自由な人々
マオレク王子を狙っていた敵を捕らえ、私達はアーティとジークさんが敵の魔法の痕跡を利用して作った転移魔法陣に入って、元の場所──転移させられる前、休憩していた場所まで戻ってきた。
そこで私達を待ち構えていたのは、ロンとジークさんだけではなかった。
「……イーサ……」
「……良かった!」
なんと、王宮にいるはずのセイヤ様とユーリさんがいたのだ。セイヤ様は確かめるようにゆっくりイーサさんに近づくと、ぎゅっと力強く抱きしめ、ユーリさんはマリースさんに駆け寄り、肩と頬に手を添えて愛娘の無事な顔を確かめた。
しばらく婚約者と娘との再会を喜んでいた二人は、続いて、私の方へ目を向けた。セイヤ様は優しい笑みで私に歩み寄ると、わしゃわしゃと髪をかき混ぜてくれた。犬猫じゃないんだけど……おかげで、髪がボサボサです。あと、アーティと繋いだままの手を見てニヤニヤするの止めてください。頑張って意識しないようにしてるんです。
ユーリさんは、私の隣に立っていたマオレク王子に目をつけた。
「マオレク様じゃないですかー」
「ひっ……ゆ、ユーリ・レイノルド!」
「そんなに構えなくても、おいたをしなければ、何もしませんって。それより、大変でしたね」
ニコニコとユーリさんが近づくと、マオレク王子は顔をひきつらせて後退する。ユーリさんは深追いせず、立ち止まって労いの言葉をかける。王子はそんなユーリさんをまじまじと見つめた。何かあるのかと疑っているのだろう。よっぽど、トラウマらしい。
「さてと……そろそろ、この騒動の犯人と話をしようか」
一頻り、再会を喜んだ後、セイヤ様はヨシュアさんが稔くんと一緒に縄で縛って引き連れている敵に目をやる。稔くんは戦闘が終了した瞬間にヨシュアさんに確保され、いの一番に縛り上げられた。敵よりも、まずは稔くんだ。……ヨシュアさん、大分彼の扱いに手慣れてきたなぁ。
「──つまり、白いコートの男達はこの男の分身と幻術で、マオレク王子を転移させたのはこのメイドの魔法ということか」
ヨシュアさんとミリアさんがこれまでのことをまとめて報告して、セイヤ様は「ふむ」と頷いた。
「動機は?」
「まだ尋問をしておりません。レイノルドとコスナー氏の魔法陣は、急繕えで長く維持できないとのことでしたので、先にこちらへ帰還いたしました」
「なるほど。では、私が尋問してやろう」
セイヤ様は、とっても良い笑顔で敵に近づいた。その顔は、ハワード将軍を丸刈りにした時のセリーヌ女王様そのものだ。……怖い。
「まず、名前を聞いておこうか。そっちのメイドはナディ、と言ったか?本名かは知らんが」
「……まさか、サザールの皇太子様に次期宰相殿がお出でになるとは……」
「ということは、その魔法使いはアティール・レイノルドね……どおりで、滅茶苦茶だわ」
「質問には速やかに答えること」
敵二人の頭上にどこからか黒い雲が現れ、青白い雷を落とす。
「……っ!」
「きゃあっ!!」
「次は加減しないぞ」
「俺はジュネ!こいつはナディが本名だ!」
セイヤ様の脅しに、男が慌てて答えた。……怖い。笑顔のままで脅し……怖すぎる。
セイヤ様の雷がどんなものか、以前、アーティ達に聞いたことがあるが──
「ピリピリしてごわごわするよ。ちょっと痺れて気持ち悪い」
「全身が静電気に弾かれる感じです」
「熱くて痛くて痺れます。小一時間は痛みと痺れが残ります」
──あまり効果のないアーティはともかく、部下の人でさえ痛そうだ。敵であれば、手加減しているとは言え、相当痛いだろう。これで本気を出したらどうなるのだろう?……想像するだけでも恐ろしい。
「では、次の質問だ。何の目的でセジュの王子を拐おうとした?」
「……頼まれたんだ。サザールへ赴く王子を連れてきてくれって」
「言っとくけど、雇い主の素性なんて知らないからね!身分を隠して依頼してきたんだから!」
