埋まらない差
学園の授業は六時限──午前三時限、昼休憩を挟んで午後から三時限となっている。放課後は自由で、部活動や委員会に行ったり、町へ出掛けたり、家や寮に帰る等々各々の時間を過ごす。学生寮が学園の敷地内に有り、自宅から通えない者の住まいとなっている。入学できる者は貴賤を問わず、掛かる料金は高額だが、奨学生制度があるので、一般市民も複数通っている。……その奨学生の一人が、稔くんだったりする。
「あと、この学園は、大体13歳から20歳が通ってて、入学時の年齢はバラバラだけど、16歳が限度で、四年間勉強するんだって。制服は同じだけど、学年でバッチが違うよ」
「うん、その辺はセイヤ様から貰った資料で読んだから……それより、何で稔くんが奨学生で学園に通ってるの?」
私達が集まっていたカフェテリアに合流した稔くん──よく無事に辿り着いたね──がいろいろ説明してくれるが、一番気になることの説明が飛んでいる。
「言われたとおりに広場で不良達に絡まれてやっつけたら、学園の理事の一人の目に留まって、試験を受けさせられて、他はボロボロでも外国語で満点取ったら、特科の奨学生に選ばれちゃった」
特化型修得過程特別科。略して特科。文字どおり、ある分野で特別に秀でた才能を持った生徒が集まり、その能力の強化を重点的に、他教科もある程度修得しようというクラスだ。特科の中でも武術系、文学系にざっくりクラス分けされ、私とアーティは文学系クラスに編入した。稔くんは武術系のため、同じ科でも違うクラスだ。この国で彼を保護した諜報員の指示で、生徒として学園に潜入したそうで、ヒランの孤児院出身という設定だ。上手く溶け込んでいるようで、既に仲の良い友人までいるそうだ。さすが、稔くん。異世界人とメル友やってるだけのことはある。
さて、アーティは魔法に秀でている、ということで特科なのは、わかる。一緒に編入した私が、一体何に秀でているのか。それは、他の過程で私がこの世界の勉学に追い付けない、特科でも無理があるが他の過程は無謀すぎる私がアーティと一緒にいるための苦肉の策でもあるが、理由付けもちゃんと出来るのだ。
「トーコ!今日は学園を散策するんだろ?早く行こう!」
「なあ、お嬢からも旦那に言ってくれよ。俺を完全に解放しろって……悪魔から解放されても、お嬢の手伝いはするからさ」
「みゃあ」
「みゃあ!」
「ぐぅ」
この留学には、ハク、ロン、そして仔猫達が私の秀でた分野の象徴としてついてきている。
──そう、ついに偽勇者から、動物マスターにジョブチェンジだ。
前にセイヤ様とアーティが言っていたことが、まさか現実になるとは……。
正式名称は、魔獣使いトーコ・ニコラス。私に寄り添うのは、五匹の魔獣と呼ばれる魔力や知性の高い動物──サウラに可愛がられていたせいか、神気と知性が高く、実は神獣に近い存在だという、白銀の狼・ハク。獰猛で人に懐かず、誇りと自由の象徴とされるイシェルガの鷹・ロン。強大な魔力を持ち、その能力は未知数の仔猫・ミィ、リィ、クゥ。……みんな、実はすごいバックボーンを持っているのね。お蔭で、彼らを率いる(?)私は、相当な使い手に見られているらしい。というか、魔獣なんてものがいるなんて、私の設定を覚える時に初めて知った。人を襲う化け物である魔物と、普通の動物と区別するための総称らしい。
「それにしても、やっぱこの二人が並ぶと輝きが違うねぇ」
稔くんがちらりと目をやった先では、アーティとマオレク王子が静かにお茶を飲んでいる。一つのテーブルで私とアーティ、ミリアさんとマオレク王子が並び、私とミリアさんの間のお誕生日席に稔くんが座っている。アーティとマオレク王子が向かい合う形になるのだが、お互い会話がなく、黙っているので、それが変人ぶりを隠して、とても絵になる二人の図になっている。
「女の子達がそわそわしながら、こっちを窺ってるな~。さっすが、あっくん、あーんど王子!」
「……私、この二人が美形であること、久し振りに実感した気がします」
「私もすっかり忘れていました。やはり、人間は見た目だけではなく、中身も必要なのだと思い知らされます」
ミリアさん、辛辣……。たしかに、この二人は中身が残念だけど、悪い人ではないですよ?
