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油断してはいけません

「やあ、アティール。そっちがトーコさん?はじめまして」


私は、アーティに連れられ、サザールからの留学生の先輩の元へ訪ねた。込み入った話もあるので、訪問先はその人の寮の部屋だ。

寮は平等に一人一部屋与えられ、広さは十二畳程だ。貴族のご子息方には狭すぎるだろうが、庶民にとっては、なかなかの広さだ。部屋にはベットとクローゼット、勉強机、それになんと、簡易キッチンにシャワー、トイレまで備付だ。綺麗だし、私(庶民)の感覚では学生寮じゃなくて、ホテルかマンションみたいだ。

私はそんな部屋の主にお辞儀した。

「はじめまして。トーコ・フジタです」

「俺は、クリス・サティーユ。アティールの親戚だ」

「クリス兄さんは、お祖母様の弟の長男なんだ。うちの父さんとは従兄弟だよ」

随分年の離れた従兄弟だ。タリスさんと弟さんは十三歳差らしいので、子どもに差が出来るのは当然だが。

クリスさんは現在、十七歳。十三歳からヒランに留学し、今年卒業を迎える予定だ。留学生としては異例の生徒会入りを果たす程、成績優秀・品行方正で、人望もある。マッチ棒が何本乗るのか試したくなるくらい長い睫毛に縁取られた瑠璃色の瞳、やや癖のある黒髪は緩やかにウェーブしている。色白で、小さめな鼻、唇の形も厚すぎず薄すぎず。思わず女装が似合いそうだと想像してしまう、美少女のような少年だ。背丈はアーティと同じくらいで、声もしっかり男性のものだが……。

以前の私ならうっとり見とれていただろう。でも、騙されない。アーティ然り、セイヤ様にマオレク王子然り。私がこの世界で遭遇する美形は変人が多いから。

「早速だけど、君達が探しているものの情報をまとめといた。セイヤ様にも一応報告済」

クリスさんがアーティに渡した紙を、私も横から見せてもらう。



一、 ヒラン皇国第三十一代皇帝 ショウエン

約三百年前の皇帝。歴代最年少の十三歳で即位。弟の成人後、その位を譲り渡したため、僅か三十歳で退位。

知性に富んだ優秀な皇帝として知られる一方、生涯独身で、若く健康である内に退位した変わり者。また、穏やかで理性的な人物であるはずなのに、対サザールに関しては好戦的な面を見せていた。

国立学園設立者で、記録に残る公式訪問以外でもよく学園を訪れていた。


一、 転送魔法

学園に転送魔法の授業はない。特科においても、過去この魔法に秀でた者はいない。なお、ナディという名の女生徒は、五年前まで普通科に在席していた。転送魔法を使えたという記録はない。


一、 ひぃ様

学園の不確かな噂として昔からその存在を語られている。

学園見取り図に存在しない秘密の部屋に学園設立時から住んでいる少女。不思議な力を持っていて、気まぐれに生徒を部屋に招いて、その者の能力を引き出してくれるという。生徒達は気味悪がるどころか、むしろ会いたがっている。



「……このひぃ様っていうのは、どうやったら会えるんですか?」

紙に目を通したアーティが、クリスさんに問いかけた。

「さあ?そこに書いてあるとおり、不確かな存在だし。部屋に招かれたという生徒の記録もないしね」

「ナディは、ひぃ様に魔法を教わったって言ってましたよね?」

「ああ……だからか。連絡した時、セイヤ様が『尋問してくるとするか』って、いきいきしてたのは……」

クリスさんもセイヤ様のことをよくご存知のようで、私がアーティに確認したことで思い出してげんなりしている。

「それで、どうするの?」

「とりあえず、学園内を隈無く探します。何か見つかるかもしれないし」

「了解。一応、フォローはするけど、目立たないようにしろよ」

「はぁい。……あ。あと、兄さん。皇帝が学園で何をしていたか調べられません?」

「ああ。セイヤ様にも言われて調べているが、ちょっと難しいな。しばらく時間をくれ」

クリスさんのアーティとのやり取りを見ていても、変なところはない。クールでスマートに見える。まともの人なのかもしれないし、まだ本性を表していないだけかもしれない。……真面目な話の最中に、私は何を観察しているんだか。

