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予感する余裕もない

「こらあああ!!」


今にも斬られる!と思った瞬間、剣と一緒に、私にかかった影の主が横に吹っ飛んだ。

──マリースさんの華麗な跳び蹴りが決まったのだ。

「トーコちゃんに何するのよ!」

綺麗に着地したマリースさんは、キッと蹴り飛ばした人物を睨み付ける。彼女に横っ面を蹴られて倒れたのは、白いコートで全身を覆った大柄な人物だった。フードを目深に被って、口元しか見えないが、背格好からして、おそらく男だろう。

「お前は……!」

男の姿を確認したマオレク王子が目を見張る。

「白いコートの長身の男……王子を襲った者ですか?」

「ああ。そうそう、こんな不審人物はいないだろう」

ミリアさんの問いに答えるマオレク王子に、思わず、「あなたがそれを言いますか?」とツッコミを入れたくなる。

「マオレク王子をこちらに渡してもらおう」

ゆらりと立ち上がった男は、機械に通したかのような低く、篭った声で要求する。それを合図にしたかのように、男と同じ背格好の白コートの集団が現れ、私達を包囲した。

「一応聞くけど、目的は?」

男達を見渡したマオレク王子は、すっと目を細めて最初に襲ってきた男に問いかけた。王子の方が背が低いのに、まるで男を見下ろしているかのような迫力と冷徹さを醸し出していた。これが王族の威厳、というやつだろうか。

「……我々は、お前を拐うよう頼まれただけだ」

男は怯んだのか、一歩後退りをしながら答えた。

「ふーん……僕達を移動させたのは、君?」

「……それに答える義理は、ない!」

男は言って、剣を振りかざす。すかさず、マリースさんがマオレク王子の前に出て、隠し持っていた組立式の棍棒で受け止める。男がマリースさんに食い止められた隙に、ミリアさんが銃弾を撃ち込む。男は慌てて後ろに退がるが、弾が肩をかすめて、呻き声を上げる。

仲間が危うくなったからか、白コートの集団が一斉に剣を抜いて私達に襲いかかる。

「王子様、トーコちゃん、こちらへ!」

呼ばれて、ミィを抱えてイーサさんに駆け寄ると、私達の周囲を青白い光の壁が覆った。

「防護壁です。ある程度の攻撃は防いでくれるので、ここから動かないでください」

壁の外ではマリースさんとミリアさん、ハクが応戦している。ハクのいつもの温厚さは成りを潜め、牙を剥き出して敵に噛みつき、鋭い爪で切り裂いている。初めて見るハクの獣らしい姿に、私はぞっと背筋が凍った。

「はぁ……戦う姿も美しい。本当に、うちの子になってくれないかなぁ……」

隣でうっとりと呟く声で、私はすぐ冷静さを取り戻せた。熱く蕩けるような目でハクを見つめるマオレク王子はとりあえず放っておいて、私はイーサさんに声をかける。

「このまま戦うんですか?敵の数の方が圧倒的に多いですよ?」

「そうね。二十人くらいはいるのかしら……?女子ばっかりなのに、容赦のないこと」

「いえ、問題はそこでは……」

「たしかに、きついかもしれないけど、逃げようにもどこに逃げたらいいかわからないし……あの人達に聞くのが一番手っ取り早い。だから、マリースもミリアちゃんも戦っている」

「でも……」

「足手まといの私達は、せめて自分の身を護って待つしかできないのよ」

お妃教育を受けているためか、イーサさんは冷静に的確な判断をしている。涙目で手が小刻みに震えているが、頑張っているのだ。私は、彼女のそんな様子に、ぐっと唇を引き結んで覚悟を決め、足に装着していた麻酔銃を取り出した。

「イーサさん。この壁、出入りは自由にできるんですか?」

「多分、できると思う」

ならば、私はやることを決めた。私はミィをイーサさんに押し付け、銃を構えて防護壁の外に飛び出した。

「トーコちゃん!?」

イーサさんが慌てたように名を呼ぶが、気に留めている暇はない。私はなるべくマリースさん達から離れた敵に向けて、発砲した。

「ぐっ……!?」

肩を狙ったつもりが、足に当たってしまったが、なんとか敵に命中した。即効性だが、撃った瞬間に効くわけではないので、敵は呻き声を上げて被弾したところを確認し、私の方へ顔を向けた。私は発射の衝撃で後ろに倒れそうになるのを足を踏ん張って耐えていた。……耳がキンキンするし、硝煙に噎せそうだし、やっぱり銃はあんまり使いたくないものだ。

