一網打尽
いつの間回り込んだのか、私達は白コートの長身の男達に取り囲まれていた。
「マオレク王子を渡せ。さもなくば、今度こそ命はないぞ」
初めから武器を構えて、じりじりと迫ってくる男達──対して、私は先程より落ち着いていた。その理由は明らかに、すぐ傍らに彼がいるからだ。
「……君達?桃子と姉さんを拐ったのは?」
むしろ、こっちの方が怖い。普段通りの無表情なのに、雰囲気が……怒りのオーラを纏ってらっしゃる!
「女共に用はない。王子を渡せ」
白コートの男はアーティの様子に気づいていないのか、それともよっぽど強靭な心の持ち主なのか、まったく怯むことなく、当初の要求を繰り返した。
「応えるわけにはいかないな」
「お前達に選択肢はない」
ヨシュアさんにきっぱり突っぱねられると、白コートの男の一人が、一番近くにいた稔くんに斬りかかる。
「よっと」
しかし、稔くんは危なげもなくそれを避けると、構えの姿勢をとった。
「なになに?これって遠慮なく技とか仕掛けちゃっていい感じ?」
「どうぞ、今だけはご自由に」
そう言って、ヨシュアさんは稔くんを縛っていた縄を解いた。
「一般人に手ぇ出したら、師範にぶっ飛ばされるけど、この人達、悪い人だよね?やっちゃっていいやつだよね?」
以前、不良と喧嘩して病院送りにしてこっぴどく叱られたことのある稔くんは不安らしく、何度も確認してきた。私はそれにゴーサインを出す。
「大丈夫!師範さんにもお兄ちゃんにも黙っとくから。でも、相手は武器を持ってるから、気をつけてね!」
「了解!」
ずっと「待て」の状態から解放されたわんこのように、稔くんは意気揚々と敵に向かって行った。その後に、本物のわんこが続く。
ヨシュアさんとミリアさんも武器を構え、イーサさんとマオレク王子を庇うように前に立つ。それが気に入らなかったらしく、王子はむっと眉をしかめて、ミリアさんの隣に並び立つ。
「ちょっ……王子!?」
「君が僕に護られるのを良しとしなくても、僕は勝手に護るために動かせてもらうよ」
驚くミリアさんや怪訝な顔のヨシュアを後目に、マオレク王子はジュリアを足下に降ろして私に歩み寄った。
「君は銃の方が扱いやすいんでしょ?だったら、その剣、また貸してよ」
「は……はい!」
私は王子に渡す剣を装着しているベルトから外そうとするが、アーティが右手を放してくれないので、四苦八苦してしまう。
「……アーティ。今は敵前でもありますし、一旦放してくれませんか?」
「いや」
即答だ。だが、これでは私だけではなく、アーティも手が塞がっていることになるが、どうするつもりだろう?もしかして、ヨシュアさん達に任せて、自分は戦わないつもりだろうか?
「はい、どうぞ」
真横から声がして、驚いて目を向けると、マリースさんがマオレク王子に私の剣を渡していた。いつの間に取り外されたのか……というか、マリースさんもアーティと手を繋いでいたはずだ。アーティはお姉さんの方だけ手を放したのか?
