何故か始まる学園物語
私の前には、揃いの服に身を包んだ少年少女が、ずらりと整列された座席に着いている──
「本日は転入生を紹介します。二人とも、挨拶を」
「サザールから留学で参りました、アティール・レイノルドと申します」
「……トーコ・ニコラスです。よろしくお願いします」
美しすぎる転入生の登場に、大声は上げないが、生徒達は気分を高揚させ、そわそわしている。隣の私は、おまけです。
──そう、ここは学校。私とアーティは、並んで教壇に立たされている。
今日から私とアーティはこの学校のこのクラスの一員になるのだ。
「トーコ。ヒランに留学してみないか?」
巻きで勇者作戦第二弾を終えた私達が王宮に戻って三日、セイヤ様に呼び出されて言われたのは、突拍子もないことだった。
「……私は元の世界に戻って、近くの公立高校に進学するつもりなので、間に合ってますけど?」
「話は最後まで聞きなさい。とりあえず、座れ。イーサが作った菓子があるぞ」
きっと情けない顔になっていたのだろう。セイヤ様が変なことを言い出すから、ぐるぐる廻った思考は、帰る手段がないから、もしくは帰す気がなくなったから、この世界で生きていくために勉強しろということなのだろうかと悪い方向へ行ってしまった。そんな私に、セイヤ様はソファへ促し、お茶とお菓子をすすめてくる。言われたとおり腰かけると、一緒に呼び出されたアーティも隣に座って、頭を撫でてくる。
「大丈夫だよ、桃子。セイヤ様は女王様だけど、鬼じゃないから」
「おい、何だそれは」
セイヤ様の抗議を無視して、アーティは私の口にお菓子を運ぼうとする。……弱っているから慰めようとしてくれているんだろうけど、何故よりによってそんな恥ずかしい行動に出るんだろう?
「わかりましたから!話を続けてください!」
顔を真っ赤にして、全力でアーティの手を突っぱねた私は、ニッコリ笑ってこちらを見守っていたセイヤ様を促す。
「先日捕らえたジュネとナディ、そして、ミノルが持たらした情報から、ヒラン皇国が何かを企て、その秘密がヒランの国立学園にあるのではないか、ということになったのだ」
「企て?秘密?何があるんですか?」
ヒラン皇国といえば、ハワード将軍が政略結婚する御相手の国だ。サザールとあまり上手くいっていない国なのだろうか?この世界の国事情までは詳しく聞いていないが、サザールは世界的に見ても大国で、諸外国とも比較的友好関係を築けているとのこと。てっきり、今回の結婚は友好関係を磐石なものにするためだと思っていたが……。
「ヒラン皇国の企て、というより、ヒラン国内の何者か、だ。あくまで一部であって、ヒランとサザールの友好関係は変わらない。……まあ、この関係も最近ようやく築けたものだからな。反対する者もまだ多く残っているだろう」
「……今の話を聞いて、企てはなんとなくわかりますが、それが何故、学園の秘密に繋がるんですか?」
要はサザールとヒランの友好関係を壊したい不穏分子がいる、ということなのだろう。政治って、ほんと大変そう。
「そもそも、サザールを敵視していたのは、何代か前のヒラン皇帝だった。異世界人が治める国が気に入らないのか、魔物に穢された国という偏見で毛嫌いしていたのか……理由ははっきりしていない。ただ、その皇帝が学園を設立してからは、それまであからさまに滅ぼそうという攻撃を仕掛けてきていたのが、ぴたりと止んだらしい。それから争いこそはなくなったが、交流はなく、冷戦のような状態だった。そんな状態の原因である皇帝は、学園を設立してからずっと、退位してからも足繁く通っていたそうだ。何かあると思わないか?ミノルを保護した諜報員も、それを探っているようだ」
「なるほど……で、何故、私が留学するんですか?」
セイヤ様のやりたいことと理由はわかったが、私が行く意味がわからない。私は異世界から召喚された、ただの偽勇者なのに……。
「あのメイドの転送魔法、学園で修得したそうだよ」
セイヤ様に代わって、今度はアーティが説明してくる。
「転送と召喚は、どっちもすっごく高度な魔法だけど、構造がそっくりなんだ。どちらかを修得出来れば、もう一方の修得はそう難しいことじゃない。でも、実際に使える人は極稀で、発動方法すら、あまり知られていない。あんな安定していて威力のある転送魔法が修得できる学園……そっちにも秘密がありそうだよ。上手くいけば、僕も修得できるかも」
「だから、それが私に何の関係が……?」
「アーティが言っただろ?転送魔法と召喚魔法は構造が似ていると。それは、何故か?……もしかしたら、お前を元の世界に帰す方法も見つかるかもしれないぞ」
セイヤ様の言葉に、私ははっと息を飲む。召喚は他者を呼び寄せる魔法、転送は送り出す魔法……私を元の世界に送り出してもらえるかもしれない!