「……何をした?」

弾が当たった敵だけでなく、仲間もこちらに気づき、三人もの敵が私の方へ向かってくる。最初に撃った敵は麻酔が効いてすぐ倒れ、私は次に狙いを定めて撃ち込む。なんとか肩に命中したのですぐ眠ってくれるだろうが、まだ一人残っている。私が構えるより早く、攻撃されそうだ。いよいよ危ない、と私が防護壁の内側へ避難するべく、回れ右をしようと足を引くと、右方から飛んできた弾が残りの敵の脇腹と太股に当たる。実弾らしく、敵が痛みに呻いて立ち止まる。その隙に、私は最後の一人にも麻酔を撃ち込んだ。

私の前にいた敵が全員地面に倒れ込んだことを確認し、私は弾が飛んできた方に目をやる。そこでは、仰向けに倒れ、馬乗りになって刃を押し付けてくるのを銃身で必死に抑えるミリアさんがいた。

「ミリアさん!!」

まさか、私を助けるために出来た隙に……?

私はすぐに銃を構えて、ミリアさんを襲う敵を狙う。

  


「──この剣、飾りじゃないなら借りるよ」



すぐ傍で声がしたかと思うと、マオレク王子が私の腰の剣を鞘から引き抜いて駆け出していた。そして、ミリアさんに襲いかかろうとしていた敵を一閃した。


「貴様、戦えるのか!?」

「言ってる意味がわからないよ。僕が戦えないとでも、誰かから吹き込まれたの?」

マオレク王子が出てきたことに驚く敵達。そしてまだ戦っていた敵達は、私達から距離をとり、一箇所に集まる。

「……状況が変わった。女共も、思いの外やるようだ。一時撤退させてもらう」

一人がそう言うと、倒れている敵も含め、白コートの集団はぱっと姿を消してしまった。

「逃げられたな……一瞬で姿を消すのは、転移魔法か?」

「私達を移動させたのはそうでしょうね。でも、さっきの敵達は幻術の類かもしれないわ。アティールくんがいたら、すぐわかるんだろうけど……」

ハクの問いにマリースさんは答えながら、棍棒を折り畳む。私も敵の姿が見えなくなったことにほっと力を抜いて、銃を下ろした。

「お手をどうぞ」

ふと声のした方に目をやると、マオレク王子が、起き上がろうとしているミリアさんに手を差し出していた。マオレク王子はニッと口角を上げた悪戯っぽい笑みを浮かべていて、ミリアさんは悔しさを表情に滲み出している。

「……助けていただき、ありがとうございました」

「女性を護るのが男の役目だって言ったよ?」

渋々といった風にお礼を言ってマオレク王子の手を取ろうとしたミリアさんの動きが止まる。

「私も、護衛対象を護るのが、我々軍人の役目だと申し上げました」

「でも、君は今、ぼくに護られた女性でしょ?」

「それを言うなら、あなただって、軍人わたしに護られた護衛対象じゃありませんか!」

……なぜか、妙な言い合いになってきた。

痺れを切らしたマオレク王子がミリアさんの腕を掴んで、無理矢理引っ張り立たせた。

「……ケガは?」

「……お陰様で、大したことはありません」

マオレク王子が不機嫌そうな顔のままだが、気遣いの言葉をかけたことで、ミリアさんは意表をつかれ、きょとんと目を丸くしてしまう。マオレク王子はミリアさんの右手を掬い上げ、傷を確認する。その一連の動作に、ミリアさんはびくっと肩を震わせながらも、されるがままだった。







「──あらぁ?これはひょっとしたら、ひょっとしちゃうのかしら?」

「マリースったら、楽しそう」

「イーサちゃんこそ。帰ったら、セイヤくんにも教えてあげなくちゃね!」

マリースさんとイーサさんが盛り上がる中、偽勇者の私は、満身創痍でその場に座り込み、ハクとミィに心配そうに寄り添われ、ミリアさん達の様子に構っている余裕なんてないのだった……。


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