そんなこととは露知らず、女生徒のみならず、先生、カフェテリアのスタッフ、なんなら一部の男子まで、アーティとマオレク王子に熱視線を送っていた。こうも注目されていては、話し合いや調査がやりづらいかもしれない。
そして、それ以外にも弊害が……。
「ニコラスさんといったかしら?あなた、レイノルド様とどういうご関係なの?随分、親しそうに見えましたけれど……」
トイレに行くためアーティ達から離れた私は、廊下で女子の集団に囲まれた。皆さん、お嬢様、という感じのお上品な方達なのに、威圧的で上から目線だ。集団だと余計に怖い。
アーティのせいだ……。美形のくせに私と話す距離が近いから。美形のくせに頭を撫でたり、手を引いたり接触が多いから。……アーティのせいだ。
こんな風に囲まれたのは生まれて初めてで、私はどうしたらいいのかわからず硬直して、頭の中でアーティに八つ当たりしていた。
「まさか、恋人とはおっしゃいませんよね?」
「あなたでは、せいぜい引き立て役くらいにしかならないのではなくて?」
好き勝手言って、クスリと嘲笑を見せる女子達。
自分がアーティとつり合わないのはわかっているが、何も思わないわけもなく、女子集団に怒りが沸いてくる。私はアーティに間違って召喚されて、王家のゴタゴタに巻き込まれて、ようやく元の世界に戻る手がかりが見つかるかもしれない、とこの学園に来たのに、何で何も知らない人達に馬鹿にされなくてはいけないの?
いつの間にか、私は囲まれたことに対する恐怖や戸惑いより、怒りの感情が勝っていた。
「何をしているの、あなた達?」
私が女子達に反撃を開始しようとした、ちょうどその時、女子の囲いの向こうから凛とした声が聞こえてきた。
女子達は驚きの表情で後ろを振り向いた。私も彼女達の隙間から声の主を伺う。
「す……スイレン様!?」
「暇なら、手伝ってくれる?今から庭の掃除に行こうと思うの」
そこにいたのは、女生徒だった。私の付けているバッチと違うので、先輩だろう。肩よりやや長めのダークブラウンのストレートヘアで、前髪は真ん中できっちりと分け、ピンで留めてある。黒色の瞳は小さめだがくりっとしていて、細い眉とのバランスも良い。背は平均的だが、背筋をしゃんと伸ばしているので、大きく見える。制服もびしっとしていて、いかにも真面目そうな生徒だ。
「あ……あら、いけない!私、お稽古にいかなくては!」
「私も、お母様と約束が……!」
「スイレン様、失礼いたします!」
女子集団が蜘蛛の子を散らすように、逃げていく。このスイレン様という人物は、ただ者ではないのだろう。
「あなた」
「はっ……はい!」
彼女の様子を窺っていた私は、声をかけられ、上擦りながら返事をした。
「今日来た留学生ね。困ったことがあったら、生徒会室に来なさい。留学生の先輩もいるから、相談するといいわ」
「は……い、ありがとうございます」
言うだけ言って、踵を返し、颯爽と去っていくスイレン様。今気がついたが、手には箒と塵取り、ごみ袋が握られている。本当に庭掃除に行くようだ。
「今のが、将軍の結婚相手だよ」
「アーティ!?……えっ、将軍の!?」
背後から突然肩を掴まれ、振り向くと、アーティがいた。その行動にも驚かされたが、もっと衝撃的な発言が……。
「そう。ヒラン国の皇女スイレン様。御年十七歳。今年卒業後、三十七歳の将軍と年の差夫婦になる予定」
に、二十歳差!?
ちょっと犯罪っぽく感じるが、私の世界でもそれくらい年の離れた夫婦はいたので、あり得ないことではない。
ただ、頭の中でハワード将軍とスイレン皇女が寄り添う姿を想像してもしっくりこない。二人が一緒にいるところを見たことがないので、仕方がないのかもしれないが……。
私の主観で余計なお世話かもしれないので口には出さないが、私は、政略結婚の上、親子程の年の差なんて、ハワード将軍とスイレン皇女、どちらも気の毒だと思ってしまうのだった。