今度はアーティの方に目を向けると、先程までマリースさんと繋いでいた右手に、どこから取り出したのか、またあの魔法使いの杖(仮)が握られていた。
「……大人しく引き渡すつもりはなし、か。ならば、貴様ら全員、始末してくれる!」
そうこうしている内に、焦れた敵が動き出した。一斉にこちらへ向かって武器を構えて向かってくる。
「レイノルド!」
「はいはーい」
私が慌てて左手だけで武器を取ろうとしている間に、ヨシュアさんが敵に向かって一歩前に出た。
「風よ、無数の刃となって敵を切り刻め!」
ヨシュアさんがそう言うと、突風が周囲を襲った。風は私達を避けて敵にぶつかり、斬りつけていく。かまいたちのようだ。
これがヨシュアさんの魔法……初めて見た。
「大勢の敵を一気に攻撃するのには、効果的な魔法なんだけどねぇ」
隣に立つアーティが表情を変えないまま、しみじみと呟く。
「だけど……なんですか?」
「対象が絞れないんだよ。敵味方関係なく、その場にいる者を斬りつける。だから、こうして僕がみんなに結界を張ってるんだよ」
なるほど、先程のヨシュアさんとのやりとりは、結界を張るようにという指示だったのか。
「でも、この一斉攻撃で敵の正体が見えてきたよ」
「……正体?」
「さっき、姉さんに聞いたんだけど、大勢の敵が一瞬で消えたんだって?転送魔法をそうほいほいできるなら、王子の誘拐はもっと簡単に出来てるから、幻術か分身を消したってところでしょ。で、今、目の前の敵さん達は痛がっているのもいれば、平然としてるのもいる──幻術と分身、両方使っているんだね。本体がどこかにいるはずだよ」
さすが、アーティ。変人だけど、頼りになる!
「くそっ……!こんな凄腕を護衛にしているなんて、聞いてないぞ!」
「お褒めに与り、光栄。しかし、残念……もっと凄いのがいるぞ」
痛みに呻く敵に、ヨシュアさんは恭しくお辞儀をすると、ニヤリと笑みを浮かべた顔を上げた。
「なん、だと……?」
その時、風がピタリと止む──
「はい、みーっけ」
アーティがぼそりと呟くと、数多いる白コートの男の内、一人が地面から生えてきた巨大な黒い手に捕らえられた。
「うっ……!?」
「つーかまえた。君は幻術でも、分身でもない実体だね」
「なっ……!!」
「どうやら、君も実体みたいだ」
捕まった仲間に焦った様子で駆け寄ろうとした白コートの男の首筋に、マオレク王子の剣が当てられる。
「他に実体はない?なら、君達のどちらのものかは知らないけど、魔法を解除しなよ」
「くっ……」
「おっと!」
近くにいた敵がマオレク王子に襲いかかるが、稔くんが武器を蹴り飛ばした。
「抵抗しても無駄だよ」
「あぅ……!」
アーティがそう言うと、黒い手の握る力が強まって、捕まっている敵が悲鳴を上げる。
「ナディ!!」
「……ナディ?」
動きを封じられていた敵が叫んで、王子を押し退けて駆け出そうとする。マオレク王子はそれを剣を当てたまま抑えるが、敵が叫んだ言葉に眉をひそめる。
「ナディって、まさか……?」
王子に抑えられた敵は観念したのか、俯いた。すると、私達を囲っていた白コートの男が次々と消え、捕まっている二人の姿がぐらりと歪む。
「……あれ?」
マオレク王子は目を丸くした。剣を当てていたはずの首筋が無くなり、刀身の下の方が焦げ茶に近い濃い金色の髪の頭に当たっている。目線を下げると、自分より若干低い位置の茶色の目とかち合い、王子は思わず浮かんだ言葉を呟く。
「……小さい」
「うるせぇ!お前と対して変わらんわ!」
あの首を大きく反らして見上げる程の長身の男から一気に目線が下がったのだ。そういう感想になってしまうのも仕方ない。今、近くにいるマオレク王子と比べても大きな差ではないが小さい。私よりは高いだろうが、王子と同じくらいのマリースより背が低いことになる。マリースさんは成人女性の平均くらいだ。男は目付きが鋭く、顔のラインもシャープで、成長期の少年というわけではなさそうだが、背丈は少年のままのようだ。
「おい!魔法は解除したんだ!ナディを放せ!」
男が解放を要求している仲間は、長身の男から、細身の女性になっていた。
漆黒の長い髪、深い緑色の瞳は垂れ目で、鼻はちょっと低いがぺちゃ鼻というわけではない、ぽってりとした唇の色っぽい女性だ。
「やっぱり……!」
女性の姿を確認したマオレク王子が目を見張る。
「どうされました、王子?」
マリースさんが声をかけると、王子は女性から目を反らし、ふぅっと長い息を吐いてから口を開いた。
「──彼女は、ナディ。僕が、セジュから連れてきたメイドだよ」