セイヤ様が質問する前に、メイドことナディが痛みのせいか涙目になりながら睨み付けて言った。見た目と違い、気の強い女性のようだ。
「何でもいい。知ってることは洗いざらい話せ」
「依頼人のことはわからないが……王子を狙った理由は、サザールとセジュが友好関係を築くことを良しとしないからってのと、王子の特異体質を有効利用しようってのじゃないか?はっきりと聞いたことはないが」
そんな曖昧なことばかりで、人を傷つけてまで誘拐しようとするなんて……私は男ことジュネ達の答えに驚きと憤りを感じていた。
「僕からも聞いていいですか?」
アーティはそう言って、私と手を繋いだままナディの前まで来てしゃがんだ。引き摺られるように連れてこられた私も、彼に合わせて屈んだ。結構きつい体勢なので、ドキドキせずに済むが、いい加減、放してほしい。
「ねぇ、転移魔法なんて、誰に教わったの?すっごく珍しい魔法で、文献にもあんまり載ってないのに……」
「何でそんなことまで教え……いたたたたっ!?」
アーティは空いてる方の手で、ナディの右手の甲をつねった。ぎりぃっと音がしそうなほど、思いっきり強くやっている。
「……ひっ……ひぃさまよ!ひぃさまに教わったのよ!あなたの才能を引き出してあげるって!!」
痛みに悶えながらナディが答えると、アーティはぱっと手を放した。
「ひぃさまって誰?何者?」
「ひぃさまはひぃさまよ!学園の秘密の部屋にいらっしゃる、生ける伝説の!」
「ばっ……か、ナディ!!喋りすぎだ!!」
ジュネが慌てて止めに入るが、遅かった。まだまだ隠し事があることを確信したセイヤ様は不敵に笑う。
「叩けばいくらでも埃が出そうだな。ダン、カルヴァ。こいつらを王宮へ連行しろ」
「承知しました」
いつの間に背後にいたのか、覆面さん達がジュネ達を立ち上がらせた。
「私は王宮へ戻る。イーサ、お前もだ」
「えっ!?……まだ、薬草取ってないのに」
「……イーサ?」
渋るイーサさんに、セイヤ様は、敵に向けた時と同じ笑顔を向けた。
「……はい」
イーサさんはさっと顔を青くさせ、涙目で頷いた。あれは怖い。逆らえない。ただでさえ、イーサさんは無断外出をしていたので、仕方ないことかもしれないが……多分、彼女は帰ったらしばらく外出禁止だろう。
「マオレク様。王宮までご案内します」
「嫌だ」
ユーリさんが差し出した手を、マオレク王子はきっぱり突っぱねた。
「ハク達と離れるだけでも耐え難いのに、お前の案内なら、絶対行かない」
「相変わらずですねー、マオレク様。まあ、このまま勇者一行に付いていってもらっても構いませんけど……」
ユーリさんは笑ってマオレク王子の我が儘を受け入れたかと思うと、「ちょっと席外します」と言って、私達から離れて森の中へ入って行った。
「俺もついてっていいっすか?」
ヨシュアさんに繋がれて大人しくしていた稔くんが、セイヤ様へ近づきながら問いかけた。さすがに、目の前の人のところへ行くのに迷わないだろうが、油断大敵だ。そのことをよく理解しているようで、ヨシュアさんはしっかりと縄の端を握り直した。
「ミノル……お前はこのまま勇者の務めに戻っていいんだぞ?……というか、戻れ」
セイヤ様の御言葉は、奨めているかと思いきや、強制だった。
「いやぁ、このお姉さんの言う“ひぃさま”っての、俺が調べてた件と関係あるっぽいんだけど」
「……ほぉ」
稔くんの調べものに興味を示したセイヤ様は、ヨシュアさんから縄を受け取った。
「──というわけで、ミノルとイーサはこちらで引き取る。お前達は勇者の旅を続けろ」
「トーコちゃん、またいってきます!」
「ほんと、君は自由だね!」
行方不明になってやっと再会したかと思ったら、またすぐ離れる幼馴染みに、私は呆れ返ってしまう。まあ、行き先がはっきりしていて、しっかり保護してくれる人がいるから、いいのだけど……。




