無自覚
「……まずいわね」
「そうだな」
「このままでは、王子はサザール王宮に辿り着いてしまうわ」
「誰だよ、護衛から引き離したら捕獲は簡単だって言った奴」
「うるさいわね!しょうがないでしょ?あの王子、人との接触が少ないから、情報も少ないのよ!」
「……友達、いないんだろうな」
「とにかく、どうにかしないと!王都に着く前……護衛と合流する前に!今すぐ!」
「そういう台詞は、魔力が回復してから言ってくんない?どうにかしろよ、その一日限定の魔法。失敗したら目も当てられない」
「それだけ、威力があるのよ。あんたみたいに小出しにできるヘボ魔法と違って……」
「やんのか?」
「表出なさいよ」
「表だよ、ここ」
「じゃあ、やるの?」
「いや、やらん」
「やらんのかい!」
──そんな漫才が近くで行われているとは露知らず、私はアーティに手を引かれ、サザールに向かって歩みを進めていた。
「トーコさん達が消えた後、レイノルドが仔猫達を探知機として使ったんですが、なかなか見つけることは出来ませんでした。しかし、幸い、魔法の痕跡を見つけることが出来ました」
「痕跡?」
ヨシュアさんの説明に、私は首を傾げる。
「すぐ傍にいるわけでもなく、複数の人間を長距離転移させる強力な魔法です。いくら隠そうとしても、使った跡が残ってしまいます」
「そこからどんな魔法で、どこに飛ばされたのか大体の場所を分析して、無理矢理魔法を再発動させたんだよ」
「……まあ、そんな芸当、規格外のお前と、魔法研究所のコスナーさんがいたからできたことだがな」
あっさり言うアーティに対し、ヨシュアさんはげんなりとしている。その時にも苦労があったのか、アーティの凄さに感嘆を通り越して呆れているのか……あるいはその両方か。
「で、ジーク・コスナーとロンを残して転移したら、ここから少し離れた所に着いて、何故かそこに制服姿でツルハシ持った稔くんがいたんだよね」
あのツルハシ、稔くんのだったのか……もう、彼にはどこからつっこめばいいのやら?
「いやー、驚いた。待ち合わせ場所に行こうとしたら、あっくん達がいるんだもん。いつ、ヒランに来たの?って思ったもん」
「……ここは、サザール国境近くのフーリヤ領です」
ヨシュアさんがミノルくんを見る目が恐い。落ち着いているようで、大分お怒りだ。
「わかってますよー。説明してもらったし。まーたやっちゃったなぁって」
さすがに反省している稔くんは、自分で自分の頭を小突いた。
「……というか、稔くん。ヒランっていう国にいたの?」
一体どこにいたのかと思えば、どこにあるのかわからない国名が出てきた。しかし、その名前だけは、どこかで聞いたことがある気がする。
何故聞いたことがあるのか思い出せず、私は伺うようにアーティに目をやる。
「ああ、ヒラン皇国?将軍と結婚させられる皇女様の国だね」
そうだ、国王がハワード将軍に政略結婚を命じた時に出てきた国名だ。稔くんは、そのヒランでスパイのお手伝いをしていた、ということか。
「ミノルさんを保護していた諜報員と連絡をとるためにも、サザール王宮に戻るのが得策かと。このとんでもない方向音痴は、こちらで捕獲しました、と」
「いだだだただっ……!いひゃいです!」
ヨシュアさんはもはや取り繕う気がないらしく、稔くんの頬を赤くなるほど強く引っ張った。
「“勇者の使命”はどうするの?まだ、王女をお救いしてないじゃない」
ミリアさんがマオレク王子を気にしながら、ヨシュアさんに問いかける。……そういえば、勇者作戦のこと、すっかり忘れていた。
「もちろん、速やかに、急いで、魔王の城に囚われた王女をお救いし、迅速に、王宮へ戻る」
「だから~、俺一人で先に行っときますって」
「黙れ。己の方向音痴の重大さをもっと自覚しろ」
無謀なことを言い出す稔くんを、ヨシュアさんが一刀両断した。なんだか、ヨシュアさんが、うちの兄に見えてきた。
「桃子も似てるよ?」
「!……また心を読んだんですか?」
「疲れるから、やらないよ。なんとなく、桃子が考えそうなことがわかるんだよねぇ。不思議と」
「……何ですか、それ」
また急に何を言い出すのか、この人は?私は怪訝な目で、並んで歩くアーティを見上げた。アーティはアーティで、相変わらずの無表情でじっと見下ろしてくる。
……あれ?なんか、見つめあってる状態?
というか、手!気にしないようにしてたけど、今、アーティと手を繋いでいるんだった!
手を繋いで見つめあうって……こっ……こここ……恋人同士みたいじゃない!?
私は急に恥ずかしくなって、茹でダコみたいになった顔を慌てて下に向けた。
「桃子?どうしたの?体調悪い?」
……良かった。今考えていることは、アーティには伝わらなかったみたいだ。
しかし、周りにはそうはいかなかったみたいで──
「やだ、トーコちゃん、かわい~!」
「マリース、しー!邪魔しちゃダメよ!」
「……トーコちゃんが女の子になってる」
「何を馬鹿な……トーコさんは元々女性だろ」
「馬鹿はあんたよ、ヨシュア」
「みゃーみゃーみゃー」
「そうだな、腹減ったなー」
「ふふっ……ハクも仔猫達も可愛いなぁ……あっ、もちろん、ジュリアも可愛いよ」
まったく関係ないことを言っているのもいるが、そんなこんなでわいわい賑やかな移動となった。
敵の領域から逃げている最中に、そんな暢気なことをしていたら、どうなるか?
「待て!」
「マオレク王子!今度こそ一緒に来てもらうぞ!」
──私達は当然、敵に見つかり、白コートの集団に包囲されてしまうのだった。




