突破口
私達がこのどこだかわからない場所にいるのは、マオレク王子を狙った何者かの仕業で、あの揺れの時、王子の近くにいたために、転移魔法に巻き込まれた。どこからの情報か、王子に戦闘能力がないと思っていた何者かは、王子を護衛から引き離せば、簡単に手中に納めることができると思っていた──
──というのが、私達の推測だ。今は、戦いの後で一息ついたところで、状況と今後について再度話し合いをしているところである。
「なぜ王子は戦えないと思われていたのでしょうね?先程見た限りでは、剣の扱いも慣れていらっしゃるでしたけど」
「さあ?僕があんまり人前で戦うことがないからじゃない?」
マリースさんの問いに、マオレク王子はジュリアに目を向けたまま答える。「怖かったねぇ。もう大丈夫だよ」と甘く囁いて、蛇を優しく撫でる様子は、もう大分見慣れた光景だ。
「そういえば、セジュ国の第三王子は、その特異な体質故、公務に参加されることが少ないと聞いたことがあります」
ミリアさんの言葉で、私はアーティの話を思い出す。
アーティの話といっても、彼もユーリさんから聞いた話なので、又聞きになるが、曰く、マオレク王子は確かに公務に参加することが少ない。しかし、それは体が弱いとか、人との接触が危険であるといった事情ではなく、子供の我が儘である、と──マオレク王子は私と同学年の年なので、子供と言えば、子供だが……。
『無類の動物好きだけど、逆に人間は嫌いらしくって、相手の貴賤に関わらず、人間には冷たいというか、素っ気ない態度をとるみたい。うちの父親にしたみたいに、ペットにかまけて会議をすっぽかすこともしょっちゅうらしいし、王家で働いてる人の大半は、王子が動物を愛でているところ以外見たことないんだって』
……たしかに、子供の我が儘としか思えない。外聞を気にして、表向きは“特異体質”ということになっているのだろうか?
「ああ……うん。当初はそれだけが原因だったけど、今は、ジュリア達と離れたくないから、公務を入れないようにしてるんだ。本当はサザール訪問なんてしたくなかったけど……ユーリ・レイノルドめ……」
蛇に頬擦りして甘い表情をしていたのが一変、悪魔の所業を思い出して忌々しげに顔を歪めるマオレク王子。……いや、ちゃんと会議に出なかったあなたも悪いんですけどね。
それにしても、気になるのは……。
「当初は原因だったって、どんな体質なんですか?王子が狙われていることと関係があるんですか?」
「トーコさん……そんな機密事項を堂々と聞くのは……」
「なんか毒が効かないみたい、僕の体。致死性のものでも、何故か平気」
「……普通に答えるんですね」
聞いたらまずかったかもしれない私の質問に、ミリアさんが苦言を呈すが、王子はさらりと、何でもないことのように答えてくれた。
「特別、隠してなかったからね。研究者から狙われることが多くなってから、兄上が箝口令を敷いたけど」
マオレク王子もいろいろ大変だったようだ。
「じゃあ、王子を拐おうとしたのは……」
「可能性は十分あるね。でも、今回の件に関しては、他の理由も考えられるよ」
「セジュとサザールが友好関係を築くのを良しとしない、とかね?」
マリースさんがぽわんとした笑顔で、私と王子の会話に入ってきた。
「とにかく、王子を奪われるわけにはいかないから、何とか現状を打破しましょう」
「そうですね。しかし、どうしたものか……せめて、通信が出来ればいいのですが」
「みゃーお」
取り出した通信機を見つめるミリアさんが溜め息を吐くと、ミィが鳴き声を上げる。
「どうしたの、ミィ?」
「みゃー」
私は腕に抱えたミィに声をかけるが、何を言ってるかわからない。そこで、傍にいるハクに目をやると、すぐに通訳してくれた。
「ここら一帯、もやもやしてるんだと。けど、もう少し先に行ったら、すっきりしてそうだって言ってる」
