラホラいた目撃者によって噂を広められ、またしても女子の反感を買うことになるとは、この時の私は知る由もないのだった。