「まだ帰る方法は見つからなくていいと思うけど……」
「……というように、こいつだけで行かすのは不安だろ?」
「はい。是非、一緒に行って魔法の修得に尽力させたいです」
あわよくば私をこの世界に引き留めようとするアーティは、油断ならない。……引き留められるのが嫌というわけではないが、あまりにも急に連れてこられたのだから、帰りたいのが普通だろう。
「……あれ?でも、既に転送魔法を修得済みのナディにお願いすれば、魔法を教えてもらうか、元の世界に帰してもらえるんじゃないですか?」
「お前、謎の刺客に身を任せられるのか?」
私の甘い考えは、セイヤ様に一蹴された。……そうでした。彼女は命すら狙われそうになった敵でした。
「それに、ナディの魔力は平凡で、一日一回の使用、かつ転送できる距離に制限があるそうだ。そんなやつが、異世界などと果てしなく遠い場所に、お前を無事に転送できるとは思えない。その点、アーティは魔力は膨大で、技術と知識も充分だ。修得できれば、きっとナディ以上に威力を発揮し、お前を帰してやることも可能になるかもしれない」
「納得しました」
セイヤ様の説明に、私は深く頷いた。すると、セイヤ様はまたニッコリと笑みを浮かべて、私の前に封筒を差し出す。
「では、十日後、アーティと共にヒランへ留学してくれ。流石に異世界人と言うとややこしいからな。お前は、アーティの母の生家・ニコラス家の令嬢ということにしてもらう。アーティとは従兄弟同士になる。細かい設定や注意事項、学園規則等は封筒に入った書類に目を通しておけ。出発は五日後だ」
「十日後って……そんな急に言って留学できるものなんですか?」
「あの学園は世界でも有数の学習機関だから、ほぼ毎年留学生を行かせている。今年は皇太子の件があってまだ行っていないが、元々準備は済ませてある。予定していた者には悪いが、その枠を譲ってもらった。問題が早く解決すれば、入れ替わりで行けるよう手筈する約束もしてある」
まるで初めから私が留学することが決定していたかのような段取りの良さだ。セイヤ様のことだから、私に了承以外の答えを言わせるつもりはなかったのだろうけど……。
──こうして、私はトーコ・ニコラスとしてヒランに留学することになった。
ちなみに……。
「マオレク様。なんですか、あの挨拶は?あれでは、せっかく学園に通うのにご友人が出来ませんよ」
「うるさいなぁ。君は何?僕の兄?」
私達と違うクラスには、マオレク王子とミリアさんが転入した。
サザール国王との会談を終えたマオレク王子は、セジュへまっすぐ帰国する予定であったが、私とアーティが自分を誘拐しようとした犯人に関わりがあるかもしれないヒラン国立学園へ潜入すると知り、自分も行くと言い出したのだ。
意外と負けず嫌いで行動的なのかと思いきや──
「ハクを口説き落とすまで、帰りたくないんだ。勇者に懐いているハクは、また君についていくんでしょ?だから、僕も行くよ」
……あなた、誘拐されかけたのわかってますか?こんな状態でも動物愛優先ですか?変人にも程がありますよ。知ってましたけど。
そして、驚くことに、マオレク王子の留学の許可が下り、御守役として、何故かセジュからではなく、ミリアさんが指名された。
この二人は、王子誘拐騒動から、何故か張り合い、よく言い争うようになった。仲が悪いというわけではないようだが……。王子相手でもずばっと言いたいことを言うミリアさん、素敵です。自国の王子(セイヤ様)にはさすがに言えませんよね。わかってます。
今も、学園のカフェテリアで留学生四人で集まっているところ、ちょっと揉める感じになっているが、ミリアさんは溜め息を吐いて、冷静に王子へ言い返す。
「あなたの御兄様であるセジュ国王から頼まれましたので。不本意でしょうが、注意させていただきます」
『──え?学校行くの?マオが?……もちろん!行っといで!お兄ちゃん、感激!あの、人に興味を持たないマオが、自分から勧んで学校に行きたいって言い出すなんて……!たくさん友達作ってくるんだよ!……あ、ミリアさんだっけ?マオが珍しく気を許してるみたいだから、面倒見てやってもらえませんか?お願いしますね!』
「なんというか……マオレク王子と外見も中身も似てないお兄さんでしたね」
喜んで王子を送り出したセジュ国王の姿を思い出す。細身で色白のキラキラ王子様だけど人間に興味がないマオレク王子と違って、国王はがっしりとした体躯に健康的な肌色、美形ではないが愛嬌があって、弟の成長(?)に心から嬉しそうな笑顔を見せる、優しそうな人だった。
「桃子も王子も友達百人できたらいいね」
「目的が違いますよ!ちゃんとやってくださいよ!?」
いつもの無表情ながら、優しい調子で言って、アーティは私の頭を撫でる。私は反論しながらも、セジュ国王のためにもマオレク王子には本当に友達を作ってもらいたいと思うのだった。
……私もせっかく学校に来たんだから、友達が出来て楽しめたらいいな。
そんなことを考えながら、私達の学園生活が始まった──