ミィの言葉をそのまま伝えてくれているんだろうが、抽象的すぎてよくわからない。私は思わず、ミリアさんと顔を見合わせて首を傾げた。
「えっと……この辺りは、靄みたいなものがかかってて、あっちの方にはかかってないってことかな?」
「みゃーう」
イーサさんが目線を合わせて尋ねると、ミィは嬉しそうな声で鳴く。
「そのとおりだと」
「靄……通信を妨害する魔法かしら?」
「それがあっちの方には……ない?」
俯いていたミリアさんと私は、はっと顔を上げた。マリースさんも理解したらしく、にっこりと笑みを浮かべている。
「行き先は決まったみたいね」
「ああ!なんてお利口さんなんだ!誉めて上げるからこっちにおいで、ミィ!!」
「ぶにゃ」
「やだってさ」
でれでれの顔で私へ迫ってくる王子を避けつつ、私達はミィが示す方角へ真っ直ぐ進んだ。
「──で、ここまで来たわけだけど……」
ミィが導くまま進んだ私達は、森の外一歩手前で立ち往生していた。目の前には小高い丘に、人が整備したと思われる道があるのに、見えない壁のようなものにぶつかって、先に行けないのだ。
「結界の魔法ですね。おそらく、これで通信を妨害していたのでしょう」
「しかも、閉じ込められていたんだね」
「どうするんですか?外は目の前なのに……」
ミリアさんとマリースさんが冷静に分析しているので、私も多少落ち着いているが、内心は慌てていた。
──何故なら、結界を打ち破るための魔法を使える人が、今いるメンバーの中にいないのだ。
偽勇者一行で魔法を使えるのはアーティ、ヨシュアさん、ジークさんで、転移させられた際、はぐれてしまった。仔猫達も魔法を使えるが、気紛れでコントロールも上手くないので除外する。イーサさんは痛みを和らげたり、体を活性化させて治りを早くするといった治療に関する魔法は使えるが、それ以外はからっきしだそうだ。先程の防護壁は治療魔法の応用で辛うじてできたものらしい。
そんな状況で結界をどう破ればいいのか、私には検討もつかなかった。
「トーコさん、確かに結界を破るのは魔法の方が確実で手っ取り早いです。でも、力ずくで破れない、というものではないんですよ?」
ミリアさんの説明で、私はほっと息を吐いた。
「というわけで……」
すっと銃を構えたミリアさんは、結界に向かって発砲した。唐突なことで備えてなかった私は、キーンと耳鳴りを起こしていた。
「ミリアちゃん、気づかれて妨害されるかもしれないから、音の鳴る武器は止めましょ」
そう言って、マリースさんは棍棒を組み立て、ガンッと結界に叩きつけた。しかし、二人の攻撃を受けても、傷ひとつ付いていない。
「力ずくだと、かなーり根気がいるんだよねぇ」
「トーコさんも手伝ってください」
「は……はい!」
「私も手伝う!」
「……仕方ないね」
私は剣を、イーサさんとマオレク王子は近くに落ちていた太い枝を使って、結界に攻撃した。
五人で同じ所を何度も……。
何度も何度も……。
「──ねえ、これ……本当に壊せるの?」
ついにマオレク王子が声を上げた。みんなが思っていても黙々とやっていたのに!
「……思いの外、頑丈ですね。全員で百回近く攻撃してるのに、びくともしない……演習でやった時はそろそろ壊れていたのに」
ミリアさんは最後の方はぶつぶつと呟きながら、俯いていった。何か考え込んでいるようだ。
「マリース、どうする?もう少し続ける?」
「そうね……他に手立てがないし」
「なあ、トーコ」
私もマリースさんに賛同しようとしたところへ、頭にミィを乗せたハクが声をかけてきた。
「ミィが、もうすぐ来るから、近くにいたら危ないよって言ってる」
「来る?来るって何が……?」
バリバリバリッ
私がハクへの質問を言い切る前に、突如、雷が天を裂くような音と共に、ツルハシを振り下ろして目の前に現れた人物……。
「あ……」
「桃子!!」
私は、ツルハシを投げ捨て、飛び付く勢いで駆け寄ってきた
アーティにきつく抱き締められた。