ちょっと自分に呆れながらクリスさんを見ていると、彼と目が合ってしまった。

「……えっと……フジタさん?」

クリスさんは戸惑いながら私に声をかける。

「兄さん。ここでは、ニコラスだよ」

「ああ、そうか。じゃあ、トーコさんでいいかな?俺のこともクリスでいいから」

「はい、トーコでいいです。クリスさん」

「事情は大体聞いてるよ。いろいろ迷惑をかけてしまってるみたいで……サザールの人間として謝罪するよ。申し訳ない」

クリスさんはアーティの親戚とは思えないくらい、真面目な性格のようだ。……うん、良い人だ。こんな真剣に頭まで下げてくれているのに、変人じゃないかと疑うなんて、私の方が謝らなければ。

「クリスさん!ごめんなさい!」

「……何で、桃子が謝るの?」

「俺がお前のことで謝ってるんだから、お前の方が謝らないといけないだろ」

私につっこむアーティにクリスさんがつっこむ。ごもっともです。

私ははじめてのマトモな美男子の存在に感動していた。やっぱり乙女なので、夢は見ていたいのだ。


「ところで、クリス兄さん。今は何にハマってるんですか?」

アーティがクリスさんの部屋の奥に目を向けながら尋ねた。……あえて触れないようにしてたのに。

「綺麗なドレスですね」

そう、そこで存在を主張するのは、女性が着るあのドレス。フリルがふんだん使用され、スカートにはボリュームがある、可憐な純白のドレスだ。

……女装か?美少女な外見を利用して女装が趣味なのか?

マトモな人だと思いたくて、一瞬視界に入ったそれを見なかったことにした私は、アーティに現実に引き戻された。果たして、クリスさんはどんな正体を表すのか……?

「ああ、それ?今、裁縫に凝っててさ。ハンカチ、ぬいぐるみ、服……段階的にやって、今はそれを作ってるんだ」

「……そっちかぁ」

私は思わず呟いて、ほっと息を吐いた。良かった、マトモな方で。

「この前までハマってた毒草はどうなったんですか?」

……なんか、今、不穏な言葉を聞いた気がする。

「うーん……面白かったんだけど、あんまり実験も出来ないし、いつもより早く飽きたかな?あ、試作品の残り、持って行くか?」

「貰っておきます」

「何でそんな怖いやりとり、平然とやってるんですか!?」

怪しい薬の受け渡し現場なんて……目撃した私は、背後から来た仲間に頭を殴られて闇に葬られそうだ。

「クリス兄さんは凝り性で飽き性だから、いろんなものにハマって、凄いものを作るんだけど、飽きてすぐにまた違うものを作り出すから、作品の処分に困ってるんだよ」

「物を作らない趣味でも、資料とか集めるから、毎回借りてるサティーユの別宅もいっぱいになっちゃうんだ」

「だからって、何で毒草にハマるんですか!?」

「面白くない?やり方によっては薬になったり、即効で相手の自由を奪うんだよ」

「前半はともかく、後半!」

「毒草はまだ可愛いものだよ。前は標本にハマってた時があるから」

アーティの言葉に背筋がひやっとする。

標本ってあれですよね?虫を釘で打ち付けたり、爬虫類をホルマリン漬けしたりするやつですよね?

「マリースに泣かれたから、すぐ止めたけどね」

「兄さんが異世界研究にハマってくれたら、仲間が出来て嬉しいんだけどなぁ」

「あいにく、まだ触手は動かないな。この世界だけでも興味をそそるものがたくさんあるし、何回でもハマり直すものもあるし」

私は、穏やかに会話するアーティとクリスさんからそっと離れて、部屋を出た。


……やっぱりクリスさんも変な人だった。


どっと疲れた私は、足早に自分の寮室へ戻るのだった。

早く、特別に部屋に一緒に住まわせてもらってるハク達に癒されたい……。

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